複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.589 )
日時: 2014/10/13 21:13
名前: ナル姫 (ID: bcid6cII)

そういえば、と政哉は思う。

(成実様が泣くの……見たことないな)

幼い頃からの記憶を探っても、彼はいつも笑顔だった。言われてみて、初めてその事実に気がついた。

「……成実様は……悲しくないのですか?」

尋ねると、一瞬止まって、苦笑された。

「人生いろんな事経験して、悲しいことが一度もないなんて言う奴は、人間を辞めた奴だけだよ……悲しいことばかりだ。哉人が死んで、輝宗様が亡くなって、遠藤様が後を追った……今回の戦も、後何人死ぬのか知れたもんじゃねぇや」

少し間が空いた。音のない空間に堪えられなかったが、部屋を後にできるような場面出もなく、次の言葉を待った。

「……浜継がさ、梵天丸の身代わりになって逃げたらしいじゃん」
「え……は、はい」
「あいつは凄いと思うよ……あまり歳変わらねぇけど、俺より年下で経験も浅いのに、あいつは頑張った」

俺なら出来ないね、と彼は付け足した。

「……そんなことないでしょう」
「いやー、出来ねぇよ。無傷で生還とかは実力じゃねぇ……奇跡だ。浜継をけなすわけじゃないけどさ。あいつだって、もう一度やれって言われてやっても、無傷はさすがに無理だ……いや、無傷所か生還すら難しい……と、話逸れたけどさ、とにかくあれだ。人は簡単に人を殺せる……逆に言えば、簡単に殺される。誰かが殺されれば誰かが悲しんで誰かが喜ぶ。味方の死で喜ぶ奴は絶対にいないと思うけどさ、俺達みたいに上に立つ奴が足軽とかの死で泣くのは……自軍の損得の状況を考えたときだけなんだよ」

それは、よくわかった。確かに、名前も知らない人が十人くらい死んだところで、別に涙など出てこない。けれど、その十人が作戦上必要な十人だったら?この場に後十人くらいいれば、この作戦は成功するのに、と言う場合に置ける十人で、しかもその作戦が成功しないと負けるかもしれない、と言う場合の十人は?
……敗北してしまえば、もうそこには何も残らない。悲しい限りだ、虚しいだけだ。

「……て、ちょっと難しいよな。つーか、まだ子供に聞かせる話じゃなかったわ」
「……成実様、僕は元服してますよ」
「……ふはっ、そうだったな……悪い、『政哉』。でもやっぱり早いと思うんだよ、俺は」

口元を緩ませたまま成実は軽く目をつぶった。やがて開き、天井へ視線をやる。

「……楽しかったんだよなぁ」
「……」
「……梵天丸と……若松と……本気になって天下を夢見てた頃……あの頃は、何も怖くなかった。何も知らなかったから。何も考えなかったから」
「……成実様……」
「馬鹿みたいだろ?でも事実だぜ。定行も本気で天下取るつもりだった」

過去形で話される夢。だが政哉は覚えていた。初めて『息子』として父に会いに行ったとき、行った会話を。

「…でも、成実様は……あの時、言ってましたよね」

『そう、天下だ!俺達伊達軍は北を平定して、どんどん南下してこの手で日の本を治める!!それが俺達の夢だ!』

「……言ったな、確かに。正直に言えばな……気休めだった」

政哉は、成実がどんどん小さくなるように見えた。距離が遠くなったように感じたのか、それとも成実が弱々しく見えたからなのかは理解できなかった。ただ成実は、確実に夢など持っていない−−それはわかった。

「ま、政宗様は、今でも本気なんですよね……?」
「……さぁ、どうなんだろうな……あいつの左目は、夢と現実どっちを見てんだろうなぁ……」

成実は、政宗の事を何でも理解していると思っていた。

「餓鬼のころの印象のせいで、どうも……俺が夢を見てないのにあいつが夢を見てるって言うのも、違和感があるんだよな」
「……僕は信じてます」
「……」

政哉はそして、言い切った。

「政宗様は、輝宗様との約束を破ったりしません」

青と黒の混ざり合ったような瞳が、真っすぐに成実を見据えた。
成実はただただ、祈った。どうか自分をつまらない人間に仕立て上げた現実が、この小さな蒼い光を潰さないように。