複雑・ファジー小説
- Re: 本当のわたし◇No.3 ( No.12 )
- 日時: 2012/06/05 12:15
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: 4dKRj7K1)
No.3◇氷と炎
「——と言うことで、こうなったのよ」
街の中の路地裏。
気絶している追っ手と二人きりになった真白は、秘密組織の人物を呼び寄せた。
「だから、この男、捕らえておいて」
「合点承知!」
ピシッと右手を目の上にかざす青年——箱舟風太郎〔はこぶねふうたろう〕と言う。
年は、二十代前半。スラリとしていて、背が高い。しかし、先程の赤髪の少年——アカイタツキの方が、もう少しだけ高かった気がする。茶色がかった短めの髪に、ニコニコ笑顔。この青年は、いつも笑っている。
彼は、手に持っていた手錠を追っ手につけた。
「一緒に帰ります?」
風太郎が訊いてきたので、真白は頷いた。
「あなただと、数秒で着くもの」
「では——」
風太郎が小さく呟くと、風が吹き、一瞬後には秘密組織の建物内に立っていた。
「Teleportationist〔移動する者〕——」
その名の通り、瞬間移動するチカラを持つ。
「便利ね… 」
それに比べ、自分のチカラは、物を凍らすことしかできない。
「はあ」と溜め息をついたあと、真白は風太郎に言った。
「わたしは地下室に行ってくるわ。あと、よろしく」
「おまかせくださーい!」
ニコニコと風太郎が言うので、彼を置いて、真白は地下室に向かった。
この秘密組織の建物は広い。何十階建てのビルなのだ。それに、地下室までついている。
多分、使っていない部屋——フロアもあるだろう。なんせ、秘密組織のメンバーは数人しかいない。下っ端の数を合わせても、二十人を越すかどうか。
一人に一フロアでも良いぐらいだ。かと言って、一フロアを貰っても、特に使い道がない。
現在、秘密組織のメンバーには、一人に一部屋が与えられている。そして、みんなその部屋に住み込んでいる。——他に、行き場が無いのだ。
「 …そう思うと、わたしたちも悲しいわね」
長い廊下に、真白の呟きが響く。
廊下には、何もない。真っ黒な壁が、延々と続いているだけ。
この建物は、黒色を基調としている。しかし、真白は黒が好きではない。気持ちが暗くなるし、塞ぎこまれている感じがするからだ。だから、自分の部屋では黒い壁を隠すように、ポスターなどをところ狭しと貼っている。
ボスの部屋も、黒だ。しかし、あの人は、黒が落ち着く、と言っていた気がする。
(頭、いかれてんじゃないの?)
言葉には出さずに、心の中で言う。
(ほんと、あの人はおかしい)
大体、謎だらけだ。ある日、突然、あの青年がボスになった。それまでは、もっと高齢の、それこそ八十歳位の人がボスをしていた。
それなのに、突然「今日からは、僕がボスだ——」。そんなことを言い出した。それは確か、五年前。
一体、何があったのだろう。
「 …——」
そんなことを考えているうちに、真白はエレベーターの前までやって来た。
それに乗り、B1のボタンを押す。扉が閉まり、再び開くと、そこは沢山の量の本や書類が置いてある、地下室。
真白は、部屋を囲むように置いてある本棚の中から、一つのファイルを抜き出した。
それを、部屋の真ん中にぽつんと置かれている机の上に開き、ページを捲っていく。
そのファイルには書類が綴じてあり、老若男女、様々な人物の情報が書かれている。ただ、それらの人物には、全て共通点がある。それは全員、超能力者であるということ。
数は、五十もいかないのだが、この世の中にこんなに超能力者がいるのかと驚かさせられる。
そして、真白は一つのページで手を振りほどいて止めた。
そこに書かれているのは、赤井龍生〔アカイタツキ〕。
名前、生年月日、身長、チカラ、称号、家族構成、性格など、事細かに書かれている。
「チカラは発火能力… 」
真白が声に出して読んだ。
「 …称号は——」
超能力者には一人一人に称号というものが左腕に必ず書いてある。しかし、それは超能力者しか見ることが出来ない。そして、称号は超能力者のチカラに関係したもので、同じ称号を持つ者は一人として存在しない。言わば、自分だけのものということだ。
ちなみに、真白の左腕には小さく、『Freezist〔凍らせる者〕』と書かれている。
そして、赤井龍生は。
「——Burnist〔燃やす者〕」
あの、真っ赤な炎。そのままだ。
そして、真白は読み進めていく中で、目を見開いた。そこに書かれていたのは。
——両親は、彼が幼い頃に火事で亡くなる。
真白はしばらくの間、ぼんやりとそれを見つめていた。
「 …火事——?」
真白は呟いた。何か、引っ掛かる。
「 …火事」
もう一度呟いて、真白はこの近くのショッピングモールで火事が起こったのを思い出した。
「 …… まさか、ね」
そう言って、ファイルを閉じて、本棚になおす。
「炎、か——」
真白は、エレベーターに乗って、呟いた。
「わたしのチカラは、 …氷」
全てを凍らせる、冷たいチカラ。
その時、エレベーターの音がして、ドアが開いた。そこに立っていたのは。
「 …ボス——」
「真白、何を見ているんだ?」
ボスと呼ばれた青年は、真白に近付きながら、静かに問うた。
「真白?」
「追われていた少年について、調べていました」
真白は、書類に目を落としたまま答えた。
「そう——。でも、その書類は見てはいけないよ、真白」
笑みを含ませながら青年は言うが、真白はゾクリとするものを感じた。
「 …あ… の、すいません」
頭を下げると、青年は黙ってそれを見ていたが、やがて言った。
「 …この少年をマークしてくれ」
真白はボスの言葉に驚いたが、それを隠して「はい」と答えた。
「それから、ここの部屋にはもう入るな」
「なんでですか?」
思わず訊いてしまった。この部屋は、自由に入っていいはずだ。
すると、ボスは真白を冷酷な瞳で睨んだ。
「ここには入るな。——解ったな?」
真白は恐怖に似たものを感じた。
「は… い」
小さく頷くと、ボスは先程とは打って変わって、優しい声で言った。
「じゃあ、戻ろうか」
◇◆◇
氷と炎。
凍らせる者と燃やす者。
正反対のチカラを持つ、二人。
◇◆◇