複雑・ファジー小説
- Re: 生かし屋さんが通る。 ( No.9 )
- 日時: 2012/07/23 13:49
- 名前: ばんから ◆UOht9E1HHc (ID: 6vo2Rhi6)
Ⅰ-Ⅲ
まだ活気溢れる町が見えた。寛人はとぼとぼと帰り道を歩く。あのまま学校にいても、目を覚ました山本に襲撃をかけられるだろうと思った寛人は、帰ることにしたのだ。
そのほうが、寛人にとっても、山本にとっても、いい。あの時の山本の目には、憎しみが込められていた。多分、その憎しみとは寛人に向けられたもの。寛人には思い当たる節はないが、山本が寛人を嫌っていたのは確かだった。
「……山本、か。」寛人はぽつりと呟いた。
いつものことだった。寛人はなぜだか、憎しみを向けられることが多かった。誰もが、寛人を嫌っていた。先程のあのような事件が起こるのも珍しくはない。けれど、いつものことだからこそわかることがある。
山本には、他の奴等とは比べ物にならないほどの憎しみを背負っていたのだ。あの時寛人は、久々に恐いと感じた。ひしひしと体で感じる憎しみが、痛いと思った。恐いと思った。
いつものことのはずなのに——。寛人は、そこまで考えてやめた。こんなこと考えても、意味は無い。
知らない間に目の前にあった自宅のドアに、鍵を差し込む。軋むような音をたてて開いたドアの間から、家に入った。
「ただいま。」
返事はない。玄関先にある、母が買ったコルクボードには、『今日は夜まで帰れません』と書かれたメモが貼ってあった。
いつもなら、メモを剥がしてゴミ箱にいれ自室に向かうのだが、今日は違った。寛人はすぐにリビングへと行く。母の趣味によりアンティーク調のドアを開ければ、まずはじめにパソコンが見えた。
多分それが、始まりだったように思う。
——時は少々進み、イタリアのあるビルの一室にて。
「鬼瓦さん! 大変なことが起こったらしいぜ!!」部下の一人である男が、大慌てで部屋に入ってきた。額にはぽつぽつと汗が滲んでいる。レイチェルは、視線を資料から男に向けると、「どうしたの」一言言った。
「それがですね、ある日本人が、殺し屋に依頼したみてーなんです。」
「別にいつものことだろ。特に珍しくも無い。まあ一応聞いておくけれど、標的は?」
「実は——」男は、ごくりと唾液を飲み込むと、恐る恐るといった風に口を開いた。「〝自分〟なんです。」
「はあ?」——レイチェルは、素っ頓狂な声をあげた。男は、やっと落ち着きを取り戻したようで、豆鉄砲を食らったような顔をするレイチェルを冷静に見ている。
レイチェルは、こほんと咳払いをすると、また無表情を繕い、男に聞き返した。
「どういうことなの?」レイチェルは、溜息交じりに言う。また大変な仕事が来た——そう思っているようだった。
「今日の昼頃、日本の殺し屋に暗殺を依頼した奴がいたみてーなんです。内容は、『芦屋寛人を殺して欲しい』……。」
男は、一度言葉を切った。レイチェルは、さっさと話せというように顎をしゃくる。男は小さく頷くと、深刻な面持ちで口を開いた。
「依頼人は……、芦屋寛人らしーんですよ。」男は、一オクターブ低い声で言う。
「……ということは、芦屋寛人を殺して欲しいといったのは——芦屋寛人本人というわけか。」
レイチェルがそう発言した途端、部屋を静寂が包んだ。面倒なことになったな、とレイチェルがぽつりと零す。小さな声だったが、男には聞こえたようで、大きく頷いていた。
「仕方ないな、今から日本に行く。今すぐジェット機を用意して。詳細は中で聞く。」
「わかりました。」
レイチェルは、近くにあった棚の中を漁って、取り出した資料を乱雑に鞄へ押し込んだ。上着を羽織りつつ、早足で部屋を出て行く。
「〝風早〟には、生きててもらわなきゃなんないんだよ!」
レイチェルが、半ばヤケクソに叫んだ。
- Re: 生かし屋さんが通る。 ( No.10 )
- 日時: 2012/07/23 13:50
- 名前: ばんから ◆UOht9E1HHc (ID: 6vo2Rhi6)
Ⅰ-Ⅳ
太陽の光で赤らみ始めた人気のない廃ビルの中にて、二人の男が対峙していた。二人の内一人は、黒い鞄を片手に提げた芦屋寛人である。まるで、何かの取引を思わせるような風景だ。
もう片方の男は、寛人を睨みながら仁王立ちしている。ぴくりとも動かず、互いを品定めするように視線を交わす二人は、不気味だとさえ思えた。
——最初に静寂を破ったのは、男の方だった。男は、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら、口を開く。
「——金は、持ってきたのか?」
「一応。3年前に死んだ父さんの保険金なんだけど。これで足りるか?」
どうやら、黒い鞄の中身は金のようだった。寛人が、鞄を無造作に放り投げる。男は、片手だけで鞄を受け止めると、暫く間を置いてから、言った。
「……へえ。結構あるじゃねえか。重さからして、1000万くらいだな。」男が、一層笑みを濃くした。「へへっ、十分なくらいだぜ。」
「ふうん、そりゃ良かったぜ。じゃあ任せたよ、殺し屋さん。」
殺し屋らしい男は、大きく頷いた。そのまま、懐に手をもぐりこませ、黒い物体を取り出した。銃だった。
かちりと弾をセットすると、男は銃を——寛人に向けた。寛人は無表情で、冷静に銃口を見つめている。
「おまえもよ、なかなか酔狂な奴だぜ。俺ァ何人も殺しをしてきたが——依頼人を殺すなんてこたァ、初めてっちゅーもんだ。けど、自分でやんねえんだ? 俺に頼るより、自殺した方がはえーぜ。まあ俺からしちゃ、仕事が増えて大助かりだがな。」
「それに答えるつもりはねえ。」寛人は興味なさげに言葉を返す。「それより、早くしてくんねえか。」
「へーへー。つれねえの。」間延びした返事をしながら、男が、銃の引き金を引いた。渇いた音が、ビル中に響く。
殺し屋に頼んだわけは、ただ自分で自分を殺すのが、恐かったからだ。心の中だけで、男に返事を返す。
兎に角、これで終わりだ。もう、くだらない事件に巻き込まれなくてすむ。人の憎悪をひしひしと受けながら、生きていかなくてすむ。これが、俺の望んだ結末なのだ、と、寛人は、思った。
しかし——いつまでたっても痛みが寛人を襲うことは無かった。代わりに、何かを跳ね返すような金属音と、ハスキーボイスが耳に入った。
「自分勝手なマネはやめてくれるかい。——困るのさ、君に死なれるとね。」
白金色の髪が揺らめくのが見えた。精巧につくられた人形のように、恐ろしく整った顔立ちの女が、その容姿に不釣合いな大きな鎌を持って寛人と男の間に立っている。
予想もしなかった出来事に、男も勿論、寛人までも無表情を崩し、ぽかんと口を開けていた。だが、男はすぐに顔を真っ青にさせ、一言呟いた。「白い国だと?」と。
「あるびおん……? 何だよソレ。」
「知らねえのかおまえ! 〝白い国〟っつったら最強の生かし屋だぞ!?」
「生かし、屋?」
何だそれは。殺し屋なら聞いたことがあるが、生かし屋はない。寛人は頭の上に疑問符を浮かべつつも、あることに気づいた。
「……てか、俺死んでない……?」
「……もしかして君、鈍いの? 当たり前じゃないか。わたしが鎌で銃弾を弾いたんだからね。言ったでしょ、君に死んでもらったら困るって。」
呆れたようにいう女に、寛人は若干ムッとしながらも、疑問を投げかける。それは、何故寛人を助けたかについてだった。何故俺を助けた?その質問に、女はニイ、と妖艶に微笑むと、一言言った。
「後で話してあげるよ。それより——、」女は、いまだに青ざめる男へと視線を向ける。「はやくその金を置いて出て行ってくれる? さもないと殺すよ?」
「っひい!」
男は、短く悲鳴をあげると、よろけながらもすぐに出口へと駆けていった。勿論鞄を置いて。女はその様子を見届けると、もう一度寛人に向き直る。寛人はなんとなく背筋を伸ばしながら、その女が話すのを待った。
「わたしは鬼瓦レイチェル。〝氷霧〟の術者さ。」
「——ゼノ?」
「そう。そしてわたしは、君を探してた。——芦屋寛人、君をね。」
レイチェルが、さも可笑しそうに微笑みながら、言った。