複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【1−12更新:8/11】 ( No.81 )
- 日時: 2012/08/15 21:50
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: DSoXLpvQ)
「あああああああああああああああッ! ちっくしょうやられた!」
静寂した朝の岩山地帯に、そんな怒声が響き渡った。
【本編同時進行!番外編1−3:前途多難、そして追撃】
その声でようやく目を覚ましたのはクナギだった。彼が目をこすりながら声のした方を向くと、そこには自分よりも早く目を覚ましていた案内人とジョンの姿があった。案内人は膝を地面について、両手で頭を抱えていた。クナギが「何事だ?」と二人に尋ねると、仮面の下で苦笑を浮かべたジョンが言う。
「盗賊に食糧をやられたらしい」
ジョンはそう言って馬車の方に目をやった。すると、そこには中が荒らされた形跡のある馬車が一台。馬もいなくなっている。
「あちゃー、こりゃあヒデェな」
クナギは大きく欠伸をしながら、馬車の方に近づく。そして中を覗いてみると、何と意外な事に——
「お? 何だ食糧以外は大丈夫なのか」
運搬する物資の方はなんと、手をつけられていなかったのである。物資の入った木箱のいくつかは強引に開けられようとした形跡はあるものの、盗まれてはいなかった。それを不思議に思い、クナギは首をかしげていた。すると、そんなクナギの様子を見ていた背後の案内人が悔しそうに口を開く。
「くっそぉ……こんな事なら面倒臭がらず後積みした食い物の方にも『チェーン』かけとくんだった……」
そう言って心底残念そうに肩を落とす案内人。クナギは案内人の言う聞きなれない『チェーン』という言葉が気にかかり、それは何かと本人に聞こうとして——遮るように口を開いたジョンにそれを制された。
「『鍵』……? 聞きなれない魔法だな……オリジナルか?」
「ま、そー言うところだな。けど、俺達案内人……もとい運び屋の間じゃ結構ポピュラーな魔法だぜ?」
そう言ってため息をつきながら、重い腰を上げる彼。その言葉の後に、「ま、考案者は俺だったりするんだけどな」と、少し照れくさそうにそう言った。それを聞いて二人は目を丸くする。
「オリジナルの魔法!? はは、そりゃ凄いなお前……新しい魔法作るのって難しいって聞くぞ?」
クナギはどこからともなく取り出した煙草をふかしながら彼にそう言った。それは社交辞令でなく、正真正銘尊敬の念を込めた言葉だ。
そもそも魔法というのは、『詠唱』『展開』『発動』という順番を組んで初めて成り立つものだ。
詠唱で魔法を選択し、展開で魔法範囲を肯定し、そして発動で魔法効果を発揮する。
これは一般に『魔法の第三式』と呼ばれ、またその式で魔法を発動させる事を『三式理論』などと呼ぶ。一般的というか、魔法と呼ばれるものの殆どが、この式を使って発動されている。
……くどくなったが、『詠唱』『展開』『発動』——これらは、3つ揃って初めて完成される魔法にとって、一番重要な要素なのである。
そして、魔法を習得する上で一番難しいのが、『詠唱』。詠唱というのは、それぞれ個々の魔法に存在する”魔法コード”を全て暗記し、さらにそれを詠む事を指す。この言葉を説明するにあたって理解が必要となる『魔法コード』という言葉は、簡単にいえば、『魔法の種類を選んで決定する』という動作の名詞——そう考えるのが、詠唱という言葉を理解する一番の近道になるだろう。
とにかく、詠唱と言うのは、頭の中で魔法コードを詠むにせよ、声に出して魔法コード詠むにせよ、魔法を習得する上で一番苦労する。言い換えれば、詠唱さえできれば魔法を習得したと言っても過言ではないのだ。
また、魔法の詠唱を深く理解した人間であれば、その魔法コードに手を加えたり、また上級者になれば新たに魔法コードを作成することによって、オリジナルの魔法を生み出すことができるらしい。
しかし、『魔法コード』の理解なんて——とても人間のできる事ではない。魔法を使っている大半の人間は、詠唱によってもたらされる魔法効果くらいしか知らないはずだ。実際、クナギ自身もその類の人間に部類される。
クナギに言わせれば、魔法というのは偉大で、複雑で、そして歪なものだ。
”魔法というものは、宇宙に似ている。魔法を理解したという事は、宇宙を理解した事に同じで等しい”
……どこかの学者が言ったその言葉を思い出し、クナギは苦笑を浮かべた。
そして目の前にいる案内人という男が、自分が思ってたよりも凄い人物だという事を、今更になって実感し始めていた。しかし、「魔法を作る」程の凄い人物だというのに、そうに見えないのが不思議だ。そんな案内人は今、しょんぼりした様子で肩を落としていた。
「——そういえば、なぜ俺たちはあの時寝てしまったんだ?」
と、今まで静かに事の成り行きを見守っていたジョンが、ふとそんな事を言い出した。そういえば昨晩、自分たちは突然謎の睡魔に襲われて眠ってしまった。あれは——明らかに不可解なことだった、特に誰かの魔法を受けたような感じではなかった。ではあれは一体何だったのだろうか?
「んー、ありゃたぶんレイスの類だと思うぞー」
すると、しょんぼりしたままの案内人が、溜息をつきながら言った。その言葉を受け、ジョンは半信半疑の様子で言う。
「悪霊だと? そんなものが存在するはずがない」
ジョンは少し強い口調で述べる。
「幽霊などというものは存在自体が認められていないんだ、それに噂ではそのレイスとやらは墓地や寂れた廃墟に現れるそうだが……この辺りはその条件すらも満たしていない。つまり——」
「つまり、レイスの仕業はありえない、と?じゃあ兄ちゃんは、この不可解な現象をどう説明するってんだ?」
……ジョンに反論を述べた案内人の口調が、心なしか低く耳に響いた気がした。案内人はどこか虚空を見上げて言う。
「大体な、条件を満たしてねえって言うけどそうでもないんだ。で、レイスはな——人がたくさん死んだ場所に現れるんだ」
つまりは——言わなくても、もう分るだろう。と、案内人は黙り込んだ。そして彼の言葉の意味を理解した瞬間、クナギとジョンにゾクリとした、気味の悪い寒気が走った。
「……さってと、ここで道草食ってるわけにもいかねーから——村に引き返して食糧の調達してくるか!」
と、凍りついた雰囲気の中、声の調子を明るくして、案内人はようやくそう言って立ち上がった。落ち込みモードを振り払って、自分の頬を両手で軽く叩く。だが、この様子を把握したクナギには「馬もいない状況でどうやってこの荷物を運ぶんだ?」という疑問が浮かびあがってきて、もしや彼はその事を忘れてるんじゃないだろうかと一瞬心配になっていた。先ほどの話を聞いて、なおさら早くこの場を離れたいというのに。
——しかし、そんなクナギの心配も杞憂に終わったようで、クナギの心境を察した案内人はニカリと笑ってみせた。
「大丈夫だって! 今から知り合いの馬商人に、転移魔法で馬連れてきてもらえるように話つけるからよ!」
心配無用、と言いたげに胸をはって案内人はそう言うと、彼は落ちてある手頃な枝を手にして、ある詠唱を唱えた。そして少しの間を開け、今度は何やら独り言を言い始めた。
「あ、俺だ。久しぶりだなー! 元気してたか? ん、俺? 俺今超困ってんのよー、単刀直入に言うけど馬貸してくれないか? 2頭ほど。まぁまぁそう言うなって、昔のよしみだろー?」
……どうやら、何かの魔法で彼の言う『馬商人』と話をしているらしい。彼は木の枝を受話器と見立ててどうやら会話をしているらしかった。
(——しかし、待てよ?)
クナギはその案内人の様子を見て、ふと何か妙な違和感を覚えた。違和感というか、何かハラハラするというか。しかし、一体何故自分がそう感じるのか、原因は知れなかった。
「……クナギ」
すると、先ほどから案内人を見据えて沈黙していたジョンが、クナギの後ろから彼に問う。クナギが少し顔を上げると、案内人を見据え、仮面の下で苦笑を浮かべて彼女は言う。
「お前の知り合いは犯罪者なのか?」
「へ?」
その言葉を聞いて、クナギは何を言い出すのかと目を丸くしてジョンの方を見る。するとジョンは腕組みをしながら、案内人から視線を外すことなくこう言葉を紡ぐ。
「あの魔法は、主に黒魔法と呼ばれるものの一種に部類されていたはずだ」
黒魔法——それは、一般的に使用することが禁止されている魔法の事だ。また、その黒魔法と呼ばれる存在は、表には出回らない魔法の事も含まれる。また、位の高い者のみ黒魔法の使用が”公式的に”認められている。例えば、騎士団や貴族、城の者——それも位の高い大臣などが、それに当てはまる。
(……けど、どう考えてもコイツは後者は当てはまらないな)
クナギは案内人と知り合ってからかれこれ五年になる。しかし、彼にはそう思わせる素振りなどは一切見せなかった。むしろコソ泥と呼んだ方がお似合いな程だ。それに、商人という職業で世界を転々としているクナギには、どんなに隠されても位の高い者とそうでないも者の違いなどはすぐに分かるものだ。
という事は、ジョンの言う通り、ということになるか……?しかし、それはそれで妙な奴だ。魔法を作ることができ、位が高いわけでもないのに黒魔法も使用できる——
……本当に何者なんだ、この男は。
クナギはようやく話のついた様子の彼を見て、思わず苦笑をこぼしていた。そして間もなくして、案内人の目の前に魔法陣が現れ——そこから馬が二頭現れる。案内人はその馬を慣れた手つきで馬車につけると、剣呑な面持ちで二人を手招きしていた。クナギとジョンは顔を見合せた後に、馬車へと乗り込んでいった。
「さってと、じゃあ早速村に戻るか。降りだから半日もかからないはずだな」
「……だな。そろそろ腹も減ってきたことだし、早めに頼むぜ——」
と、クナギが言いかけた時だった。
背後から突然、凄まじい轟音が。
「ッ、なんだこりゃあ!?」
その瞬間、地面が揺れる。案内人は手綱を手に持ちながら、慌てた様子でそう叫ぶ。地震か、と思いクナギは馬車から身を乗り出すが——その瞬間、クナギは垣間見た。
巨大な
岩が
頭上から
降ってくるのを。
「う、うわあああああああッ!? 馬鹿お前っ……馬ァさっさと出せ! 潰されるぞッ!!」
クナギがそう叫ぶと、案内人はもたつきながらも即座に手綱を打った。そして大きく揺れながら、馬車は降ってくる巨大な岩の間を巧みに避け、谷に落ちそうになりつつその場を猛スピードで離れて行ったのであった。