複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps 『病室、爆破する』 ( No.14 )
日時: 2012/07/13 20:03
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

                        ◆


 気付いたとき、目に映ったのは、大きく広がった青空と、見慣れた女性の顔だった。
 二十前半ぐらいだろうか。あるいは、それよりも若く見えた。華奢な長身で、長い髪をバレッタで纏めてある。黒曜の眼は、ややつりあがっていた。
 女性は、儚い印象を纏っている。まさに、深窓の淑女に見えた。
 なのに、着ているものと言えばジャージで、色気は皆無である。


「あ、起きた?」
「…杏海?」


 声を出すのが億劫なほど痛めた喉を、それでも必死に動かす。
 節々も、腫れていたり裂いていたりして、痛い。


「正解。意識はまとものようだね」


 飛雄馬の言葉に、杏海と呼ばれた女性は、儚い容貌とは似合わない、ニヤリ、とした笑みで言った。





 この女性の名は、清水杏海(しみずあずみ)。
 飛雄馬と令子の中学校の時の担任であり、現在も紫苑が通っている中学校の教師を務めている。
 そして、身寄りの無い飛雄馬と令子の保護者であり、血は繋がっていなくとも、母親のような存在だった。
 ちなみに、こんな容貌だが、年齢は不詳である。
 そして、彼氏も居ない。


「五月蝿いよナレーション」


 サーセンでした。
 は、話を元に戻して。


「…はいはい、判りましたよ」
「……杏海、お前誰に話しかけているんだ?」


 軽く呆れた表情で返す杏海に、少し引いたような目で飛雄馬は聞いた。


「アンタは気にするな」
「そ、そうか…」


 けれど、杏海の殺意が篭った視線を返されて、結局触らないようにした。

 ふと、脈絡も無く、紅蓮の炎が、脳裏に浮ぶ。


「…あ、令子は!? 令子はどうした!?」


 飛雄馬は思い出す。


(確か、俺は令子を助けに行ったはずだ!)


 寝転んだまま、辺りを見渡したが、令子の姿はない。


(令子は!? 令子は何処にいるんだ!?)

 令子の姿を確認しようと、身体を起こそうとする。
 今まで気付かなかったが、どうやら自分は広場に移っていて、担架の上で寝ていたのだ。


「ああ、起き上がっちゃダメ。
まだ中毒が抜けきっていないんだから」


 杏海は飛雄馬を宥めて、ゆっくりと寝かせる。


「…ったく、アンタも令子もムチャしすぎ。
 自分が会長と副会長である前に、一人の学生ってことを自覚なさい」


 優しく言う杏海だったが、しかし、飛雄馬は興奮したまま言った。


「今は説教はいい!! 令子は!? 玲子はどうした!?」


 ブチッ、ブチッ、ブチ。
 今まで我慢してした杏海のかんにん袋の緒が切れた。


「だから落ち着けこらあああああああああ!!」


 そのまま杏海は、飛雄馬のみぞに手刀を入れる。
 ゴフ、と嫌な音が響き、

























「ぎゃああああああああああ!!」


 飛雄馬の叫び声が、広場に広がった。

















 暫くして、飛雄馬の痛みが収まった。
 それを見計らって、杏海が言った。


「無事だよ。アンタも令子も、奇跡的に怪我はそこまで無かった」


 その言葉に、ゆっくりと、飛雄馬は安堵する。


(良かった…)


 心の中で呟いた。
 けれど、それはつかの間だった。


「…けど、意識不明でね」
「えッ……」


 意外な言葉に、飛雄馬は目を開く。
 杏海は、滅多に見せない憂い顔で言った。


「脳に傷害はないみたいなんだけど、何か余程ショックなことがあったらしくて…。今、紫苑がつきっきりで居る。
 意識を取り戻す確率は、無いわけじゃないらしんだけど…五分五分って所らしいわ」
「…そんな」


 肩を降ろす。
 言いようのない落胆に苛まれた。


(令子…何で)


 アイツの事だから、すぐに元気になると思ったのに。


「でも、助かっただけましよ」そんな飛雄馬の心情を知ってか知らずか、杏海が続ける。
「…今回の爆発は、もう何人もの死亡者が出てるから。
 爆発源であるあの部屋に居たのに、令子が無事だったことが奇跡としか言いようが無いわ。
 アンタはその中で、一番軽かったし。大きな病院だったからね、怪我人も多いのよ。だから、アンタみたいな軽症者は、ここに居るってワケ」
「…そうか」


 判っていた杏海の言葉に、飛雄馬は一つ、ため息をついた。
 ふと、令子の傍にいたはずの少女を思い出す。

 あの時、令子の傍に在った、燃えたベッドの上で寝ていた少女を。


(…あの子も、死んでしまったのだろうか?)


 そう思うと、心が重かった。
 例え何の関わりが無くとも、誰かが死ぬというのは、とても悲しいことである。













「…でね、少し可笑しい事があるのよ」
「可笑しい事?」


 杏海の言葉に、きょとんとした口調で返す。

「ほら、アンタ達、テロリストに捕まっていた女の子の面倒見ていたんでしょ?」
「あ…ああ」


 飛雄馬はぎこちなく頷く。


「その子がさー、火が鎮火したぐらいの時かなあ。一人で、病院から出てきたんだよね」
「え…」
「それも、無傷で」
「むッ…無傷ぅ!?」


 驚いたすっとんきょんな声を上げてしまう。
 生きていたことの嬉しさより、驚きの方が勝った。


「で、今事情聴取してるんだけどさ。…その子、物凄い青い顔で、『私のせいだ』って責めているのよ」
「…何で?」
「それが判らないのよ。ずっとそう言うだけで、質問には答えないらしくてね。
 ああ、でも——」
「何だ?」
「その子、こう言っていたらしいのよ」


 飛雄馬の訊ねに、杏海はこう言った。



















「『自分は【灰色の魔女】だから——ここに居ちゃいけないんだ』——って」







第一章 魔女? —Est-ce que c'est magicien?—  fin