複雑・ファジー小説

Re: The world of cards  コメ返完了 ( No.10 )
日時: 2012/09/15 10:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「ちょ、ちょっと近づかないでよ!」

 涼が一歩近づけば、少女は足をすりながら後ろへ下がる。一進一退。そんな表現が一番合う。涼は俯き、同じペースで歩を進めながら背負っていた黒いリュックサックを、前に持ってくる。するりと左手をリュックサックの一番大きなポケットに、差し込む。
 涼が足を止め、リュックサックの中を探っている間に殆どの者が臨戦態勢に入っていた。それに気づかない涼は「どこだっけなー」と言いながら、地面に座り込み両手で何かを探していた。

「天城さん……でしたっけ」

 目線の先に居る涼に、真日璃は話しかける。涼は一瞬動きを止めるが、また直ぐに手を動かし始める。真日璃の場所には、涼のリュックサックから鳴るガチャガチャという音が小さく聞え始めた。
 それを聴き、真日璃は一度深く呼吸をする。

「何を、なさるおつもりなんですか?」

 凜とした芯が、言葉の端々から現れたように涼は聞えた。

「何をするつもりだと思うんだい? レディ」

 質問を質問で返す。短気の人であれば、既にキレている聞き方をする。相手を小ばかにしたような、ぶっきらぼうで気の無い返答。何かに熱中している時は、大抵そのような返答が多い。
 それを自覚している涼は、何らおかしな素振りは見せずにリュックサックの中で、部品同士を結合させていた。金属と金属が締め付けられるような音が、真日璃や他の者の耳に届いた。

「よっし! 出来たぞ、僕の武器!」

 自分が何をしているか、という問いに対しての真日璃の返答を待たずに、涼は笑顔で立ち上がる。手には、小型の水鉄砲に似ている銀色の拳銃が握られていた。
 

「な、何よそれ……!」

 オレンジ色を帯びてきた太陽が照らす拳銃を見て、少女は声を上げた。声を出すたびに、ハートの仮面が小刻みに揺れる。少女が手に握っていた小刀も、体の震えを受け取りカタカタと鞘と剣がふれあい、音を出していた。
 それを聞いて、涼は嬉しそうにニッコリと笑う。そしてゆっくりと銃口を、彼女——ではなく彼女の横で腕を組むプレーヤーへ向ける。額の左半分にハートの形。右目の下部分にダイヤのマークがかたどられていた。
 どちらのマークかも分からないプレーヤーに銃口を向けたのは、いずれかそのプレーヤーも死ぬだろうと、涼が無意識に考えたせいでもあるだろう。
 
 何時か死ぬなら、今死んでも変わらないだろ。

 涼が狂気に歪んだ笑みで、言い放つ様が涼自身の瞳に映った。嗚呼、その通りだよ、僕は笑うさ。笑顔を見せる。その映像が何度もリピートされている内に、涼は心の中で何度も呟いていた。

「ばーん」

 だるそうな声色。色を失った瞳。力なくうっすらと開いた口。それでも尚真っ直ぐにプレーヤーを向いている銃口。半そでから見え隠れする、細くも引き締まった二の腕。
 その二の腕がキュッとしまり、涼の声があたりに響いた瞬間に銃口から弾が発射された。

 プレーヤーに直撃した弾の数秒後に、貫通した左胸から赤い血が勢いよく吹き出る。

 瞬間的に辺りを悲鳴が包み込んだ。

 一人の少年の、一行動により。