複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps ( No.18 )
日時: 2012/07/21 19:33
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

第二章 白と黒と灰色—Blanc et noir et gris—


「【灰色の魔女】? 何なんだ、それは」


 飛雄馬が思いっきり「ワケわかんない」という顔で返す。
 杏海は頬を膨らませ、「私だって判んないわよ」と返した。


「私はアンタと同じく、『一般人』だから、魔法とか魔女の類はあんま知らないわ。それに、ただの子供の戯言かもしれないし」


 杏海の言うとおりだった。
 確かに、この世界では『不思議なこと』が起きても、全くおかしくはない。しかし、全部が全部、『そういうもの』とは言い切れないのだ。
 判りやすくいうと、この世界にはちゃんと、『魔女』や『魔術師』、『占い師』『祓魔師』など職業として認められている。しかし、この中にはニセモノも多く居て、詐欺を働く連中は後を絶たないのだ。
 そして、もう一つ。
 自分が『魔法使い』だと『思い込んで』、病気になってしまうモノも居る。
 そう言うものが、犯罪を起こしてしまったり、人様に迷惑をかけてしまったりと、詐欺よりも厄介なモノかもしれない。


「…ただ」
「ただ?」


 杏海は、少し困ったような顔で言った。


「…それを聞いた紫苑の様子が、おかしいのよ。
『知らない』の一点張りなんだけど、顔色が真っ青で」
「紫苑が……?」


 その時、はっと飛雄馬は思い出した。


(そういえば、あの時……俺が、耳鳴りと頭痛で苦しんでいたとき…)


 声が聞こえた。
 止めてと。何度も繰り返し。


(そして——『灰色』)


 あの、少女の声は、確かに『灰色』と言った。
 あの金髪の少女自身も言ったのだ。『灰色の魔女』と。


(ひょっとしたら、あの声は、あの女の子の声なんじゃ…?)


 理屈はわからない。
 もう一回言うように、飛雄馬は一般人だ。
勿論、テレパシーみたいな超能力を持っていない。
人の心に語りかける魔法なんていうのも知らない。
 なのに、そうなんじゃないかという確信があった。


「…なあ、杏海」
「ん?」
「俺、そのこに会いたいんだけど…会うこと出来るか?」


                                ◆


 翌日。
 飛雄馬は警察署へ向う。金髪の少女に会いにいく為だ。
 本当は、昨日のうちに行きたかったのだが、物凄い剣幕で杏海に止められた。


「アンタはまだ安静しなきゃダメ!! 今日一日は寝ときなさい!!
 それに、彼女はまだ警察署で事情聴取を受けているの。面会が出来るのは、早くても明日だろうし。
それに、彼女は重要参考人よ。何だって、無傷で済んだのだから、何か事情があるはずって、警察は睨んでいる。
 面会するなら、事前に話さなきゃ取り合ってくれないわ」
「私が電話して、明日には会えるようにしとくから、我慢なさい」と言われ、飛雄馬はしぶしぶながら引き下がるしかなかった。


 で、昨日は大人しくちゃんと寝ていた。
 そりゃもー寝た。イヤと言うほど寝た。
 そのお陰か、怪我も殆ど治り(大きな火傷はまだまだだが)、体調は好調。天気も良く晴れており、飛雄馬はマウンテンバイクで向っていた。
 昨日、自分が寝かされていた広場を横切る。到着するのが早いからだ。
 サンサンと強い日差しが降り注ぐ。日差しが苦手な飛雄馬は、木陰のところを通ることにした。
 水の落ちる音が聞こえた。噴水の時間が始まったのだ。

 ふと、飛雄馬はブレーキをかけた。
キッ、と鋭い音と共に、ペダルに置いてあった足を地面につける。
 飛雄馬は空を見上げた。
 空には入道雲と……燃え、壊れ、大半が灰になってしまった病院があった。


(…まるで、原爆で破壊された建物のようだ)


 小学校の修学旅行の時を、飛雄馬は思い出す。
 今はもう消えているが、あの時の——爆発した時の紅蓮の炎と、どす黒い煙を思い出した。


(今思い出しても…怖い)


 あんなにも熱かったのに、背筋は凍っていた。
 頭は沸騰していたのに、身体は氷の柱を飲み込んだように冷えていた。
 良く、自分は令子を連れて帰れたと、飛雄馬は改めて思う。


(あれは、事故じゃない)

 恐怖とともに、爆発したときの事を思い出した飛雄馬は、強い確信があった。
 そう。あれは事故じゃない。
 誰かが仕組んだことだ。


(これにも根拠なんてモノは無いけれど…でも、あの時の声は)




 あの少女の声は。止めてと叫んだ。


 一生懸命に叫んでいた。





(それは、確かに僕に届いたんだ。でも、それに逆らうように、あの爆発が起きた)


 きっと、全部繋がっているのだと。何かかかわりがあるのだと。


(令子のこともあるし…あの少女の声が届いた以上、見捨てるわけにはいかない)


 飛雄馬は強く思った。

 この事件は、とても大きな事件だ。
 犯人は、病院という場所を選んだ。もう既に何十人ものの死傷者が出ている。犯人は相当残酷なヤツだ。
 それに、自分が出来ることなんて、たかが知れている。そんなの判っている。
 自分は『一般人』で、『学生』なのだから。
 それでも、目の前で泣いている人を見捨てることは出来なかった。


 こんな風に人の命を奪えるヤツを、許せないと強く思った。
 今、意識を失っている大切な相棒と、『止めて』と、一人訴えている少女を、助けたいと思った。