複雑・ファジー小説

Re: 本当のわたし ( No.17 )
日時: 2012/06/16 23:40
名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: lwQfLpDF)
参照: 気付いたら参照200突破で急いで第5話を仕上げた

No.5◇地下牢で

 地下二階にある牢屋。
「風太郎!」
 そこに、威勢の良い声が響き渡る。
「おい、風太郎!」
「何ですか? 月乃さん」
 呼ばれた風太郎は、いつものようにニコニコと笑って訊く。
「そいつと話がしたい!」
 月乃が、牢屋の中でパイプイスに座ってご飯を食べている追っ手を指差した。牢屋は鉄格子がされており、中には簡素なベッドと机。
「良いですよ」
 ニッコリ笑って風太郎がそう言うなり、月乃は手に持っていた刀を引き抜いた。
「私のご飯を食べやがって… !」
「月乃さん、落ち着いて!」
 風太郎が月乃をおさえる。牢屋の中でご飯を食べていた追っ手は、ポカンと口を開けた。
「大丈夫! 殺しはしないから!」
 キラーンと音がしてきそうな笑顔で言う月乃に、風太郎が突っ込む。
「いやいやいや、殺しはしないって、何するつもりですか !?」
「死なない程度に切り刻んでやる!」
「えぇぇぇぇっ !?」
 ギャーギャーと騒ぐ二人を見て、追っ手は猶も口を開けている。
「私のご飯を返せ!」
「落ち着いてくださいって !!」
 追っ手は、ただ呆然としている。
「恥ずかしいですよ! 見られてますよ! 引かれてますよ!」
「どうでも良い! ここで死ぬんだからな!」
「死ぬって、殺すってことですか !?」
「そうとも言う!」
「駄目でしょ!」
 その時、凜とした声が、地下牢に響く。
「『殺さないでくださいね』って、言いませんでした?」
 見ると、真白が腕組みをして仁王立ちしていた。
「 …あ、真白」
「刀、鞘に納めてください」
 有無を言わせぬ静かな声で言われ、月乃はおとなしくそれに従う。
「はい、刀、預かっときます」
 月乃の手から、長い刀を受け取った真白は、彼女から離れた場所に立った。
「 …酷いな、真白」
「嘘つく月乃さんの方がひどいです」
 ニッコリと笑う真白に、月乃はばつが悪そうな表情をした。
「で、何の用ですか?」
 風太郎が月乃に訊くと、月乃は「あ?」と言った。
「別に、私の食べ物を奪ったそいつを殺しに来ただけ——」
「月乃さん、殺しに来たんですか?」
 真白が笑顔で訊いた。——否、その笑顔は全く笑っていない。
「いや、——すいません」
 そんな三人のやり取りを見ていた追っ手は小さく笑った。
「何を笑ってる?」
 月乃が訊くと、追っ手は言った。
「漫才みたいだと思って… 」
「……………そう」
 「漫才みたい」だと言われた三人は、何とも言えない表情をした。
「まぁ、良い。お前、名前は?」
 月乃が咳払いをして訊いた。しかし、それには追っ手ではなく風太郎が答えた。
「それが、教えてくれないんですよ」
「何で?」
「知りません」
 そこで、追っ手の顔をよく見る。
 黒髪を肩につくくらいに、ボサボサに伸ばしている。前髪も長く、目はそれに隠されていて、見ることができない。黒色のコートを羽織っていて、ジーパンに古ぼけたスニーカー。年は、まだ二十歳にもなっていないと思われる。
「だから、警察が犯人にカツ丼食べさせるみたいに、何か食べさせたら言うかと思って、いっぱい食べさせました」
「お前が犯人か!」
 月乃のベシッと風太郎の頭を叩いた。
「痛いです」
「で、名前は何なんだ !?」
 風太郎を無視して、月乃の追っ手に訊く。
「…………」
 目を反らして、何も答えない。
「 …拷問でも、してやろうか?」
 月乃が言ったのに、真白が素早く反応する。
「だめです」
「 …なら、とっとと言え!」
「…………」
 相変わらず、何も答えない。
「だったら、質問を変えよう! 何故、名前を教えない !?」
「…………」
 この質問にも、答えない。
「——だーっ !! イライラするっ!」
「…………月乃さん、落ち着いてください」
 暴れそうになる月乃を宥める。
「諦めた方が良いんじゃないですか? 何も答えませんもん」
 しかし、月乃はまだ質問を続ける。
「——なら、何で少年を追ってた !?」
「…………それは——」
 漸く追っ手が口を開いた。
「教えられない」
「くっそーっ !!」
 これ以上、月乃と追っ手を話させても無駄そうなので、真白は月乃を無理矢理に引っ張っていく。
「なーにーをーすーるー!」
「うるさいです」
「あーのーなー!」
「黙ってください」
 騒ぐ月乃をエレベーターに押し込もうとする真白の耳に、追っ手の声が聞こえた。
「一つだけ、教えてやるよ」
「 … !?」
 真白と風太郎が、追っ手を見る。月乃も遅れて、エレベーターから顔を出して追っ手を睨む。
「ある人に命令されたんだよ」
「『ある人』って、誰だ?」
 月乃が低い声で訊いたが、追っ手はただ口端を吊り上げただけだった。



   ◇◆◇



 一体、誰がそんなことを——?



   ◇◆◇