複雑・ファジー小説

Re: 勇者で罪人の逃避行!【本編1-18ちょっと更新:9/16】 ( No.127 )
日時: 2012/09/22 19:23
名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: jP/CIWxs)

「…………、ライト・スーラン。いや、スーランか」
人に起こされる気配を感じたレオンは、落下の衝撃で動きにくくなったその口で一人の名前を呟く。するとライト・スーラン——スーランと呼ばれたその人物は、少し安心したのか口の端をつり上げると、どこか余裕そうに口を開いた。
「よぉ、”師匠”。生きてるみたいで安心したぜ」
スーランはそうレオンに冗談交じりに言うと、ゴーレムの方に目を向ける。すると、ゴーレムは再びその巨大な腕を掲げ、今振り下ろそうとするところだった。スーランはマズいと言わんばかりに目を見開き、とっさにゴーレムに手のひら向ける。そしてスーランが小さく何かつぶやくように詠唱すると、その瞬間ゴーレムのその腕に赤い術式が展開された。

「いくぜ、≪破壊魔法——フォン・サイレントⅡ≫!!」

スーランがそう叫んで手のひらを握った瞬間、ゴーレムの腕に異変が起こった。ボコン、と何かが外れるような音が聞こえ、ゴーレムの腕の内部から術式と同じ色の光があふれだす。そしてそれを見守っていたスーランが慌てて唱兵士の方に駆けだすと、次の瞬間ゴーレムの腕か内部から爆発を起こし、巨大な轟音と熱と共に腕の砂岩が粉々に砕け散った!
「うおっ!?」
スーランはその爆風にバランスを崩しかけるが、肩を貸していたレオンがまだ動きにくい脚で半ば無理矢理動踏ん張った。レオンは小さく苦しそうな声を漏らすが、それを飲み込むようにして耐える。
「く……」
「おい、無茶すんなよし——」
師匠、そう言いかけて刹那、スーランは不意に自分達に巨大な影が掛かっている事に気がついた。察しの良いスーランは振り返らずとも分かった——しまった砂岩の破片が!スーランは咄嗟に詠唱を唱え振り返るが、とてもじゃないが間に合いそうに無い!だが、その瞬間ふと二人の耳にとある一人の詠唱が聞こえた。

「≪草木魔法——クレシスタⅡ≫!」

その瞬間、ものすごい勢いで地面が割れ、巨大な大木の根っこのようなものが飛び出した。それはやがて降ってきた巨大な砂岩まで達し、鋭くなった根先がそれを突き砕いた。そしてその魔法を発動した人物がゴーレムと自分たちの間に飛び込み、スーランが肩を貸している人物を気にかけながら、彼は叫ぶようにして口を開いた。
「救護第1班・看護長のライト・スーランだったな、レオンさんを連れてさっさと退け!」
「言われなくても退くっつーの、補佐ッ!」
補佐、彼女にそう呼ばれた人物——キリク・アーバンは、ゴーレムを睨んだままで、彼女の言葉には答えなかった。ただ、彼の背は「早く退け」と語っていた。彼女は、そんなキリクの背中を黙って見つめた後、レオンを引きずるようにして唱兵士の方へと逃げ込んでいった。



キリクに対峙するゴーレムは、次の瞬間その頭の光を奇妙に強めた。クナギは攻撃が来るのかと思い、咄嗟に身構えた。だが、次の瞬間——自分の周りに落ちていた砂岩、スーランと自分が打ち砕いたそれが、ゆっくりと宙に浮かび始めた。キリクはその光景を目にして目を見開いた。そして、その砂岩はゆっくりと宙を滑り、そして——
「手が元に戻ってる……?」
自分達が打ち砕いたはずの手に、その砂岩が集まり始めたのだ。そして、徐々にそれは元の形へと形を成してゆく。そして呆然とそれを見守っていると、ついにそれは完全に手の形となり、再び自分たちの方にゴーレムが手のひらを向けた。その様子は、まるで自分たちを嘲笑っているかのようである。
(規格外にも程があるだろ!)
キリクはそれを目の当たりにし、息を呑んだ。いや、そもそも壊れた体の部位がゴーレムの魔力によって元の形に集まると言う事は、ゴーレムの特性の一つとして知っていた。しかし、これほど巨大な、腕を少し動かすだけでもかなりの魔力を有するはずのこの巨大なゴーレムにも、まさか適応されてしまうとは。
よく考えれば、体の部位を砕いていけば自動的に魔力が削れると言う事だが、このゴーレムはこの街の人間の魔力を秘めているのだ、何度あの固い砂岩を砕けばいいか分かったものじゃない。ゴーレムの魔力が尽きるよりも先に、自分たちの魔力が尽きてしまうだろう。

まぁ、つまり。状況は最悪と言う事だ。



「はぁ。さてと、今の俺では何分持つか……」

キリクは最悪な状況だと把握しながらも、あくまで諦めてなどはいなかった。キリクは両腰に下げているポーチに手を突っ込むと、とある植物の種を手にして構える。右手に持つのは、先ほど巨大な砂岩をも砕いた、巨樹『トイフェルバオム』の種子。左手に持つのは寄生木『モルテマーノ』の、同じく種子——いずれもこの地方の植物ではないため、この場で使うには何らかの悪影響が及ぶだろう。しかし、先ほど砂岩を砕くためにこの魔法を使った際に普段より上手く操る事ができなかったものの、それでもなんとか張り合える程の力は発揮できる、という事は確認できた。水の都といえど植物が生育するには不十分な場所ではあるが……。
(いや、四の五の考えている場合じゃないか)
そう考えていたキリクは不意に笑い、次の瞬間、右手の巨樹トイフェルバオムの種子をゴーレムのすぐ側に、寄生木モルテマーノの種子をゴーレムの体にへと放った。そしてキリクは素早く詠唱を唱え始める。

そうだ、せめて隊長レオンが動けるようになるまでの間は、この自分がこのゴーレムの足止めをしなくては。時間稼ぎができるのはおそらく5分程度だろうが、今尽くせる事をするまでだ。そして、隊長レオンなら、必ずや今のこの状況の打開策を導き出してくれるだろう。

そう信じられるからこそ——と、キリクは再び口の端を小さく釣り上げた。

「いくぞ、≪草木魔法——クレシスタ=ア=ヘルシャフトⅢ≫!!」
クレシスタの成長を促す詠唱と、ヘルシャフトの支配を意味する詠唱の『合併詠唱』。彼の扱う詠唱自体、極めてクセの強い地方的なものであるが、合併詠唱というものは基本的に『同系魔法の詠唱を二度唱える事を簡略化したもの』である。彼の扱う詠唱の合併詠唱では、母音『a』で詠唱同士を繋げて詠む形が主流らしい。

彼がそう合併詠唱を唱えた瞬間、地面に落ちた巨樹の種子が一気に肥大化をはじめ、ゴーレムの体を沿うようにして瞬く間に樹が茂る。
そしてその成長を見守った後に、次にゴーレムの体にまかれた寄生木の種子が芽を吹き出した。種子から伸びた寄生木のツタはゴーレムの体を這い、を締め付けるようにして成長する。そして先ほど砂岩を砕くために成長させた巨樹と今成長させた巨樹二本を巻き込んで、成長した寄生木は巨樹から栄養を奪い、さらに強くツタを太くした。

ゴーレムは唱兵士の束縛魔法と彼の草木魔法により、その動きを封じられた。


「……これでひとまずは大丈、夫?」
そんなゴーレムを見上げて、キリクはようやく一息つく。いや、彼だけではない。束縛魔法の詠唱をしていた唱兵士も、険しく歪めていた表情を感嘆の声と共に少し和らげていた。
ゴーレムをとりまく植物は、極度の水分不足のために茶色く変色しているのが分かるが、その茶色がほぼゴーレムの体を隠してしまっている状態だ。こうなってしまうと、いくら巨大なゴーレムとは言えかなり動きは制限されたはずだ。植物の状態を考えても、短くて五分はもつだろう。それに束縛魔法にもかかっているのだ、むしろ容易にこの束縛が破られてはならない。


破られてはならないはず、だったのだが。

「オ……オォ…………ォ……」
突如、ゴーレムがうめき声のような、不気味な声を上げる。そして、次の瞬間——束縛され動きがかなり制限されているはずの腕を、鬱陶しいと言わんばかりに草を払うように大きく動かした。二本の巨樹が揺れ、寄生木の一部はブチリブチリと音を立てて千切れ始める。
「はぁ!? くそッ、なんだこいつ! 化け物にも程がある!」
キリクはそんなゴーレムを見て、愕然とした様子で思わずそう叫んだ。

キリクは、自分の憶測が誤っているのだと、今更になって思い知らされた。
いや、この巨大なゴーレムを侮っていたわけではない。単にこのゴーレムは自分達の想像以上の化け物であった、ただそれだけなのだ。
キリクは、黙ったまま腰のポーチから先ほどの2、3倍以上の数の種子を掴み、そして苦笑を浮かべてゴーレムの方に向く。

「あー、レオンさんすいません。三分です。三分、なんとか持たせますから」

いくら自分の魔法が十分に使えない状態だとは言え、まさかここまでとは。
キリクは悔しそうに歯を噛みしめた後にそう呟き、そして手にした種子を飛ばした。

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詠唱も、私たちの言語が日本語・英語と様々なように、地方によって違っています。
キリクやユーランが≪クレシスタ≫や≪フォン・サイレント≫カタカナ文字の詠唱を使うのに対し、
レイラは≪攻撃強化≫と言ったように日本語の詠唱を使う事が多いです(・ω・)
そんな感じで、詠唱が人によって違うのはそのためです。

ちなみに、世界的に主流なのはレイラの使う日本語のあの詠唱だったりします←