複雑・ファジー小説

Re: 灰色のEspace-temps ( No.5 )
日時: 2012/07/08 20:08
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

序章 世界の裏側にある世界 —Le monde dans l'arrière mondial—








 ——もし、私たちが住んでいる世界の、裏側にもう一つ、世界があったら。
 貴方は、その世界はどんな世界だと思いますか?


 そこは、普通の人は決してたどり着けない世界。そして、その世界はたった一人しか住んでいない。
 いいえ、たった一人しか、住めなかった世界なのです。


 ——その世界は、灰色でした。
 フワリ、フワリ、と雪のような灰色のモノが、灰色の雲から降ってきます。
 それがやがて積もり、地面はとてもふかふかして、裸足で歩いても痛くありません。
 辺りは、一面灰色です。

 ここは、灰色だけが溢れている世界。
 ここには、灰色以外の色はありません。



——けれど、たった一人の少女は別でした。

 見た目が十七歳ぐらいの少女には、色がありました。
 腰までかかる髪は、太陽のような金。海と空、そして森を連想させる、蒼とも緑ともとれる透き通った瞳。灰色の世界の中では、良く目立つ色です。
 真っ白なワンピースを着ていた少女は、ただぼんやりと、灰色一色しかない空を見上げていました。

 ただ、こうして繰り返すだけの日々。
 こうして、ずっと立っている日々。


「……降ってるね」

 少女はたった一人、呟きます。

「退屈だなあ。
 私以外、色を持たない。
 私以外、誰も居ない。
 私以外、心を持たない」

 歌うように、唄うように、詠うように。少女は呟きます。

「…皆、私のせいで居なくなっちゃった。
 もう、誰もこの世界には居ない。私のせいで、皆消えてしまった」

 声を震わせながら、それでも必死に泣くまいと、少女は唇を噛みます。
 けれど、涙腺はとうに言う事を聞かなくて、彼女は大粒の真珠ような雫を零しました。

「……私、もう消えよう」

 少女はそれと同時に、ポフン、と灰色の積雪の上に仰向けになって倒れました。

 仰向けになった少女の上には、灰色の雪が積もって行きます。
 少女はまるで、灰色の雪に飲み込まれているようでした。


 …いいえ。雪に飲み込まれたわけではありません。

 ——もう、消えなきゃ。
——じゃないと…私はこの孤独に耐え切れなくなって、また罪を犯してしまう。


 少女はどんどんと、どす黒い『黒』に飲まれていきました。



 この世界は、感情の世界。
 悲しみ、苦しみ、憎しみ…そんな『負』の感情で構築された世界。
 表の世界にある『負』の感情を受け入れる、救いようの無い世界。




 ——喜びも嬉しさも楽しさも生まれない、そんな世界。




 そんな悲しみの世界で、少女はたった一人で『死』を迎えました。




 このお話は、これでお終いです。