PR
複雑・ファジー小説
- Re: コドクビワ、キミイゾン。 ( No.97 )
- 日時: 2012/08/11 22:44
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: 5VUvCs/q)
+62+
いつもは、もう一駅先で、築は降りる。でも、その日は俺に合わせて1つ前で降りた。その行動を意味することを、俺はうっすら感じ取った。
でもなんだか嫌だなあ。受け入れたくないよ。
周りの家に、明かりが灯り始める。ありきたりなシュチュエーションだよね。
河原を2人で歩いて、川の流れる音が、耳に入る。それを、ずっと聞いていたかった。
なのに、少し前を歩いていた築が、俺を振り返る。笑う。そんな顔すんなよ。止めてよ。
「変な笑い方。築」
「辰臣は、凄く優しく笑うようになったよ」
話を逸らされたような気がする。でも、築の自由にしてあげたい。
そうなんだ。俺、ちゃんと笑えるようになったのか。そうか。俺、高校の時、面倒だったんだよ。他人に合わせるのが。でも、俺、自然な笑顔が上手くて。それで周りに溶け込んでいる気になってたんだよ。それが逆に築には不自然に見えたんだよね。
「……築」
何があったんだよ。目の下の隈、どうにかしろよ。足の絆創膏はどうしたんだよ。なんで歯が2本無いんだよ。なんでそんなに痩せたんだよ。
なんでそんなに、悲しそうに笑うんだよ。俺の前で。
俺の前で、辛そうにしないでよ。
「……辰臣」
どんどん周りが暗くなっていく。
俺は築に近づいて、築の左手を握った。築は笑っている。変な笑い方。俺は静かに築の名前を呼び続ける。
枯れないよ。この声は枯れない。築を呼ぶ俺の声は、絶対に枯れない。
俺は築の左手の薬指を口に含んだ。築は笑っている。
指の付け根を舌で舐めてから、歯で挟む。築は笑っている。
ぎりぎりぎり。築は笑っている。
築。ねぇ、築。もし俺が、この指を噛み切ったら、築は誰の物にもならない?
それは、言わない。それを言っても、俺が築に想いを告げても、築が困るだけだから。
「辰臣」
これが、俺と築の最後の話。
PR