複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【誰かコメントをお恵みください】 ( No.95 )
- 日時: 2012/08/20 18:28
- 名前: ナル姫 (ID: 6xeOOcq6)
蒼丸の部屋から出た彼女は、家臣を一人連れて自身のために用意された客間へ続く廊下を歩いていた。夕方を少し過ぎた時間、西の空には宵の明星(金星)が見えている。まだ明るさが僅かに残る時間の筈なのに、廊下はどんよりとした闇に覆われており、まるで彼女の心境を表しているようだった。溜息をついたその時。
「…お咲ちゃん?」
聞き慣れない声に驚き、後ろを見ると、愛がいた。愛姫様、と咲は言葉を漏らす。
「やっぱりお咲ちゃん!随分綺麗になったわね!」
西に輝く夕星のように、彼女の声は明るく、優しかった。
「結婚、決まったんですってね。おめでとう」
「はい…ありがとうございます」
「…蒼丸君と喧嘩でもしちゃったの?」
「え!?」
「フフ…さっき、蒼丸君も元気が無くてね。政宗様に訊いたら、今日は会ってないって言われたから…もしかしてって思って」
心配そうに笑う愛を見て、咲は苦笑しながら、はい、と呟いた。
「…ねぇお咲ちゃん。私の部屋に寄らない?」
「え?」
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「私達の方に?」
「はい。片倉様や、成実様…政宗様に味方します」
政宗の部屋では、蒼丸が、昨日小十郎に言われた事に結論を出していた。蒼丸としては、小十郎だけに言えば良かったのだが、探していたら此処に行き着き、政宗の目の前で言う羽目になった次第だ。聞いていた成実が政宗をからかう。
「良かったな梵天丸。末っ子はお前の味方だぜ」
「…貴様は大森に…帰れ!」
「ウゴウフッ」
声と一緒に炸裂した政宗の鉄拳は鈍い音を出して成実の顔面に命中。小十郎は溜息、蒼丸は人生最大の苦笑いをそこに残したのだった。
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一方、愛に招かれた咲は、彼女に蒼丸と話した事を全て晒した。愛は少し目を伏せて、軈て顔をあげた。そして、こんな事を訊いた。
「お咲ちゃん、今不安じゃない?」
急な問いに、咲は躊躇いつつもはいと答える。
「…相手の事も良く分からないし、どんな生活になるか分からないし…」
「そうよね。私もそうだった。旦那さんは片目だって話だし、姑さんは厳しいらしいしね」
愛は小さく笑った。
「最初は凄く嫌だったの。御父様の元に帰りたくて仕方なかった。政宗様は無口で無愛想だし、何より…」
家族の間が冷たかったわ、と愛は呟いた。咲が固唾を飲む。
「でも、家の為だと我慢したの。そんなある日…蒼丸君を見掛けた。まだ八つくらいの」
その時、彼女の隣にいた政宗は、確実に怯えていた。彼女はそう語る。
「おまけに二人は目がそっくりでしょう?だから政宗様に問い詰めた。どういう関係なのって。最初こそ言い渋っていたけれど、最終的に政宗様は折れて、全部話してくれた。その時、泣きそうになっていた政宗様がとても可哀想に見えた。愛してあげようって思えた。そしたら…いつの間にか、彼の全てが大好きになったの。…一緒にいるって言うのは、そう言うことなのよ」
「…」
「一緒にいると、相手の悪いところも、良いところも、全部大好きになれる。それがたとえ、血の繋がらない、形だけの兄弟でも」
ニッコリと笑う愛の目を見て、咲は泣きそうになる。
「その話を…もう少し早く聞けたら良かった…なんて」
笑顔で誤魔化す咲を、愛は力一杯抱き締めた。頬を伝う雫が、愛の着物を濡らしていた。