複雑・ファジー小説

Re: 生かし屋さんが通る。 ( No.11 )
日時: 2012/07/23 13:51
名前: ばんから ◆UOht9E1HHc (ID: 6vo2Rhi6)

Ⅰ-Ⅴ




「——で。」寛人が、低い声で切り出した。「質問に答えてもらおうか?」
「質問には答えてあげるけど、此処では言えないからね。詳しくは機内で説明してあげるよ。」

 それだけ吐き捨てると、レイチェルはすたすたと歩き始めた。寛人は、苦虫を噛み潰したような表情を見せながら、レイチェルに着いて行く。

 そもそも、こいつは誰なのか?考えれば考えるほどに、疑問が湧いてきて、不愉快だ。わかっていることは、こいつの名が、鬼瓦レイチェルだということだけ。

 寛人は、ひとつ舌打ちをすると、歩みを速めた。




 場所は変わって、廃ビルの屋上。今にも崩れそうな屋上の上には、何故か小型のジェット機が見受けられた。

 可笑しいだろ、とツッこむ暇もなく、機内へ乗り込むレイチェルの背中を追いかける。

 後、少しだった。後少しで、すべての真相がわかるのだ。緊張と、〝知る〟ことへの恐怖が、寛人の体を強張らせた。

 機内へ入れば、赤い絨毯と、金色の綺麗な装飾が施された椅子が見えた。寛人からして見れば、それは少なからず動揺を誘うものだった。赤色と金色で構成された機内は、どう考えようとも、一般人のソレではなかったのだ。

 レイチェルが、一番真ん中の椅子にどっかりと腰を下ろした。続いてレイチェルたちを待ち構えていた部下だと思われるスーツの男が、端の椅子に座る。それを気配だけで感じ取ると、レイチェルは椅子に座るよう、寛人に促した。寛人は、一番地味な椅子に座り、レイチェルを真っ直ぐに見つめる。

 その寛人の視線に、レイチェルはくつくつと笑うと、口角を上げたまま口を開いた。

「一番地味な椅子に座るなんて、日本人は本当に謙虚だねえ。」

 何が言いたいのだ——と、寛人は顔を顰めた。そんな雑談より、何故寛人を助けたかについての話のほうが、寛人にとっては重要であるのだ。

「さて、本題に入ろうか。長くなるけど、いいかい?」
「はい。」寛人が、力強く頷いた。「勿論です。」

 レイチェルは、唇に弧を描くと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「——生かし屋は殺し屋と対にある存在。殺し屋が、人を殺すのに対して、生かし屋は、人を生かすんだ。それこそ、自殺をしようとする者や、病気の者、殺し屋に殺されそうになる者。哀れな子羊たちを聖なる道へと導くのが、わたしたちの仕事さ。」

「……。」

「けれど、殺し屋は生かし屋のことをよく思わない。いつからか、殺し屋と生かし屋は、戦争を始めた。その戦争は、日本にも及んでいる。被害を食い止めるには、殺し屋に勝つしかない。だから、わたしはおまえを助けに来た。」

 異次元の話としか思えないような、そんな内容が寛人の脳の中で反復された。レイチェルは、そんな寛人に視線を移すと、表情を引き締め、口火を切った。

「芦屋寛人、おまえの力が、必要だ。」


Re: 生かし屋さんが通る。 ( No.12 )
日時: 2012/07/23 14:17
名前: ばんから ◆UOht9E1HHc (ID: 6vo2Rhi6)

Ⅰ-Ⅵ




「——…は?」

 まるで、搾り出したような掠れた声で、寛人が言った。意味がわからない、という風に顔を顰める寛人を見て、レイチェルは比較的真剣な表情で、もう一度口を開いた。

「君は、術者ゼノなんだよ。」レイチェルが、重々しい口調で言う。「——〝風早かぜはや〟のね。」

 ——風早かぜはや。意味は、風が激しく吹くこと。寛人は、間髪入れず、レイチェルに話しかけた。

「ゼノって何ですか?」
「偉大なるアルス・マグナを使う者のことさ。偉大なるアルス・マグナとは、——そうだね、魔法だと思ってくれればいい。古来から伝わってきた力さ。この力が栄えるようになったのは、もう昔のこと。すべてが謎に包まれた、力。」
「……そんな力が、俺に使えると?」

 レイチェルは、ゆっくりと、けれど確かに頷いた。苦虫を噛み潰したような顔で、寛人を見つめる。寛人には、何が何だかわからなくなっていた。それもそうだろう。こんな非現実的なことあるわけがないのだと、つい先程まで思っていたのだから。

「偉大なるアルス・マグナは、元は四元素の力だったと云われている。その四元素から、様々な属性が生まれたとも。これは例だけど、火の属性から、雷の属性が生まれたって具合にね。」
「……四元、素……。」
「そして、君は〝風早〟。つまり四元素の一角を担う風の元素。」

 次第に、レイチェルの言いたいことが、分かってきた気がした。寛人は、その真相が頭の中で解けていくたびに、複雑な気持ちに駆られる。俺にできるわけないと、寛人は思っているのだ。

 次に紡がれたレイチェルの言葉は、寛人の予想通りの言葉だった。

「——君には、戦争に出てもらいたいんだよ。」

 やっぱり、と寛人は思った。レイチェルの言葉が、残酷に圧し掛かる。

「けれど、風の術者ゼノなら他にもいるのではないですか?」
「うん、いるよ。」レイチェルは、淡々と続ける。「けれど〝風早〟は一人だけだ。」
「どういうことですか?」

 レイチェルは、呆れたように首を振る。「そんなこともわからないの?」と溜息交じりに呟くと、寛人を小さく睨みつけた。

「つまりね、——偉大なるアルス・マグナは指紋と同じだ。一人ひとり、術の種類は違う。絶対に被ることは無い。確かに〝風〟の術者ゼノは他にいるけれど〝風早〟の術者ゼノは君しかいないんだ。」
「…………。」

 その言葉に、寛人は押し黙った。ここまで言われては、如何することもできなかった。本当に、俺は戦争に行かなければならないのか?昭和時代じゃあるまいし。寛人は、憎々しげに顔を歪めて、レイチェルを見た。レイチェルは、尚も無表情だ。

「……俺は、嫌です。」
「知らないよ、そんなの。そもそも拒否権はないんだよね。助けてやったんだから、恩返しの一つとして戦争に出ろといってるんだよ?」
「それは鬼瓦さんの勝手な判断でしょう。俺は出たくない。戦争にだなんて。」
「……ふうん。君、腹立つね。殺してあげようか?」

 レイチェルが、挑発的な笑みを浮かべた。瞳には怒りが込められている。心なしか、殺気も放たれている。しかし、寛人はそんなもの効かないと言わんばかりに、冷静に口を開いた。

「どうぞ、ご勝手に。けれど、俺は〝風早〟ですよ。殺してもいいんですか?」
「……そう。君がそういう態度をとるなら、わたしにも考えがあるさ。」

 先程までの態度とは一変して、レイチェルは面白そうに目を細めた。その姿に、寛人は恐怖さえ覚える。まるで、自らの周りにあるものはすべて玩具だというようなレイチェルの態度には、誰もが平伏してしまうような独特の雰囲気があった。

「ゲームをしよう。」
「——ゲーム?」寛人が、驚きで目を剥いた。「何故です?」
「聞いたところ、君は結構頭がいいらしいね。そこで、暗号を解いてもらう。期間は明日一日。もし無理だったら、大人しく着いて来て貰う。」

 レイチェルが、意味ありげに微笑んだ。

「さあ、どうする?」