複雑・ファジー小説

Re: コドクビワ、キミイゾン。【完結】 ( No.142 )
日時: 2013/01/06 16:59
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+卓巳への愛情度:高ED+


店長が怒っている。
そんなことは嫌でもわかった。店長の手が、テーブルの上に転がっていたフォークをつかむ。
なんでも勢いをつければ凶器になる。フォークだってとがっているんだ。
私はとっさに声を張り上げた。何を言ったのかは分からない。でも卓巳のみが危ないということだけは分かった。

卓巳。
私を助けて支えてくれていた卓巳。
卓巳は私の支えなんだ。
私の首に首輪を掛けることで私をつなぎとめていてくれた。
あのときの幸せは今でも私の胸の中にある。
確かにある。

私は掌を間に割り込ませた。
自分がやっている行動がなんなのか、いまいち分かっていない。
でも、鋭い痛みが掌から足先まで突き抜けてやっと事態が理解できた。

店長の瞳が怖いくらいに小さくなった。
築も驚いて腰を浮かしている。
そして卓巳は、私の掌から滴る血を見て、軽く笑った。

「……本当に物好きだね、桐ってさ」

その、私には何の興味もないって感じも昔と変わっていない。
そんな昔と同じ卓巳が怖くもあって、そして懐かしくて愛おしい。

私はそっと目を細めて手を引っ込めた。

「桐……桐、桐、ごめん、ごめん。俺は、俺はっ」

「っ、大丈夫です、」

怪我をしていないはずなのに店長の瞳からボロボロと涙がこぼれてきた。
唇が震えて、私のフォークの突き刺さった手を握って、そして一気にフォークを引き抜いた。血の勢いが増して、卓巳のショートケーキにぼたぼたと落ちていく。
私は痛みに眉を顰める。
なんで抜く必要があったのかは分からない。でも店長がそうしたかったなら大人しくして置いた。
店長が私の掌をぎゅっと握る。それが痛くてたまらない。

「店長?」

怖くて声を掛けた。
雰囲気が違う。いつもの店長じゃない。

孤独を思い出した。
私に寄り添って私の隣で必死に縋りついている孤独。
孤独の雰囲気に、似ているのだ。

私の背筋が凍った。
店長がそっと私の血を舐めた。
築が驚いている。私だって驚いている。
卓巳は面白そうにしていた。

私は手を引っ込めようとしたが、店長が抱きしめてきたのでそれは叶わなくなってしまった。

「桐、ごめん。怪我させてごめん。ごめんね、桐……」

店長が私の髪を優しく撫でる。
怖いくらいに冷たい優しさだった。

私は何も言えなかった。
もう何も考えたくなかった。
ただ、自分がもう抜け出せないということだけ、自分の冴えた頭が理解している。

「ごめん。俺が守るから、だから許して。俺が守るから。絶対もう怪我なんてさせないから。絶対、守るから。ずっと守るから……許して、許して、桐」

店長の優しさが、私の体を蝕んでいく。

私は目を閉じた。
抵抗するのをやめた。

それならずっと守られていよう。
ずっと、ずっと。


+BADEND+


店長の優しさはもはや凶器と化すことができるレベルまでです。
結局マシな人間なんてこの小説にはいません。