複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【誰かコメントをお恵みください】 ( No.82 )
日時: 2012/07/28 11:51
名前: ナル姫 (ID: DqYpyOBj)  

蒼丸。
蒼丸や。
蒼丸様。
蒼丸!

頭の中が、その名前だけで支配されそうだ。だってみんな蒼丸ばかり可愛がって。竺丸もまだ可愛いだのなんだの沢山言って貰ってるのに。何で僕は誰も見てくれないの?

第一、空なんて蒼くない。


少々、彼は荒み過ぎた。
囁かれる噂を聞けば、家督は竺丸か蒼丸にという話だけ。
心が崩れかけていた。その心は、父がまだ自分を後継者に考えていると、そう思い込むことで保たれていたのだ。それに、母もきっと、愛してくれないだけで、本気で嫌ってはいないだろうと
思いたかったのに。

ある日、梵天丸は一人、剣術に打ち込んでいた。それを、義姫が遠くから見ていた。軈て彼女は彼に近づく。

「梵天」
「!母上!」

彼は顔を輝かした。自分を母が呼ぶなど、何時振りだろうか?彼は母に近づいた。彼が近づくと、義姫は彼の持っていた木刀を奪い取って

遠くに投げ捨てた。

「はは、う…え?」
「修行などせんで良い」

片目では何も出来なかろう?

強い衝撃。嫌われてる。家督がどうこうの前に、僕を母は疎んでいる。

「母上…」

「母などと呼ぶな!!」

もう、家族でもないのだと、去る背中を見て、感じた。あまりに無力な自分が、嫌になった。生まれてきた弟たちも、家臣たちも、乳母でさえ。

みんな嫌いになった。

その頃、時宗丸と名乗っていた成実は、良く米沢に来ていた。というのも、大森城には、時宗丸が一緒に遊べる小姓などが居なかったのだ。梵天丸も、時宗丸に少し、心を許した。

四月頃だ。
梵天丸は、侍女達がこう話しているのを聞いた。

「ねぇ聞いた?輝宗様、家督を竺丸様に継がせるように義姫様に口説かれたそうよ」
「そうなの?」
「直に落ちるでしょうねぇ。輝宗様、義姫様が本当に大好きだもの」
「でもそろそろ梵天丸様と竺丸様、才能の差が見えてきたって…」
「だから余計悪いのよ。梵天丸様の方が優れてるから輝宗様は梵天丸様が良い。義姫様は才能なんて考えてないでしょ?だから竺丸様か蒼丸様が良いのよ」
「まあいずれ、竺丸様になるでしょうね」
「そうね」

梵天丸の心が一気に崩れた。侍女の話を真に受けてしまったのがいけない。
もう、父親しか信頼してなかったのに。その父でさえ、自分を裏切るのかと思えば。

何故?

何故裏切るの?
僕は何か悪いことした?

僕は…
『偽者』なんじゃないか?
この体は誰か違う人の体なんじゃないか。だから、皆僕を嫌うんじゃないか?…なら、話は簡単だ。


彼は、懐から短刀を取り出し、抜いた。

こんな体、壊してしまえば良い!!
梵天丸は、刃で自分の体を切り刻み始めた。あちこちに刃が走り、血が出てくる。その時、近くにいたのが時宗丸だった。

「お…おい何やってんだよ梵天丸!!?」

なおも暴れる梵天丸は、何人かの家臣に止められ、漸く大人しくなった。


___



「そんなこと…現実で起こるとは、信じがたいんですけど…」
「お前が言うのは尤もだ。でも本当にあったことなんだよ」

蒼丸は、少々罪悪感に苛まれた。自分が生まれてしまったから、政宗様を見る人が居なくなったのか…?

「…それで、どうなったんですか?」
「…」

成実はまた、思い出すように語り始めた。