複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps ( No.24 )
日時: 2012/07/23 18:32
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

第三章 正義と悪 —Justice et mal—



 昔々、とある一人の少女が居ました。
 その少女は、神様と同じ力を持っていました。
 周りは喜び、崇めます。目の前に、神が存在しているから。
 けれど、少女はそれがイヤでイヤでなりませんでした。崇められるのに疲れたのです。

 少女のせいで、大きな争いが起きました。
 血は流れ、涙は枯れ、世界は滅びます。
 周りは少女を蔑み、憎みます。少女が居なければ、自分たちは不幸にはならなかったのだから。
 少女は苦しみました。人に蔑まれる理由が判っていたからです。

 長い長い年月を得て、少女は『神』になりました。
 誰にも崇められず、誰にも蔑まれない、たった一人で生きる『神』となりました。
 けれど少女は嘆きます。
 こんなことを望んだわけでは無いと、長い間一人で泣きます。

 長い長い年月を得て、少女は泣くのを止めました。
 代わりに、少女は一人歌います。
 たった一人の世界で、永遠に。





 私には判りません。
 何が綺麗で、何が汚いのか。

 私には判りません。
 何が光で、何が闇なのか。

 私には判りません。
 何が生で、何が死なのか。

 私には判りません。
 何が正しくて、何が悪とみなすのか。

 私には、全てが綺麗で、全てが汚く見えるのです。
 私には、全てが光で、全てが闇なのです。
 生きているものは死に見え、死に見えるものは生きているかのように見え。
 全ての行いが正しく見えて、悪のように見えるのです。


 だからどうか教えてください。
 この世界は、本当に存在しているのですか?




                             ◆


「この子みたいに、『渡った』魔女。
 ——見たよね?」


 ニコリ、と黒づくめの『人間』は嗤った。
 それだけを見れば、そこらへんに居る女子が黄色い声を上げるだろう。
 だがしかし、『人間』はティアナの首元に、ナイフという物騒なモノを突きつけている。
 優しい人間では無いだろう。

 残酷にも、ティアナに刃を向けて嗤う人間。
 そんな姿を見ていると、忘れたと想っていた『怒り』が、ふつふつと沸いて来た。


「……それは、『灰色の魔女』のことか?」


 飛雄馬はゆっくりと言葉をつむいだ。
 あえてクリスの名を出さなかったのは、相手が術師で、名前を知らないかもしれないからだ。
 昔、紫苑やその友人の召という男の子が言っていた。名前は、この世で一番短い「呪い」なのだと。
 生憎と、飛雄馬は一般人だ。術師に対抗する術は持っていない。そんな相手に、人の名を迂闊に名を明かしたらどうなるか。


(…考えたくもない)


 背中に冷たい汗が流れた。
 黒づくめの『人間』は、ピクリ、と眉を上げた。


「……どうしてキミは、あの子が『灰色の魔女』ということを知っている?」


 訝しげな声が返ってくる。


(……キミってことは、クリスと少なからず面識があるってことだよな)


 そう思った飛雄馬は、聞いてみることにした。


「…アンタは一体、何者だ。
 何で『灰色の魔女』を聞こうとするために、その子に刃を向けている」
「質問に答えないからだよ」


 凍るような声が返ってきた。
 ナイフが首元に強く突きつけられる。夕陽に当てられて、キラリと刀身が光った。


「さあ、早く答えなよ。
 じゃないと、この子の白い肌が、真っ赤に染まるよ?」
「きゃっ…!」


 ティアナの悲鳴が漏れる。

「や、止めろ!」

 焦った飛雄馬が言うと、『人間』は低い声で言った。


「じゃあ、早く話してよ」
「…!」
(これ以上は挑発すると、ティアナの命が危ないか)


 そう思った飛雄馬はこう言った。


「話したら、ティアナを離してくれるな?」



 かなり情けない要求だったのを、飛雄馬は自覚していた。
 …きっと、コイツには嗤われるだろうな、と想った。




 …のだが。


 そう言うと、『人間』がポカンとした様子になった。




(……?)




 一瞬のフレーズ。

 そして。




「…あ、アヒャヒャヒャヒャ!」
「!?」




『人間』は、大爆笑した。
 一体なにが起こったんだと飛雄馬とティアナは混乱する。
『人間』は腹を抱えながら、途切れ途切れに言った。





「は、話したら離すって……!!」
「え、ギャグと受け止められたの!?」


 思わず突っ込んだ突っ込み生徒会長。
 ティアナもこんな展開になるとは思わなかったのか、『人間』の方に見て、あんぐりと口を開けている。
『人間』はティアナから離れ、地べたになってどんどんと地面を叩いた。



「は、話したら離す…話したら離す!!」
「いや、笑い過ぎだよアンタ!! どれだけ笑の融点低いの!!
 後俺、受け狙いで言ったわけじゃないからね!?」


 そこまで言うと、我に返ったのか、『人間』は笑うのをやめた。


「…と、笑っている暇は無い」


 ゴホン、と大げさに咳払いをして、キリリ、と顔を引き締める。
 だが、今さっきみたいな緊張感と怒りは、既に無い。



(…なんだろう、この脱力感……)


 そう、例えるなら、ホラーだと思っていたら、実は馬鹿馬鹿しい話でした、みたいな。
 顔を青くしていたティアナも、「もー飽きちゃった」みたいな顔をしている。
 そう想っていると、突然、お空からレボリューション(思いつき)が降ってきた。



(…うん? なら)
「さっさと話してくれるかな。
 私も暇じゃないんだ」


 そう言って、改めてナイフをちらつかせた。



「よし、判った!!
 これを十回ちゃんと言えたら言ってやる!」
「…何?」



 怪訝な様子が帰ってきたが、飛雄馬はとびっきりいい笑顔で、ビシ! と指差し指を指した。


「『なまむぎなまごめなまたまご』!! はい、十回言って見やがれ!」
「えっ…『なまむぎなまごめなまたまご』!『なまむぎなまごめなまたまご』!『なまむぎなまごめなまたまご!』『なまむぎなまもめなまたまご』!…」
「今、噛んだな!?」

 慌てていった『人間』に対して、飛雄馬は素早く修正する。


「今、『なまもめ』って言ったな!?」
「あ、しまった…!! …って、なまもめって……」





 そう言うと、『人間』は一瞬フリーズ。
 …また大爆笑。








「あ、あひゃひゃ! あひゃひゃ! なまもめって…なまもめって!! ヒー!!」


 今さっきより受けたのか、今度は転がっている。




「今のうちだ、ティアナ! 来い!」


 そのうちに、飛雄馬がこそ、と言う。
 ティアナは頷き、こっそりと離れた。

 一方、『人間』はそれにも気付かず、十分ぐらい笑い転げていたのだった。