複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【1-8更新:7/23】 ( No.50 )
- 日時: 2012/09/22 18:25
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)
日の沈む前の神々しい光景と言えば、この街では有名である。砂漠地帯に囲まれている街であるため、地平線の先まで視界を遮るものは無く、地に沈んでゆく夕陽が見える数少ない名所となっていた。
その景色を——ジョン・ドゥは瞳に映しながら、黄昏の時を過ごしていた。
(砂漠越えのために立ち寄ったここで、まさかこんな事になるとはな)
ジョンは仮面の下で小さく笑い、その景色を目に焼き付けているところだった。
(来たか)
そんなジョンのもとに近づく足音、その音はすでにジョンの耳に届いていた。ジョンは小さく溜息をつくと振り向くことなく言う、「誰だ」。しかし、大体の予想はついている。鎧を身にまとって歩く時の、あの音——そして、街中で鎧と言えば”奴ら”しかいないだろう。
「……騎士団だ。あの手紙を寄こしたのはお前か?」
そう、騎士団。自分が手紙で呼び出しておいたのである。ジョンはそこでようやく振り返り、一度頷いた。
「——”東の砂漠地帯・アシス街にて、大犯罪者カイン・フォースと思われる人物の身柄が確認された。警戒せよ”……そう書かれていたならば、それは間違いなく俺が寄こしたものだ」
「それは本当なのか?」
騎士は強い口調でジョンに尋ねる。おそらくそれは2つの意味を含んでいるのだろう、一つは手紙の内容、一つはジョンの言葉を信じていいのかと言う事。
ジョンは両方の肯定を含めて、もう一度だけ頷いた。すると、騎士は成程、と短く息を吐くと、腕組みをした。
「……名前を聞こうか」
「ジョン・ドゥだ」
「そうか。私はこの街の騎士団を束ねている指揮官、グロウだ。ではジョン、お前はなぜ”本部”に例の手紙を送った?」
そう尋ねた時。
「……く、くくくッ」
ジョンは仮面の下で笑みを浮かべていた。いや、それだけではない。彼女は肩を大きく揺らして笑っていた。その様子を見て、グロウと名乗った騎士は彼女に得体の知れぬ狂気を感じ怪訝に顔をしかめた。
そんなグロウの様子を知ってか知らずか、ジョンは大きく息を吸うと、元の調子で話しはじめる。
「なに、”あの男”に伝えてやっただけだ。アイツの生死を一番知りたがっていただろうからな」
「”あの男”?」
グロウはジョンの言葉を繰り返す。ジョンはその言葉を「あぁそうだ」と言って返した。しかし、それではグロウには誰の事を言っているのか分からない。グロウは”あの男”が誰であるのか尋ねようと、口を開こうとして——
「指揮官! ゲートが繋がり、今 本部の騎士団が着きました」
そこで、二人の会話を制するように、伝令騎士が慌ただしい様子でそうグロウに言った。
タイミングが悪いとグロウは伝令騎士の方に何か言いたげに振り返るが、その瞬間彼の動きが止まった。その不審な動きに、ジョンは顔を上げる。
すると、奥の方から一人のある”紅髪の男”がやってきていた。
「本部指揮官、レオン・アイザック殿?」
そう言ったのはグロウだった。
『本部』……と言う事は軍事国家で知られるヴァーハイドの騎士団か、とジョンは思考する。
紅髪の男はその言葉を聞き軽く頭を下げていた。そして彼ははグロウ等に向かって「礼」をし、半ば事務的にこう口にする。
「アシス街騎士団指揮官、グロウ・サーテンス殿。ヴァーハイド騎士団を代表してご挨拶申し上げる」
威圧的でありながら威厳のあるその口調に、その場にいた騎士は思わず黙ったまま「礼」を返していた。そしてレオンと呼んだ彼に握手を求められたグロウは、その手を握り返した。
「伝令より承っています。”手紙の件”ですね? まさか指揮官殿自ら足を運ばれるとは」
グロウは意外そうに彼にそう尋ねた。すると、レオンの表情は少し暗くなったように見えた。彼は肩をすくめてみせた後、視線をジョンに向ける。そして、やはりかと言うように少し控えめ笑っていた。ジョンはレオンを見据えたまま何も言わず、相手の出方を伺っている。レオンはジョンの前に寄り、グロウは思わずその場から少しだけ退いた。
「やはりお前だったか。元気そうだな」
「お前も相変わらずだな。無意識に人に威圧をかけるのは変わっていないぞ、レオン」
すると、互いに和らげた視線ながらも睨み合っていた二人は、ついに口を緩ませた。
「そうか? 最近は”キリク”にも言われなくなったから大丈夫だと思っていたが」
レオンは腕を組みながらどこか上の空を見ながら呟く。
会話に出てきた”キリク”と呼ばれる聞かぬ名前に一瞬気が取られたが、ジョンはあえて聞かないでいた。そしてレオンはジョンに視線を戻すと、不敵に笑って言う。
「しかし、そう言うお前はどうだ? お前も相変わらずだなレ——」
「ジョン・ドゥだ」
「イ、……」
「ジョンだ」
「…………、そうか」
レオンはジョンの強引な口調に、苦笑を浮かべていた。
そんな二人のやり取りに思わずグロウは首を傾げるが、はて彼等は知りあいなのだろうか。話の流れを察するところ、知り合いでいて合うのは久々のようだが。と、そこでレオンがわざとらしく咳払いをして、注意がそちらへとそがれた。
「話が反れたな、では本題に入るぞ」
そう彼が述べた瞬間一瞬にして場の空気は引き締まった。不思議なのは、別に彼が強い口調でそう述べたわけでもなく、ただ自然とした口調で空気が変わったところだ。それを感じて、グロウは心の中で苦笑を浮かべる。
これが、ヴァーハイドの騎士団か——と。
「”奴”がこの街に潜伏しているそうだな」
グロウがそんな事を考えていると、二人はもうすでに会話を始めていた。
”奴”と言うのは言うまでも無く「カイン・フォース」のことであろう、その場にいた全員が奴と言う言葉を追及しなかった。
ジョンはというと、その言葉を聞いて少し答えにくそうに軽く視線を外したものの、短い言葉で肯定した。
「あぁ」
「それは間違えないか?」
どうしてこうも、騎士と言うものは2つの意味で聞きたがるのだろうか。
ジョンは先ほどのグロウとの会話を思い出し、仮面の下で苦笑を浮かべた。今回レオンが自分に問うている事は、グロウの時と同じくジョンの言葉を信じていいのかと言う事。そしてもう一つは、間違いなく「奴」がカイン・フォース本人であるのかと言う事。
「……、それは——」
ジョンは、口を開いた。