複雑・ファジー小説
- Re: 本当のわたし◇No.2 ( No.10 )
- 日時: 2012/06/24 11:48
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: 7H/tVqhn)
No.2◇追われる少年
「真白、お疲れ様」
静かな部屋の中、一人の青年の声が響く。
「はい、報酬だよ」
漆黒の髪に、漆黒の瞳を持つその青年から封筒を受け取った真白は中身を確認した。
壱万円札が、三枚。
「ありがとうございます」
顔色一つ変えずに、礼をする。顔を上げると、青年がそれを待っていたように問うてきた。
「この近くで、火事が起きたことは知ってるか?」
「はい」
新聞で読んだ、あの火事のことだろう。
「あの火事が気になる——少し、様子を見ておいてくれ」
「はい、解りました——ボス」
広い廊下を、少女が一人で進んでいく。
ここは、秘密組織の建物。
外見は普通のビル。周りにも、同じようなビルがいくつも建っている。それは普通のビルだが。だから、バレにくく良いそうだ。
いくつもの扉がある中、真白は迷わずに一つの扉を開ける。
部屋の中は広く、ソファ等が置いてある。そして、秘密組織の一員も、そこに集まっている。
「よーっす! 真白チャン」
軽々しく声をかけてくるのは、一人の青年。ついさっき、一緒に狼を仕留めた奴だ。名前は、白銀玲音〔しろがねれおん〕。
肩につくぐらいに伸ばされた銀髪。大きな目。左目には泣き黒子がある。スラッとした鼻。耳には派手なピアス。顔はイケメンだと思うが、いつもヘラヘラチャラチャラしているから、真白は彼が苦手だ。
「何か仕事もらった?」
彼が座っているソファと向かい側に座り、「ううん」と答えた。
「何も。ただ、うん… そうね——」
「何だそれ」
はぐらかす真白に玲音が突っ込んできたが、真白は沈黙を決め込んだ。
この秘密組織では、一人一人の仕事内容は個人の情報として、他人には教えない。
「 …ちょっと、出掛けてくるわ」
「はぁ?」
突然立ち上がる真白に、玲音は驚いたようだが、それ以上は何も言ってこない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「 …ったく、買い物に行くのもコソコソしなきゃいけないなんて………」
真白は街中を歩きながら、呟いた。
「面倒だわ」
今、彼女はキャップを目深に被り、だて眼鏡を着けている。そうしているのは、彼女がアイドルだからで、それに気づかれてしまうと、色々と大変なことになるからだ。
「 …どこに行こうかしら?」
実は特に何も用がないのだ。ただ、あそこにいるのが、嫌だったから、飛び出してきてしまった。
「 …ん?」
そのとき、一人の少年が前から全速力で走ってきた。
長身で、赤髪の少年。その後ろには、二、三人の人。
追われているのか。
一瞬で、そう判断して、真白は路地裏に隠れた。巻き込まれるのは、得策ではない。しかし。
「うおっ !?」
「 !?」
真白が逃げ込んだ路地裏に、先程の赤髪の少年がやって来たではないか。
赤髪の少年は真白の顔を見たあと、後ろを振り返った。追っ手が近づいている。
「こっち、来い!」
「はぁっ !?」
少年に腕を掴まれ、そのまま一緒に走り出す。
「ちょっ… 、なんで、わたしまで… !」
そう言いながら、ちらりと後ろを振り返ると、追っ手がまだ追いかけてくるのが見えた。
(チカラを、使おうか)
しかし、赤髪の少年〔一般人〕の前で使うのは、気が引ける。それに、あとあと説明するのが面倒だ。
本当に危なくなった時には使おうと決めて、取り敢えずは赤髪の少年についていく。
「 …行き止まりかよ!」
赤髪の少年が叫んだ。見ると、塀に囲まれていて、通るのは無理そうだ。
「 …どうするの?」
訊いておきながら、真白はチカラを使うしかない、と考えている。
すると、赤髪の少年は真白の一歩前に出て、真白を庇うように立った。
「わたしを護ると言うの? 見上げた精神ね」
真白が嘲笑した。
「お前は、黙っとけ」
赤髪の少年が静かに言った。
「 …何よ」
(気に入らない。このわたしに、そんな口をきくなんて。大人気アイドル久遠純歌よ !?)
そこまで思って、真白ははっと気がついた。
(変装してるから、気づいてないのね)
なら、もし自分が正体を明かせば、この赤髪の少年は驚くだろう。
そんなことを呑気に考えていると、追っ手がようやく追い付いた。
「殺してやる」
追っ手が銃を赤髪の少年に向ける。
(なんで銃なんて持ってんのよ!)
そう思いながら、凍らせれば関係ないか、とも考える。
「その女は、恋人か?」
「その女」とは真白のことだろう。それを聴いた赤髪の少年は、馬鹿にしたように言った。
「 …ざけんな。こんな奴、知らねーよ」
「 ……… 」
「こんな奴」という言葉に、真白の目が据わる。しかし、彼女の前に立っている少年には解らないだろう。
「お前なんかに、殺されねーよ」
赤髪の少年が、ニヤリと笑った。
「フン、バカじゃないか?」
そう言って、追っ手が銃の引き金を引いた。
「馬鹿はそっちだ!」
赤髪の少年の手から、炎が出たのを真白は見た。
「 …——!」
その真紅の炎は、真っ直ぐに追っ手の方へ延び、追っ手を包み込んだ。
「うわあぁぁぁっ !!」
追っ手が、火の柱に包まれる。
「 …ちょっと、このままだと、死なない?」
真白が固い声で訊くと、赤髪の少年は前を見たまま答えた。
「——俺は、もう人は殺さねーよ」
「え——?」
炎は徐々に収まり、やがて消え去った。
そこには、先程の追っ手が、倒れていた。火傷したあとはどこにもない。
「あなた、一体、何者なの——?」
真白が訊くと、赤髪の少年は振り返り、真白の目を見て言った。
「お前こそ、何者なんだよ」
「 …は?」
「銃から、弾が出なかった」
そう、追っ手は銃の引き金を引いたにも関わらず、弾丸は出なかった。それは、真白が銃口を凍らせ、出ないようにしたからだ。しかし、真白はとぼけた。
「 …さあ? なんのこと?」
「へえ、しらを切んのか」
「 …——」
真白は、何も答えない。
倒れている追っ手の傍に行き、落ちている銃を手に取る。
「 …本物かしら」
すると、赤髪の少年が真白の横に立ち、言った。
「本物だぜ、それ」
「 …なんで知ってるのよ」
上から目線で言ってくる赤髪の少年に、少々苛立ちながらも、その気持ちを落ち着かせて訊く。
「お前と逢う前に、撃たれた」
「はぁっ !?」
少年の告白に驚きながらも、よくやく見ると、右腕部分の服が切れており、肌が見えている。
「 …血、出てるわよ」
真白が言うと、少年は無表情で言った。
「かすっただけだよ」
その言葉通り、傷はそこまで深くはない。
「 …——」
バンドエイドでも持っていたら良いのだが、残念ながら持っていない。
それでも、怪我人をそのままにしておくのも悪いので、カバンの中を探る。何か、良い物はないだろうか。
すると、一枚のハンカチが出てきた。これなら、少しは役に立つだろう。
「はい、これ使いなさいよ」
ハンカチを少年の目の前に出すと、迷惑そうな表情をした。
「いらねーよ」
「 …は… ? なんでよ」
(せっかく、親切にしてやってんのに)
赤髪の少年を睨み付ける。そして、今更ながらに、少年の顔をよく見た。
目付きの悪い目に、アシンメリーで目を引く赤髪。それなりにイケメンだ。アイドルや俳優に囲まれた真白が思うのだから、良い方だろう。それに、背も高い。真白より頭一つ分ほど——否、それ以上に高い。服装は、Tシャツにジーパン、古ぼけたスニーカー。年は、真白より少し上ぐらいか。真白が中学二年生なので、高校生かもしれない。
そんなことを考えていると、赤髪の少年は「じゃあな」と、立ち去ろうとした。
「 …あ、ちょっと——」
なぜだか、少年の手を掴んだ。少年は一瞬目を見張ったが、「なんだよ」とうざったそうな表情で言ってきた。
「あ… の、あんた、名前は?」
「 …… アカイ、タツキ。お前は?」
アカイタツキが静かに訊いてきた。
「わたしは、——久遠純歌よ」
真っ直ぐに目を見て言う。
(これで、気づくでしょ)
しかし、アカイタツキは「あっそ」と興味の無さそうに言い、真白の手を振りほどいて、去っていった。
「 …あいつ、わたしのことを、知らないの?」
赤髪の少年——アカイタツキの後ろ姿を見て、真白は呟いた。
◇◆◇
これが、二人の出逢い。
◇◆◇