複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【1-5更新:7/16】 ( No.37 )
- 日時: 2012/09/22 18:09
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)
「……ジョン」
クナギは、少し前に街に消えて行った用心棒の名前を呟いていた。心配の色を浮かべている彼の瞳は、どこか”親”というものに似ている。
(アイツは大丈夫、か。くそ、俺もいい加減割り切らないとな……)
クナギは心の中でそう呟くと、苦しそうな表情を浮かべて腕に顔をうずめた。
*
”カイン・フォースを殺す”
その言葉を聞いた時、クナギは驚きに目を見開いた。
(そうかあの男、同僚が言ってた……)
そしてどこか冷静に、クナギはそう思った。だが、不思議とそれ以上の感情は何も芽生えなかった。
そもそも先入観で価値を決めつける事が嫌いなクナギには、『大犯罪者』と言われても自分の目で確かめるまではその言葉を鵜呑みにはできなかった。先入観というものが人の判断を狂わせるという事を、彼は知っていたからである。
彼は用心棒に「穏やかじゃないな」と言って、加えていた煙草を口から離して白い煙を吐きだした。
先ほどジョンに言われたことから考えてみると、あのカインとかいう男を相当恨んでるらしいな。
けど、あの男が裏切る?そんな奴にゃ見えなかったけどな。
『……”そんな風な男には見えない”、そう言いたいんだろ?』
すると、クナギを黙って見ていたジョンが、不意にそう口を開いた。クナギがそちらを見ると、ジョンが腕組みをしながら仮面の下から自分を睨んでいた。怪訝に眉をひそめているのだろうか、仮面で表情が隠れているのにも関わらず、今彼女がどんな顔をしているか手にとるように分かる気がした。そんな彼女は腕組みをしながら、そのまま視線を逸らす事無く言葉を続ける。
『俺もそうだった。アイツの事を心から信頼していたんだ。俺だけじゃない、仲間からも——世界からも』
彼女の声色は先ほどとは変わらない、なのになぜかそういった瞬間、彼女が一瞬辛そうにしている気がした。
『なのにアイツは、裏切ったんだ。1年前、魔界へと続くゲートの前で!! 奴は俺達を置いて行ったんだ!!』
『……ジョン、お前一体———』
ジョンの言葉を聞き、クナギは思わずそう尋ねていた。何だ、まるで話が見えてこない。いや、「その可能性」を信じるのであれば、その話を信じる事などは容易い。しかし——
しかし、1年前から用心棒として雇っているジョンが”魔王討伐に向かった英雄の一味”だなんて。
突然そう言われて、受け入れられる訳も無い。
『お前ならもう気付いているんじゃないのか? 俺はかつて勇者の仲間だったんだ』
『………』
しかし、その疑問も本人によってすぐさまかき消されてしまう。クナギは黙ったまま煙草の火を足の裏で消し、彼女を見据える。しかし、既に彼女には自分の事は見えていないようだった、彼女は自問自答をただひたすらと繰り返している。
『カインが俺達を裏切って……しかし、俺はそれでも奴を信じていたんだぞ? なのに何なんだ、”魔王と共謀している”だと? ふざけるのも…ふざけるのも大概にしろ!! 私は何のために奴の帰りを待っていたんだ!?』
それは、あまりにも痛々しい心の叫びだった。
クナギは彼女の素性を全て知っている訳ではない、知り合ったのもつい1年ほど前だ。しかし、それでもクナギは、初めて彼女の何かを知った気がした。
クナギは、彼女の感情が収まるまで、言いたい事を言いたいだけ、言わせる事にした。そうでないと、今の弱い部分をさらけ出している彼女が壊れてしまいそうだったから。
『奴は絶対に私達を裏切らないと、心から信頼していたんだぞ!? なのになぜ奴は、ああも別人のようになってしまったんだ?どうして平気な顔をしていられるんだ!? これ以上、私の過去にカインの面影を見ていたくない。だから私は……』
ジョンは、きっとカインを一目見た時から殺してやりたかったんだろうな。
けど、出来たなかった。それはおそらく。
『…………、これは私の感情だけではないよ。
奴は宿敵である魔王と手を組んだ敵なんだ、魔王を倒す宿命を背負っている私達がやらねば、誰がやるというんだ?』
おそらく——
クナギはどこか自分にそう言い聞かせるように紡ぎ出す彼女の言葉を聞いて、確信する。だが、その言葉はあえて口には出さなかった。
自分が到底口出しできる事ではないし、この彼女の1年間を否定するわけにはいかない。それに、『俺にそう言ってやれる義理はない』。
クナギは黙ったまま瞳を閉じていた。
この光景が、「あの時」とダブってくる。
駄目だ、あの時と今は違う。
『”俺”は行く、行って奴を倒す。クナギ、今だけ俺の自由を認めてくれ』
『…………』
返事が出来なかった。
それを無言の了承と受け取ったのだろう、ジョンは自分から背を向けた。しかし、最早クナギの目にその光景は映っていなかった。クナギはその場で力なくしゃがむ事しかできなかった。
足音が遠くなっていくのが分かる、止めなくては。
そう思うも、彼にはそれが出来なかった。
(畜生、結局俺ァ体だけ大きくなっただけってか……)
「あの時」の事が今になって、彼の胸を強く締めつける。
彼の心に存在する未だ治らないその深い傷は、彼をまた蝕んでいった。