複雑・ファジー小説
- Re: 灰色のEspace-temps ( No.25 )
- 日時: 2012/07/25 22:37
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
◆
クリスは、嫌なことがあると、良くのどをつまんだ。
小さい頃から、良くつまんだせいで、声が出なくなった時もあった。
嫌なこと…それは、『記憶喪失』のことが原因だった。
親は知らない。
気がつけば、一年前、自分はみすぼらしい服で、袋小路に居た。
何も覚えていない。なのに、頭に響く『知識』があった。
私の名前は、クリスタル・ファントム・エ・レ・クレール。
白魔女でも黒魔女でもない、『灰色の魔女』。年齢は九歳。
『灰色の魔女』。それは、白魔女にも黒魔女にも追いかけられる存在。
あの時の自分は実感が湧かなくて、何故自分が追いかけられなくてはならないのか判らなかったけれど。今なら、少し判るのだ。
けれど、判らない。
何故、自分は『灰色』なのか。魔女なのか。
一体、自分は何なのか。
…どうして、時に記憶が途切れるのか。
「…『一体何者』。か。
そんなの。私が聞きたい」
飛雄馬の想った言葉を思い出す。
何故か自分は、人が言いたいことが判る。
色んなものが生み出せる。
色んなものを消せる。
「そして……世界を『変える』力。か」
クリスはゴロンと、ベッドの上に転がった。
ベッドという知識はあったから、ナニコレ珍百景状態には陥らなかった。だが、ベッドの上で寝るというのは、ココに来て初めての経験だった。
「はは、笑っちゃう。
何が世界を『変える』力よ」
自嘲気にクリスは呟く。
ふと、鮮やかな記憶が脳裏に写った。
「結局、あの時だって、あの世界だって、変えられなかったじゃない」
その事を思い出して、クリスは乾いた声で言う。
(そうだ。あの時も、あの世界でも。
私は。何も変えられなかった。寧ろ。人を傷つけてばっかり)
心の中で呟く。
だが。
(…アレ?
何で。私)
記憶喪失なのに。
(知ってるの? あの時のこと。あの世界のこと)
「…ホント、笑ってしまうわ」
勝手に、口が動いた。
自分の意思では無い。別の誰かが、喋っているようだった。
(え——!?)
その声に、ゾっとした。
自分が喋っているから、自分の声なのに。何故か、その声は低く、冷たく、悪意のある声だった。
「結局、誰も助けられない。
貴女だけじゃ、何も変えられないのよ」
(…何。これ————!!)
怖い。
恐い。
コワイ——!!
「…あら、恐がらなくても良いわ」
クリスではない、別の『魂』が、クリスの肉体の主導権を握る。
『魂』は、十歳にしては発育の良い胸をゆっくりと撫でながら、優しく言った。
「私の『悪魔』の力と、貴女の『許容』の魔法があれば、大丈夫。
きっと、貴女の思い通りな世界を創ることが出来るわ。
皆貴女には逆らうことは出来ない。貴女に絶対服従な、そんな世界を創ることが出来る。
だから、恐がらなくてもいいのよ? クリス」
優しく、優しく、心を逆なでしてくる。
(イヤ…イヤ!!)
クリスの心が、『魂』を拒絶する。
「あらあら、強情ね」
凍てつくような笑みで、『魂』はクリスの胸を抉る様に掴んだ。
「…でも、貴女の意見なんて、どうでもいいの。私がこの言葉を唱えるだけで良いのよ?」
(あ——)
私の、魔法名。
そして、私をコントロールするための『呪文』——。
(や、止めて! お願い!)
必死に、クリスは叫ぶ。
『魂』は嗤う。
そして、無慈悲に唱えた。
「Fair is foul, and foul is fair」
◆
「アハハハハ…あれ?」
「やっと気付いたかニブチン」
やっと、ティアナが居ないことに気付いた『人間』。
…ついでに、『空気破壊(エアクラッシャー)』の銃口を突きつけられたことにも。
「な、何でそんな物騒なモノ、私に突きつけてるのかな?」
「決まってる。アンタが怪しすぎるからだ」
飛雄馬はスウ、と息を吐いていった。
「これで形勢逆転だな。
さあ、吐け。何であの子のことを知っている」
飛雄馬の言葉に、『人間』は嘲笑して言った。
「…キミは、形勢逆転の意味を知らないみたいだね。
薄々気が付いていると思うけど、私は魔術師だよ? そしてキミは魔力を持たない『一般人』だろう。私が魔法を使えば、キミは一瞬で——」
「このバズーカ」
だが、『人間』が言い終わらぬうちに、飛雄馬が遮った。
「名前は『空気破壊(エアクラッシャー)』って言うんだけどさ。この破壊力は、トラック一台を木っ端微塵に出来るほどのモノだ」
飛雄馬は、引き金に人差し指をかけた。
そして、淡々と言い放つ。
「今、既に安全装置を引いていて、後は引き金を引くだけで良い。
さて、アンタの魔術と、俺の『空気破壊(シリアスクラッシャー)』とどちらが早いか試して——」
「さあせんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」