複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【二周年ーーーー!】 ( No.569 )
- 日時: 2014/07/11 18:20
- 名前: ナル姫 (ID: IAQru7qe)
「駄目に決まってんだろ!」
二人が十四の春、それは起こった。弥三郎の大声、何事かと大人達が駆けつけると、そこには猫のように毛を逆立てる弥三郎と、動けずにいる兎丸がいた。
「どうした、弥三郎?」
「殿!」
今は近付かない方が、と止める家臣の言葉を聞かずに央昌は弥三郎に近付いた。弥三郎は一度彼を睨むが、すぐに顔を反らした。
「……漸く気付いたよ、兎」
「……弥三郎……」
「俺とお前は相容れないって……!」
「弥三郎!」
走り出した彼を止める術はなく、伸ばした手は虚しく虚空を掻いた。突然のことに驚いた大人達が兎丸から事情を聞こうとしたのだが、彼は友達に絶交されたと泣いていて話にならなかった。
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「喧嘩別れしたまま来たのかい?」
やれやれ、と言った表情で哉人は言った。兎丸は口を泣きそうな顔で、ごめんなさい、と口にする。御林と金田は交流が深く、兎丸はよくここにきた。出された茶を飲もうとした、その時。
「定行早くー!」
「ちょ、蒼丸様!」
泥まみれの黒髪と、泥まみれの赤毛が屋敷へ半ば転がるように入ってきた。
「なーにをしておるのじゃお前はー!」
「父上父上!見てくださいほら!」
もう体力がないのであろう、畳みの上で俯せになって呼吸を荒げる従者とは対照的に、少年は元気に養父に何かを見せていた。
「……蛇、だな」
「僕初めて一人で蛇捕りましたよ!凄いでしょう!」
「あぁ、凄いぞ。だが蒼丸、定行を振り回すのはおやめなさい」
「むー、定行大人なのにどうして体力ないの?」
「沼まで……誰が、貴方を、背負っていたと……!」
「で、何故そんなに泥まみれなのだ二人して」
「蛇追いかけてたからです!この蛇すばしっこいです!ね!定行!」
「えぇ……そうですね……」
定行の疲れ方が尋常ではない。確かに定行は屋敷の外へ行くことなどあまりないが、それでもここまで……そう思った兎丸が疑問を哉人に耳打ちすると、彼はここ最近、定行寝れてなくてな、と返した。兎丸はそれ以上言及しなかった。
「で、追いかけてたら一杯転んで、定行にも突進しちゃったので!」
「ですから、走るなと……あと毒蛇を追いかけ回すのは本気でお止めください……」
「ちょ、定行何でそれ言っ……!」
「あーおーまーるー!!」
逃げた蒼丸を捕まえようと哉人が走る。逃げているにも関わらず、自身が捕まえた蛇を彼は大切に持っていた。
「…あの蛇は大丈夫なんですか?」
「……あれには毒はございませんよ……」
怠そうに起き上がり、定行は言った。噛まれると痛いですが、と付け加える。
「……」
「…大丈夫ですよ、首を持っていれば噛めませんから」
やれやれ、と言うように定行は肩を竦めた。泥まみれの赤い髪は、泥が乾いてきたせいかボサボサと広がっている。
「風呂に入ってきます。蒼丸様を連れて」
「あぁ、はい」
庭で哉人が蒼丸を捕まえたらしい。蛇はついに蒼丸の手から逃げ出したようだ。だが蒼丸は端から蛇を飼うつもりはなくただ父親に見せたいだけだったらしく、お仕置きとしてくすぐって来る哉人と大声で笑っていた。
『首を持っていれば噛めませんから』
(……俺は愚かだ)
蛇という存在を軽く甘く見て、本来持つべき首を持たずに、胴体を掴んで噛まれた愚か者。農民のことを理解できずに、かけるべき言葉ではなく相手を刺激するようなことをいってしまった馬鹿者。
(もしあの時、俺が違う言葉をかけていたらどうなっていたのだろう。まだ、弥三郎とは……理解し合える友達でいられただろうか……)
空を仰ぎ見る。
(相容れない、か……)
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数日後、兎丸と弥三郎の元に初陣の話が届けられた。二人は、喧嘩したままだった。
「まだ仲直りしとらんのか、お前達は」
「……俺は諦めたんです……俺達は、所詮相手のことがわかってしまえば、相容れない存在だと」
「……そうか」
父親の目は、どこか悲しそうだった。