複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps 『【灰色】の少女、対峙』 ( No.12 )
日時: 2012/07/11 16:07
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

                 ◆



 少し時間を遡って。


「あれ、飛雄馬の兄貴—?」


 お手洗いに行っていたこの物語の主人公、そして主人公なのに全然目立たない飛雄馬は、病院の廊下で一人の少女に会った。


 身長は一五〇cmと小さめである少女は、ベージュで統一されたチャイナ服を着ている、ちょっと変わった外見だった。
 黒く長い髪を一つ結びに纏め、人懐っこそうな顔立ちと雰囲気。

 彼女の名前は賀茂紫苑(かもしおん)。飛雄馬が卒業した中学校の後輩であり(現在中学二年生)、令子の従妹にあたる少女だ。


「おー、紫苑。どうして病院に?」
「ボクは定期検査だよ。最近、トラブルに巻き込まれてさー」ニッコリと、紫苑は笑った。


 自身を「ボク」と言っている、変わった少女。
 実際、彼女は変わっていた。
 彼女はタロット占いが出来るのだが、これがまた『絶対に』はずれることは無い。

 その他タロットカードを実体化させたり、術式を作ったり等の『魔法』を使える。

 だが、『魔法』が使えるゆえに、普通の人は持たない『リスク』を背負うことになる。そこで、定期検査が必要なのだ。

 …まあ、色々説明をはぶってしまったが、詳しい話はまた後ほど。


「兄貴は?」
「ああ、俺は——」


 かくかくしかじか。
 今までの事を話すと、紫苑は納得した。


 小説とは、便利なものである。




「へえ。じゃあ、令子お姉さまも居るの?」
「ああ、そうだけど」
「よーし、じゃあ会いに行こう、兄貴」


 相変わらずニコニコと笑う紫苑。
 紫苑には、両親が居ない。昔爆発事件に巻き込まれ、亡くなった。現在、祖母と二人暮らしである。
 令子にも両親が居ない。なので二人は、姉妹のような関係だ。紫苑が「お姉さま」というのは、そう言う事情からきている。


(…だから、令子も紫苑を妹みたいに可愛がっているんだろうな)


 飛雄馬は、そんな事を思った。










 紫苑と肩を並べるように廊下を歩く。
 何故か廊下には飛雄馬と紫苑以外誰も居ない。だが、もし通行人が居たなら、二人を仲の良い兄妹だと思っただろう。
 歩いていると、ふと、紫苑がこんなことを言い出した。


「でも、金髪碧眼の美少女かー。
 案外、外国から来たんじゃ無くて、ティアナちゃんみたいに異世界から来たかもしれないねー」
「まさか」飛雄馬はすぐに否定した。


 確かに紫苑の言うとおり、この町には異世界を渡ることが出来る能力者も存在する。
 とはいっても、その能力は極めてレアだ。
 飛雄馬と紫苑の友人に、その能力を持つモノが一人居る。しかし、その能力も一日三十分が限度だ。



「一方的に送ったり引き込んだりする術者や能力者なら『渡る』能力者よりかは多いけど…それでも少数だし、更に難度の『行って帰る事が出来る』能力者っていうのは、そうそう居ないだろうな」
「もー! 兄貴は夢のない事言ってー!!」紫苑は頬を膨らませ語調を強くして言った。
「世界は広いんだよ!? それに、世界は一つだけじゃないんだから!
 沢山の世界の中で、異世界を『渡る』事が出来る人間が居ないなんて言い切れる!?」
「…まあ、そうかもしれないが」


 実際居るしなあ、と飛雄馬は心の中で呟いた。


「…けど、人間じゃないかもしれないぞ」
「え?」
「世界には、人間じゃないモノも居るだろ?
『渡れる』のは、人間だけじゃないかもしれないぞ?」


 飛雄馬の言葉に、「あ、そっかー」と紫苑は納得した。


「じゃあ、一体何だろうね?」
「さあな。妖とか、精霊とか…




























 はたまたは、神様とかな」



 その言った時だ。
 キィィィィン…と、耳障りな高い音が、飛雄馬の鼓膜を突き破るように響いた。
 同時に、頭に鋭い痛みが走る。


「!?」


 あまりの痛さに、飛雄馬は顔を歪める。


「どうしたの、兄貴。大丈夫?」


 紫苑が、飛雄馬の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、心配するな——」そう言おうとしたが、それは出来なかった。
 耳鳴りは止んだが、痛みは引かない。寧ろ、どんどん悪化していくようだ。
 頭痛があまりにも酷くて、飛雄馬は膝をつく。


「兄貴ッ!?」
「うっ……」


 今まであまり心配した表情を出さなかった紫苑の瞳に、焦りが表れた。
 飛雄馬は、痛みのあまり、目を閉じる。






















 ——…めて。


 頭痛で紛れ込みそうな、か細い声が頭の中に響いた。


 ——止めて……!

 今度は、ハッキリした声が聞こえた。
 少女の声だ。
 だが、耳から聞こえるわけではなく、頭に直接話しかけるような、所謂『念話』というモノのような気がした。


 ——止めて! 私の身体を使って、酷い事をしないでッ!!
 ——止めて…! 止めて…!!
 ——『灰色』だからって…そんな権限は私にも貴女にも無い。そうでしょう!? だから、いい加減止めて!!


(…灰色? 一体、何の事だい?)
 ——これ以上、地獄を見せないで!!


 飛雄馬は少女の声に語りかけるが、少女には届かないようだった。
 それでも、飛雄馬は話しかける。


(君は誰? 何を止めたいんだい?)


 だが、少女には届かない。


 ——地獄に落ちるのは、私だけでいい。
 ——あんな世界に佇むのは、私だけでいい。
 ——だから、これ以上、無関係の人を巻き込まないでッ!!


(地獄……? ねえ、君は一体何なんだい?)



 それでも、それでも飛雄馬は話しかける。
 届かないと気付いても、話しかける。


(どうして、そんなに辛いんだい?)
 ——止めなさいッ!!



 飛雄馬の声は届かないまま。
 少女は、とてもとても強い口調で『命令』した。
 けれど、その言葉は、あまりにも寂しく、悲しく、辛い、ものだった。





 一瞬、『何か』が見えた。
 そこは、灰色の雪が降っていて、少女がそこにポツン、と一人佇んでいるのだ。
 景色には何も色が無いのに、少女だけ色があって。
 髪は淡い金。肌は雪のように真っ白でも、薄く紅がさしていた。
 少女は、後ろを向いていた。だから、顔は良く判らない。











 少女が何かに気付いて、ゆっくりと、振り向こうとした。