複雑・ファジー小説
- 序章 ( No.5 )
- 日時: 2012/09/24 18:19
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)
地平線の先まで続く砂漠地帯、年中太陽が照りつけるこの地には生き物の気配は無い。そんな砂漠のど真ん中、真っすぐへと続く何かの跡が西の方角へと向かっていた。
その先に見えるのは、大きな馬車である。荷物や物資を運ぶ運搬用のものであろうか。馬車をひく2頭の馬は、暑さに対して非常に耐性の強いと言われている「砂漠馬」のようだが、そんな暑さに強い馬であっても滝のように汗を流していた。
そして商人がひくその馬車の後ろに、とある青年と一人の少女座っていた。
「——おい兄ちゃん、そっちはどうだ? 何かいるか?」
そんな二人に、汗を流しながら手綱を握る商人が尋ねた。
商人は何度かここを行き来しているのか、肌が焼けている。
また、最近出来たのか腕に大きな傷があった。おそらく、モンスターに襲われたのであろう。
「んー、いねぇんじゃねーの? 暑ちー……それより喉渇いた。死ぬ俺死ぬわ」
「ちょ、ちょっと剣士さん大丈夫ですか? あ、大丈夫です。モンスターはいないですよ!」
暑さで気が滅入っているのか、青年はそこら辺に置いてある葉の大きな何かの薬草で顔を扇ぎながら言う。さらに、それだけでは足りないのか自分の腰に下げていた水筒の蓋をあけるが、上にかかげても一滴も水が落ちてこなかった。
そんな青年を見て、少女は自分のポーチからある草を取り出す。
それはどこかの地方で採れるという「アロエ」というものに似ていた。そしてそれをナイフで皮を剥ぐと、とある薬瓶——水色の不思議な液体を、その皮の剥いだ草にかける。青年はその光景を横目で見ていたが、少女はたった今液体をかけた葉を、青年の顔にくっつけてきた。
「うおっ冷た!」
青年は冷たくなったその葉をくっつけられ、思わずそう叫んで飛び上がった。そして同時に関心しながら少女の方を見た。
「えへへ……”冷雪草”という草と、”活性薬”を薄めた液体を合わせてみました。お気に召したら何よりです」
「あぁ、こりゃあいいや。流石調合専門家ってとこか、おっさんにも作ってやれ」
「もちろんです」
少女は青年にそう言われ、得意げに胸を張る。そして手早くもう一つそれを作り、そっと商人の後ろに近づいていきなり頬に張り付けるのであった。
「おわっ冷てッ!?」
「あはは、剣士さんと同じ顔!」
少女はその反応を見ながら、無邪気そうに笑っている。
しかし、そんな悠長な時間を過ごしていた時、青年の耳にある物音が聞こえてきた。低い地鳴り——そう遠くは無いが、こちらに近づいてきている気がした。青年は葉を首元に巻きなおすと、少女に声をかける。
「レイラ」
その声は鋭く少女の耳に響いた。青年の声の変化に気付いた少女は、自分のしょっていた「魔法杖」に手を伸ばす。そして商人の方を向いて、レイラと呼ばれたその少女は笑顔を浮かべてこう言った。
「という事で商人さん、ありがとうございました。私達はここで降りますね」
「は? お、おいどうしたんだ、こんな砂漠のど真ん中で降りるつもりか!?」
商人は思わず手綱を手から落としそうになる。こんな砂漠のど真ん中で降りる奴なんて聞いた事ないぞ?案内人はそんな事を思いながら彼等を見つめた。だが、そんな商人の心情を知らない青年は、笑いながら言う。
「まぁなー。悪いが運賃は今からここにくるモンスターからアンタを守ってやるって事で」
青年はそう言うと、しょっていた「大剣」を手にとって砂漠へと飛び降りる。
砂漠は青年の足の裏を焦がすような暑さまで達している。真昼間の砂漠の温度は、その地に立つ生物の命を幾度となく奪ってきたものであった。しかし、そんな暑さに青年は思いのほか余裕そうな表情を浮かべていた。その様子は、先ほどまで砂漠の暑さに参っていた男とは思えないほどである。
「んじゃーなァおっさん! さっさと逃げねーと巻き込まれっぞ!」
「しょ、正気かお前! それに、モンスターなんてどこにも……」
「おっさんよ、このカイン・フォース様の聴力なめんなよ? それよりも、来るぞ!」
「分かってます! では、失礼しました!」
レイラは商人に向かって律儀にお辞儀をすると、カインと名乗った青年同様砂漠へと飛び出した。ただ、彼女は着地はせずに少し宙に浮いたまま。
「あ、おい!」と、背後から聞こえた気がしたが、最早少女らの耳には届いていなかった。
「中々の大物が来たぞ。おそらく長いな。うん間違いない、絶対長い感じのモンスターだ。そんでもって、うんとデカい」
青年は東の地平線の方を目を細めて言う。彼の目は、異様な速さで地面が盛り上がりながら、こちらに近づいてきている何かを捉えていた。
「情報が大雑把すぎますよ……とりあえず、地面から引きずりだしたらいいんですよね? どうしましょう」
そんな青年の大雑把な説明に、レイラは溜息をつく。しかし、そうは言ったものの少女にはそれだけ情報があれば十分だった。レイラはゆっくり瞳を閉じながら、杖を構え魔法陣を作り上げながら言う。
「砂漠地帯で地面に潜るモンスター、それでいて長くて大きい。この辺りの砂漠でいえば、『砂百足』しかいないですね」
「そうそれ、あの甲殻固ぇ奴。しかもたぶん、普通のより大きいぜ」
「まぁ何にせよ地上に引きずり出さないとですね」
少女はそう言うと、一気にその陣を展開させた!
複雑な術式を描くそれは、小さな村なら一つ入ってしまいそうなほどまで一気に巨大化し、その「砂の中で蠢く何か」を捉える。彼女はその瞬間一気に瞳を開き、そして叫ぶように唱えた。
「≪大地魔法——地神の憤怒≫ッ!!」
ゴッ——
その瞬間、大きな音が大地に轟き、魔法陣の広がる地面が一気に沈んだ。まるで何かに踏みつぶされたかのようにも見え、砂に姿を隠していたそれは堪らなくなって、ついに地上に姿を現す。
黒い光沢の甲殻を持つそれは、20メートルはあろうかという「ムカデ」である。普通この種の大きさは8メートルあっていいくらいだ。そして普通のムカデと大きさ以外で違う所と言えば——眼が退化しているところだ。その代わり、特殊な超音波で障害物などを把握する力を持っているのだ。だが、地上であっても移動は早い。その上強力な毒を持っているとなると、厄介この上ない相手である。
「ご苦労さん。アシス街までの足ができた」
だが、青年はそんな相手にも怯む事は無い。
その巨大な砂百足は、彼等の存在に気づくなり怒り狂った様子でこちらに向かって走り出してきた。
巨大なその足に踏みつぶされれば、人間はひとたまりもないだろう。その巨躯からは想像もつかない早さで二人に直進し、強靭な足で踏みつぶさんとする。二人はそれぞれ横へ跳び退いたり、体を高く飛ばすなどをしてギリギリを避ける。
「く、思ったより早いですね」
そんな砂百足の猛攻に、レイラはムッとした表情で言う。
レイラはこう見えても負けず嫌いで、レイラは砂百足に向かって杖を向ける。だが、それを青年の声が制した。
「アホかッ!? 街までの足だぞ、倒しちまったら話にならねーだろうが!」
「あ、そうですね。すいません、じゃあお願いします」
「へっ! わーってるよ、任せろ!」
青年はそう言いながら、その砂百足の最後尾にしがみついた。レイラがそれに合わせて、再び詠唱を唱える。
「いきますよ! ≪補助魔法——攻撃強化Ⅲ≫!!」
補助系魔法の最上段階——『Ⅲ』、これを扱える魔術師はそうそういないだろう。
レイラの創り上げた魔法陣は光の球となり、光速で彼の体へと飛んで行く。それが彼に触れた瞬間、彼から覇気が噴き出した。それが目に見えるのは、補助魔法の効果である。彼は思いきり歯を食いしばると、腹の底から絞り出すように声を上げた。
「ぅぅぅぅぅうううううううううっるあぁッ! 止まれェこのクソ虫があああああああッ!!」
砂漠の地に足を付け、砂百足を引っ張り上げ——その巨躯が、確かに、一瞬宙に浮いた。そして、大きく地面を揺らして地面に叩きつけられた砂百足は、一瞬何が起きたか分からず、動きをピタリと止めてそのまま大人しくなってしまった。
「うーし、足確保!」
「これで今日中には街に着きますかね」
砂百足の尾を離して汗を拭う彼のもとに、レイラがゆっくりと降りてきた。
そう、青年とレイラは瞬く間に、その巨躯の暴走を止めてしまったのである。
そして一仕事終えた二人は目を合わせると、ニカッと笑ってガッツポーズをしてみせたのであった。
*
彼等を乗せていた商人は、もうとっくに彼等の見えないところまで馬を走らせている。彼らが巨大な砂百足と交戦している事は知らないが、何らかのモンスターと戦っていた事は知っていた。しかし、彼はそれよりも気掛かりな事があった。あの青年の言った名前である。
「はて? あの兄ちゃん会った時はジョージっつってたよな? でも何でさっきカイン・フォースっ、て……」
言ってたんだろうか、と言おうと思っていたが、そこまで言葉が続かなかった。
もしかして。そう思って案内人は顔を上げるが、いやしかし——とまた顔を伏せる。だが、彼はその時すでに何か思い出そうとしていた。そして案内人は、以前立ち寄った遠くの町の事を思い出し、そこで見たものを突然ひらめくようにして思い出した。
「————、あ! もしや『カイン・フォース』って……」
そうだ、あの時だったと、案内人はようやく思い出す。その名前、顔、はっきりと見た事があった。それも、とある”指名手配書”で。
「う、嘘だろ……!? カインって言えば、あの英雄的大犯罪者の事じゃないか!!」
商人の悲鳴に似た激昂は、荒れ果てた砂漠の空へと響き消えていった。
——これは、逃走劇を繰り広げるある罪人と……彼に仕える苦労人の物語。
今日も彼等は、あても無くさまよい続ける。