複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.590 )
日時: 2014/11/02 19:05
名前: ナル姫 (ID: nFJQXShR)

「ふぅ……」

定行は一息着くと硯に筆を置いた。と、不意に襖が開く。咄嗟に反応して急いで紙を裏返したが、遅かった。

「?定行さん、何してるんですか?」

尚継が入ってきた。定行は笑顔を作り、何も、と言うが、尚継にはお見通しだ。

「はっはーん…さては、戦とは関係ないことしてましたね?」
「……」

隠しても無駄だとは思っていたが、実際無駄だった。定行は諦めたように肩を落とし、裏返した紙を再び返す。

「…綺麗な字ですね」

尚継は笑い、書いてある文字を読み上げた。

「…『我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで』……」
「……古今和歌集に載っている歌です。詠み人は知られていませんが……良い歌だと思います」
「俺も同意見ですよ」

 薄く微笑んだ尚継に、微笑み返す。昔のことを思い返すように、言葉を紡いだ。

「……いとこの姉が教えてくれた歌です」

言ったのは、それだけだったけれど。


___



「……話逸れたけど……それが、夢の内容」
「……」
「過去の自分を見て、また輝宗様達がいるところに戻ってきた。そしたら自然に帰らなきゃって思って、その場に握ってた五文を捨てて……気付いたら、紅が光を叩こうとしてた」

う、と政哉が詰まる。

「それは、本当に申し訳……」
「気にするなよ」

光の角度によっては橙にも見える成実の瞳が、何かを思うように揺れた。

「……蒼」
「はい?」
「……蒼は強いな」

きょとん、と目をぱちくりさせる従弟をみて微笑。本心からの言葉であり、世辞でも社交辞令でもない。本当に、成実は政哉が強いと思っているのだ。勿論、剣術や策略は一流とは言えない。まだまだ子供だ。だが、その光は余りにも眩し過ぎる。いまだ暗い場所で伊達家を支える橙色は、明るさに目を細め、こう思うのだった。

(……なぁ、蒼……俺は、梵天丸が泣かないように……強くなるように、自分を制して来たんだぜ?……でも、お前が強くなった今……それが果たして必要なのか……判断できねぇんだ、俺)

だが、その不安に似通った疑問はすぐに解消される。他でもない、政哉の言葉で、余りにも簡単に。

「……成実様、僕は……僕は政宗様を助ける立場だって、思っています」
「あぁ、そうだな」
「でも……僕は幼い頃の政宗様を知りませんけど、政宗様が昔の政宗様のまま何も変わっていなかったら、僕は今頃何もしてなかったと思うんです」

政哉が苦笑する。成実が何もいわずにいると、彼はさらに続けた。

「僕が今此処でこうしていられるのは、成実様のお陰です」
「……何言って……」

あいつは、何も変わっていない。あんな性格の癖して夢見がちで、全部問題を引きずったままで、背丈だって小さいままで、右目を失った頃より明るくなったのは、自分だけの功績ではない。定行がいた、輝宗がいた、喜多がいた、小十郎がいた。それだけの話なのだ。
自分は政宗の隣にいただけなのだ。何という言葉を掛けるべきなのか、どんな行動をするべきなのか全く見当がつかず、ただ泣かないようにしていただけ。
政哉が此処にいるのは、自分の力ではない。

「俺は何もしてねぇよ……あいつが昔より少し明るいのは……」
「え? 違いますよ」

あたかも、当然ではないか、と言うような口調に疑問を覚えてその黒い髪を見上げる。

「僕を伊達家へ連れてきたのは成実様ではないですか」

「……あ……」

−−そうだ。

『お前此処にいても困るだろ?だからとある誘いをな』

伊達家へ蒼丸だった政哉を連れてきて、政宗に此処で働かせるように頼んだのは、自分だった。

「だから僕は、感謝しているんです。それに、輝宗様や定行、喜多様や片倉様がいても……政宗様は成実様がいなかったら、変わらないと思いますよ」

そのはずだ、と何も疑わない心は言う。綺麗な言葉は、単純な思いは、辛うじて保たれていた成実の心の均衡を崩した。

「……成実様?」
「……っ」

涙など、忘れたはずだった。
忘れるべきだった。

「わりっ、何か…嬉しくてな…」

たまには、泣くことくらい許されるだろうか。

「……ありがとう、蒼」