複雑・ファジー小説
- Re: 勇者で罪人の逃避行!【本編1−14更新:8/26】 ( No.112 )
- 日時: 2012/09/22 19:19
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)
*
「教祖、様?」
中央広場、そこで再び聞き覚えの無い声が木霊する。エルギザと名乗ったローブの男の視線を追ってそちらに振り向くと、レオンは一人の老人の姿を目に捉えた。老人はエルギザと同じ色のローブを纏っており、手には十字架の銀の首飾りが握られていた。その老人は「エルギザ」の方を見つめたまま、驚きに目を見開いていた。
(何だ……? 何故また市民がここにいる)
レオンは現れた老人の方を見て、槍先をそちらへ向けはしなかったものの、警戒の眼差しを向ける。その視線に気がついたのか老人は慌ててこちらに頭を下げてきた。
「こ、これは騎士様。先ほど大きな爆発音が聞こえたもので、様子を見に来たのです。私は、この街の司祭です」
慌てた様子でそう言う彼に、レオンは問う。
「見張り(の騎士)はどうした?」
すると、司祭と名乗った老人はハッとしたような表情を浮かべ、次の瞬間顔面蒼白とさせた。そして肩を震わせ始める。そして手にしていた十字架の銀の首飾りを両手で握りしめると、絞り出すような声で——懇願する視線でレオンを見つめながら、こう言った。
「騎士様……いえ、この街にいるおそらく殆どの人が、突如意識を奪われてしまった様子で……!」
そう、彼が言った時だった。
「「ッ!?」」
激しい衝撃が、その場にいた者を飲み込んだ。突如やってきたその「縦揺れ」、それは今まで感じた事の無いほど大きく、そして何か違和感の感じる巨大な地震だった!司祭の悲鳴を上げながら地面に蹲ったのを始めとし、騎士団一同は揺れに足をとられ地面に這いつくばる形となった。レオンは槍を地面に突き立てて膝を付き、咄嗟に司祭の方に目を向けた。だが、そこにはすでにキリトか駆けつけており、レオンと視線が合うと、こちらは大丈夫だと目配せを返してきた。
「ふふふ……ははっ、あはははっ!」
そして、次の瞬間誰かが狂ったような笑い声をあげた。
「うん、そろそろいい時期だと思ってたんだ。竜騎士様も、タイミングが良かったね」
その声の正体は、エルギザだ。彼はまるで待ちわびたかのような、そんな愛おしげな表情を浮かべ、この激しい揺れの中平然と両手を空に広げて立っていた。レオンは、そのエルギザの異様さに得体のしれない狂気を感じ、一瞬背筋を凍らせた。エルギザはというと、レオンの視線に気づき、ゆっくりと彼の方に顔を向けて、にっこりと笑みを浮かべていた。そして、無邪気な子供が、まるで母親に尋ねるようにエルギザは言う。
「竜騎士様には聞こえないかな? 己が『頭』を求めて蠢く彼の産声が」
「産声?」
レオンには、彼の言葉の意味が分からず、思わずそのまま言葉を繰り返した。すると、エルギザは不意に教会の方を指さす。
「あぁ、あれは——!?」
その指の先を追って教会に目を向けると、教会の中から実に不気味でおぞましい黒紫色の光が漏れていた。その光を目の当たりにして、司祭は悲鳴に近い声をあげる。レオン、そしてその場にいた騎士までもが驚きに目を見開いたまま、ただただ黙ってそれを見つめることしかできない様子だった。
「ふふふ、彼も感謝してると思うよ? 一年もの間育て守ってくれたこの街に。うんうん、本当に良かった! この街の人が僕の教え通りに、ちゃーんと”子守唄”を歌ってあげた事、そして言いつけを守ってくれた事。ここまで彼が成長できたのも、君たちのおかげさ」
そんな様子を満足そうに眺めながら、エルギザは不気味な冷笑を浮かべ、そう言いながら教会の方へと歩み寄っていた。この地震のさ中、平然と歩く。そして次の瞬間、エルギザの元いた場所の足元が大きく盛り上がる。中央広場に敷かれていたコンクリートは押し上げられ、粉々に砕けては地面に落ちる。
「——ッ! 各自防御魔法展開、建物の保護は間に合わん! 各自中央広場から撤退!」
レオンはとっさにそう指示を出し、自身も中央広場から撤退する。周りの建物や、この街の象徴である噴水などは、彼等が退いた直後またたく間に瓦礫へと姿を変え、そして地中の奥底からようやく、『巨大な砂岩』が姿を現した。
司祭はキリトに連れられながら、そんなエルギザの背中に向かって叫ぶ。
「何故……ッ!? 何故なんですか教祖様! 何故このような事を!」
それは、彼の悲痛の叫びだった。『地の神』への奉仕と祈り、讃美歌を捧げていた事が、この——この今の、悲惨な光景の元凶。そうとしか考えられないではないか。
すると教祖様の目的はつまりこの街の、破壊……?
中央広場は、最早瓦礫の山と化していた。そこに平然と立つエルギザは、視線を細め司祭の方を眺め呟く。
「ふぅん、司祭様はどうやら本物の加護を受けている『洗礼を受けた種族』のようだね。まぁ、おかしいと思ったんだ。何で中央広場にいなかった君だけが平気なのか」
しかし、それは独り言の様で、司祭に言葉を返しているようではなかった。
「君のほかに、騎士様達は防壁魔法のおかげで助かったらしいけど、彼が生まれた際に『魔力吸収』が生じてね。街の人たちが倒れているのはそのせいさ」
そう言って彼が視線を向けるのは、突如地面から現れた巨大な砂岩——何らかの手のように見えるそれは、肘辺りまでを地上へと突き出し、そして建物を打ち壊す。
魔力吸収、そう呼ばれる現象は主に『魔物の生誕時』に生じる事があるらしい。生まれるために必要な魔力を、周りから取り込みそれをエネルギーに変え、そして半分は自分の魔力の貯蓄として蓄え生誕するのだ。これは自然現象の一部だと考えられており、魔力が生命エネルギーとなっている魔物に関しては、この現象無しでは生まれる事ができないらしい。しかし、魔法を扱えるようになるのが後天的なものである人間やその眷属にはその現象は適応されない。
これはつまり、人間とはちがったまた一つの生命神秘。しかし、このアシス街の民の魔力を奪いつくす程とは。そんな魔力吸収は聞いたこともない。
だが、合理的に考えるとしたら。何らかの要因が加わり、膨大な魔力を宿すほどの化け物が生まれた。その一部がこの砂岩というのなら——もちろん、これの正体は岩を纏うモンスターという事になる。
(という事は、まさか)
その腕を見据えて、レオンはようやくその正体に気づき、歯を悔しそうに食いしばった。
「奴の正体は、ゴーレムか」
「おや、正解正解。流石だよ竜騎士様。でも今更分かったところで、もう遅いね」
エルギザがそう言った瞬間、その腕が一瞬中で止まり、教会めがけて腕が振り下ろされた。刹那、あの不気味な光は強さを増し、そしてその場似た全員の視界を奪う。そして、その光の中低く雄々しい『何者かの鳴き声』が響き渡り、そして同時に耳が裂けそうなほどの轟音が襲う。徐々にその光が収まってゆくが、揺れの方はむしろ収まるどころかその威力を増し、ついに何かが飛び出すような、大きな音がする。
(何なんだ、この光景は……!!)
レオンは、ようやく夜の闇を取り戻し始めた広場の光景を目の当たりにし、愕然とそれを見上げた。
「レオン、さん。これは……」
そして、よろよろとヒリトがレオンの隣まで歩み寄る。レオンより苦笑を浮かべられる余裕があるヒリトではあるが、その『巨大』を目の当たりにして、ここまで平然でいられる自分は少し異常だと自嘲する。それほど、目の前の巨大は脅威的なのである。
彼等の目の前にいるのは、確かにゴーレム。それも圧倒的な巨躯で、”まだ下半身は地上へ出ていないにも関わらず、それはすでに50mをゆうに超していた”。巨大なそれの頭には、教会で見たあの不気味な光を放出する体の砂岩とは違う色をした鉱石が存在していた。しかし、その鉱石は体とは不釣り合いなほど小さい。
「あぁ、何と言う事だ……」
それを見て、ヒリトの足にしがみつくように地面を這いつくばってきた祭司が、何か重要な事に気付いたと言わんばかりに目を見開く。レオンがそんな祭司の方を向くと、彼はガタガタと震えながら、ゆっくりと呟くように言葉を紡いだ。
「あれは、教祖様によりこの地で掘り起こされた『聖石』です。しかし、あれはゴーレムの頭だったのですね」
そう言って、力を無くし俯く祭司。レオンはその話を聞き、顔を上げた。いつの間にか、エルギザの姿は無かった。先ほどからの祭司の言葉を聞く限り、『教祖様』とはおそらくエルギザの事であったのであろう。こうなれば、あの男を力でねじ伏せゴーレムを封じるという事は叶わない。レオンは一番の手っ取り早い手段を失い、視線を厳しくした。
「 オ オォ オ ォ ォ オ オォ ォォ オ」
そしてその時、ゴーレムが動いた。不気味な咆哮を上げ、下半身までもを地上に引きずり出さんと腕を振り回してもがき始める。最早瓦礫と化したそれを薙ぎ払い、地面に腕を叩きつける。
「——レオンさん」
すると、我に返ったキリトはレオンにそう声をかけた。レオンもその声で我に返り、悔しそうに目をつむり顔を横に振る。
「分かっている、分かってるんだ。どうにかしなければならない事くらい。生憎中央広場には今は誰もいない。しかし、奴が這い出せばおそらく街は——。なのに、最善策が見出せん」
そう言って、レオン槍を構える。
「奴が這い出すのを黙って見ている訳にはいかない。だが俺は未熟だ、どんなに考えても奴の弱点が分からない。ようは、今の俺にできるのは『時間稼ぎ』、だ」
レオンはそう言って、槍に再び火焔を纏わせた。そして、目の前のゴーレムを睨んで言う。
「キリト! 手が空いている者に周辺の民と騎士を安全な場所に運ぶよう、そして束縛魔法を使える唱兵士には号令だ! 動きを完全に封じる事は出来なくとも足止めにはなる」
そしてレオンはそう言って、暴君と化したゴーレムへと走る。