複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【末広がり参照八千】 ( No.594 )
- 日時: 2014/12/03 23:18
- 名前: ナル姫 (ID: giYvI9uD)
政哉を捕らえた兵は、唖然として手に残った物を見ていた。姿がすっかり変わった少年が、こちらを振り向いて悪戯っぽく笑う。
「死ぬと思った?ばーかっ!死ぬわけないだろ!」
漸く脳の整理が追い付いた兵は、もう一度彼を捕らえようという気も失せ、手に持った物を地面に叩き付ける。もっとも、それはとても軽いもので、叩き付けるといってもふわふわと宙に舞ってから落ちたのだが。
少年は、家臣の元へ走った。
「ただいま浜継!」
「あ、政哉様ご無事で……って、えぇぇぇぇぇ!?ままま、政哉様ぁぁぁぁぁぁ!?」
「あ、ゴメンびっくりした?」
「しますよ!何ですかそれ!」
「いや邪魔だったしなぁって」
「やめてください!父上に叱られます俺が!」
「大丈夫弁明しとくから!」
にしっと笑う主に溜息を吐いた時、法螺貝が鳴った。
「……敵の合図ですね」
浜継が呟く。敵は、ぞろぞろと引いていった。
「撤退……だね」
「政哉さ…ま?」
来たのは白金と白銀だった。二人とも一瞬戸惑い、微妙な反応を見せる。
「えーと……何です?それ?」
「え?ちょっとね。で、何?」
「あぁ、隆昌殿がこちらも一旦引きましょうと」
「了解。行こうか浜継」
「はっ」
___
本陣へ戻ると、政宗がうわーという心境を物語るかのような瞳で五人を迎えた。勿論その視線は政哉の髪に向けられているのだが。
「……何をどうしたらそうなる」
「ちょっと敵兵に捕まりまして……」
そう言って苦笑する実弟に、政宗は溜息を深く深くついて額に手を当てた。
「貴様はっ…」
「まぁまぁ政宗様。皆々無事でありましたしよろしいではございませんか」
クスクスと笑い、小十郎が言う。
政哉の髪は、ちょうど彼が髪を結んでいたところ当たりでバッサリと無造作に切られ、今は肩に着くかつかないかくらいの長さになっていた。敵に捕まったときに出した短刀は、自害すると見せ掛けて髪を切るために出したものだった。
「定行に怒られても知らんからな」
「あっ……」
定行に怒られる可能性を忘れていたのか、段々と汗が湧き出る。そんな幼い主の様子を見た家臣達は、弁明しますよ、と彼に耳打ちをした。
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「敵を挑発する行為はしないでください!」
予想通り政哉は怒られた。くどくどと、敵を軍事上の戦略以外で挑発するとどうなるかということを説く定行に、弁明すると言った家臣達も何も口出しが出来ない。
一通り説教は終わり、息をついて定行は少し微笑んだ。
「……よかった、無事で」
「……ごめんなさい」
青菜に塩、という表現がピッタリ来る政哉に、定行は苦笑した。
「さて、疲れたでしょう。今日はもう湯浴みをしてお休みください、皆様も」
「はい」
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政哉達が風呂に入りに行った後も、定行は自室で、何か決定的に戦況をひっくり返せるような策を考えていた。いや、ひっくり返せなくても良い。ただ、敵が無条件に帰るだけでも。一番簡単なのは噂の流布だ。敵の城に誰かが攻め込むと嘘を教えて、それが勝手に独り歩きして流れてくれるのが一番ありがたい。だが人数的にこの策は使えない。敵の人数は膨大だ。蘆名の城が襲われたところで佐竹や相馬が残る。噂の流布は使えない。
これもまた噂による策だが、大将−−つまり政宗が体調を崩して撤退する振りをするという手もある。追ってきた場合は多大な損害を与えることもできるし、使えないことはないが、万が一追ってこなかった場合を考えると失敗作と言えるだろう。少しでも失敗の可能性がある、一種賭けのような策は定行は使いたがらない。
「……どうせやるなら、徹底したいですよね」
口角をあげ、赤い瞳を少し上へ上げる。夕闇に包まれた紫色の空は、今日は良く晴れていた。とりあえず書き出して見ないことには始まらない、と筆を走らせるが、ふと止まった。
「……」
定行の心は、完全に晴れたわけではない。景就が言っていたことが引っ掛かっていた。
『お前ではない…女だ』
「……ありえない」
結局噂は、噂に過ぎないのが殆どなのだから。