複雑・ファジー小説

Re: 勇者で罪人の逃避行! ( No.32 )
日時: 2012/09/22 18:04
名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)

『契約の誓い』主人の従者となる事を誓う儀式。

おいおい待ってくれ、つまりレイラの従者だろ?と言う事は……。
まったく、お荷物増やす訳にゃいかねーぞ!?

「はいちょっとストォォォォォォップ!」

『剣士』はレイラと”ゼン”と名乗った銀髪の青年との間に割り込み、無理矢理二人を引き離した。そしてゼンの方を睨んだかと思えば、彼の後ろ首を掴んで少し後方へと連れてきて言う、「何の真似だ」と。
しかし、ゼンはそんな『剣士』にも涼しい顔で、むしろ何か不満でもあるのかという表情を浮かべていた。『剣士』は右手で目を覆い、頭を横に振る。
「大体お前、分かってんのかよ。契約の誓いってのはだな——」
「”命に代えてでも必ず主人を守る”……違うのか?」
『剣士』の言葉を遮るように、ゼンが言う。

そうだ、契約の誓い……人の従者になると言う事は、”主人の命令を絶対とし命に代えてでも主人を守り抜く”ということだ。
しかし、契約の誓いと言うものは「主人」となる人物が「従者」となる人物に結ばせるものであり、従者となる人間が頭を下げてまで交わす契約などではない。

なぜなら、従者にはメリットが何一つ与えられないからだ。

主人と従者という関係は、大概の場合厳しい上下関係の元で成り立つものである。上の立場の者を命令を、下の立場の者が聞くのと同じように———いや、契約の誓いと言うものはそれの「絶対的な形」なのだから。だから、この契約によってメリットが生じるのは従わせる立場の人間である「主人」であり、「従者」はただの主人の言いなりになるだけだ。悪く言えば、「狗」「駒」「下僕」。


つまりこのゼンと言う男は、自ら主人レイラの「狗」となる——そう言ったのである。


(物好きってレベルじゃねーな……)
『剣士』はゼンと言う男が正気の沙汰であるとは思えなかった。そうでなければ、とんだ物好きかとんでもない馬鹿だ。『剣士』はゼンに自分が何をしたのか分かっているのか?と、彼の肩を強く揺さぶった。
しかし、それでもゼンは動じない。それどころか彼は、こんな事まで言い出したのである。
「何なら、アンタとも契約を交わしてもいい。アンタもレイラの仲間なんだよな?」
「ばっ、俺が言いたいのはそう言う事じゃねぇ!」
『剣士』はとそう声を荒げて、目の前の男をきつく睨みつけた。

『剣士』は柄にもなく怒っていた。
人の「従者」になると言うのが、どんなことかこの男は本当に理解しているのだろうか?
レイラは優しい奴だ、きっとこの男が従者となると言ったところで、彼を従者ではなく”仲間”という平等の立場の人間として扱うだろう。
しかし、だ。本来従者ってのは「狗」だぞ?主人というものにすべてを縛りつけられて、一生主人の為に生きなければならない。言動の自由も無い、行動の自由も無い。全ての事について「命令」で強いられ、自分としてではなく”「主人」の従者”として生きなきゃならねーんだぞ!?
彼はそれを睨むという動作で、ゼンに訴えていた。
しかし、それでも彼は——
「俺はレイラと、彼女の側にいれるならそれでいいんだ!!」
そう言って、睨まれた視線よりもさらに強い視線で『剣士』を睨み返し、ゼンは声を荒げて彼を突き飛ばした。そして素早く剣士の胸倉に掴みかかり、自分の顔の前へと引っ張り言った。

「13年前のあの日から俺は彼女に仕えるためだけに生きてきた。たとえどんな真似をしても、今彼女を手放す訳にはいかない」

恐ろしい程、本当に静かな声で、こう彼に告げた。
(……十、三年前?)
その言葉を受け、『剣士』は驚きに目を開き——そして次の瞬間、気まずそうに視線を逸らした。
(13年前。そうか、コイツは”俺と出会う前のアイツ”と出会ってるって訳か……)
そしてそれから目を伏せると、心底面倒臭そうに溜息をついたのである。
ゼンは彼のそんな反応に、少し驚いて彼に視線を向ける。すると彼はもうすでに、さっきの調子を取り戻していた。そしてそんな彼は、呆れたような口調でゼンにこう告げた。

「はっ……もう勝手にしろよ。その代わり俺の手を煩わせるな」

ゼンはその言葉を聞いた瞬間、ほんのすこしだけ、微かに、表情を明るくした。
だが、『剣士』は嘆息する彼に、追い打ちをかけるようなタイミングで言葉を付け加えた。
「俺と契約だの気食悪ィ事は言うんじゃねーぞ? 言ったら即消えてもらうからな」
「……恩に着る」
「あと、最後に1度きりの俺の頼みだ」
彼はそう言うと、今度はゼンの胸倉を掴んで、彼の顔を自分の口元へと近づけた。そして彼にしか聞こえないような声で、『剣士』は静かにこう告げた。


「”俺”と『俺達がする事の全て』を黙認しろ」

それは決して「頼み」なのではない。
それは自分達と行動を共にするゼンに対しての、最初で最後の絶対的な「命令」であった。



「交渉成立。アンタのその頼みを呑もう」
そして『剣士』がそう言って数秒後、ゼンは不敵な笑みを浮かべて彼にそう言った。すると、『剣士』はどこか安心したような、お気楽な笑みを浮かべてゼンの肩を叩く。そして彼はゼンに「んじゃ、ついて来い!お前の主人にもちゃーんとあいさつしとくんだぞ」と、言いながら、不安そうな表情を浮かべるレイラの元へと歩いて行き——ゼンも、そんな彼の後へと続いて行った。





軍事国家『ヴァーハイド』
その国直属の”全ての「騎士団」の基となった組織”に、ある一つの連絡が届いた。
”東の砂漠地帯・アシス街にて、大犯罪者カイン・フォースと思われる人物の身柄が確認された。至急こちらに向かわれよ”
その連絡を受けある一人の紅髪の男にその情報が伝えられると、紅髪の男はそこにいた「騎士」全てに命令を下した。そして自分の拳を強く握ると、その男は呟くようにこう言った。

「……カイン、ようやく見つけたぞ」

それは待ちわびたかのように、同時に悲哀を交えたように聞こえた。
虚空を見上げる瞳に、どこか懐かしさを映しながら。