複雑・ファジー小説
- Re: 罪とSilencer ( No.36 )
- 日時: 2012/08/27 21:00
- 名前: 檜原武甲 ◆gmZ2kt9BDc (ID: S20ikyRd)
第九話「吉祥恵那という護衛対象」
「吉祥恵那、16歳。三ヶ月前交通事故に会った際『能力』を見つける。その『能力』に目を付けた各地の組織が接触を図ろうとしたため保護を求めてきたということ。ま、親が必死で守ろうとしているようだけどな」
姉弟の戦いから二時間後、病院の受付のソファで自分のベッドのように使っている宇検の姿を見ながらため息を付く三戟紫炎は、護衛対象よりも今も奥深くへ入っているだろう知名崎宇検の右肩に食いこんでいる日本刀の刃が気になっていた。なんでも溶かす能力によってコーティングされている緋啼 椿の刃は触れることができない。溶ける限度がわからないため、触れることはできない。
「師匠。その日本刀はどうなる?」
「どうなるってこのままだと肋骨に喰いこんで、痛みに苦しんでいる間に背中から出てくるさ」
三戟紫炎は相変わらずの度胸の持ち主である知名崎宇検を見て大きくため息を付くと心の中で「それは斬られるということなのでは……」とツッコミを入れていた。
三戟紫炎と知名崎宇検が出会った時は宇検の横暴に慌てることが多かったが、数多くの災難を乗り越えた結果驚くことが少なくなり、同僚から「つまらない」、「反応が薄い」と文句を言われるようになってしまった。文句を言われるのは別に気にしないのだが、下手な『二つ名』がつく場合もあるから宇検の人外を超えた危なさは遭遇しないように心掛けていた。それなのに、目の前で刃が刺さっても気にしない人を見ていると自分の常識が変わってきているのだなと感じていた。
「恵那さん、目を覚ましましたよ。やはり……」
看護師が角の病室から出てくると、少し青ざめた様子で伝えに来た。
「……能力が発動していたか」
「はい。肋骨が何本か折れていたのですが、もう完治しています」
「わかった。すぐに退院するから手続きを頼む」
青ざめながらも階段へ向かう看護師を見て、ふとさっきの言葉を思い出した。
『肋骨が何本か折れていたのですが、もう完治しています』
骨折というのは骨を繋ぎ合わせて、くっつけないといけない。そこまでなら大体の能力者ならできる。しかし、問題は『肋骨』ということ。肋骨の骨折は内臓を傷つけるから下手に直そうとすると内出血で大変なことになる。それでも2時間で治してしまうのは驚異だ。
「ん? テメェも気になったか。能力名『医学の女神』と呼ぶらしい。さて、テメェの護衛対象とご面会と行くか」
知名崎宇検は立ち上がると元気よく歩きだし、ドアに手をかけて大きく静かに開いた。
「初めまして、警察の公安の知名崎宇検です。ご用件は聞いていますよね? この方があなたを『24時間』見守る三戟紫炎という者です」
「24時間?」
一瞬コンビニでよく聞かれる言葉が流れてきて、一体どうなるか悩んでいる紫炎。そのそばで早口でしゃべるとうんざりという顔を紫炎に向けた。唇だけが動くのを見て読唇術をつかって読み取ると
「俺ってさぁ、こういう敬語を使うのが苦手だから……」
知名崎宇検が弱音を吐くなんて珍しすぎる、写真に収めたいぐらいだ。驚きを隠さないでいると頭上から顎にかけて鈍い衝撃が走る。手刀でのチョップの勢いは頭に衝撃を残す。
「あのう……その肩大丈夫ですか? 治しましょう!」
白いワンピースを着て、茶色のロングヘアー、一重の優しそうな眼をした女の子がベッドから飛び降りてきて、知名崎宇検の肩に手をやった。かざすだけで刀に付着した毒々しい緑の液体が透明になっていく光景を目にした。
『医学の女神』と呼ばれている分、予想からすると『医学全般の知識と医療を行える能力』なのだろう。可動範囲はまだわからないが、もし傭兵として働いていたらその軍は不死の軍隊と呼ばれてもおかしくはないだろう。何しろ、片っ端から怪我を治しすぐに戦場へ復帰することができるのだから。
目の前で行われている治療を呆然と眺めていたが、ふと気づいたことがあった。
「何度か人の治療をしたことがあるのか?」
手慣れた手つきで刀を抜き、傷口に躊躇いもせず手を置く姿はまるでフローレンス・ナイチンゲールを想像した。
「はい、私の同級生が怪我をしたとき助けていましたから」
顔を上げてニコッと笑うと傷口から手を放して弾むようにベッドの上に座った。宇検の傷口は無くなり、ライダースーツが際どい形で斬られているだけの姿になっている。宇検は気にしていないようなのだが……
「では、ワタクシハテツヅキヲシナイトイケナイノデサキニゴジタクヘオモドリクダサイ」
「おい、師匠」
「デハデハ。おい、紫炎。受付で言えば迎えが来るから」
さっきまでの裏声はいったいなんだ。敬語の使い過ぎでおかしくなったか? と普段とは違う宇検の様子を見ていたが ま、いいやと気にせずに自分が護衛をする「吉祥恵那」を見た。
連絡が伝わっていたのか衣服は外出用、髪もとかしてあって護衛するのも楽になりそうだなと考えていた。護衛というのは時には足止めになるときもある。そんな時、パニック状態になる人だっているがこの人はならなさそうだ。
「僕の名はさっき上司が言ったように三戟紫炎といいます。恵那さん、よろしくお願いします」
目の前で頭を下げた紫炎に対し、恵那は手を振って笑った。
「そんな堅苦しくなくてもいいのですよ。では、行きましょう」
三戟紫炎は吉祥恵那と出会い、吉祥恵那を狙う暗殺者が登場することを感じ今日も大きくため息を付く。