複雑・ファジー小説

Re: 本当のわたし ( No.33 )
日時: 2012/07/16 07:58
名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: LkHrxW/C)
参照: 明日、学校に行くと三連休です。嬉しすぎます。

No.15◇強くなった実験体

「このDefendist〔護る者〕をな!」
 玲音のその言葉に、しかし少年は無表情に言った。
「護る者、か。厄介だな…」
 すると、少年は横にいるルーテアをちらりと見た。
「——やれ」
 静かな命令に、少女は何も答えなかった。
「…ルー?」
 訝しげに少年が少女の顔を覗くと、彼女は頬を膨らませていた。
「チカラが効かなかったので、やりません」
「………はぁ?」
「だって! あの赤井龍生とかいう奴! あたしのチカラが効かなかったのよ! 宙波〔ひろは〕、どう思う!?」
 宙波と呼ばれた少年は、少し面食らったような表情をして、それから呆れたように言った。。
「ルー、お前、そんなこと気にしてんのか」
「『そんなこと』とは何よ! あたしにとっては一大事よ!」
 そのとき、真白は、あぁ、と思い出した。
 確か、ルーテアという少女は赤井龍生に何かチカラを使ったが、彼は何ともなかった。そう言えば、チカラが効かないだのなんだの言っていたような。
(しかし、変わった人だなぁ…)
 腕組みをして、半眼で少年宙波と少女ルーテアを見詰める。
 緊張感に欠けるというか、なんというか。仮にもここは敵地のはずだが。
 そんなことを考えている自分もダメだな、と思った真白は小さく溜め息をついた。
「あ! あなた、今、溜め息つきましたわね!?」
「はい…っ!?」
 突然、ルーテアに指を差された真白は目を見張った。
「あぁ!! あんな人に同情されるなんて…!」
「………何か盛大な勘違いをしていると思うんですが」
 半眼になった真白の呟きはルーテアの耳には入らない。
「もう、あたしこんなところ嫌だわ! とっとと帰るわよ!」
「…蒼は——」
 宙波の問いに即答するルーテア。
「あんな奴、どうでも良いわ! 帰るわよ!」
「おい、ルーテア! 宙波!」
 蒼は牢屋の中で怒鳴る。
「置いていく気か…!」
「えぇ! そうよ!」
 その瞬間、どこからか巨大な狼が一匹現れた。
「あれは…、実験体!?」
 目を見開く青。
「ここを壊したお詫びにこの子を置いていくわ!」
「…うっわー、嫌がらせ」
 真白が不満たっぷりで呟く。
 バリアを解いた玲音がヘラリと笑う。
「ホント、酷いね」
 狼はこちらに敵意を向けている。
「それでは、さようなら!」
 ルーテアと宙波は姿を消していた。
「……風太郎、追えるか?」
「…えぇ」
 風太郎が頷くと同時に風が吹き、二人の姿は掻き消える。
「…で、あの狼は——」
 残された真白と玲音はこちらを睨んでいる狼を見た。
 いつでも襲ってきそうな勢いだ。——そう、襲ってくる。
「———っ…!」
 牙を剥いて飛びかかってくる狼。
 すんでのところで玲音がバリアを張り、狼は白銀に輝く壁に激突した。しかし、狼は体勢を立て直すと、こちらを見て低く唸った。
「……これ、今までとは違う——?」
 真白が小さく言うと、玲音は軽く目を見開いた。
「…え——?」
 狼は再びバリアへ突進してくる。何度も何度も。
「——あー、ヤバい。バリア、もたないかもしれないっす」
 玲音の軽い口調に、真白は「はぁ?」と言って彼を見た。すると、彼の額には汗が浮かんで、苦しそうに顔を歪めていた。
「玲音さん——」
 ピシリと、小さな音がした。
 狼が突進する。
 ガシャンと、ガラスが割れるような音が響く。
「…な…っ!」
 バリアは砕け散り、狼がこちらに向かってくる。
 赤く輝く目には、強い殺意。
 狼は真っ直ぐに真白の方へ向かってくる。
 真白は目を見開いた。
「——っ!」
 咄嗟に空気中の水分を凍らせ、何も無かった空間に氷の壁を創る。
「———ッ!!」
 狼はそこに頭からぶつかる。それでも、戦意はまったく無くなっていない。
「…玲音さん、銃、持ってますか?」
 氷の壁を破られないように気を張りながら問うと、玲音は首を振った。
「ないね。絶対絶命——って、感じ?」
 真白は狼を氷の壁越しに睨んだ。
 狼は先程と同じように何度も繰り返し壁に突進してくる。
 玲音は護る者だ。戦う術は持っていない。
 真白は凍らす者。しかし、それはあまり強いチカラではない。そして、この目の前にいる狼は倒せそうにない。
「…っ——」
 真白の頬に脂汗が浮かぶ。
 破られる。そう思ったときだった。
「私の可愛い部下に何してんだ、この狼が」
 振りかざされた白刃は、狼の首を一閃した。
「————ッ!!」
 狼が断末魔の叫びをあげる。
「死ね」
 静かに言って、心臓がある場所に刀を突き刺した。
 狼は目を瞠って、そのままその場に倒れた。
「……月乃…さん——」
 真白が呆然とその名を呼ぶと、彼女はいつもと何一つ変わらないことを言った。
「大丈夫か? …私の眠りを邪魔したから、私は今、機嫌が悪いんだよ」
 狼に突き刺さった刀を引き抜くと、月乃は大きな欠伸をした。
「…じゃー、私はもう一回寝てくる」
 ひらりと右手を振って、その場から立ち去る月乃。
「……いやー、危なかった」
 玲音がその場にへたり込む。
「…玲音さん、銃は常備してるんじゃなかったんですか?」
 いささか疲れたような表情をした真白が半眼で玲音を睨む。
「………こんな朝早くから銃を持ち歩く人は、危険人物だと思うけど?」
「………そうですね」
 そう言うと、真白は残りのチカラを使って死んだ狼を凍らした。こうしないと、狼が腐ってしまうからだ。腐ってしまうと、後々の研究に支障が出てしまうのだ。
「…じゃ、わたし、部屋で休んできます」
「学校は?」
 玲音の問いに、真白は溜め息をついて答えた。
「…休みます」
 こんな状態で行っても、保健室で寝るか早退をするだけだろうから。
 そう言って、真白は自室へと戻っていく。
 残された玲音はぼんやりと自分の右手を見詰めた。
 護る者。それは、本当に護ることしか出来ない、脆弱なチカラ。
 銃が無ければ、実験台一匹を倒すことも出来ない。それ故に玲音は銃を使っているのだ。
 そして、月乃も同じだ。戦うチカラを持たないものは、武器を使う。
「…嫌だね、こんな中途半端なチカラは——」
 哀しげに笑うと、静かに問われた。
「もっと、強くなりたいか?」
「…え——?」
 見ると、牢屋に閉じ込められている蒼がこちらを見ていた。
「強く、なりたいか?」
 その静かな眼差しに、玲音はぼんやりと見入った。
「……強く、——ねぇ」



 蘇る、記憶。

 どしゃ降りの雨の中。
 伸ばした手は。

 ただ、虚空を掻いただけ。