複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps ( No.29 )
日時: 2012/07/31 17:54
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)






「そして、結界の力は弱まり、魔女狩りの連中のせいで、村は滅びた。
 …私の命も、そこで滅びた」
「……っ!」


 シルバーの、あまりにもな痛々しい顔に、思わず飛雄馬は目をそらす。
 これ以上、シルバーの口から聞きたくはなかった。彼は、思い出すだけでも辛いだろう。
 そんな人の傷を、抉ることはしたくはなかった。


(それでも…聞かなくちゃ)


 シルバーは言った。「君にならクリスを救える」と。
 救えるかどうかは判らない。でも、何かしたい。
 そのためには、知ることが必要だった。


「生き残ったのは、村の外に居たクリスだけだった。
 彼女は荒れ果てた村を見て、呆然としただろうね。激しい後悔と、魔女狩りたちの憎悪でいっぱいになったのだとおもう…」

 そこで一度区切り、シルバーは飛雄馬の方へ向いた。


「さっき黒魔術師は悪魔に身を売ると言ったよね?」
「ああ」
「——じゃあ、自分の身に悪魔を憑かせてしまえばどうなる?」
「それは、悪霊と同じ原理だよな?」


 流石に、オカルト類はシロウトの飛雄馬も、これぐらいの知識はある。


「憑かれれば、意識も乗っ取られるんじゃ……」


 その時、飛雄馬は、「あ」と声を上げた。


「そうだ」


 重々しい声が返ってきた。


「本来、魂は一つの体に一個が限定だ。
 だが、例外がある。取り憑かれる場合だ。
 そんな時、二つの魂はせめぎ合う。…そして、より強い魂が、肉体の主導権を握る」
「じゃ、じゃあ、あの爆発は!」


 シルバーは口を開かない。
 肯定の意味だった。
 飛雄馬は、それ以上何も聞かなかった。


「黒魔術師は、悪魔に囲まれている。だが、例え悪魔に身を売ろうが、決して自我を忘れてはいけないよう、訓練されてきた。
だが、あの時のあの子は、隙だらけだっただろう。憎しみと悲しみ、そして嘆きは、悪魔の格好のエサだからな……」
「…ということは、長寿になっちまったのは、憑いた悪魔のせいってことなのか?」


 飛雄馬が言うと、シルバーはコクン、と頷いた。


「…じゃあ、アンタも?」


 恐る恐る聞いてみる。
 シルバーは苦笑いして、「そうだ」と答えた。


「熱でもう既に死んだ私は、すぐに地獄へ落ちるかと思っていたよ。
 …けど、そんなことは出来なかった。目の前で、家族や友人が殺されているのだからな。幽体になった私は、全てを見ていた。
 そして、クリスが悪魔に憑かれた時、私は自ら悪魔と契約し、悪魔に身を貸したよ」
「…何故?」


 飛雄馬が言うと、シルバーは微笑んで、「愚問だね」と言った。
 その笑みは、あまりにも儚かった。


「だって、イヤだろう? 大切な人が、憎悪に囚われたまま生きていくのは。そして、それを置いていくことなんて出来ない。
 なら、その憎悪から断ち切りってやりたいだろう? 幸せになってほしいって、想うだろう?
 だったら、そこにたどり着くまで、見守りたいじゃないか」


 その意味を、飛雄馬には、痛いほど判った。
 判ってしまった。
 けれど、そこで、シルバーの笑みが翳った。


「…だが、その想いは届くことはなかった」
「え?」
「今さっき言ったけれど、一つの体に、二つの魂があったとき、魂はせめぎあい、より強い方が主導権を握ると言っただろう?
 けれど、クリスの魂は大きかった。悪魔の魂も、無傷じゃすまなかったってことさ」
「……」
「そこで、悪魔は自分の魂が癒えるまで、別の世界で療養していたのだよ」


 その言葉に、飛雄馬ははっとする。
 シルバーがティアナを人質にしたとき。シルバーは、「この子と同じく、『渡った』少女を見なかったか?」と言った。
 紫苑と二人で、「あの子は『渡った』のじゃないか」とふざけ半分で話していたが…まさか、本当だったとは。


(嘘から出たまことって、こういうことなのかなあ)


 何か若干違う気がする。


「君は、『風のナウシカ』っていうアニメ映画を知っているかい?」
「当たり前だろ。この国の偉大なる監督が作ったんだぞ?」


 飛雄馬は返した。
「いや、何でアンタが知ってんの」とは、言い難かった。


「その作中で、腐海がどのようにして出来たかがあっただろ?」
「ああ、確か人が汚したモノをきれいにする為に出来た、だろ?」
「その通り。光があれば、必ず影はできる。綺麗な物があれば、必ず汚いものがある。
 それを受け入れる腐海のような存在が、この世界にもあるということさ」
「うん?」


 よく判らない。
 今さっき、シルバーは『悪魔は別の世界で療養した』と言った。けれど、さっきはこの世界と言っている。


「ああ、すまん。判りにくかったな」シルバーは混乱している飛雄馬を制した。
「つまり、その世界は『別世界』でもあるのだけど、この世界の『裏側』でもある…ということを、根拠とかそんなものなしで受け止めて欲しい」
「判った」素直に飛雄馬は頷いた。
 疑問に目を向けていれば、話が進まないことを、飛雄馬は悟っていた。


「で? その世界は、腐海みたいに、蟲や毒草や地下の楽園でもあるってか?」
「知らないよ、それは。私はあの世界に行ったことはない。
 君も知っているだろう。異世界を渡ることは、そんな簡単に出来ることじゃないんだ」
「…そうだな」


 脳裏に、渡ることができる友人の姿が横切る。