複雑・ファジー小説

Re: 本当のわたし◇No.1 ( No.7 )
日時: 2012/06/06 09:55
名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: AzXYRK4N)

No.1◇三つの顔を持つ少女

「前方数十メートル先に、標的一匹」
 夜闇の中、凜とした少女の声が響く。
「こちらに気がつきました」
 木の陰に隠れていた少女の前には、狼のような生物が一匹。しかし、それは狼の二倍ほどの大きさがあり、牙も大きく、鋭く尖っている。
 多分、あれだと自分の腕は噛み千切られるだろうな、と呑気に考える。
「仕留めます」
 ゆっくりとその狼が近づいてくる。
 ——あと、少し。
 そして、少女は呟いた。
「凍れ」
 すると、狼は急に動きを止めた。それどころか、風に吹き靡〔なび〕かせていた毛までもが動きを止めてしまう。
 それを確認した少女は、小さく呟いた。
「オッケー」
 すると、木の陰に隠れていたもう一人が姿を現す。
 その青年は、手に拳銃を持っている。それを狼に向けて構えた。
「バーン!」
 その言葉と同時に青年は拳銃の引き金を引いた。
 パァンと。闇夜を切り裂く、大きな音。
 急所である眉間に弾丸を撃ち込まれた狼は、そのまま倒れ込む。
「 …よし、やったね!」
 嬉しそうに指を鳴らす青年。
「さすが、Freezist〔凍らせる者〕だね」
 「凍らせる者」と呼ばれた少女は、しかし無視して言った。
「この狼、車に乗せて、連れて帰ってね」
「『連れて帰ってね』… て、真白チャンは来ないの?」
 続いて、「真白チャン」と呼ばれた少女は、頷いた。
「これから、学校なの」
 夜は明け、太陽が上り始めている。
「うっわー、大変」
 棒読みで言う青年に、少女は半眼になった。
「 …て言うことで、あとは頼んだわよ」
「ラジャー」
 そのまま少女は、森を抜けて、リムジンに乗り込む。
「さ、行ってちょうだい」
 リムジンの中で足を組ながら少女は言った。
「ちょっとてこずったから、時間が無いわね。急いでちょうだい」
 その言葉を聴いた運転手は、アクセルをいっぱいに踏み込んだ。
「ちょっと、飛ばしすぎじゃない?」
 少女が言うと、運転手は「そんなことありません」と返してきた。
 しかし、少女は見た。この車が時速120キロ出していることを。
「……………」
 見なかったことにして、少女は隣の座席に置いてあった新聞を広げた。
 パラパラとページを捲っていたが、一つの記事で、手を止めた。
 神奈川県横浜市のショッピングモールで火事。出火場所は店内の階段。出火原因は解っていない。
「すぐ近くよね… 」
 ——何か嫌な予感がする。
「気のせい… 、よね」
 小さく呟いて、新聞を閉じる。次は、ノートパソコンを開いた。それで、テレビを見る。
『本日のゲストは、今大人気の久遠純歌〔くおんすみか〕さんです!』
『よろしくお願いします』
 テレビに映った自分の姿を見て、小さく呟いた。
「ちょっと、太ったかしら?」
 それは、困る。ダイエットをしないと。
『純歌さんは、現役中学生なんですよね』
『はい、そうなんです』
『大変じゃない?』
『大変だけど、楽しいから、やっていけます』
 自分で言った言葉に、吐き気がしてくる。
 ——楽しい? そんなもの。
 ノートパソコンを閉めた。
 車内に、沈黙が降り注ぐ。聞こえるのは、エンジンの音。
「わたしは… 、一体——」
(一体、何なの?)
 そんなことを考えていると、運転手に声をかけられた。
「学校に着きましたよ」
 リムジンから降りたのは、一人の少女。
 艶やかな亜麻色のストレートの髪を腰まで伸ばしている。光の当たり方によって茶色にも見える、大きな瞳。一言で表すならば、——美少女。
「行ってらっしゃいませ、永久〔とこしえ〕真白様」



   ◇◆◇



 わたしは。

 永久真白。中学生二年生。

 久遠純歌。アイドル。

 凍らせる者。秘密組織の一員。

 どれも本当の自分のだけど、どれも偽りの自分。

 本当の自分は、どこ——?



   ◇◆◇