複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps ( No.28 )
日時: 2012/07/30 18:46
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)


第四章 五百年前の悲劇—Tragédie il y a 500 années—


「クリスと私は、元は人間で、幼馴染だった」
「あんたとクリスが…? それにしちゃ、歳が離れ過ぎちゃいないか?」


 飛雄馬が聞くと、「それは人間として生きていた頃の話」とシルバーは言った。


「五百年前。その頃の日本は、戦国時代。
 その時代に、私たちは生まれたのだ」
「…へ?」


 あんぐりと、飛雄馬は口を開けた。
 クリスは見た目的には十歳だし、シルバーは二十歳を越えているような年齢だ。
 なのに、その二人は五百年前に生まれていると言う。
 なら逆に、五百年は生きているという事だ。人間ではありえない。
 不思議な力が使えても、人間は人間だ。寿命は変わらない。


(…あ、でも『生前』だって言っているよな。
 じゃあ、クリスもシルバーも、『幽霊的』なモノなのか…?)
「今君は、私たちが幽霊的なモノだと思っているだろうが、違うぞ」
「え? 違う?」


 もう心を読まれたことに突っ込まない飛雄馬。
 まあそれはともかく、シルバーは長い、長い昔話を始めたのだ。











 フランスの寒村で、二人は生まれる。
 その家は、黒魔術を操る家系であった。

 当時、その頃は魔女狩りが出回っていた。魔女狩りとは、その名の通り魔女を狩るのである。
 黒魔術というのは、基本的人を呪い、害をなす魔法として言われている。悪の魔法だが、それを行うのは致し方がないケースが多かった。
 何故ならば、黒魔法使いになる前の人間たちは、他の人間たちには蔑まれていたのだから。



 一人は生まれながら腕や足、目がなく、一人は手や足、目が多かった。
一人は伝染症を持っており、一人は余りにもな身体能力を持っていた。
一人は余りにも身体が小さく、一人は余りにも大きい体を持っていた。



 人と違う『ハンデ』を持っていたからこそ、黒魔法使いの先祖は、人々に蔑まれた。
 職は追われ、故郷から追放され、蔑まれ、罵られ。
 物が盗まれれても、家畜が死んでも、天災が来ても、何でもかんでも先祖たちのせいにされた。
 石は投げられ、弱い赤ん坊は死ぬ。

 だから、先祖たちは、穏やかに暮らす為に。家族を守る為に。自分を守る為に。
 黒魔法を使うようになった。

 罵りの相手が消えれば、差別はなくなる。
 追われることも、石を投げられることも、…赤ん坊が死ぬこともなくなった。

 勿論、彼らには罪を犯す『覚悟』があった。さばかれる覚悟があった。
 神に背き、悪魔に身を売り、人を殺す。その行いが、自分勝手だということをちゃんと知っており、それを悲しむ人々の心を知っていた。それを踏まえて、人を呪ったのだ。
 そのものたちに憎まれ…殺される覚悟もあった。

 けれど、やはり赤ん坊や身内が死ぬのはイヤで。
 彼らは極力呪わないようにし、黒魔法使いが集まった村を、結界で外界から遮断した。
 結果、魔女狩りから逃れることが出来、黒魔法使いたちは静かに暮らしていたのだ。

 そんな中、彼女らは生まれた。
 クリスとシルバーは皆に可愛がれ、すくすくと成長していった。
 一歩村から出れば、魔女狩りにあうというのに、子供たちはそんなことは露知らず育った。


 クリスの魔力は、群を抜いていた。
 無いものを生み出し、あるモノを消す。全てを反転する魔法。
 人々は、クリスの魔法を『神の力』と言って崇め、大切に育てていった。
 けれど、クリスは、普通の女の子だった。
 おてんばで、でも優しくて。無鉄砲で、けれど隅々まで気遣う、本当に優しい少女。
 たとえ、『神の力』を持っていたとしても、彼女は普通の女の子だった。















 そんな優しいクリスが、好きだった。
 恋愛感情では無いと想う。けれど、友人としての、幼馴染としての、妹的な好意でもなかった。


 自分でもよくわからない。
 けれど、確かに好きだった。




「……」


 飛雄馬は、聞くだけで感情が溢れそうだった。
 何の感情かはわからない。けれど、それは、苦しくもあたたかい。
 シルバーは、優しい面差しで続けた。


「こんな穏やかな日々が、ずっと続くと信じていた。
 少なくとも、私は信じていた——」















 ある日、シルバーは熱を出した。
 酷い病だった。命に関わるほどの。
 二十歳の青年が、ここまで酷くなる病気なら、他のものにも移るかもしれない。
 そう考えた村人たちは、あらゆる手を尽くす。
 クリスも、泣きながら尽力を尽くした。
 だが、薬草が足りなかった。
村中どこを探しても、やはり薬草は見つからない。
 クリスは恐怖にかられた。
 ひょっとしたら、このままシルバーは死んでしまうんじゃないか。
 治る治ると自分で言い聞かした。けれど、何時死ぬか判らない恐怖、何時置いていかれるか判らない不安は、掻き消せなくて。
 クリスはじょじょに、追い詰められていった。


 ある日、クリスは大人たちの話を立ち聞きしていた。


「村に出て、市場に行けば、薬草は手に入るのに……」


 それを聞いたクリスは、慌てて貯めていたお金をバックの中に入れ、村の外にあるという市場に駆け込もうとした。
 だが、村を出るには躊躇した。
 何時も大人たちが口癖で言う言葉。


「何があっても、村から出てはいけないよ」


 ずっと、小さい頃から言われ続けられた言葉だ。
 出て行けば、殺されてしまうからね。だから、出て行っちゃダメだよ。


 当時、彼女は十七。魔女狩りの存在のことも、勿論学んでいた。
 だから、出て行ってはならない意味も、判っていた。

 自分が出て行けば、殺されることも。
 そして、村が滅亡する恐れがある事も。
 自分が村を出て行けば、外界と遮断している結界に、何らかの影響を与えてしまう。人一倍魔力が強かったクリスは、本能的に判っていた。













 けれど、クリスは村から出て行ってしまった。
 大切なシルバーを、助ける為に。