複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.588 )
- 日時: 2014/09/15 21:06
- 名前: ナル姫 (ID: Na535wgJ)
「やーやー我こそはー!えっと、ぼ、梵天丸の、親戚のー、伊達時宗丸であるぞー!」
「何だ、その変な名乗りは」
1568年、政宗が生まれた翌年の六月、十五代晴宗の兄弟である実元に漸く嫡子が生まれた。焦げ茶色の髪に、光の角度によっては橙色にも見える瞳。母親似の梵天丸と似ている訳ではないが、良い顔つきだった。幼名を時宗丸−−後に、片倉小十郎と共に政宗を支える武将、伊達成実となる子供である。
梵天丸と時宗丸と若松−−後に木野定行となる少年はいつも一緒だった。物心がついた頃には友達だった。
「天下を取ろう!」
最初に言い始めたのは誰だっただろうか。まだ梵天丸が右目を失う前、三人の中の誰かが確かにそう言った。
「三人で天下を取るんだ!梵天丸は指揮して、俺は戦場で戦って、若松は作戦で攻めるんだ!」
「僕達に天下が取れるのかなぁ……」
「良いじゃないか梵天丸!やろうよ!」
二人に押され、戸惑いながら頷いた梵天丸ではないことは確かだ。恐らく言ったのは時宗丸なのだろうが、現実を一つ一つ知っていくうちに、そんなことは忘れてしまったのか、それとも……。
忘れようとしてしまっているのか。
___
いつ、だっただろうか。
「母上は僕を愛していない」
いつだったか梵天丸がそう言った。
「どうせ誰も戻って来ない」
ある日若松がそう言った。
−−俺は?
−−俺は何も失わない。
−−失うものが何もない。
___
「良いか、時宗丸」
実元は彼に言い聞かせた。
「お前は梵天丸様を支える立場にある。その心得を教えよう」
「はい」
あどけない瞳に決意を秘めながら、彼は頷いた。
「まず第一に、何があろうと主を優先すること。第二に、主の意見を尊重しながら、己の意見を持つこと。第三に……」
茶色の瞳が、揺れる。
「何があっても、泣かないこと」
最後の言葉が、一番胸に突き刺さっている。あぁそうだ、俺は泣いてはいけないんだ。
何があっても、泣いてはいけない。
だって泣いたら、支えられない。
泣いたらダメなら、どうすれば良い?彼は幼い心に問いただした。心は言った、笑えば良いと。
梵天丸が泣いていても、悲しいことがあっても、ずっと人前で笑っていなくてはいけないんだ。
−−当然、泣きたい時もあった、悲しいこともあった。
それでも幼い彼は、泣きたい心を制し続けた。
___
「この兎を殺せ」
声が出なかった。そんなことをさせるな、梵天丸を責めるな、と言いたかった。言いたかったのに、言葉が出なかった。
結果、短い兎の命は刃に断たれ、白い服と肌は赤く濡れ、地面は無情な液体を吸った。
許せなかった。だけど何も出来なかった。
早い話、幼い頃の成実は賢かった。子供ながらに近隣の大名との力関係や仲を理解し、無用な反抗や無謀な事は言わないような子供だった。だからこそ、この時も何も言わなかった。梵天丸の母親が義光の娘であるからには、時宗丸にとっても義光は親戚だ。だが、伊達と最上が何でもかんでも簡単に言い合えるような仲ではないことは知っていた。そして、この頃の伊達が最上に逆らえないことも知っていた。
−−それだけに、悔しかった。
(早く梵天丸が天下をとらなきゃ)
そうでもしなければ、あのいけ好かない男に復讐できない。
(梵天丸は強くならなきゃ)
泣いてばかりの梵天丸が?暗い梵天丸が?
(どうすれば……明るく強くなる?)
俺が笑えば強くなる?
彼の自問自答はどんどん彼を追い詰めた。彼はますます泣けなくなった。
___
「そういえば確かに、成実様が泣くのとか……見たことないかも」
「私とてございません……」
「俺も……」
「俺もない、です」
「そういえば……全く……私や浜継殿はともかく、家臣の秋善殿や満信殿まで?」
「ないねー……強いっていうか……何だろうね、何となく無理してるのはわかるんだけど、頼っちゃうんだよね、どうしても」