複雑・ファジー小説
- Re: 灰色のEspace-temps ( No.27 )
- 日時: 2012/07/27 15:54
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
シルバーの衝撃的な言葉に、飛雄馬は開いた口が塞がらなかった。
クリスに聞いてから、白魔女は善の魔女だと思っていた。逆に、黒魔女は悪の魔女だと思っていた。
それが、あっけなく崩された。
(でも…あの時、感じた違和感は、こういうことか)
何となく変だと思った。
何となく、あの言葉に『嫌なもの』を感じた。
…未だに話の内容は全然理解出来ていないのだけれど。
もう難しい単語が多すぎる。魔術とは関係の無い『一般人』である飛雄馬にはどんなに優しく説明されても到底理解できぬだろう。
「まあ、難しく考える必要は無い。恐らく、キミは一生知らなくてもいいことだから」
顔に書いていたのか、シルバーが言った。
まあな、と飛雄馬は答える。言う前に言われることに、慣れてしまった。
「…取り合えず、黒魔女とか白魔女のことは置いとこうぜ。
今は、クリスの話だ」
あの爆発のことについて、飛雄馬は知りたいのだ。
沢山の人たちの命を奪い、何よりも令子を眠らせた事件の裏方を。
だから、ここまで『未知の世界』に踏み込んでいる。
飛雄馬の言葉に、シルバーは頷いた。
「そうだね。では、先ほど『灰色』の魔法のことは話したよね?」
「うん。それは何となく判った。
要は、想像すれば、何だって出来るってことだよな?」
「少し語弊があるような気がするが…近いからまあ良いか」
そう言って、シルバーは続ける。
「あの爆発は、『灰色』の魔法ではない。『灰色』の魔法とは、自分の意志で発動するものだ」
「じゃあ何か? あれは、クリスの意志で爆発したってワケじゃないのか?」
飛雄馬が聞くと、シルバーは逆に聞き返した。
「あの残酷な爆発を、あの子が望んでするように見えるか?」
そう言われて、飛雄馬はたじろぐ。
不意に、彼女の笑みが脳裏に浮んだ。
あの、あたたかい笑み。
あの笑みには、少しだけ寂しさが滲んでいた。
あのあたたかい体温。
少しひんやりしていて、それでもこそばゆいような、あたたかさが在って。とても気持ちよかった。
そして——…あの言葉。
『あなたには、幸せになる義務がある』と。
そういった少女の顔は、とても印象深いものだった。
あたたかそうで、冷たそうで。
存在感があって、儚そうで。
触れてみたかったけれど、触れたら消えてしまいそうで。
だから、助けたかった。
「…いや」
飛雄馬は言葉にしていた。
「そんな子じゃない」
それも、はっきりとした声で。
(そうだ。あの声が、あの笑みが、嘘なわけあるか)
あの声を聞いて、自分は助けたい、救いたいと思ったのに。
あの笑みを見て、自分は迷ってしまって。
(疑いすぎだ、俺)
あの子を、信じなくてどうする。
周りを疑ってばかりじゃ、何も進まない。
そう思った時、霧が晴れたような気がした。
焦りが消えた。憤りが消えた。
わけのわからない用語も、頭に染み込む様に理解できるようになった。
シルバーが、フッと笑う。
「あの子は、キミに会って、本当に良かったかもね」
「え?」
キョトンとした顔で返すと、シルバーは悲しみと怒りを混ぜたような表情をした。
「…今まで、あの子は『灰色』というだけで、追いかけられていたんだよ。
記憶を失う前も、失った後も。
一部の黒魔女や白魔女には、その力に目を付けられて追われる。一部の黒魔女や白魔女は、その力に恐れて、彼女を殺そうとする。…今まで、そんな人生しか送っていない」
「……!」
飛雄馬は、絶句した。
そう言えば、さっきも言っていた。
彼女の魔法は、天地をひっくり返すことが出来る。
無いモノを生み出し、在るモノを消す。
闇と光を…反転させることが出来る。
(そんな巨大な力…欲にまみれた人間が、見逃すはずがない)
そして、愚かで小心な人間は、その力を恐れて、排除しようとするだろう。
ニンゲンと言うのは愚かだ。
救いようのない、愚か者。
そんな人間は、そのまま欲や恐怖で…ゆくゆくは身を滅ぼし、勝手に果てるのだ。
(…そんな人間を沢山見てきたのに、彼女は……)
飛雄馬の心情を知ってか知らずか、シルバーはこういった。
「…きっと、私ではあの子を救えない。だからって、キミを巻き込んで良いということではないと思うが…それでも、頼む」
シルバーは、深々と頭を下げた。
「どうか、あの子を救ってはくれないか——」
昔々、とある一人の少女が居ました。
その少女は、神様と同じ力を持っていました。
周りは喜び、崇めます。目の前に、神が存在しているから。
けれど、少女は普通の女の子でした。
おしゃれ好きで、可愛いものが好きで、甘いお菓子が大大大好きで。
優しくて、あたたかくて、何時も人のことを思って行動する、普通の女の子でした。
何時も、人を疑わない、純粋な少女でした。
彼女には、善も悪もありませんでした。
闇も光もありませんでした。
ただ、どちらも愛おしく想う、『灰色』の少女でした。
それが、全ての始まりでした。
悲劇と惨劇の、全ての始まりでした。
第三章 正義と悪 —Justice et mal— fin