複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【番外編1−3完全更新:8/15】 ( No.86 )
- 日時: 2012/09/22 18:56
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)
凄まじい轟音と共に、大きな火焔を上げ広場は爆破された。
そしてその後に訪れる静寂——埃の粉塵の中から姿を現したのは、レオンとゼンだった。二人は腕で顔を覆い衝撃に備えていたおかげで、互いに膝を地面に膝をつけることはなかった。そしてレオンは視界を邪魔する埃を槍で薙ぎ払うと、真っ先に周囲の状況を伺った。
しかし、不思議なのは二人に外傷がないことだ。それどころか、服さえ破れていない。そんな事が一瞬レオンの気に留まったが、それ以上に「カイン達がいた場所」に目がいった。レオンやゼンの視線の先にあるのは穴。そこには深みへ続く穴が開いていた。まるで奈落の底にまで続いているかのように底は見えない。真っ暗な闇が穴を満たしているのである。カイン達がいない事とその穴の状況を見る限りでは、おそらくカインはこの穴の——
「下、か」
そう言ったのはレオンではない。そう言ったのは彼の背後に立つ男だ。レオンが振り返ると同時にその男、ゼンは彼の横を抜ける。咄嗟にレオンはゼンの姿を追って再び振り返る。そして次の瞬間、ゼンはレオンの目の前で、何の躊躇もなくその底の見えない穴へと飛んだ。
「ッ!? 待て!」
思いがけない彼の行動に、レオンは目を見開いて彼に手を伸ばした。しかし、その伸ばした手が彼を掴むことはなく、それは虚しく宙をかいただけだ。レオンは闇の底に消えていったゼンを見て、目を手で覆い首を横に振ることしか出来なかった。
(……くそ。まんまと取り逃がした、か?)
誰にも聞こえない小さな溜息をつくと、レオンは心の悔いめに区切りをつけ、その場で立ち上がって周りを見渡した。すると、驚いたことに——広場の建物は何一つとして、傷ついていないことが分かった。被害はそう出ていないようだが、これは一体。
「唱兵士ですよ、レオンさん」
何故建物がこうも綺麗なのか。そのレオンの疑問を解消したのは、一人の部下の声だった。レオンがそちらに目をやると、そこには緑髪の青年が立っていた。
「——キリト」
緑髪の青年、キリトと呼ばれた彼はどこか控えめにそう笑うと、自分の手のひらを見つめた後、空に目をやった。その視線を追うように、レオンも自分の手に目をやった。すると、微量ではあるが自分を包むようにして光が漂っていた。これは防御系の魔法だ。
防壁魔法に似ているこの魔法は、防御魔法という。防壁魔法と違うのはその効果範囲。防壁魔法が地域的な範囲を守るものであると説明すると、防御魔法の範囲は「対象物」。防壁魔法よりも範囲が狭いので、それよりも早く魔法を発動させることができるのだ。
そしてその後、レオンは空を見上げる。そこには先ほどゼンに打ち破られたはずの防壁、あれよりは一回り小さいそれが、確かに存在していた。レオンは目を丸くして、キリトと先ほどの爆風で少しボロボロになった唱兵士の方を見る。すると唱兵士はそこで確かに、防壁魔法・防御魔法の魔法コードを詠んでいて——間もなくしてレオンの無事が確認できると、ようやく詠唱を止めた。それと同時に、展開していた防壁魔法と防御魔法が空に溶けるように消えていった。
レオンはその状況を見守りながら、どこか誇らしげに笑う——自分たちの護身よりも、街の保護と我が身を守ってくれた、その意志に。レオンは彼等の行動そのものに、確かに騎士団としての意地を見た気がした。それは——人を守るという騎士団の、真の「忠実」だった。
「大したものだな……」
レオンは小さく笑ってそう呟いていた。
彼等が最後まで諦めなかったからこそ、俺は救われたのか。
「……有難う」
レオンは小さく呟いた。そうだ、部下が諦めなかったというのに、俺が諦めてどうする。カインが穴の底にいるというのが分かっているのなら、諦めるのは早いじゃないか。
その言葉が彼等に聞こえているか否かは分からないが、レオンはそう言うと不敵に笑い、鋭い視線を彼等に向けた。
「奴らを追うぞ、救援と救護班を手配するように伝えろ。今動ける者は手を貸してくれ、体制が整い次第俺達も下へ向かう」
凛と彼は部下に言い放つ。その口調にはどこか堂々とした、「威圧」ではない何かを感じさせる。部下たちはその号令を聞き、間もなくして慌ただしく動き始めた。
(しかし、思えば妙だな……)
レオンは号令を放った後に、深みへと続く穴をもう一度覗き込んだ。相変わらず底は見えない。おそらく数メートル程度の穴ではないだろう。その様子を見て、彼に一つの疑問が浮かび上がったのだ。
(もし、数十メートルもある穴を、あの破壊魔法だけで開けたならば——いくら防御系魔法を展開していたとしても、互いの魔法が相殺、いや……防御魔法が押し切られて、俺達が無傷で済まなかったはずだ)
そうだとしたら、と、レオンは思考を巡らせる。
そうだ。もしかすると、奴らの破壊魔法が破壊したのはこの巨大で深い穴を塞いでいた薄い「蓋」だけなのではないのだろうか?
(なぜだ?)
ではなぜ、カイン達はこの「蓋」、それに穴の存在を知っていた?騎士団の俺たちですら把握していない。この街の騎士団からもそのような報告も受けてはいない、という事は彼等も知らなかったはずだ。
彼らの真意を知れぬレオンは、静かに瞳を閉じて考えはじめていた。
*
穴の深み、ようやく見えた底に転移魔法でカインとレイラ、遅れてゼンがそこに足をつけた。穴に飛び込んだ瞬間、レイラが転移魔法を発動したおかげで、3人の安全な着地が可能となったのだ。
カイン一行は真っ暗な穴の底を見渡し、そしてカインがレイラに辺りを照らすよう促した。レイラが火系魔法で辺りを照らすと、そこには大きな空間が広がっていた。そして奥へと続く洞窟までもがそこにある。
「…………」
カインはと言えば、辺りを一通り見渡した後に一つ大きく深呼吸をしていた。そして軽く首をかしげた後に、まるでアテが当たったという風に、不敵な笑みをこぼす。そして背後の二人の方に背を向けたまま、彼は口を開いた。
「思った通りだ。妙に息苦しいと思ったら、砂が舞ってるな。何かが暴れたみたいに」
その言葉を受けて、レイラとゼンは首をかしげる。
「と、言いますと?」
レイラがカインに尋ねると、カインは真剣な顔つきでその空間の奥を見据えながら言う。
「街の揺れは『地震』じゃなかったってことだよ」
そう、これは地震じゃない。
この揺れの正体は、教会にいた『奴』の仕業だ。
*
「——T heo ld man's hourha dcome(時は満ちた)」
そんな『詠唱』が、広場に響いた。穴の底を覗いていたレオンは、その不気味な声に素早く身を返す。
「……誰だ」
彼を見て、その『声の主』が部下ではない事は分かった。黒いローブで全身を覆い、フードで顔を隠しているその男は、ふと不気味に口の端をつり上げて笑った。
一般人はここへ近づけないよう、この街の騎士団がこの周囲を見張っているはずだ。周辺住民も違う区域へと退避させている。騎士団とカイン達以外の部外者が、ここに入り込める筈はない。
レオンは槍を構えた。
一般人に槍を向けた事のない上司の動きを見て、レオンの代わりに指示を出していたヒリトが動きを止めた。それを筆頭とし、ただならぬ不穏な空気を感じ取った騎士団達の動きが止まる。
そしてその周りの様子を見て——ローブの男は、哂った。それも、心底楽しそうに。レオンが槍を向けたまま怪訝に眉をひそめると、左手を上げて「悪い悪い」と、笑いを堪えながら言う。その様子を見る限り、彼には反省する様子は無いようだ。レオンは鋭い視線で彼を睨みながら、怒鳴るようにもう一度だけ言う。
「貴様は誰だ!」
「おや、貴方は私の事をご存じないんでしょうか?」
レオンが問うと、意外そうにローブの男は言う。不慣れそうに丁寧な口調で彼は言うが、まるで相手を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。少し離れたところにいたキリトもレオンの後ろにつき、彼に対して「敵意」を向けていた。そんな視線を受け、男は申し訳なさそうに控えめに笑うと「ごめん、僕も悪気がある訳じゃないんだ」と明るい口調で弁明を口にする。しかし、最早明るく振舞ってみても、周りの騎士団全員が最早自分への警戒を解くことは無さそうだった。彼はその事を察すると、咳払いをして「笑み」を浮かべた。そして口元を不気味につり上げ、彼は言う。
「自己紹介が遅れたね。僕はエルキザ、エルって呼んでくれて構わないよ。いや——」
彼はそこで言葉を止め、そしてゆっくりと目を見開いた。
「『生ける屍』って言った方がいいのかな? 竜騎士サン」
その目に確かな”狂気”を光らせながら。
「さぁ、届けにきたよ。この街に、『大いなる災禍』を」