複雑・ファジー小説
- Re: 本当のわたし◇No.11 ( No.28 )
- 日時: 2012/07/01 09:24
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: aMIPEMQ3)
- 参照: プチバトルシーンあります。
No.11◇名前
「連れてきましたよ。赤井龍生」
連れてこられたのは、一つの部屋。そこに、一人の青年がいた。
「ありがとう、真白。…もう、行って良い」
「はい」
真白と呼ばれた少女は部屋から出ていく。
(そんな名前だったっけな?)
無言でそんなことを考える赤井龍生である。
「初めまして。赤井龍生くん」
その青年はこちらを向いて言う。しかし、青年の後ろはガラス張りで、そこから光が差し込んでいるので、逆光になって顔がよく見えない。
「お前、誰なんだよ。…つか、ここは何なんだよ」
そう訊くと、青年は言った。
「ここは秘密組織。そして、僕はそのボスだ」
「秘密組織って、何だよ」
すると、ここのボスだと言う青年は机に頬杖をついて、笑った。
「それには、答えられないな」
「…なら、何で俺をここに連れてきた?」
その質問には答えてくれた。
「僕が君をここへ呼んだ理由はただ一つ」
そこで一旦区切ってから言った。
「君にもこの秘密組織に入ってほしいんだ」
赤井龍生は目を見張った。
「君のチカラはとても強い。君がいてくれれば必ず役に立つ」
「チカラのこと、知ってんのかよ」
低い声で問うと、青年は頷いた。
「あぁ。勿論だ」
そして、青年はその場に立ち上がった。
「そのチカラを使って、実験体を始末してほしい」
「実験体を、始末——?」
赤井龍生はぼんやりと呟いた。
「だから、ここへ入ってほしい。…どうかな?」
青年が右手を差し出してきた。
この手を取れば、ここに入るということか。
赤井龍生はそれまでずっとズボンのポケットに突っ込んでいた手を出し、ゆっくりと差し出した。
そして。
パシッと音をたてて青年が差し出していた手を払った。
「…な——」
愕然と目を見開いた青年に、赤井龍生は言った。
「何だか知らねーけど、俺はこんな怪しいところに入る気なんてさらさらねーよ」
そのまま部屋を出ようとする赤井龍生に、青年は声をかけた。
「金も、やる」
「…は?」
「入ったら、金もやる! だから——」
「いらねー」
青年の言葉を赤井龍生は遮った。
「とにかく、俺は入らねーから」
扉を開け、赤井龍生はその部屋から出ていった。
一人残された青年は、小さく呟いた。
「何故…、何故、断った——?」
部屋を出ると、先程の少女と青年が待っていた。
「なんて?」
少女が訊いてきたので、赤井龍生は簡潔に話の内容を教えた。
「断ったけどな」
最後にそう言うと、二人は目を見開いた。
「断ったの !? 折角イケメンが増えると思ってたのに——」
「だから、きもいって」
少女が半眼で突っ込んで、それから赤井龍生に向かって言った。
「なら、外まで案内するわ」
さっさと歩く少女のあとを、赤井龍生はついていく。ちらりと振り返ると、青年はその場で壁にもたれて立っていたのでついてこないようだ。
二人っきりで広い廊下を歩く。
「ほんと、広いなぁ——」
歩きながら、小さく呟いた。
前を歩く少女は、一度こちらを振り返ったが、また前を向いてしまった。
「…それでさぁ、お前の名前、何だっけ?」
そう訊くと、少女は立ち止まった。真後ろを歩いていた赤井龍生は、危うく少女にぶつかりそうになった。
少女は身体ごとこちらを向いて、腕組をした。
「久遠純歌よ! くーおーん、すーみーか!」
ずいっと顔を寄せて言ってくるので、赤井龍生は一歩後ろへ下がった。
「覚えた? 久遠純歌よ、忘れたら許さないから!」
それだけ言うと、久遠純歌は再び歩き始めた。
「…なら、久遠」
「何で名字で呼ぶのよ」
久遠純歌の言葉に龍生は半眼になった。
「は? じゃあ、久遠純歌」
「何でフルネームなのよ」
「………じゃ、純歌」
前を歩く少女の後ろ姿を見つめながら、赤井龍生は言った。
「なぁ、お前もチカラ使えんだろ?」
「…——」
久遠純歌は何も答えない。
「ここの秘密組織は何なんだよ」
「…——」
ただ黙って歩き続ける。
「…教えてくれねーのかよ」
赤井龍生はぼそりと呟いて、溜め息をついた。
それから、彼はふと思い付いた。
「——マシロ」
「…っ !?」
久遠純歌は目を見開いて、こちらを振り返った。
「そ…の、名前、何で知ってんのよ!」
「え、さっきの奴が、言ってたし——」
「その名前で呼ばないでよね !!」
久遠純歌はそう言うと、ずんずん進んでいく。それについていきながら、赤井龍生は口を開いた。
「なー、何で名前、二つあんの?」
「あんたには関係ないでしょ!」
そのとき、後ろから足音が聞こえた。
「お前を殺ーす !!」
ブンッと風を切る音が聞こえ、反射的に身を躱すと、そのすぐ横に刀が振り下ろされた。
「避けたな、お前!」
続いて横一線に薙ぎ払われる。
「う、わっ !!」
赤井龍生はギリギリのところでそれを避ける。
「月乃さん」
久遠純歌が彼女の名前を呼ぶ。
「止めるなよ! 真白の敵は私が討つ!」
「そうですね。やっちゃってください」
さらりと言った久遠純歌の言葉に、月乃は目を輝かせる。
「まじか!」
「はい!」
「ちょっと、待ったぁ !!」
赤井龍生の言葉は二人には届かない。
「さぁさぁ、殺してやるぞ。赤井龍生!」
「ふざけんなよ !!」
赤井龍生は急いでその場から逃げ出す。
「ははぁ! この建物は全て把握しているこっちが有利なんだよ!」
後ろでそんな声が聞こえてくる。
何だか分からないが、昨日から自分は命を狙われるらしい。色んな人に。
取り敢えずは逃げなくてはと思い、適当に走っていたが。
「だから、何で行き止まりなんだよ!」
あぁ、そうか。きっと自分は方向音痴なんだ。行き止まりがラッキースポットかもしれない。
乱れた呼吸を整えながら、赤井龍生は刀を持った女性を見据えた。
女性はこちらへ勢いよく走ってくる。
「…って、どうするよ」
こっちには武器がない。どう考えても不利だ。
「死ねぇっ !!」
刀が振り上げられる。
(おい、まじでヤバくねぇ?)
振り下ろされる刀。
「あぶなっ!」
左に避けると、刀は壁を切り裂いただけだった。
「うっわ。怖… 」
傷付いた壁を見ながら呟くと、女性は笑った。
「余裕だな。まぁ、次で殺してやる」
「……………そうですか」
(何か、他人事のように思えてきたぞ)
そう思いながら、刀をひらりと避ける。しかし、右腕に熱さを感じた。
「うっわ、血、出た」
昨日から生傷が絶えないなぁ、と思いながら、刀を躱す。
「ちょこまかと逃げやがって… !」
舌打ちをして、刀を持った女性は、その刀を赤井龍生の顔に突き刺そうとした。
「危ね… !」
壁に突き刺さって揺れる刀を見て、赤井龍生は青ざめた。
あんなのが本当に顔に刺さっていたら、どうなっていたのか。
「 …おらぁ!」
そのとき、一瞬の隙があった。その隙に、女性は赤井龍生の鳩尾にその拳を滑り込ませた。
「——かは… っ!」
その場に座り込んだ赤井龍生を見て、女性は満足げに笑った。
「私を舐めんなよ」
「月乃さん、お見事」
いつの間にかやってきた真白が笑顔でパチパチと拍手をする。
「あ… 、お前、なぁ——」
赤井龍生が腹部を押さえながら、月乃を睨む。しかし、月乃はしゃがんで赤井龍生を睨み返した。
「餓鬼が調子乗んなよ。また真白を危険なめに会わせてみろ。次こそぶっ殺すぞ」
「 …——」
フッと不敵に笑った月乃は、壁に突き刺さった刀を抜いた。
「じゃあ、この少年は私が外まで連れていくから」
「 …は」
「真白は戻ってて良いぞ」
そして、月乃は赤井龍生の腕を掴んで、強引に連れていった。
左腕を引っ張られながら、赤井龍生はチラリと後ろを振り返った。すると、あの少女がこちらを据わった目で見ていた。
「あ… の、あなた、何ですか」
赤井龍生は前を歩く月乃に訊いた。
「『何ですか』とは何だ?」
月乃の言葉に、赤井龍生は半眼になった。
「だから、何で俺を殺そうとしたんですか」
「そりゃあ、真白を危険な目にあわせたから」
「……………そうですか」
あれは自分のせいと言うよりは、あの追ってきた奴のせいだと思うが。しかし、それを言うと、また何かされそうだと思ったので、何も言わなかった。
「ほら、帰れ」
外に出た二人は、赤井龍生を置いて、さっさと建物の中へ入っていった。
「——って、どうやって帰れば良いんだよ」
行きはリムジンで来たというのに、帰りはなんだ。リムジンどころか、この扱い。酷すぎる。
「…くそぉ。こんなとこ絶対入んねーぞ」
そう誓って、赤井龍生は帰っていった。