複雑・ファジー小説
- Re: 灰色のEspace-temps ( No.20 )
- 日時: 2012/07/18 18:16
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
十分後。
満身創痍になった飛雄馬とクリスは、机に寝そべっていた。どうやら引き分けのようだ。
「や、やるな…」
「そ、そっちこそ…」
フフフフと、疲れていても笑う二人。どちらも、はぁはぁ、ぜーぜーぜーと息切れが酷い。
「…って、こんなことしてる場合じゃないんだよ!!」
ダン!! と、飛雄馬は机を叩いた。
「お前の調子に乗せられて、本来の目的忘れてたわ!!」
「…何。いきなり。逆ギレ。責任転換するな」
疲れと呆れが混じった情け容赦ない言葉が返ってきた。
じとーっという視線を送られ、罪悪感にかられる。
しかし、生徒会長は——何時も会員の始末書を書かされている生徒会長は、そんなことにはめげないッ!!
一回深呼吸して、心を落ち着かせた。
「俺、君に聞きたいことがあったんだよ」
「『灰色の魔女』のこと?」
空気が、凍ったような気がした。
「君、『灰色の魔女』って、何のことか知ってるか——?」今まさに、聞こうとしたことを。
また、言う前に答えられた。
(…こ、コイツゥゥゥ!! 一体何者!?)
「だから。『灰色の魔女』」心を読んだように——というか、心を読んでクリスは答えた。
「魔女は心を読めるのかよ!?」
冷静なんていう言葉は、飛雄馬の辞書には載っていない。寧ろ、一瞬にして白紙になった。
「当然」クリスは無表情で答える。
「…マジか」
何だか、一気に力が抜けた。倒れたイスを元に戻し、ゆっくりと座る。
クリスは言った。
「とりあえず。魔女の話からする。
ヒュウマ。あまり魔女のこと。知らないっぽいし」
「…よろしく頼む」
言葉にしなくても話してくれそうだなと、飛雄馬は若干達観していた(ダジャレではない)
「まず。魔女には。二通りある。
『黒魔女』と。『白魔女』の二つ」
「…で、どういう風に違うんだ?」
飛雄馬が聞くと、クリスは答えた。
「魔女は。キリスト教では。とっても異端。
何故なら。神の力を得ることとなるから」
「……?」
良く判らない。そう思うと、クリスはもっと判りやすく説明した。
「宗教は。神は絶対的存在だから。自然の力を持つから。だから宗教者は崇める。
でも魔女は。人間でありながら。神と同じ力を持とうとするから。そして持つから。だから嫌われる。
人間ほど。愚かな生き物は居ない」
そう言ったクリスは、やはり無表情だった。
けれど。
(何でだろう? 声は、怒りと悲しみで出来ているような、そんな印象がある)
飛雄馬は、黙って聞く。
「神の力をもって。誰かに認められたい。誰かをいいなりにしたい。誰かを殺したい。
…魔法は。元は闇の中で生まれた。
だから。最初に生まれたのは。人を呪う。黒魔女だった」
「……」
「でも。後から。聖職者の中で。魔術を行うモノも増えた。
奇跡の技を見せれば。より多くの信仰を集めることが出来るから。便利だから。
そして。彼らはそれらを使って。人助けをしていった。
聖職者の間で増えた魔法使いを。人は、白魔女と呼んだ」
それが、黒魔女と白魔女の違いだと、クリスは言った。
人を呪うか、否か。その違い。
悪い魔女か、良い魔女か。その違い。
(…あれ? でも…なんかおかしくないか?)
飛雄馬は、違和感を感じた。
何ていうんだろう。自分でもよく判らなかった。
だが、こう、『これ、ちょっと間違ってないか?』という違和感が——。
だが、それにたどり着こうとする前に、クリスが説明の休止符を打った。
「…そして。その中間に出来たのが。『灰色』。けど、なんやかんやで。数は滅亡したといって良いほど。少なくなった。
だから。『灰色』の存在を知る人は。凄く少ない。
以上。終わり」
「ああそう。以上で終わり————ってええ!?」
ガタ!! と立ち上がる。本日二回目。
「いや、『灰色』については!?
『灰色』は一体どういう理由で生まれたの!? 『なんやかんや』でほぼ滅亡した、その『なんやかんや』って!? 黒魔女と白魔女の説明と比べて大雑把すぎやしませんかね——!?」
「五月蝿い。メガネ。だからお前は。何時までたっても。伊達メガネなんだ」
「何だその伊達メガネ否定批判はぁぁぁ!!」
最早漫才化している二人の喧嘩。しかも若干涙目になっている情けない高校男子生徒。
はあ、とクリスはため息をついた。
「ヒュウマ」
「…なんだよ」
「この世の中には。知って良いことと。知らないほうが良い事があるんだよ」
そう言って、クリスは笑った。
「『灰色』のことなんて。知らなくても。生きていける。
本来。知らないほうが良いんだよ。
貴方は。笑って。幸せになれる権利がある」
「…ううん。違う」クリスは首を振った。
「貴方には。幸せになる義務がある」
その笑みと声は、あまりにも優しかった。
優しい、拒絶だった。
「貴方には。家族が居る。
一人、意識不明だけれど。それでも。貴方が傍で。笑わないと。幸せにならないと。
きっと。帰ってこない」
青緑の目が、ゆっくりと近づく。
その目は、とてもとても、何処までも深く、優しい色が彩られていた。
クリスはそっと、綺麗な手を飛雄馬の頬に当てる。
暖かい。
「…だから、もう。『灰色』のことは。忘れて。
私の情報を与えれば。その子を助けることが出来るかもしれないと思った。だから話した。
…だから。それ以外の時は忘れて」
そう言って、クリスは目を細めた。
その時。
飛雄馬は、クリスの心の深淵を覗いたような気がした。
(本当は)飛雄馬は思った。
(彼女は、無表情の仮面を被っているだけで。本当は、優しくて、暖かい女の子なんだ)
そう。
まるで、この子の瞳のように深くて、柔らかい春の日差しのように。