複雑・ファジー小説

Re: 勇者で罪人の逃避行!【1-9更新:8/2】 ( No.61 )
日時: 2012/09/22 18:39
名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)

 日が沈んだアシス街、中央広場の側だと言うのに人気が全くない。『剣士』はその異変を真っ先に察知したが、むしろ都合がいいとあまり考えない事にした。『剣士』は背後にいるレイラの方に向いて声をかける。
「俺が貸したローブ、絶対に脱ぐなよ」
「……分かってます」
 レイラは『剣士』にそう促され、少々気まずそうに目を伏せる。”今中央広場を爆破する”というのは、優しい彼女にとって気がひけてしまうのだろう、と『剣士』は察した。が、彼等はここまで来て退くわけにはいかなかった。『剣士』は顎で自分の後に続くようレイラに促すと、広場の方の様子を再び伺う。人が一人として見当たらない所が本当に不自然だ、あまりにも静かすぎる。感づかれたのだろうか、街の騎士団すらいないとなるとおそらく……。だが、先ほど言った通りだ。ここまできたら、もう後には引けないのだ。
(ま、やるなら今の内って事か)
 『剣士』は意を決すると、広場へと足を踏み入れた。

 噴水の音だけが広場で聞こえ、明かりも街灯だけしかついていない。家や教会までもが電気をすでに消しており、まさに静寂だけがこの場を支配していた。不自然極まりない状況に、レイラは剣士の服を少し引っ張った。
「剣士さん、危ない気がします」
「…………」
 レイラの言うとおりだ。しかし、やらない訳にはいかないだろうと、『剣士』は首を横に振る。レイラは仕方ないと小さく溜息をつくと、ある詠唱を唱え始め——


「そこまでだ、カイン・フォース」


 その瞬間、自分達のものではない誰かの声が広場に響いた。鋭く、圧力のあるその声は、まるで自分達が来るのを確信していたかのようだ。その瞬間、広場に一気に明かりがともる。そして自分達の前にいたのは、大勢の「騎士団」達であった。声を発したのであろう紅髪の男を先頭に、背後にはたくさんの「唱兵士」が詠唱を唱え並んでいた。彼等は一斉に同じ詠唱を唱え、「防壁魔法」を展開した。術式の中の物質及び建築物を保護し、さらに内部から外部の、外部から内部の攻撃を防ぐ、防御系の中でも広域なタイプの魔法だ。
「なっ……!? これ、は」
「いい、続けろ」
 レイラはその光景を目の当たりにし、一瞬取り乱した。しかし、低く威圧的な『剣士』の言葉で我に帰り、レイラは再び詠唱を唱え始める。しかし、その瞬間レイラの足元に紫色の魔法陣が広がり、そこから紫に光る光の触手が彼女の喉元、そして腕に絡みついた。そう、それは詠唱を封じの魔法陣——束縛魔法。レベルはⅢの少し上と言ったところだろうか。レベルⅢ、それ以上の魔法を扱える騎士団……成程、”本陣”のお出ましか、と、『剣士』は苦笑を浮かべた。と、そんな事を考えていた時、詠唱封じや魔法封じに強い彼女がついに苦しそうに声を上げた。
「うぅッ……!」
「レ……!! ……ッ」
 思わず彼等の前でレイラ名前を呼びそうになり、彼はとっさに自分の手で口を塞いだ。『剣士』は苦虫を噛み潰したかのように表情を歪め、自分達の前に立ちはだかった「騎士団」を睨みつけた。その視線を受け、先頭に立っていた紅髪の男——レオンは、厳しい顔つきで『剣士』を見据えていた。
「「………」」
 無言の睨み合いが、数秒間だけ続く。しかし、先に沈黙を破ったのはレオンの方だった。
「……俺はレオン・アイザック。ヴェロンデ直属の騎士団の指揮を執っている。お前はカイン・フォースだな」
 レオンはそう言うと、どこか懐かしむような表情を浮かべた。

「久しぶりだな、カイン」

 『剣士』はそのレオンの言葉を聞いて、一瞬驚きに目を見開いた。しかし、次の瞬間視線をさらに鋭くし、彼を警戒した。『剣士』は厳しい顔つきで、棘のある口調で彼に問い正す。「誰だ」と。しかし、『剣士』のそんな言葉にも、レオンは動じる様子も無かった。『剣士』の言葉を聞いて、むしろどこか納得した表情を浮かべる。するとレオンは不敵に笑って言った。
「”レイニー”に聞いた通りだな…過去を捨てたか?」
「…………」
「答えるつもりはない、か」
 『剣士』は答えない。しかし、彼はレオンに対して明らかな”敵意”を見せていた。レオンはその『剣士』の様子を受けて、肩をすくめる。そして次の瞬間、彼はしょっていた「槍」に手を伸ばし構えた。その槍を見て、そこで『剣士』が驚いた様子で口を開いた。
「魔法槍? お前まさか——」
「吃驚したか? 無理も無いな、俺はただの騎士ではないぞ」
 レオンは挑発的な笑みを浮かべると、ある詠唱を唱える。その詠唱に合わせ槍は形を変え、そして一気に火焔を纏い始めた。紅く神々しく光るその術式は、間違いない。『剣士』は余裕を無くした笑みを浮かべた。そして小さく呟く。
「竜騎士、か」
 その言葉を耳にしたレオンは、口の端を少しつり上げた。


 竜騎士、『ドラゴンの恩恵を授かった騎士』の事である。騎士と竜騎士との間には越えられない大きな壁があり、強さもケタが違う。竜騎士の中には恩恵を授かっているドラゴンと共に闘う者もいれば、そのドラゴンの魔法を恩恵として授かり、自分の魔法として扱う者もいる。レオンの場合は、おそらく後者。


 それも、「火竜」だ。


 そんなレオンは半ば確信した口調で言う。
「カイン・フォース。今日ここでお前を捕えて、牢に入れる」
「はっ、誰がッ!」

 『剣士』はそう言って大剣を抜くと、何よりも早く地面を蹴った。だが、口調とは裏腹に、その顔に余裕は無い。レオンはそれに合わせて後ろへ飛ぶ。が、『剣士』は一瞬で間合いを詰め、彼の胴体に早速一閃を喰らわせた。レオンは一瞬苦悶の表情を見せたが、刹那。
「その程度か?」
「ッ!」
 その言葉に、『剣士』は驚愕の表情を浮かべる。ふと剣の先を見てみると、彼は腕鎧でその攻撃を受け止めていた。そしてレオンはいつの間にか左手に持ち替えていた槍を、『剣士』の懐へと突き刺す。だが、槍が彼の腹を捉えた感触は無い。『剣士』は槍の軌道のギリギリを最小限の動きで避け、素早く後ろへ飛んでいた。しかし、その動きをレオンは見逃さない。地面に足を付ける直前に、次はレオンが間合いを詰めてくる。大剣で受け止めようと剣士はとっさに構えるが、次の瞬間レオンの「突き」に合わせて槍から火焔が噴き出した。その火焔は『剣士』の体を飲み込み、彼の身を焦がす。
「剣士さん!」
 術式に囚われていらレイラが悲鳴に近い声を上げる。しかしその瞬間、火焔の中から飛び出した大きな剣が、炎を薙ぎ払った。その剣の動きを見据えて、薙ぎ払われたその瞬間を狙ってレオンは火焔の中の『剣士』の体に槍を突き立てた。しかし、感触は無い。
「!」
 彼を見失った事に気づき、レオンは目を見開く。だが、一瞬で気がついた。火焔の揺らめきと、風の動き——『剣士』に、背後を取られた、と。彼が炎の中で、一体どんな動きをしてみせたのか、見当もつかない。レオンは笑った。

 変わっていない。勇者だったあの時から、彼の戦闘センスは群を抜いている。
 そしてあの時から、さらにそれらを引き離している。


 しかしカイン、俺はお前以上に強くなった。


 レオンは次の瞬間、目を見開いた。それと当時に、槍に纏わりつく火焔の量が、今までとは比にならないほどにまで膨れ上がる。それは、まさに火竜そのものの様だ。燃え上がる炎は、その真紅を一層増した。
「ッ!?」
 彼の背後をとっていた『剣士』がそれを垣間見て、一瞬だけ怯む。レオンはその隙を見逃さず、素早く身を翻し彼との距離をとった。向かい合った『剣士』の顔には余裕が無く、しかしそれでいて口だけは笑っている。
「——俺の後ろをとるとはやはり、それでこそ俺が認めた男だ。本気でいかせてもらうぞ!」
 レオンはそんな『剣士』を見て、表情を引き締めそう言い放った。


 そして、それを聞いて怪訝に表情を歪めた『剣士』と同じタイミングで、地面を蹴った。