複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【参照1000突破!!】 ( No.96 )
- 日時: 2012/08/24 16:47
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: DSoXLpvQ)
状況は絶望的だった。岩山地帯というものは絶壁が多く、道を踏み外すと谷へ真っ逆さまだ。道の分岐というものも少なく、また落石の影響でその数少ない道がふさがれているのである。運搬職の人物が物資を運ぶ際に使われる事が多いので、定期的に道を塞ぐ岩は取り除かれるものの——
「「「…………」」」
この膨大な地平線の先まで続く砂漠地帯を目にしている三人にとって、最早それを待つ余裕なんてものは無かった。照りつける日光、それをさえぎる物の無いそこは、彼等の体力と気力を確実に削っていく。
彼等の背後には岩山地帯へと戻る道があるのだが、それも村へ戻る道は塞がれているという状況である。
「本当、弱ったなぁ」
そう呟いたのは案内人だった。彼とクナギは腹を押さえ溜息をこぼしていた。
「こっから一番近い町って言えば、アシスだが——馬車でいけば早くて1週間はかかるぞ」
彼等の空腹は、最早気を紛らわせぬほどにまで達していた。仮面を被る無表情の彼女ですら、時折小さく溜息をついているほどだ。案内人は顔を蒼白とさせて苦笑を浮かべそう言うが、最早二人はその言葉に何か言い返す気力は無かった。
「大丈夫か? ジョン」
クナギは視線を用心棒の方に向けてみたが、彼女は相当参っているようだった。彼女からの反応は鈍い。まぁ、仕方のない事だろう。氷系魔法を使う彼女にとって、この猛暑天敵だ。馬車に屋根があると言えど、容赦なく襲ってくる熱気はどうする事も出来ない。
「本当に参るな、この暑さは。おそらく俺の体力的にはこれでは『コレ』はそう作れそうにないぞ」
彼女は手のひらの中で小さな氷の塊を作ると、それをクナギと案内人の二人の方に投げた。ひんやりとした氷は、熱の暑さによって最早解け始めている。案内人は慌ててそれを口に放り込むと、生き返ると言わんばかりの、どこかうっとりとした表情を浮かべた。それを見ていたクナギも程なくして氷を口の中へと放り込んだ。
砂漠の空気は乾いており、また高い温度のせいで圧倒的な水分不足に陥る事が多い。生命線となるのは水であるが、同じくらい食糧も大切となる。砂漠越えの暑さに耐える体力が無ければ、砂漠の砂の中で骨となるだけだ。分かりやすい。
ならば今回必要となるのは、体力をより温存することと、そして気力。食糧が無い今、気力までもが無くなれば、そこが運命の尽きだ。
クナギは氷を噛み砕きながら考える。
——正直水ではなく氷を口にする方が正解だ、歯ごたえのあるものを口にするだけで気休めにはなる。
「……ここからが正念場だな」
クナギのその言葉に、二人は黙って呟いた。
【本編同時進行!番外編1−4:限界に見えた一つの希望!?】
あれから、二度夜を超えたところまでは良かった。しかし、そこで三人に限界が訪れる。夜の涼しい間はいい、しかし四日目は地獄だった。まさに灼熱地獄と呼ぶにふさわしいほどの猛暑となったのだ。馬の汗が地面に落ちても、それを砂が飲み込むようにあっという間に乾いてゆく。案内人は手綱を握ってはいるが、この一時間ほど前から反応がなく、ジョンにいたっては昨夜から眠ったまま起きていないという状況だ。
「…………」
クナギはと言えばジョンをどこか遠い目をして見つめていた。
(ジョンはやっぱ、長い事旅をしているらしいな……。こういう時、どうすればいいか分かってる)
一番体力を使わない方法が、寝る事だ。それだと気力も奪われない。おそらくこの中で一番体力を温存できているのは彼女であろう。
「お前は眠らないのか?」
すると、反応の無かった案内人が、ふとクナギに背を向けながらそう言った。その声に生気は籠っていない。クナギは苦笑を浮かべると、最後の一本となった煙草を口に咥えて言う。
「お前、女が寝てる側で眠れるか」
「は? 女、って……」
案内人はクナギの言葉に驚いたが、途中で言葉を飲み込んでどこか納得したように小さく頷いた。そして彼はゆっくり視線を空に向けると、うわ言を言うような口調で「やっぱりな。通りで男にゃ無い”気品”があるわけだ」と、やけに気品という言葉を強調して呟いていた。その言葉を聞いてクナギは笑う。
「ほー、薄々感づいてたってか。凄いなお前、俺は全然気付かなかった」
「はは、俺の目利きなめるなよ」
彼がそう言ってゲラゲラと笑うのを見て、クナギはようやく彼が何を言いたいのか理解した。思わす噴き出し、今度は声を出して笑う。
「……、…………?」
そしてその声で側で寝るジョンが目を覚ましそうな気配がして、案内人とクナギは思わず自分の口を手で押さえた。少し間が空き、再びジョンから小さな寝息が聞こえ始めると、ようやく二人は胸をなで下ろした。そしてその後、クナギは苦笑を浮かべて案内人の方を見て言う。
「本人に聞かれてたら殺されてるな」
クナギがそう彼に投げかけると、案内人は剣呑に笑って言う。
「ハハ。ま、体つきはともかく胸の膨らみまで見逃してたまるか。女の気品ってやつをよ」
「下品な奴め」
クナギは苦笑を浮かべながらクナギにそう言うと、短くなった煙草を砂の上に放り投げた。そして案内人から背を向け、不意に顔の包帯に手を伸ばした。
「——包帯あるか?」
クナギは包帯を解きながら、背後の案内人に尋ね、それを受けて彼は自分の腰にあるポーチを探り始めた。
「あー、あるぞ。これで足りるか?」
そう言ってクナギに背を向けたまま、案内人は手にした包帯を放り投げた。クナギは上手いことそれをキャッチすると、全て解いた包帯を側に置いて、その新しい包帯を巻きなおし始めた。
……そして彼が何をしているのか察した案内人は、眩しい日差しに目を細めながら彼に問う。
「そういえばクナギ、何で包帯巻いてるんだ?」
「は?」
帰ってきた返事は、どこか機嫌が悪そうだった。
「痛いからだと何か文句あんのか?」
「……、悪かったよ変に詮索して」
なので素直に謝る案内人。時々彼の包帯の下からのぞかせる『火傷の痕』を思い浮かべながら、自分にもあるように、誰だって詮索されたくない事くらいあるか、と、小さく溜息をついた。
——と、案内人の目に『ソレ』が飛び込んできたのは、まさにその時だった。
(ん? ありゃなんだ?)
案内人は前方の方から、何やら小さいものが群れながら砂の中から飛び上がりながら移動していくのを見つけたのだ。遠くからだとよく見えないので、記憶を頼りに推察する。砂漠地帯に生息していて、砂の中を群れで移動するもの、といえば……。
次の瞬間、大きく馬車が方向転換する。ようやく包帯を巻きなおして休憩しようと思っていたクナギは空腹で体力が削られているのもあり、振り落とされそうになった。クナギは慌てて馬車にしがみ付くが、うまく手に力が入らなかった。こんな真昼間の熱い砂漠の上に放り出されたら、タダで済んだものじゃない、とクナギは必死に手に力を込めるが——限界だった。手に力を込めようとした瞬間、不意に激しいめまいがクナギを襲った。
(——ッ、やっべぇ…!)
そう思った瞬間だ、手を離してしまったクナギを、誰かの手が馬車の中へと引きずり込んだ。
「何をしている! 案内人!」
それは、先ほどまで眠っていたジョンだ。クナギがジョンの方に向いた時、ジョンの視線は案内人の方に向けられていた。それを追って、クナギも案内人の方を見る。するとそこにあったのは、ただ一点を見据えて目を見開く彼だった。どこか正気とは思えない顔つきに、クナギは思わず息をのむ。そして意を決してクナギは手綱を握る案内人の腕を掴みにかかった。
「ッの、邪魔すんなクナギ!」
すると案内人は強い力でその手を振り払い、怒鳴りつけるようにそう言った。クナギはそんな彼に気圧され、思わず目を見開いた。
……クナギは、案内人がとても正気とは思えなかった。
「——案内人、どういうつもりだ」
その一部始終を見ていたジョンは、今度は諭すように彼に問うてみた。すると彼はやけに興奮気味に、そして笑いながら言う。
「見つけたんだよ、『デザートフィッシュ』の群れッ!!」
「『デザートフィッシュ』?」
案内人の言葉を、クナギが繰り返す。すると案内人は目を不気味に光らせながら、まるで獲物を見つけた飢えた獅子のような形相で前方のそれらを見据えながら言った。
「砂漠の珍味だよ! 奴らの肉は腹持ちもいいんだッ!!」
——それからプツリと、クナギとジョンの理性が切れたのだった。