複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.598 )
- 日時: 2015/01/25 10:41
- 名前: ナル姫 (ID: SiB1Ygca)
夜−−。
今宵は新月で、月明かりがなく、沢山の星が瞬いていた。しかし徐々に薄い雲に覆われ、見えたり隠れたりするようになり、暫くすると完全に見えなくなってしまった。涼影は湯浴みで濡れた髪を少し乱暴に掻き、定行の部屋へ向かった。
「……定行は−−、」
急いで口を塞ぐ。定行は珍しいことに、机に突っ伏して寝ていた。政哉やその部下が無事であったし、何か戦況をひっくり返せるような、または相手が引いてくれるような策はないかとずっと考えていたのだろう、無理もない。定行がこうして、もっと良い策を、もっと凄い策を、と考えつづけるのには訳があった。それは単純で、このままでは負けるからだ。士気が上がったとはいえど、明らかな戦力不足。数で勝てないなら戦略で勝つしかない。
「……」
定行も焦っているのだろう。沢山の紙は何か書かれているその上から、ぐしゃぐしゃと墨で塗り潰されていた。だがその中に一枚だけ、塗り潰されていない紙を彼は見つけた。
「……?」
拾い上げて読んでみる。たった一度読んだだけでは、彼も意味がわからなかった。だが、二度目読んだときには、何となく意味が取れて、視線を寝ている赤毛に向けた。武将として、伊達軍の策士として、そこそこに積み上げられてきた自信が崩れ落ちる感覚に見舞われた。この策を盗んで、政宗に献上したいとまで思ってしまった。自分には決して思いつかない作戦。一つのものを多方面から見ることができるという人は、頭が良いのだと、痛いほど感じた。勿論、彼だって多方面から見れるから策を作れるのだ。だが、それでも。
(……木野、定行……)
木野などと言う名、織田にいた頃は全く知らなかった。家族関係も知らない、政宗や成実とは仲がよいようだが、その経緯も知らない、どうして金田の養子になっていた政哉の傅役をしていたのかも知らない、何故、今回の戦まで策を作らなかったのかも、知らない。何も知らないが、これだけは断言できる。
−−この天才は、恐ろしい。
きっと彼は、起きたらこの策を政宗に届けるだろう。政宗はこの策を使うだろう。そして敵は、引くだろう。
紙を元々あった場所に戻し、涼影は部屋を後にした。
___
策士の勉強をさせる。政宗にそう言われて政哉は家臣達と小浜城へ向かった。政宗は、今朝早くから小浜に来た定行から、策を受け取っていた。
「貴様にこれの意味がわかるか?」
「……」
『時死』
『軍半分後退』
『回』
『噂』
『敵襲撃』
『啄木鳥参照』
以上が、紙に書いてあったことだ。政哉は読んだが、分からない。もう一度読んでも、わからなかった。
「……全く」
「……ふん、当然だな。よほど急いで書いたのか、こんな文面だけ書きおった」
「何で、軍の半分が帰る必要があるんですか? この『軍半分後退』は、伊達領に帰るということですよね?」
政哉の問いに、小十郎が口を開いた。
「噂として、成実様には死んでいただきます」
「え!?」
「本当に殺すわけではありませんよ。そういう噂を流すのです」
「……でも、そしたら相手の士気は上がるのでは? 成実様もまだ動けませんし……」
「……『回』の意味はわかるか」
「え、え……」
質問に答えられる前に疑問を投げられ、困惑しながら考える。ふと、『啄木鳥』という文字が目に入り、当然思いついた。
「……帰る、ふりをして……」
固唾を呑み、政宗の目を見る。
「……敵の背後へ、回る」
政宗と小十郎が顔を見合わせた。小十郎が柔らかな笑みで頷く。
「ご名答です」
「……でもこの、『時死』って何ですか?」
「……貴様は、成実の幼名は知らんか?」
「……あぁ、なるほど」
敵が襲撃された噂、味方軍の誰かが死んだという噂、こちらが引くという行為。いずれも、一種賭けのような危険性がある。穴がある。
だったら一つずつ考えずに、一緒に考えて、互いに穴を埋めてしまえば良いのだ。