複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【二周年ーーーー!】 ( No.570 )
日時: 2014/07/30 17:34
名前: ナル姫 (ID: 3pCve.u0)

戦が始まってすぐ、それは起きた。その時、兎丸は御林家の本陣から離れ、家臣の陣にいた。

「兎丸様、今日はお早くお城に戻った方がよろしいでしょう。疲れが顔に出ておりますし…」
「い、いや、大丈夫だ」

上に立つ者が弱音を吐いてはいけない、それが乱世の王道哲学であった。実際、政宗や成実、定行も虎哉からそう教わっていた。

「失礼致します!兎丸様!」
「どうかしたか?」
「はっ、相馬軍、今夜にも我が陣に奇襲の恐れが御座います!」

おおよそ、敵陣に潜り込ませていた黒脛巾の情報だろう。周りを見ると、家臣が瞳で訴えていた。貴方はここに残るべきではない、早く城に帰るべきだと。確かに城主の子としては彼は城に戻るべきだった。だが、彼は絶対に大切な立場の人間ではない。彼は側室の子供であり、現在二歳の弟、市丸が跡取りであった。

「俺は残る」
「兎丸様ッ!」
「俺は後継ぎではないんだ。大して後年に名を残すこともないだろう。ならば、せめて家臣を置いて逃げずに、華々しく散るまでだ」

それは確かに、幼いながらに見せた、自虐的にすら見える上に立つ人間の覚悟だった。

「それに、時間はとにかくとして奇襲を仕掛けてくることはわかったんだ。ならば万全の準備を以って迎え撃とう!」
「……はっ」


___



その夜、深夜に敵は夜襲をかけてきた。眠気に襲われていた脳だったがすぐに起きる。だが想定以上に敵は数が多く、陣は壊滅状態にあった。兎丸も一度殺されかけるが、援軍に来た誰かに庇われ、その人物に城へ戻るよう強く言われた。勿論乗り気ではなかったが、家臣に強く腕を引かれ、逆らえずに城へ戻った。
翌朝、央昌は長男の生還を喜んで迎えた。

「あぁ良かった。無事に帰ってきてくれたのだな」
「はい、暗くて良く見えなかったのですが、援軍の中にいた何者かが私を庇ってくれました」
「そうか…」

心底安心したように央昌は目を細めた。今朝来た家臣からは、昨夜は相馬からまた新たに援軍があの陣へ送られ、兎丸と彼を引っ張ってきた家臣と自分以外は全員死んだと告げた。

「…そうか」

自分もあの場にいたら死んでいたのか、思うと少し安心してしまい、武士であるにも関わらず死を回避できたことに安心した自分を情けなく思った。

「では俺を庇った者も死んだのだな?」
「…はい、弥三郎殿は、お亡くなりに」

彼の目が見開かれた。……何故、ここで弥三郎が出てくる?

「…何、を…」
「兎丸様」

恐れながら、と家臣は続けた。

「貴方様を助けたのは弥三郎殿で御座います」
「……嘘だ…」
「嘘ではございません!この目で確かに見ました!!」
「嘘をつくな」
「弥三郎殿は貴方を庇って……」
「やめろ!!」

息が荒い。ーー弥三郎が死んだ。信じられなかった。第一、あの時自分達の援軍は弥三郎がいた方向とは逆の方向から来た筈だ。と、そこにもう一人家臣が駆けてきた。

「殿!」
「何事じゃ」
「弥三郎殿がどこにもおりませぬ!」

今度こそ顔が青ざめる。兎丸は馬に乗り、昨日奇襲があった場所まで走り出した。

「兎丸様ッ!!」

家臣が急いで追いかける。長いこと林の中を駆け抜け、昨日の陣のところまでたどり着いた。折られた旗、回収されてない死体、殆どが雑兵だったが、手柄に飢えていた敵軍は全ての首を斬って持って行ったようだ。首がない死体の身元などすぐには分からないが、長年付き合ってきた友人の死体はすぐに分かった。

「や、さぶろう…」

死体を抱き上げる。きっと肌は冷たいのだろう。今は鎧があって温度が分からない。

「……ごめんなさい…ごめん……っ」

搾り出すように、ただ謝罪を繰り返す。
もう動かない心臓は何を思っているのか分からない。
ただ彼には聞こえた。弥三郎が、どこかから自分に、『生きろ』、とただ一言言ったのが。

「……俺は……結局……守られた……」

ーーこの日、兎丸の大将というものに対する考えが変わった。