複雑・ファジー小説

Re: The world of cards  07/31更新 ( No.13 )
日時: 2012/08/01 18:25
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: My8p4XqK)

 弾丸で射抜かれた左胸に、撃たれたプレーヤーは左手を引き寄せゆっくりとその穴に中指を差し込む。その指は、小刻みにぷるぷると震えていた。穴の中に、だんだんとプレーヤーの中指が埋まっていく。
 プレーヤーは、声を上げないまま根元まで埋まった中指を、ゆっくりと引き抜く。栓をされていた血管は、にちゃっと音を出しまたどくどくと流れ続ける。中指にもべったりと真紅の血がこびり付いていた。

 徐々に浅い呼吸を繰り返すのに比例して、プレーヤーが力なく膝ついた地面には大きな血の水溜りができていた。今にも死にそうなプレーヤーの一番近くに居た者の足元に、届くか届かないかというところまで広がっていた。
 それでも尚、プレーヤーは声を出そうとしない。それが皆不思議で堪らなかった。

 自身の胸に穴が開き、血がどろどろと流れ出しているにも関わらず、一切の悲鳴を上げない。そのプレーヤーに涼は詰まらなさそうな表情を向ける。
 涼が苦痛に悶える悲鳴が好きなのかは、涼以外の人間には分からない。けれど表情から読み取れるとしたら、撃った後にでも苦悶の悲鳴が聞けると思っていたのだろう。
 だが、プレーヤーは撃たれても浅い呼吸を繰り返すだけで一切の声を出さない。それがきっと、涼にとっては詰まらなくて堪らないのだ。満足できないのだろう、プレーヤーの悲鳴が聞けないことが。

「……もう一回撃ってあげよーか? そしたら辛くも苦しくもないでしょっ」

 ニッコリと後ろに黒いオーラを隠しながら、笑う。拳銃を握り下に向けていた銃口を、再度あのプレーヤーへ向ける。その行動に息絶え絶えのプレーヤー以外の全員が、一斉に目を見開いた。
 小声で「非道だ……ッ」「有り得ない! あんな深い傷負ってるのに、まだ……」その他にも、涼を非難する声がボソボソと聞える。けれど、本気で涼を非難しようとする人は一人も居ない。
 涼の背中を後ろで見ている真日璃も、両手を握り胸の位置に持っていくだけで、涼を止めようとはしなかった。

 ——仲間かもしれない相手にも、冷たいなぁ……。ま、そんなもんか。

 涼は口の中で呟く。しっかりと真っ直ぐに伸びた右腕が、涼の視界の下半分を埋めていた。片目を閉じ焦点を合わせる。的となっているプレーヤーは、酸素を欲してか空を見上げ頻繁に胸を上下させていた。

「ラストだよ。ばいばい」

 先ほどと同じように容赦なく引き金を引く。
 一切何も変わらない展開で、弾丸は真っ直ぐプレーヤーを射抜きに向かう。目標点は、脳であった。

「——いい加減にせんと、流石に怒らんといかんだろう」

 キィンと、鉄の弾丸と金属の何かがぶつかり火花が散る。着ている服は全て赤く染まっていた。涼はその人物を見て、驚愕で震えながら口角を上げる。

 何だ、言葉話せるじゃないか。

 声には出なかった言葉が、涼の口の中で反響する。周りにいた他のプレーヤー達も、驚愕し動きを止め固まっていた。

Re: The world of cards  08/02更新  ( No.14 )
日時: 2012/08/02 21:06
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 3rH6u80U)

「全く。お前は阿呆なんか? 心臓ぶち抜かれたら流石に痛いやろが……」

 そう言うプレーヤーの胸の穴は、ゆっくりとしたペースだが着実に穴をふさぎ始めていた。それにまた、他の者達は驚愕する。平然とした態度を装っていたのは、弾丸をはじいたままの体制のプレーヤーだけだった。
 プレーヤーはゆっくりと立ち上がり、手に持っていた細く長い金属パイプを腰辺りに持っていく。スキーストックを固定するものと、似ているものが着いているベルトに、パイプを固定する。
 全員その様子から目を離せないで居た。それほどまでに、死にそうだったこのプレーヤーが動き出したこと、目にも留まらぬ速度の弾丸の弾道を逸らしたことが、深く記憶に刻み込まれたいたのだ。

「んで。お前か、オレの心臓撃ちよったんわ……。まだ青い若造と違うんか? ……それがオレを殺そうとしよるかー。
 あの女を狙う思っとったが、まさかオレに来るとはな。なんか、オレに恨みでもありよるんか?」

 どこ出身の人なのか、まるで分からない。涼は聞いたことのない言葉を聞いているようで、頭にはハテナが浮かんでいた。色々な地方の方言が入り乱れているプレーヤーの言葉を、涼には解読できなかった。
 それを見て、真日璃がため息を付き助け舟を出す。

「それで、お前か。オレの心臓を撃ったのは。まだ若い子じゃないのか? そんな子がオレを殺そうとしたのか。
 さっきのハートの女の子を狙うと思ってたけど、まさかオレが狙われるなんて、何か、オレに恨みでもあるのか?
 と、言ってますよ。天城くん」

 後ろからの通訳を聞き、やっと涼はプレーヤーの言ったことを理解した。それと同じく、真日璃が先ほどまでは“天城さん”と自分を呼んでいたのが、“天城くん”に変わっているのに気づく。
 ぱあっとした明るい表情が、真日璃に向いた。瞬きをし、真日璃が涼を見るとキラキラ輝く視線が向いているのに気づき、ぎこちないながらに小さく微笑む。
 それを見て、涼も嬉しそうに笑顔を見せた。

「ありがとっ、Aのレディ! ……で、えーっと君は誰? どうせだったら、僕もAのレディも顔割れしてるんだから。仮面、外してくれていいんだけどな。
 因みに、僕はダイヤの7。証拠だよ」

 そういい、涼は半ズボンの尻ポケットからダイヤの7のトランプを取り出し、左右に動かす。いたずらっ子のように、にやっと笑いながら。動かしていたトランプを、ズボンの同じところに入れる。

 ——ほら、君はまだ?

 涼はプレーヤーに言葉では伝えず、視線だけで促す。それを見て、プレーヤーはボリボリと頭を掻く。小さくため息を吐いた音が、微かに涼の耳を刺激した。
 プレーヤーは両手で仮面のふちを掴む。少し力を込めると、粉々に崩れ去った。パラパラと落ちる破片から、激しい殺意を持った眼が光る。その眼は確実に、涼の瞳を捕らえていた。

Re: The world of cards  08/03いちほ中 ( No.15 )
日時: 2012/08/05 21:23
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: zXm0/Iqr)

 プレーヤーの眼光に、思わず涼は怯む。鋭く、視線だけで人を殺せるような。そんな雰囲気が目に宿っていた。プレーヤーは顔をあげ、ほほや眉についた仮面の破片を、手でテキトウに払い落とす。
 ゆるく空を仰いだプレーヤーは、視線を涼に合わせる。弱く吹く風が、プレーヤーの首下までの群青色をした髪を優しく撫でる。長い前髪の隙間から覗く、黒色の目がギラリと光る。
 漆黒に染め上げられた目は、近くで視線を合わせている涼でさえ瞳孔を見つけることが出来なかった。

「おまんは、オレ殺してなんがしたかったんか、教えてくれんか? それ聞かんで、チビに何かするんは気が引けよるからなぁ」

 ぐっと近づけていた顔を、普通に戻す。案外がたいが良く、且つ引き締まった肉体であることが服の上からでも知ることが出来た。プレーヤーにとっては、あまり身長にあってないであろうTシャツからは、腹筋がうっすらと浮かび上がっていた。
 それを見ていた周りのプレーヤー達は、静かに嘆息を吐いた。女も男も関係なく、その肉体美に見入っていたのだ。その間に、真日璃は涼に通訳した内容を告げる。伝えた後は、先ほどと同じような笑みが真日璃を見ていた。

「僕は君を殺そうとしたわけではないよ。ただ、いつか死ぬんなら今新でも変わらないだろう? だから、撃ったんだよ」

 悪びれること無く、涼は告げる。口元には恍惚とした笑みが据えられていた。その様子を見てプレーヤーは呆れ交じりのため息を、盛大に肺から吐き出した。
 漫画などに出てくるガキ大将のイタズラに、散々呆れた教師や保護者の立場が、今のプレーヤーにもっとも嵌っているだろう。

「おまんがそげ考えで行動ばしよっとったんやったら、オレは黙ってられんぞ? チビが一番に殺しを考える世界だっちゅうんやったら、オレはおまんの考えを改めるほかないやろう。
 それが大人としての、当たり前や思うんはオレだけやろうがな」

 周りを見回してのプレーヤーの言葉に、自分が大人であると自覚しているものは唾(つば)を飲み込んだ。プレーヤーの言葉は、どっしりと彼等の胸に圧し掛かっていた。

 我が身可愛さに、殺しを率先とする子供を育成していた自分自身の背徳感。

 そんなものの有無を答えろと言われたとしても、彼等はきっと静かに黙り込んでいただろう。カードを見せ、ダイヤであると証拠を元に告げ、顔までも晒した少年が目の前に居たとしても尚、“俺には、私には無関係”の一点張りだろうから。

Re: The world of cards  08/04更新 ( No.16 )
日時: 2012/08/05 21:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: zXm0/Iqr)
参照: http://cdn.uploda.cc/img/img501d0bb01efb5.png

『ななしの様に イラストを 描いて頂きました ▼』


リク依頼・相談掲示板にてご活動なさっている、絵師の『ななしの』様にイラストを描いて頂きました(人∀`*

金平糖様から頂いた、由比 天照ちゃんと、夜東様から頂いたルーン・レッドスカーフちゃんと描いて頂きました!
2ショットってやつですb

提供して下さったお二人と、イラストを描いて下さったななしの様に感謝を込めて!

Re: The world of cards  イラスト更新! ( No.17 )
日時: 2012/08/06 14:45
名前: 金平糖  ◆abwIid9M2w (ID: UiKxyg6G)

うああ、私のキャラクターがイラストになってうう!しかも美人さんだ!
冒頭から参加&イラストまでわざわざありがとうございます!
なかなかコメントができませんが、影ながら応援しています!

Re: The world of cards  イラスト更新! ( No.18 )
日時: 2012/08/07 12:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: YrsbvNhI)
参照: http://cdn.uploda.cc/img/img501d0bb01efb5.png

金平糖どの

此方こそ素敵キャラ有難うございますですよ!
小説に登場してきたキャラ順に、イラスト化できればなぁと思っていて。
この二人は絡ませたら楽しいんじゃないか、という柑橘系的思考で頭から出させて頂きました!

コメント有難うございましたっ。

Re: The world of cards  08/08いちほ ( No.19 )
日時: 2012/08/08 23:20
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: KE0ZVzN7)

「おめーらは、詰まらないくらい可哀想な奴等なんやなぁ……。大抵のもんを流すオレでさえ呆れるっちゅーんは、結構酷いもんやと思うんはオレだけだろうがな」

 ため息を盛大に吐き、プレーヤーは頭をぼりぼりとかく。そうして周りを、ギラリと睨む。ひっと息を潜めたプレーヤーの率は、大多数だった。
 既に顔割れをしているルーンと天照は、その様子を隅の方で見ていた。仮面を付けて自分の顔を隠している彼等とは違った、独特の雰囲気が二人を包んでいた。顔割れの一切を気にせず、仮面を付けている彼等と仮面をはずしている二人を、同じフレームに入れ客観的にルーンと天照は全体を見ていた。

「君みたいな人が、僕のことを案じるっていうのは驚いたよ。チビが殺戮を好んだって良いじゃないか。それを他の人にどうこう言うのは、強要の域じゃないかな?」

 プレーヤーの思いやり精神がなんとやら。どうでもいいといった風で涼は、プレーヤーの言葉をばっさりと切り捨てる。僕の趣味趣向を、可哀想だとか断定するなよと、涼が発した言葉の裏には自身しか分からない感情が伏せてあった。

 理解されない。否、理解して欲しくもない、狂った殺戮願望を、可哀想だとか言って表面だけで哀れむな。

 しっかりと涼の言葉の裏には、心の底の感情が伏せられていた。プレーヤーはそれに気づかずに、眉をひそめた。プレーヤーの表情しかうかがう事が出来ない真日璃は、両手を握り心配そうに涼の背中を見つめていた。
 涼とプレーヤーの間に走る不穏な空気を察したのか、そよ風程度だった風力がぐんと上がる。スカートなどひらひらとした服を着ているプレーヤー達は、皆服を抑えていた。
 
「僕は天城涼だ。君は?」

 こんなくだりあった気がするなぁと涼は口の中で呟き、心の中では微笑を浮かべる。催促するように、小首をかしげて涼はプレーヤーを斜め下から見上げる。といっても、身長の低い涼は普通に立っていたとしても、大抵の男子を見上げることになっているのだが。

「オレは、漆崎 宗勝(ウルシザキ ムネカツ)だ」

 腰パン状態の色があせたジーンズのポケットに両手を突っ込み、視線だけで『満足か?』と問いかけているのが涼は分かった。そして、同じように視線で『他には?』と催促する。
 それを受けて、心底から面倒くさいといったように宗勝と名乗った男は尻ポケットに差し込んでいた、黒い財布を取り出す。長財布を開き、レシートなどの間から、端が少し折れたトランプを取り出す。
 マークはハート、ナンバーは8のトランプを人差し指と中指ではさみ、宗勝はトランプを上下にふる。それを見て満足したかのように、涼はにっこりとした笑みを見せる。

「敵かぁ。それなら、殺しても問題はないよね?」

Re: The world of cards  08/08更新 ( No.20 )
日時: 2012/08/09 13:19
名前: 狂音 ◆/mY1Y8jdz. (ID: xfX6sCRo)
参照: http://古書屋敷殺人事件にハマリました。

どうも今日は、狂音です。
本日はキャラに質問へご来訪頂き、その感謝を意を込め、柚子殿の小説への訪問という形をとらせて頂きました。


キャラの質問では天城さんでやっていただいたのですが、個人的には宗勝君が好みです。大阪弁hshsってなります。とか言って、今宗勝君はピンチだったりするんでしょうか。頑張れ、宗勝君(ぇ


では、これからも小説更新頑張ってください。
失礼しました。

Re: The world of cards  08/08更新 ( No.21 )
日時: 2012/08/09 20:02
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: hwITajaP)

狂音どの

どもです、此方こそ今晩は。
いえいえ、面白そうな企画でしたのでやってみようと思った次第でしたのでー。

宗勝は、何処の人間なのか分からない方言を使う不思議な子です←
関西弁いいですよね、hshsできますし(´ω`*
今宗勝ピンチですね…。どうにかして勝ってもらおうかなって考えてますがb

こちらこそ、コメント有難うございましたっ

Re: The world of cards  08/11更新! ( No.22 )
日時: 2012/08/12 01:47
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: USKm1lhL)

 にぃっと歪笑を浮かべる涼に、宗勝は呆れたようにため息を吐く。

「おまんのせいやが。一日でこげため息ついたんわ、生まれて初めてやっちゅうの……。んで、オレを殺すとかほざいちょったが、オレ円満に終わる方法見つけたんじゃけぇ、聞くか?」

 相変わらず意味の分からない言葉を発した宗勝を、そのままの表情で涼は見続ける。後ろから様子を察した真日璃は涼にしっかりと聞えるように、翻訳したものを聞かせる。
 笑顔で振り向くことはしなかったが、下のほうで小さく握った手の親指を上に向けた。それを見てから、真日璃は安心したように小さく息をはく。

「それで、その方法って?」

 小首を傾げながら、涼は宗勝に問う。
 そんな涼を見ながら宗勝は意味深げな表情を浮かべ、口を開いた。

「———」

 すっと顔を涼の左耳に近づけて、他に聞えない声でぼそりと宗勝は言った。一瞬にして涼の顔は青ざめ、何を言ってるのか理解できないといったように、少し大きくなった瞳が宗勝の横顔を捉える。
 宗勝も少し顔を引き、横目で驚愕した表情の涼を捉えた。口元には勝ち誇ったかのような、笑み。

「さっきの事を実行するんわ、オレにははっきり言って簡単なことやぞ? つい最近付けられた二つ名みたいなもんがあったけぇ、なん言っとったかな……」

 握った手を自身のあごの下に付け、考える人に似たポーズをとる。思い出すために俯いた宗勝の足は、一定のリズムを刻む。タンタンと思いのほか高く響く音を、周囲に聞かせながら宗勝は静かに頭をフル回転させる。

「あ、思い出したわ。確かやが、『不屈の鳴動』だ。
 ——さてと、面倒な言葉遣いはやめにするか。……で、餓鬼。どれ位痛めつけて欲しいか、今すぐに答えろ。餓鬼の教育なら、体罰関係無しにオレぁやるぞ」

 先ほどとは全く異なる、低い地を這うような音が涼を含めた周りのプレーヤー達の耳を貫く。全員が全員、その声に驚愕を覚えた。それは空気を通して宗勝にも伝わる。瞬間的に広がった驚愕の波。
 音速で届いた、今此処にいるプレーヤーの纏まった感情。

「ね、ねぇ」

 涼が口元をうっすらひくつかせながら、宗勝を見上げる。宗勝の口は開かなかったが、涼は一度口を閉じる。緊張から乾ききった口内に生まれた微量の唾液を、ごくりと飲み込む。
 喉が上下するのが、宗勝の目に入る。

「僕を殺したいんだったら、殺せばいいよ。どうせ、誰かはいつか死ぬんだからね」

 クスリと笑い、涼は続ける。

「ただまぁ……今は失礼するねー。ちょっと、まだ君と戦って勝つには時間が足りない気がするんだよねぇ……。
 だから僕は今君と戦わないよ、それじゃあねっ!」
「あっ、てめっ、待てよ!!」

 言うが早いが涼は何処からともなく出した爆竹のような物を地面にたたきつける。瞬間的に噴出した黒い煙幕に、涼の姿が隠れる。その煙幕は目の前にいる宗勝だけではなく、周りのプレーヤーたちも包み込み、辺りは黒の煙で包まれた。
 
 
 煙幕が薄れ、しっかりと前を見ることが出来たときには既に涼の姿は見えなくなっていた。
 同様に、真日璃も姿を消していた。

Re: The world of cards  08/11更新! ( No.23 )
日時: 2012/08/18 15:13
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: .MCs8sIl)

番外小話 『赤色の一枚のあとで。文字数は500超えればグッ!』


 誰もいなくなり静まり返った噴水広場。そこに月明かりに照らされる二人がいた。
 一人は天使のようなブロンドの髪でキラキラと月明かりを反射している。ふてぶてしそうな態度をとっているもう一人の、だるそうな男が小さくため息を吐く。
 
「……冷たいな。あの秒針も、この世界も、その気持ちも、どの瞬きも」

 だらしなく下げたジーンズには、少しスプレーの飛沫がついていた。首元がよれた白いTシャツを、ブロンドの髪の青年は見る。
 ふっと薄く笑いながら、青年は口を開いた。

「世界なんて、こんなものだろう。ねぇ、切り裂き魔くん」
「……本当に、冷たいな。お前もあの秒針も、この世界も、どの瞬きも」

 切り裂き魔と呼ばれた男は、遠くに見える闇に霞んだ時計台をじっと見据える。
 口に笑みを浮かべたブロンドの青年とは正反対、無表情のまま男はじゃりっと音を立て回れ右をし、歩を進める。
 
「ちょっと、切り裂き魔くんっ。一人で行っちゃわないでよ……僕らは離れることなんて出来ないんだからさ」

 寂しげで且つ楽しげにブロンドの髪の青年は言う。

 最後にその場に残ったのは、じゃらっという鈍く錆びた鎖の音だけだった。

Re: The world of cards  08/18更新! ( No.24 )
日時: 2012/08/19 12:13
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: uI/W.I4g)

第三話 『スペードとか、友情とか、支配とか』


 漆黒に彩られた机の上に、同じく漆黒に染め上げられた黒い革靴が乗っかっている。ぎしぎしと軋んだ音を立てる革のデスクチェアも、同じように漆黒だった。
 脚を組み机の上に足を乗せている男の周りは、白と黒だけで彩られていた。床と壁は、人の姿がぼんやりとだが反射するほど磨き上げられ、天井の黒がそれを更に美しく魅せていた。

「なあ。これからどうする?」

 机に足を乗せたまま、男は警棒を取り出し伸縮を繰り返す。縮まるたびにかちゃんと金属の音が小さく響いた。窓に手を当て、耳につく豪雨の音を聴いていた少女が、くるりと振り返り口を開く。

「そんなこと私に聞いたとして、解決策は見つかるかもしれないけれど、あんまり意味はないと思うのだけれど……。
 他のグループに比べると、私とあなただけのこのスペードは結構大変ですしね」

 音一つ立てず、少女は男と向かいにある対照的な真っ白の机へ向かう。同じように対照的な、白い革のデスクチェアに少女は腰掛ける。上体を動かしている男とは違い、背もたれに寄り掛からない少女のデスクチェアは、軋んだ音を立てなかった。
 

「お前本当に中学生かよ……」

 少女の冷静な見解に男はため息混じりに答える。少女はその様子を薄く笑い、まだ中学生ですと小さく呟いた。男はそれを聞き、少しだけ口角をあげ笑った。

「それもそうだな、お前は中学生だ。……あ、自己紹介まだだったな。
 俺は霧月 菫(キリツキ/スミレ)だ、宜しくな」

 伸ばしていた警棒を一際大きく、かちゃんと鳴らしてしまう。机に乗せていた足も、床に下ろした。

「あなたは、普通の銀髪の人ね。宜しく、菫さん。 私は玖月 朔夜(クヅキ/サクヤ)」

 到底作り笑いには見えない笑みを、うっすらと表情の裏に感じさせながら朔夜は言った。それを聞いて菫は再度、よろしくなと告げる。朔夜は小さく頷いた。

「仲間とかどうする? 俺らは少人数っつーか二人しかいねぇし……。仲間を探しに行くつったって、相手が監視系の能力を使ってたらバレるからな」

 少しやわらいでいた空気が、菫の言葉によりぴしっと引き締まる。菫は背中を少し曲げ、組んだ手に鼻の頭をつけた。朔夜も少し考える素振りを見せる。
 二人以外の動物がいない室内は、すぐにシンと静まり返った。微かに聞えるのは二人の呼吸音だけ。

「うっはー! 雨とかつれーな、マジで! びっちゃびちゃだぜ」
「五月蝿い声を放ってる場合じゃないべさ。私ベコ餅食べようと思ってたのに……」

 無遠慮にがちゃっと開いた扉に、菫と朔夜の意識は全て集中した。敵かどうかも分からない相手に、いち早く反応したのは朔夜だった。椅子から立ち上がり、菫の近くへ駆け寄る。
 一拍遅れて反応した菫も、臨戦態勢は整っていた。武器である警棒には手を掛けず、独特の構えを菫は見せる。一番驚いていたのは、侵入者と思しき二人であった。

「え、ちょっ!? なんでなんで? えっ、なんでそんな警戒してんの!?」

 言動も容姿も見るからにチャラい男が、慌てながら両手を左右に振る。汗なのか滴る雨粒なのか分からない水滴が、何度も男の首筋やほほを伝っていった。
 そんな男の様子を、黒と白が合わさった餅のようなものを食んでいる女は冷めた目で見る。それから男ではなく、構えて警戒心と殺気を放つ二人へ視線を移す。

「男が構えてるそれって、カリだべ? 知ってるよ、それ位なら。女のほうは……何か隠してるしょ?
 雰囲気だけど、分かるよあたし」

 手に残っていたベコ餅を女は食べ、興味深そうな目で菫と朔夜を見つめていた。

Re: The world of cards  保留中 ( No.25 )
日時: 2012/09/15 11:09
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「——お前ら、誰だ?」

 一瞬訪れた静寂を菫の声で、遠くへ追いやる。言葉を聴いた二人の来訪者は、互いに驚いた表情をし顔を見合わせた。と、同時に女のほうがチャラい男をキッと睨む。

「だってよ、此処分かってから郵便届けようと思ったんだけど、住所分からなかったから送らなかったんだよ、わりぃか!」
「悪いに決まってるべや!」

 二人のやり取りを聞き、菫は何かに気づいたのかすっと構えをやめる。それに反応した女は、睨みつけていたチャラ男から視線をはずし、じっと菫を見る。
 同様にして朔夜も臨戦態勢と解除した菫を、横目でじっと見た。三方向からの 視線を感じながら菫は咳払いを一つして口を開く。

「女のほう、お前もしかしてアンダーワールド出身者か? 語尾に“べ”がつくのはそうだって、昔やってたんだよ、テレビで」

 そう菫が言うと、女は酷くビクついた。ぎゅっと、男の服を捻りあげていた手に力が入る。女の首筋や額には、冷や汗がたまのように出始めていた。
 その様子に、菫は確信したのか小さく朔夜に向けて頷いた。

「アンダーワールドの人間は、そこからこの世界に出て来る事は不可能だって聞いてたんだけど……出れるのかよ」

 驚いたような、間の抜けた声に弱弱しく女は菫を睨んだ。アンダーワールドと聞いた恐ろしさからの震えか、武者震いかも分からないが女は小刻みに体を震わせる。
 睨みつける女の目が、だんだんと赤く充血していく。それも、右目だけに集中して。

「——あたしの前でアンダーワールドっていうな! こっちの世界の奴はいつもそうだ! あたしが北海道の人間だからって、ごみを投げてきたり家畜の飼料にしろとか言って、ごみを被せてくる!
 仕舞いには出身者だからって、あたしたちを無いものにして差別するんだ!!
 お前等のせいで、お前等のせいでな! あたしたちはあんな監獄みたいなところに閉じ込められたのよ! あたしたちの土地を……北海道を返してよ!!
 海中に埋めたあたしの故郷を、返して!!」

 女の両目からは、大粒の涙が溢れ出していた。菫と朔夜に言っても、どうにもならないと分かっていたが、彼女は訴えかけるしかなかったのだ。女の隣に立つ男も、彼女の言葉を聴き静かに俯き言葉を発しようとはしない。
 菫も朔夜も、彼女の隣にいる男と同じく黙り込んでいた。
 落ち着いた女の口からは、小さな嗚咽が聞え始める。静寂が襲ってきた室内に響き渡るのは、女の故郷への思いが詰まった涙の訴えだけになった。

 北海道がアンダーワールドと呼ばれるようになったのは、西暦2017年の民主党が出したマニュフェストが最初だった。内容は、北海道民にとっては憤りと悲しみしか感じることが出来ないものだった。

『農業、漁業共に生産量が日本一高い北海道には“地価帝国”いわゆるアンダーワールドとして、縁の下から日本を支えていってもらおうと考えております。
 概要としては、北海道の広大な土地に大きなフィルターを取り付ける予定です。北海道を海中に沈めるために、政府が特Sランクを定めた重力を操る能力者達の協力を仰ぎます。
 なお、これは確定事項です。青函トンネルのみが、通行手段として使用できます。
 しかし。
 政府の許可なしで、北海道……アンダーワールドの住民がこちらの世界に出入りすることは永久的な禁止事項とします』

 殆どのテレビ番組が、民主党総裁のインタビュー映像を連日流していた。中には賛成するものもいれば、反対するものも居た。暴動のようなものは起こらなかったものの、アンダーワールドとされた北海道民は最初の数年はうつろな道具と化していた。

Re: The world of cards  08/22更新 ( No.26 )
日時: 2012/08/22 18:54
名前: 三月兎 (ID: HTIJ/iaZ)


こんにちは!!

きゃあぁぁぁ!菫出てる!
ありがとうございます(●^o^●)

お話構成お上手ですね!
なんというか情景描写が素晴らしいです!
うらやましい……

あ、アンダーワールド……?
未来ではそんなことに……


更新頑張ってください(^^♪
楽しみにしてます!

Re: The world of cards  08/22更新 ( No.27 )
日時: 2012/08/23 17:43
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 8LMztvEq)

三月兎どの

こんにちわー。
菫君、出ております! きっと第三話は長いです、ええ…長いです。
スペードの子達を登場させられるくらい登場させるつもりなので、長くなりますw

いえ、構成も情景描写も上手じゃないですよ;
まだまだセリフと描写のつなぎが甘いですし、何より会話と脈絡の無い描写が多いのでorz
ですが、上手と言っていただけると嬉しいですっ。

アンダーワールドは、完全自分の趣味ですb
北海道が地下帝国として、奴隷並みの扱いを受けたらどうなるんだろうと。
道民が考えて作った、未来の北海道の形ですー。

ゆっくりまったり、更新していこうと思います!
この小説は、温かく見守ってくださってる読者様と影の読者様に支えられている作品ですので!

Re: The world of cards  08/22更新 ( No.29 )
日時: 2012/08/25 10:13
名前: マス ◆F8w1HB9s8I (ID: ZQ92YvOU)

どうも、「マス」でございます。(*・ω・)ノシ


作品を見ましたが、


僕もこういう風に書ければうらやましいなぁっと思ってしまいます。


(´・ω・`)


これからも頑張ってください。では、


(`・ω・)<サラダバー

Re: The world of cards  08/22更新 ( No.30 )
日時: 2012/08/25 22:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 けれど、そんな彼らも更に数年の月日が流れれば何の疑問も持たずに奴隷並みの扱いを受けていた。一日の平均睡眠時間は約三時間程度。それでも一切の甘えを言わずに、彼らはそれぞれの仕事を行っていた。
 本州の人間たちから見れば、気が狂っている行為では有るが、アンダーワールドの彼らにとっては極普通の生活だったのだ。何十人もの住人達が、立て続けに命を落としたとしても彼らは仕事を続ける。
 非情に思える行為に見えるが、それが彼らの生きるための最善の策でもあるったのだ。

「やっぱり……こんな生活ふざけてるべや!!」

 黙々と仕事を続ける道民達の動きが止まる。声を発したのは、一人の女だった。顔にはまだらに泥や炭が付いていた。それをぐいっと雑に拭い、女は続ける。

「なんであんた達は、こんな生活に慣れちゃってるの?! 馬鹿くさいじゃない! 道民だけが、この日本でないものとして見られてるのよ?
 あんた達は、それで良いって言うの?! 反抗なんて私たちみたいな無力な農奴に出来ないかもしれない。けど! あたしたちには人権がある!
 誰に言っても取り繕ってくれないかもしれない、だけどね、あたしたち人間は法律に守られてるのよ! 人権擁護の法律は、まだ改正されてないの!!
 ——あたしたちは、まだ力を持った一個人として生きていけるのよ! そのチャンスをどうして利用しようとは考えないの!?」

 いつの間にか、彼女の周りには大勢の群集が集まっていた。その中に、彼女を冷やかそうとする民は、誰一人としていない。誰もが皆、彼女の言う事が正しいと感じていた。
 涙を流すものも中には数人ほど居た。彼らは少女の考えを受け入れることを、口には出さずに誓う。国のいう事がすべて正しいわけではないと、初めて彼らは心に刻む事が出来た。
 大勢の群衆の中から小さい拍手が沸き起こると、人から人へと感染し大きな賛美となっていった。

「けど、青函トンネルは俺達アンダーワールド……北海道の人間は使う事が出来ないべ。どうするか、考えてんの?」

 一人の男が、挙手をした状態で大声で言い放つ。女を含めた全員が、一斉にその声のするほうへと視線を投げる。男は怯んだ様子は見せず、中央に陣取っている女へ、回答を求める視線を投げ続けた。
 女は少し迷いながらも、ゆっくりと口を開く。

「……はっきりいうと、考えてはない」

 その言葉を聞いた大勢の人々は、落胆の為にざわつき始めた。

「だけど、行く方法ならある」

 じっと自分の横顔に受ける男の視線と、己の視線とを合わせ女は言う。それには男も、その他の人々も怪訝そうな視線を女にぶつけるばかりだった。
 どうやっても行くことの出来ない、本州に一体どうやっていくのかと、誰もが女に問いただそうと口を開く。だがそれよりも先に、男の口の方が開くのが早かった。

「——行く方法があるっていうなら、軽いかもしれねーけど俺は乗ってやるよ。こんな薄暗ぇ人工太陽の力で光を貰ってる世界で、生き続けるのは難しいだろうしな。
 お前と一緒に、俺も連れて行かせてくれ。北海道、取り戻そうぜ?
 俺の名前は、木月 月(キヅキ/ゲツ)。網走から、召集されて江別に来た」

 月の不敵な笑みにのせられた台詞が、女の耳に入る。それを聞いて、女は小さく「それなら」と呟いた。その呟きは、近くに居た群衆にも聞こえない小さな呟き。

「あたしは、興部町(オコッペチョウ)から召集された、濱織 香住(ハマシキ/カスミ)よ。あんたが裏切らないことを、あたしは願うだけよ」

 同じように、不敵な笑みを見せる。
 周囲からは「いけー!」「政府の考えを正してくれ!」「二人が北海道の希望だ!」など、様々な声が飛び交った。

Re: The world of cards  08/24更新 ( No.31 )
日時: 2012/08/25 22:34
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 削除したレスが勿体無い……。ううむ!

マスどの

こんばんわー。
ご存知の通り、柚子と申します。

読んで下さったのですか!?
長かったですよね……。お疲れ様です(・ω・`

いえいえ。自分はまだまだですよ。
見習いと同じような立場です(苦笑

今後も描写の詰が甘くならないよう頑張っていこうと思いますっ。

Re: The world of cards  08/28更新 ( No.32 )
日時: 2012/08/28 17:45
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 削除したレスが勿体無い……。ううむ!

菫、朔夜、香住、月の脳内ではその後の映像がコマ送りで映し出された。何処までも非情な現状や、二人が歩いてきた血みどろの道。その二人で横たわったまま動かない人間は、全てアンダーワールド外の人間だけだった。
 最後に映し出された香住が泣き崩れる映像が流れ、四人は元の世界へと戻る。

「これが、俺達北海道出身者が生きている北海道の現在の姿だ」

 滴っていた雨水はいつの間にか気体となり、空気中に消えていた。ひんやりとした空気を纏った月は、小さな声で言う。月の横に居る香住は、一度は止まっていた涙がまた溢れ出し収拾がつかなくなりかけている。

「今のは……お前の能力か? 月って言ったっけ」

 二、三度瞬きをしてから我に返ったように、菫は言う。自然と手振りもついていた。月は「ああ」と言う。外で降っていた雨と強い風は、いつの間にかぴたりとも動かなくなっていた。

 記憶に新しい分厚い金属板で作られた、遮断フィルター。その頂点で輝き続ける人工の太陽や、月。そのフィルターに組み込まれて作られた巨大な扇風機。巨大扇風機の奥には、分厚く透明な板が幾重にもなっていた。
 北海道の人間にしか知りえない、北海道の現状。海に沈められ、農奴となっている今に疑問を抱かず、その問題を受け入れて暮らしていた道民達。誰が死んでも誰が生まれても、これといった大きな感情は香住以外出しはしていなかった。
 昔から自立した女と、力仕事の男が暮らしていた北海道。女子供も成人男性と同じ働きをすることを、誰も疑問に思ったりはしていなかったのだ。
 彼らにとって、それが一番正しいことなのだから。

「もしかして、お前ら青函トンネルの守衛を任されてる自衛官達を倒してきたのか? 政府公認特Aクラスの能力者、四人を」

 驚いたように言った菫の横顔を、当たり前でしょうと言いたそうな呆れた表情で朔夜は見つめる。ぐずぐず泣いていた香住は、ゆっくりと立ち上がりぱたぱた流れ落ちる涙を拭いながら、頷き口を開く。

「特Aでも、なんでもないんだ。あんな奴らは……。あたし達の北海道を売り渡した、ただの非国民なんだよ!
 元々は、あの奴らも北海道の自衛隊だったんだ。それなのにアンダーワールド化計画には、従順に従って道民全員を見放したんだ……」

 その告白に、思わず菫と朔夜は息をのんだ。国民の命を守るために、国という財産を守るために存在する自衛隊が、国民を見捨てるという話を聞いた事がないからである。
 またその事実すらも、北海道以南の人々には知らさせては居なかった。道民でも、知っているのは数百人に一人というほどだろう。

「だから、殺してあげた。お陰で政府直々に異名が付けられたんだよ、<狂気の叫び>って。
 久々にそのとき笑ったよ。馬鹿くさくてさ。
 政府の犬になった、警察と自衛隊に追われてるんだよ今」

 狂気の叫び。そう呼ばれても間違いではないだろうと、朔夜は心の隅で感じていた。先程のコマ送りの映像にも、それをうなづける内容が含まれていた。

 血塗られた場面に残されていた、返り血に彩られた美しくも残酷な一人。

 その画像が、朔夜の瞳に焼き付いてた。

Re: The world of cards  08/29一保中 ( No.33 )
日時: 2012/08/30 22:31
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「てか、お前らの名前って香住と月で良いのか?」

 忘れていた記憶を呼び戻しながら、菫は言う。二人は頷いた後、菫たちの近くへと歩み寄って言った。

「あたしの名前は香住。スペードの3、<狂気の叫び>って言われてる。短い間だとは思うけど、あたし達を雇ってもらえないか?」

 香住から横目で指示をされ、月は一つ咳払いをし饒舌に話し始める。

「俺は、月。同じくスペードの5だ。ちょっと前についったーで呟いたら<叫びの痛沈>って名づけられた。
 香住とはアンダーワールド夕張地区炭鉱勤務第7班での演説から知り合ったんだ。あと一個言っておくけど、俺のコレは……かつらだ」

 粋がっている若者達が良く使う、明るい茶色の髪の端を掴み月はぐいっと下に引っ張る。出てきたのは、普通の黒髪とは異なる、染めたような黒髪だった。
 月がとったかつらの裏面には、黒いテカテカと光沢を持つ粉のようなものがほぼ一面に付着していた。それが何のかは、全員直ぐに分かった。香住は元から知っていたようで、特に驚いた表情は見せない。
 それはただの、炭による着色であったからだ。元々純粋な光を反射するだけの黒が、主張するような光を反射する。作られた反射鏡の中で、その光は輝かされていた。

「アンダーワー……失礼。北海道は過酷なところなのですね」

 特に何も思っていないともとれる声色と抑揚をつけ、朔夜は言う。そのことに対しては誰も何も言わなかった。“心中お察しします”と言葉の裏から言われたことに、月も香住も菫も気づいていたからだ。

 北海道の惨事を画像と映像とで見せられたからこその、心からの同情を香住は苦笑で受け止める。月は面白いと言わんばかりに、ニッと口角を上げていた。
 その姿は、北海道以南の府県を行きかう若者達と全く変わりはない。違うのはたった一つ。本州、九州、四国で生まれたか北海道で生まれたかの違いだけだ。

「それにしても、政府は一体何を考えてるんだろうな。2012年には民主党から自民党に政権交代して、今現在は民主党が全ての舵を取ってる。
 北海道農奴改革も、マニュフェストに記載されていた。反対意見が多かったって言うのは知ってるけど……。
 結局はほとんど全員が、その政策案に賛成した」

 朔夜が、真面目な菫を初めて見たと言わんばかりに、元から大きな瞳をさらに大きくさせる。横目でちらりと朔夜を見ると、朔夜は何を伝えられたか分かるのか、立ち上がり別室の扉を開けた。
 その後に菫もついていく。不思議なもので、芋づる式に月と香住も菫の後をついて歩いた。

 室内には、今四人が居たデスクが並べられた部屋と同じ用に、白と黒で彩られた美しい客間があった。真っ黒な床と天井。強調された壁の白。真中にはガラスで出来たテーブルと、白のじゅうたんに黒のクッション。
 何処かの豪邸の一室を、香住と月には思わせた。

Re: The world of cards  08/30更新 ( No.34 )
日時: 2012/09/01 22:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

第三話の前に。
参照100記念小話⇒ジョーカー的二枚の私生活


「ねぇ……、来てよ……」

 むあっと汗が充満している室内で、同じように玉の汗をかいた二人の半裸の男がいた。一人は上半身を出し、もう一人は下半身を出している。声を放った青年のブロンドの髪は、汗できらきらと光っていた。

「……くだらないな。考えが、記憶が、感情が。だが、そんなところは嫌いじゃない」

 ギシとベッドのスプリングが軋み、悲鳴を上げる。下半身裸の男が、左手に体重をかけ、体の向きを変えたためだった。その様子に、ブロンドの髪がぴくりとゆれる。
 青年の瞳はとろんと悦に浸り、期待に満ちた目でもう一人の股間へ視線を延ばす。

「あ、忘れてた。ちゃんと着けてよね。カラーのジョーカー、切り裂き魔くん」

 エチケット忘れてないよねと言いたげな視線を“切り裂き魔”に浴びせ、恥ずかしがる素振りでふいっと視線をずらす。その頬は薄っすら紅を帯びていた。
 切り裂き魔が何かをしている時にも、時間は止まらず二人の汗のにおいは更に充満していった。二人から湧き出る汗も止まる所を知らず、次から次へと出ては皮膚を滑り降りていった。
 そんなことには目もくれず、カラージョーカーを持つ切り裂き魔は、ブロンドの髪の青年の下へと近づく。

「俺の勇気が出た頃に、お前のことを、食べる」

 蒸気に火照った紅の頬を、更に赤くさせながら切り裂き魔は告げた。

Re: The world of cards  09/02更新 ( No.35 )
日時: 2012/09/15 11:03
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 何このフォント。読み難い…orz

第四話『エグレウス・ジ・アセスリエン』

 部屋の中央に位置するガラス張りのテーブルに四人は集まり、菫と朔夜はパソコンを開く。カタカタ、カチャカチャ。微妙に音とアクセントが違うキーボードを叩く音をBGMに、月と香住は室内の隅々を見ていた。
 先程の部屋と同じような机は一つもなく、ただガラス張りのテーブル、白いじゅうたんと黒いクッションが七つ。他には真新しい白のダイニングキッチンがあった。遠目からでは開けた形跡のない黒の食器棚。
 照明も白、照明カバーは黒。唯一黒でも白でも無かったのは芳香剤の黄緑くらいだった。マスカットの香りを初めて嗅いだ月は、気に入った風で芳香剤の前でずっとにおいを感じていた。

「ほら、来たぞ」

 先程とは打って変わった元気な子供を思わせる声に、月と香住は視線を菫のパソコンのディスプレイ画面へと向ける。画面の上のほうには大きな書体で【エグレウス・ジ・アセスリエン】と打ち込まれていた。
 部屋と同じように、白の縁取りに黒の塗りつぶし。菫が下にスクロールした画面を見て、このウェブページがブログであると月は分かった。けれどパソコンという機械を弄った事が無い香住は、何がなんだか分かっていない様子である。

「これ、ブログだろ?」

 少し体を前に乗り出し、ディスプレイを人差し指の爪で軽く二回ほど突付く。香住は『ブログ』と聞いて、さらに脳内に浮かんでいたはてなマークを増量させている。
 
「いや、違う。これはちょっとした罠ページだ。ちなみに俺が考えてみた、凄いだろ? 
 まー……細かいところは朔夜に手伝ってもらったんだけど」

 あははと苦笑しながら菫は白いカーソルを動かす。自己紹介の有無を言われずに名前を出された朔夜は、横目で菫のことを見ていた。不服そうだが、それを口には出そうとしていないようである。
 菫の動かしたカーソルが、【エグレウス・ジ・アセスリエン】の文字の横にいる、白の縁取りをされただけの兎の上で止まる。そこを何の戸惑いも無く菫はダブルクリックした。カチカチとマウス独特の音が鳴る。
 
「何したの、今? その手に持ってるの押したみたいだけど、なにそれ」

 少しは分かろうと思っているのか、朔夜の後ろから香住が菫に問いかける。答えたのは、菫ではなく朔夜であった。丁寧に菫が開いているウェブページと同じページを開き、ブログというものから教えてくれていた。
 香住がブログの何たるかを理解するまでに、五分以上の時間をかけていたが、朔夜は香住が理解するまで反復で教えている。今はやっとダブルクリックがどうとか、兎云々のことを説明している。
 その様子を見て、菫と月は女同士お互い仲良くなってきているみたいだな、を口には出さないが同じことを思っていた。

「ヘイ、起きろよ。仲間が増えたんだぞ、アセスリエン」

 兎をダブルクリックしても変わらない画面に、菫は面白そうに声を掛ける。

「ヘイ! 起キテイルヨ。今日ハ仲間ガ出来タッテ? 少人数ノ、スペードニ仲間カ。
 一体何ヲシタンダイ?」

 パソコン内部から返事をするように聞こえてきた、人の声に月は驚き目を見開く。するとそれを直ぐそこで見ているかのように、笑い声が表れた。

「ハハハ! 君ニ僕ヲ見ツケラレルカ? 僕ヲ見ツケル事ガ出来タラ、仲間ニシテアゲナクハナイゾ」

Re: The world of cards  09/04更新 ( No.36 )
日時: 2012/09/04 22:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「ハハハ! ソンナ事ジャ、見ツケラレナイゾ!」

 数分が経過した今でも、月は“アシルセン”を探していた。姿は無い、ただ音声だけの物体を延々と探している。既にアシルセンを見つけ出すのは、仲間になりたいから。ではなく、見つけ出さないと気がすまないから。に変わっていた。
 アシルセンが声を出すたびに、パソコン内部からは雑音(ノイズ)が出るようになっていた。ざざっと鳴った雑音を聞いて、朔夜は菫にアイコンタクトをする。菫もその視線に自身の視線を合わせ、ゆっくりと頷いた。
 香住は二人の様子を朔夜に借りたパソコンのディスプレイ画面に反射したのを見て、漠然としたアイコンタクトの内容を受け取る。実際には何を言っているのかなど分からないため、殆どが憶測であった。

「なぁ、男。あんたがさっきクリックしてたのって、この兎だよな」

 菫の名前を知らないため、月は『男』という広いくくりで、菫を呼ぶ。菫は苦笑混じりに「俺の名前は、菫だよ。霧月 菫」といって笑った。それを聞いて、月は申し訳なさそうに乾いた笑いをする。

「取り敢えず、この兎クリックしてみればいいのか……?」

 結局、菫が最初にクリックしたのが兎であるのかどうか、確認をしないままに月はカーソルを移動させる。すると、画面内からは驚いた声と、今までで一番大きな雑音が部屋に響いた。

「マ、待テッ! 兎ヲクリックスルナ! 菫、朔夜、コイツヲ止メロッ!」

 余程寂しいのか、パソコン内部から聞こえる音声に被って雑音が響いたため、菫と朔夜に願いは伝わっていなかった。しかし、毎日毎日ゴウンゴウンと、鼓膜を突き破りそうなほど轟音が鳴る場所で生活していた二人には、しっかりと聞こえたようである。
 けれど二人は、それを菫と朔夜に伝えはせずに個々の作業に取り掛かり始めた。香住は、どこをクリックすれば何が開くのかを確認し始め、月は兎にカーソルを合わせた。
 雑音と機械音が、月に何かを訴えるように激しく交じり合う。お陰で耳の良い月と香住にも、何を伝えているのか分からなくなってきていた。全ての声が、雑音で掻き消される。とうの昔に、菫と朔夜には雑音しか聞こえていなかった。

 ——そして、月は躊躇い無く【エグレウス・ジ・アセスリエン】の横にいる、白縁黒塗りの兎をクリックした。

「スルなッて言ッタだロウにぃぃいいぃぃいい!!」

 パソコンのディスプレイが、目も見開けないほどに発光する。四人は全員、瞼を閉じても進入してくる光からの逃げ場を求め、服で目を隠していた。裸眼でディスプレイを見ていたら失明するレベルの光が、四人を包みこんだ。

「僕はするなと言ったのだぞ! 月とやら、何をするのだ!」

 収まった光の中から、先程パソコン内部から出てきた声が四人の耳に入った。四人はゆっくりと、発光していたパソコンの横を見る。

「かっ……可愛いぃぃいい! 何この子! 何この子! なまら可愛いべや!」
「うぎゅっ!」

 ものすごい速さで、香住はそこにいた物体に手を開いた状態でタックルをする。抵抗する暇も無く、簡単にその物体は香住につかまった。白い耳に、黒い目。耳には幾つか黒いピアスをしている。それが兎という事は、長い耳を見て知る事が出来た。香住と月以外の二人は、その兎がアセスリエンという事は分かっていた。
 体も全て白い。普通の兎とは異なる部分が多かったが、黒と白の部分チェックのベストを着けていることに、月と香住は驚いた。月はマジかよ、と言いたげな表情で兎を見る。香住は可愛い可愛いと言って、兎を愛でるだけだ。

Re: The world of cards  09/04更新 ( No.37 )
日時: 2012/09/06 23:23
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「やっ、やめろっ! 紳士のそんな所を触るでないっ、香住とやらぁぁああ!!」

 目分量Cサイズ強の香住の胸に押し潰されながら、アセスリエンは顔を真っ赤にし抗議する。男性陣はその様子を、羨ましいと言わんばかりにじぃっと見つめていた。
 それを見た朔夜は「変態」と二人に聞こえるように言う。アセスリエンを愛でることに必死な香住と、抗議をするアセスリエンには届かず、月と菫の耳にぐさりと刺さった。
 瞬間的に二人は愛娘を見る父のような表情になり、「いい成長っぷりだな」「流石北海道の救世主、男性の救世主にもなれそうだ」などと呟く。

「あ、そうだ。胸ばっかり見てないで聞きたい事があったんだよ、俺。
 あの兎って、どっから出て来たんだ? 俺達が部屋に入ったときは、誰も居ないはずだったんだけど」

 くだらない事を、下らない表情で呟いていた月が、何か思い出したのか、月は菫に問いかける。月に何かを問われると思っていなかった菫は、目を丸くして月を見た。ぱっと菫と視線があった月は動揺したが、何故かどや顔で菫の顔を見返す。
 ブッと、菫がふきだす声が朔夜たちの耳に聞こえた。

「と、取り敢えずトリックだよな、知りたがってるの。アセスリエンは、ずっとこの部屋に居たぞ。
 俺らが入ってきたとき、アセスリエンはソファのクッションの下で身を潜めてた。気づかなかったのは、無意識のうちに目の前のパソコンに集中してたから、これがアバウトな答えな」

 まだ何処か笑いを堪えている風で、時折急に肩をぴくぴくさせたりしていた。月は菫にふきだされた時、既にどや顔はやめていた。菫の話をしっかりと真面目に、一字一句間違えないような優等生のような顔つきで聞いていた。
 それでも分からない事があったらしく、補足説明をもらおうと口を開く。

「それって……」
「分かりやすく伝えると、入ってきて最初に白と黒の部屋で白と黒だけのものを私たちは見ましたよね。クッションの一部が膨らんでいても、誰も気づかなかったですし。
 まずそこが、落とし穴です」

 月の言葉を遮るように、朔夜の言葉が入る。けれど月はそれには何も言わずに、同じく真剣な表情で朔夜の話に耳を傾けていた。“落とし穴”と聞いたときに、眉をぴくりとさせるのを朔夜は見逃しては居なかった。月の後ろにいた菫は、微笑ましそうに香住とアセスリエンを見ている。

「実は、このパソコンは友人に頼み込んで作ってもらった特注品で、遠隔操作で強烈に発光する仕組みになってます」

 こんこんと人差し指の爪で、ディスプレイ画面のちょうど下にある小さな液晶をノックする。

「これで私たちが目を隠している間に、アセスリエンがクッションの下から出てきて、叫びながらパソコンの横に現れる……。そういう仕組みです。
 アセスリエンの声がパソコンから聞こえたのは、ちょうどスピーカーの下に最新の超薄型ボイスレコーダーを付けていたからです。
 あらかじめ何があっても言いように、この部屋は設定されてるんですよ」

 他にも色々とこの部屋に関する設備を月は教えてもらっていた。

Re: The world of cards  09/07更新 ( No.38 )
日時: 2012/09/07 21:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「……大方分かった。兎の活用法も一通り。それで、俺達は次何しに行くんだ? 俺としてはアイツのために成ることをしてやりたいんだけど……。
 無理くさいか。まぁ、菫と朔夜ちゃんに任すけど」

 朔夜にちゃんづけをし、一緒に星が飛んできそうなウィンクを朔夜に見せる。当の本人は気づいているのかいないのか。月には分からないように、朔夜はすっとスルーした。
 男が嫌いと言うわけではない。ただ、何のためのその様なことをするのか分からないのだ。

 ——時間の無駄じゃないのかしら。

 既に他の話に移ってる月をちらりと見やり朔夜は小さく息を吐く。あれが月の女に対する時間の使い方の一部なんだろうと思い、アセスリエンの説教を聞いている香住に視線を送った。苦笑いをしながら、アセスリエンの話をちゃんと聞いている、男子に人気のありそうな子。
 元気で子供らしくて、可愛くて。僻(ひが)むつもりは無いけれど、
私とは正反対だと思ってしまう。

 あんなに無邪気な笑顔を、私は何処においてきたのかしら。

 目の前で人間の言語を話す兎と、笑顔を見せる逃走した農奴。大雨が降り続ける日に出会った、菫と私。香住の話に感銘を受けたのか、共に行動をしていたチャラい月。菫も月もそれなりにはカッコいい。香住は、年不相応の無邪気さがある。

 私には、可愛いところなんてなさそうね。
 朔夜は小さくため息をついてから、付けっぱなしのパソコンのキーボードをかちゃかちゃと弄る。遠い香住とアセスリエンには聞こえない位小さな音。

「——それじゃぁ、まず日用品買ってって感じだな。食料とか。支払いは俺に任せてくれて良いから、菫」

 テーブルの隅においてあった、黒いメモと白いインクのペンを持ち月は、買う物を記し始めた。最初に自分と香住が此処で暮らしていく上で必要なものを。その後に生活していくうえでなくてはなら食べ物を書いていく。

「なっ、ちょ、ちょっと待てよ! 支払い位俺がやるって、月のが俺より年下だろっ?
 年下に払わせるほど俺はひでぇ奴じゃないぞ!」

 菫のその言葉に、朔夜のキーボードの音、アセスリエンの説教、香住の笑い声、月の動かすペンがほぼ同時に静止した。菫は、自分が何か変な事を言ったのではないかと、一人であたふたしていた。

「そういえば、あたし月以外の年齢しらないかも」

 最初に口を開いたのは香住。それに同調するように、全員が「そうだな」や「そういえば」と言う。菫は安堵したのか、胸をなでおろした。

「じゃぁ、あたしからいくね。名前は、濱織 香住。北海道興部町出身の、えーっと……十八歳です、コレからよろしくっ」

 外見は大人びている香住の口元には、無邪気な笑顔が映える。

「俺は、木月 月。北海道占冠出身の、二十二歳だ。金のことは、任せとけ。北海道民は金が無いとか政府の狗は言うが、実際は逆だ。
 売買して入ってくる収入は、全て俺達に直で来るからな。道民は小さなガキと年寄り以外、結構裕福な家庭が多い。
 だから金のことは、俺に任せとけ」

 月の年齢を聞き、菫は耳を疑う。身長は、菫とほとんど変わらない。声のトーンも、月は低すぎず高すぎず、高校生と偽っていても分からない。意味深に月が菫を見つめる。月が何を言いたいのか、菫は言葉で聞かなくても察せられていた。『金のことは任せとけ』静かに、しっかりと、月の言葉を菫は反芻する。
 心の中で、年下扱いしてスイマセン。と呟きながら。

Re: The 略 09/08更新 参照1000突破感謝です! ( No.39 )
日時: 2012/09/09 11:28
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「私は玖月 朔夜です。中学生ですけど、よろしくお願いします」

 しなやかに浅く一礼をする朔夜の姿に、思わず全員が目を奪われた。ゆれた美しく、長い黒髪。ふんわりと前後した黒のスカート。なめらかで肌理(きめ)細やかな細く白い腕。全てが、美しい高級品のようだ。
 一瞬。たった一瞬が、数秒にも数十秒にも感じられる。

「……次、あなたじゃないのですか?」

 顔を上げ不思議そうな顔を浮かべていた朔夜が、切れ長の瞳を左にスライドさせ、菫を捉える。見惚れていた菫は、慌てて目線を朔夜から外し、香住と月に目線を送った。そして苦笑交じりに口を開く。

「俺は、霧月 菫。よろしくな、一応高校一年生やって“た”んだ」

 菫の過去形の発言に、月や香住は首を傾げる。高校一年生だとすれば、現在菫は十六歳。ただやっていたのが、数年前のことであれば十六歳ではない。
 二人が思考をフル回転させている最中に、菫は立ち上がりぐーっと体を伸ばす。最初に背中を伸ばし、その後に前屈をする。眠気が少し出てきたのか、最後に欠伸をしていた。

「お前、今何歳だ? 高一やってたって、今何してんだよ」

 もっともな感想が、月の口から飛んでくる。菫は「普通に十六歳だけど……?」と呟いた。ソレを聞いて、月が出会ってから初めて盛大なため息を吐く。
 香住だけに、月のため息の意味が伝わった。菫と朔夜には分からないようで、二人とも月の顔をじっと見つめる。目線で「どうかした?」と聞いているのか、月は怪訝そうな表情を見せた。

「あたしが、説明するよ。月は、食器棚とか冷蔵庫に何があるのか確認してて」

 分かったと、月は端的に告げて少し不機嫌そうにキッチンへと向かう。何となく重たい雰囲気から逃げるように、アセスリエンは月に付いてキッチンへ移動した。
 月とアセスリエンがキッチンに着いたのを見て、香住はキッチンに向いていた瞳を、菫たちに合わせる。最初に放ったのは「ごめんね」という言葉と、矢張り無邪気さが残る苦笑いだった。

「月に、悪気は無いの。ごめんね……。ただ許せないだけなんだべなって、あたしは思ってる。
 元々月は規則とか規律には絶対に背かない人だったんだよ、月は。それに炭鉱組みの兄貴分でもあったんだよねー、月。
 だからきっと、許せないんじゃないかな。高校、きっと中退したんでしょ? 許せないんだべさ、それが。ため息ついた原因、それじゃないかな」

 最初は私とも喧嘩ばかりだったんだよ。そう付け加えて、ニッコリと笑う。最初に見せた申し訳なさそうな苦笑いと、最後の満面の笑みとのギャップに落ちてしまう男は少なくは無いだろう。
 冷静に朔夜はそう分析していた。菫も何処か照れながら、受け答えしているようにも見える。

「終わったぞ」

 キッチンから月の声が聞こえる。

「それじゃぁ、行くべ。朔夜ちゃん、菫くん」

 立ち上がりながら、香住は言った。

Re: The 略 09/08更新 参照1000突破感謝です! ( No.40 )
日時: 2012/09/11 16:51
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 小説図書で。五話更新ではなく、四話更新中だった件……。

 歩いて一時間弱、走って五十分強の場所に建設された大型スーパーセンターが、四人の視界に入る。自動車が普及しているはずなのにも関わらず、このスーパーセンターには駐車場や駐輪場は無い。鉄道なども普及して入るが、最寄の駅までは徒歩で二十分前後かかる。
 周りには住宅街が立ち並んでいるため、このような配慮をしていると市の方から数回ほど通達があったのを、菫は覚えている。けれど実際にはそういった理由ではなく、万が一に備えての仕組みであると、昔何かのテレビでジャーナリストが発言していた。

 遠くからでも分かる大きさ。スーパーセンターには似つかわしくない、独特の威圧感が此処にはあった。香住はごくりと緊張で締まった喉に、唾液を滑らせる。

「まるで誰も寄せ付けないRPGゲームのラスボスに挑むような感じだな」

 乾いた笑いをしながら月は言った。思わず香住も頷いてしまう。それに否定的だったのは、菫と朔夜だ。良く来るというスーパーセンターに今更恐怖心とか無いかと思えば、最初から緊張した事は無いと言っていた。
 月と香住は半信半疑であったが、近づく大型スーパーセンター【スーパーA(えい)】へと、意識を移していった。何か起きるのかも分からないため、慎重に歩を進めていく。

「何してんだよ、何もねぇってば。早く行こうぜ、買う物いっぱいあるしな!」

 呆れた口調に、朔夜も「そうですよ、急ぎましょう」と同調した。二人は気が進まなかったが、菫たちの言うように何もないから、と納得する。時間は午前四時四十四分を回ろうとしたところだ。
 スーパーAは二十四時間営業だから心配することは無い。と事前に告げられていたため、何も迷うこと無しにスーパーAの敷地内内へと足を踏み入れた。

『ビービービー!! 侵入者発見! 侵入者発見! タダチニ隊員ハ出動セヨ!
 ビービービー!! 侵入者発見! 侵入者発見! タダチニ隊員ハ出動セヨ!
 場所ハ、エリアB! タダチニ捕獲シ、連行セヨ!! ビービービー!!』

 初めて聞いた警報サイレンに、菫と朔夜は唖然となる。今まで一度も起こったことの無い現象であったからだ。その様子を見て、月と香住はそれぞれ次に起こり得る展開を予想し、臨戦体制をとる。
 
「かかれぇぇええええ!! その二人は逮捕状が出ている被疑者だ!! 貴様らぁああ! 死ぬ気で捕まえろ!!」

 スーパーAのありとあらゆる出口から、武装した警官達が現れる。中には自衛官の姿も見受けられた。菫は思わず「んだよあれ!!」と叫び、月同じように臨戦態勢をとる。それは朔夜も同じだった。

「香住! 前線はお前に任す! 俺が止めてやるから、だから全てを朱に染め上げて来い!」

 Tシャツの裏から肌とズボンの間に挟んでいた大きく長い刀を取り出しながら、月は叫ぶ。返事をしないままに、香住は敵の前線へと躊躇無く突っ込んでいく。その様子を平常に見ていられるのは、月だけだった。菫と朔夜は、女に何をさせているのだと言いたそうな様子で月を睨む。
 月は、香住から視線を外さず二人の鋭い視線を感じながら口を開いた。

「——見ておけ。……あれが俺ら道民を救ってくれる少女の姿だ」

 ぽつり。まるで世界の平和が訪れたことを喜ぶ人のように、香住を見た。月には香住が光に突っ込んでいく、英雄のように写っているのだろう。菫と朔夜には、広い敷地内の一角へ走っているだけにしか写っていなかった。
 けれど反論をしようと開けた口は自然と塞がり、どうしようもない感情を押し付けたままに香住の背中を見つめていた。その中で、香住は大きな声を上げる。

「深淵から来た凶暴な神よ、私を——喰らえ!!」

 その瞬間香住の体は常人離れした跳躍力を見せる。蹴ったコンクリートは蹴られた場所を中心に、ぼこりと凹んだ。驚く菫と朔夜をよそに、月は「きたか……。こっちは守ってやる」、しっかりとそう言い香住に対して臨戦態勢をとった。

Re: The world of cards 09/09更新 ( No.41 )
日時: 2012/09/11 21:48
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「アハッ……アハハハハハハハッ!! 馬鹿の一つ覚えみたいねぇ……。そんなんじゃあたしの事、捕まえられないわよ?
 ——“チェック=エンド=チェイス”」

 豹変した。

 それ以外に今の香住を、分析することは出来なかった。ただ殺生を止めようとしそうな少女が、冷酷無慈悲に、飛び散る赤が綺麗だというように、長く伸びた爪で人間の束を蹴散らしていく。深く防弾チョッキを着けた胸に、穴を開ける。
 じんわりと滴る、赤い血。大勢の苦痛に歪み路上に倒れる警官たちを、香住はこれでもかと言わんばかりに止めを刺し、喉と耳を喰らっていく。意識がある内に首を喰われた者や、耳を殺ぎ落とされた者は、ただ悲痛な悲鳴を上げるばかりだった。

「あれが、香住……なのか?」

 信じられないと言う様に、菫は乾いた喉に少量の唾液を滑り込ませる。上下した首には、どっと冷や汗が浮き出ていた。朔夜はうっすら冷や汗をかいているものの、菫以上の動揺は見せずにしっかりと臨戦態勢を整える。
 何が起きても良いように、その瞳は香住だけでなく、血を流し悶絶している警官たちや、香住に無謀にも挑んでいく自衛官や警官の全てに注がれた。

「ンン……。やっぱり美味しいわね、生の肉と血の鉄の味って。あァあ、あたしもコッチの世界で一生食べて暮らしていたいわァ。
 あの小娘ったら、いつもいつもへらへらしてるんだから」

 言葉を発している最中にも挑んでくる警官たちを、『香住』は容赦なく蹴散らしていく。殴り、蹴り、鋭敏な刃物のような爪で肉を裂き、食べ、体を突き刺す。そこには躊躇の一つも見られない。
 『香住』が警官たちの返り血に塗れ、『香住』を中心に気味悪いほどの屍が転がっていくのに反比例し、『香住』を捉えようとする警官たちは減っていく。月にとってそれは良い事でもあったが、悪いことでもあった。

「全員、香住を殺す覚悟持っておけ。そうじゃないと、俺たちが喰らわれておしまいだ」

 端的にそう告げ、握っていた長刀を更に強く握り締める。柄と手の皮膚が接触している部分は、赤く赤く変わっていく。何も言わずに、菫と朔夜も同じように、全ての集中力を『香住』へ向けた。『香住』を殺すことは無理でも、できる限りその行動を受けとめる。その覚悟は確かに全員にあった。

「先に言っておく。此処からは、俺たちが全滅するか、香住から元凶を剥ぎ取るか、香住の意識を戻すか。そのどれかだけ考えておけ。
 何があっても、動じるな。全神経を香住に注げ。下手すりゃ本当に俺たちが喰われるぞ」

 次から次へと喉を喰らい、耳を殺ぎ、心臓に長い長い爪を衝きたてる『香住』への視線を、月は一度も逸らしはしない。忠告をしている最中も、喉を喰らっているときも。どんな瞬間も全てを記憶するかのように、瞬き一つしなかった。
 それは朔夜や菫も同じで、視線を逸らそうとはしない。例え残酷な場面だとしても、その全てを見続ける。初めに見た、人間離れした跳躍力。今もまた人間離れした肉体強度と、精神状態、運動能力を手に入れていた。
 誰も反応できないコンマ数秒という短い時間で、何人もの屍が増えていく。

 そしてついに、生存者数が『香住』を含めた十五人となった。

Re: The world of cards 09/11更新 ( No.42 )
日時: 2012/09/12 15:20
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「う、うわあああああああああ!!! ばっ、化け物だあああああ!!」

 そう叫んだかと思えば、『香住』に臨戦態勢を取り続ける三人以外の生存者、自衛官警察官含め計十一人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。血相を変えて、誰よりも早くスーパーA内部に入ろうとしていた。

「ちょっと待ちなさいよォ……。まだ、終りじゃないでしょ?」

 『香住』は、またも人間離れした速度で、逃げる男の一人を後ろから抱きしめるように捕まえる。そして男を諭すように耳元で吐息交じりの色っぽい声を出した。ふっと優しく耳にかかった吐息に、恐れを成していた警察官の股間がゆっくりと勃起し始める。男は冷や汗をどっとかき、恐怖で体を強張らせながらも、美しく嫌になってしまう程色っぽく艶めかしい声に、快感を感じるしかなかった。

 膨らむ股間を見て、『香住』は悪い笑みをニンマリと浮かべる。そしてそこに、長さ三十センチは有るであろう左手の鋭敏な爪の先端を、触れさせた。弾丸をも受け止める防弾チョッキを着ながらも、その爪の感覚に男は体を反応させる。
 膨らむ防弾チョッキの下の勃起したモノをなぞるようにして、爪を上下させたり左右に動かす。それは過度の快楽を生まなかった。男が股間への執拗な責めに悶えている間に、『香住』の右手は男の目元を手のひらで覆い隠す。

「——気持いいかしら」

 最初と同じように、左手の爪の動きは止めずに『香住』は耳元で艶やかな声を出す。勿論、男の耳には甘い吐息もかかっている。
 焦らす様な持続的快楽に、涎を垂らしながら男はコクコクと頷いた。『香住』はそれを見て「言葉も使えなくなる位気持いいのかしらァ」と、満足そうに呟く。

「まァ、気持いいなら……これも平気よねェ」
「う゛、っがッ! あぐっ、いっあああ゛あああああ゛あ゛あ゛!!!」

 膨らむ股間と、手のひらで覆っていた両方の眼球に『香住』は躊躇無く長い長い爪を突き刺した。眼球に差し入れた爪は、大量の血液と脳の断片に纏われたまま、後頭部の頭蓋骨を突き破り『香住』の眼前へ現れる。その爪を、そのまま円を描くように動かした。動かすたびに、大きな悲鳴が『香住』の耳を反響する。
 股間に突き刺した爪も、体を斜め貫通し男のせき髄(ずい)を貫通させていた。直に神経を触られる感覚と、貫通した骨の穴を広げようとする痛みで男は既に失神してしまっている。『香住』は失神したままの、生きているその男の首元に自身の口を近づけ、大きな口を開けた。

「ん……グッ」

 ——ブチブチブチ。

 生で皮膚が千切り取られる音が、『香住』と男を凝視していた十人と三人の耳に響き渡る。大きく開いた『香住』の口には、口内に収まりきらないほど巨大な肉片がくわえられていた。
 男の首元は広く深く陥没し、骨の白みが見え隠れしている。横から無理やりに千切った男の喉は、まだぴくぴくと痙攣を続けていたが、それも直ぐに動かなくなった。
 それを確認して『香住』は男に突き刺していた爪を全て抜く。どさりと、重力に逆らわないままに男はアスファルトに突っ伏した。

「さァ。次は誰を食べていいのかしら……」

 くっちゃくっちゃと音を鳴らしながら『香住』は少しずつ男の首の肉を食べる。ぐるりと視線を一周させた『香住』は、ターゲットを決めニンマリと笑った。

Re: The world of cards 09/11更新 ( No.43 )
日時: 2012/09/13 23:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

第四話狭間五話往き 『その裏に』


 カチャカチャと、複数のキーボードが不規則に音をあげる。前方には巨大なパネルに沢山の監視カメラの映像が、リアルタイムで映し出される。その中に、駐車場で喉と耳を喰べる『香住』の姿も確認された。
 それも全て録画録音機能がついた監視カメラに、記録されていく。全てのカメラの死角を、他のカメラで写すことが出来る仕様となっている。
 大企業の会議室に近いつくりで、それ以上の広さのあるこの部屋に一人の男が入ってくる。ノックもせずに入ってきた男に、誰一人として視線を向けるものはいなかった。
 興味さえないと言わんばかりに、キーボードを叩く手を彼らは一向に休める素振りを見せない。義務権利など考えてはいないのだろう。それが自分の仕事だと割り切っているように、男には見えた。

「あのクズを排除するのに、加減はしなくても良さそうだな。——誰に言われても手加減はしない積もりだが」

 独り言のように男は、低いハスキートーンに近い声を出す。無機質にキーボードを叩いていた手が、一斉にぴたりと止まる。

『ビービービー! 直チニ、全警察官及ビ全自衛官ニ命ズ! エリアBニテ同士ヲ無差別殺傷シテイル侵入者ノ身柄ヲ拘束セヨ!
 ビービービー! 直チニ、全警察官及ビ全自衛官ニ命ズ! エリアBニテ同士ヲ無差別殺傷シテイル侵入者ノ身柄ヲ拘束セヨ!』

 ぷつっとマイクの電源が落ちる音がノイズ交じりに入った。忙しない店内アナウンスの直後、室内付近の廊下に不特定多数の重たい足音が響き渡る。ガチャガチャと色々な装備物が上下する音を聞き、男は何処か楽しそうな雰囲気をかもし出した。
 止まっていたキーボードを叩く手が、再度不規則に動き始める。カタカタ、カチャカチャ。——所詮は機械か。男はそう呟き、部屋を後にする。
 出て行く瞬間の手には、長く愛用しているのだろう。しっかりと手に馴染んだホルスターが握られていた。

Re: The world of cards 09/13更新 ( No.44 )
日時: 2012/09/14 23:49
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

第五話 『右手に法を、左手に裁きを』


 『香住』が次に狙ったのは、この中の誰よりも同じ時間を過ごした月であった。ゆったりとした歩調で、屍たちを踏みながら『香住』は月へと近づいていく。口元に浮かべた笑みには無邪気さの欠片も無く、ただ艶めかしく美しい快楽に溺れていた。

「月、あたしね、月が大好き」

 ——たった一言。
 たった一言だったが、そこには残虐な『香住』ではなく正義感の強かった香住がいた。それを聞き、月の目が見開かれる。その言葉を言った香住が浮かべていたのは、いつもの無邪気な笑顔だった。

「香住、お前……」

 月が保っていた集中力が、ぷつりとそこで切れる。その瞬間、香住は『香住』へと変わり歪んだ笑みを見せた。

「剣舞劇場! 菫さんと月さんを領域の中に!」

 二人は早く中に入ってください! と朔夜は付け足して声を上げた。反応が遅れた月は、菫に背中を押され朔夜が作り上げた領域に入る。傍から見れば、厚みが無く只の鏡のようにさえ見える領域。月が力を抜いた瞬間に、人の倍の速さで突進しようと走り出した『香住』は、途中で減速せざるを得なくなった。
 『香住』は不服そうに領域と朔夜を、同時に睨みつける。その瞳の中には獲物であった月も入っていた。香住の目は、領域の中で心配そうに私を見る月が映し出される。『香住』には、何の感情も生まれない。ただ映し出されるのは、此方を見る男二人と、邪魔をした小賢しい女一人。

 どれも等しく、あたしの獲物だわ。

 『香住』はゆっくりと低姿勢になり、足に力を込め始めた。元々強かった香住の肉体を、トランプ固有保持能力【もう一人の私(バイ・アナザア)】のオプションで、更に強化している。そのお陰で、『香住』の足のバネは、計り知れないほどの力を生み出す凶器と成り代わっていた。

「駆逐する」

 とても音声として拾う事が出来ない、耳に入れることすら困難な音声に『香住』だけが反応した。力を込めた足はすでにパンパンで、今直ぐにでも目の前にいる獲物を喰らう、そんな本能が纏わり付いているようにも見えた。『香住』は力を集中させるのをやめ、スーパーAの屋上などを仰視する。

 『香住』以外の生存者に聞こえたのは、住宅街の中のスーパーには不釣合いの乾いた銃声。
 『香住』が警察官と自衛官の殆どを殺していく最中に、一度もやまなかった音。そして『香住』が一度も掠りすらしなかった銃弾が、『香住』の左胸を貫通した。

「どこ、から……?」

 『香住』が声の主を見つける前に、美しい豊満な胸を非情にも金属が貫通していった。胸の穴からは見惚れるほどに鮮やかな赤が、どぷどぷと流れ出ていく。朔夜はその様子を見て更に警戒心を高め、菫は耐え切れないというように領域から出た。そして真っ直ぐに『香住』の元へと駆け寄る。

「おい! 香住、意識あるか!? 香住!!」

 絶えず心臓の鼓動に合わせて血を吐き出し続ける香住を、香住の意識を戻そうと頬を叩いたりする菫を、月はただ一人領域の中から見つめていた。視界の隅には、喜ぶ警察官と自衛官の姿。銃声を聞きつけたのか、呆れるほど沢山の増援が現れる。ヘルメットの隅から見えた、上へと上がる口角。

「朔夜、あいつ等を俺らを助けたとき見たくコレで逃げられないようにしてくれ」

 ぷつんと、月は自分の中で何かの糸が切れた音を聞いた。

Re: The world of cards 09/14更新 ( No.45 )
日時: 2012/09/15 22:14
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「コレ……って剣舞劇場で作った領域のことかしら、ってちょっと!」

 朔夜の言葉に耳を傾けずに、月は菫と横たわる香住の脇をすっと通っていく。月の生気の宿らない虚ろな目は、じっと総勢百人以上はいるであろう警察官、自衛官を捕らえていた。頬につうっと一筋の涙を流しながら、月はふらふらと歩いていく。
 
 殺す。香住を殺そうとする奴らを俺の手で。殺す、ころす、殺すころす、殺す殺すコロスころすコロスコロスころ、す殺す。殺すころす、殺す殺すコロスコロスこ、ロスコロス。

「全部お前らが悪い。俺らに殺しをさせたもの、お前らだ。香住が死にそうな目にあってるのも、お前らのせいだ。
 俺らが平和に暮らしたがってるのをぶち壊すのも、お前らだろ、なぁ。
 殺してやるよ。俺が受けた苦痛を全て、【最後の叫び(ラスト・エディクション)】でな」

 ふらふらと覚束無い足取りが、だんだんとスピードを上げる。まるで前方に陣取る警察官らに、タックルをするような風に。反応の早かった警官らの一部は、急いで銃を構える。それを見ても、月は恐れを成した表情を浮かべない。ただ只管(ひたすら)に寂しげな、虚ろんだ表情を浮かべるだけだ。

「剣舞劇場! 香住さんの傷の治癒と、月さんの攻撃対象をそれぞれ領域内へ! 領域内からの攻撃は、無効とします」

 朔夜の手から小さなナイフが前方へと飛んでいく。目視することは不可能に近いスピードで、警官らの周りをぐるりと囲む。同じように、香住の周りにも空中にナイフが止まった上体になっている。そして一瞬の内に、それぞれがナイフで描いた楕円状の領域に、吸い込まれていく。
 その間にも走ることを止めない月が、警官らとの差を狭める。重たい長刀は、右手だけで支えていた。誰を狙っているのでもなく、そこにいる敵と見なした人間に向かって、長刀の先を向ける。先は太陽光を反射して、キラリと光った。

「喜べ、今すぐ、仲間達に合わせてやるからよ」

 虚ろな表情のまま月は言い、ぴたりと足を止める。高々と長刀は天を向いていた。しっかりと足を地面に吸い付かせ、虚ろな目はじっとりと領域内で無意味に銃を乱射する警官らに向く。
 領域内の自衛官と警察官たちは、次に何が起こるのかと恐怖に慄いていた。天にしっかりと向いた、長い長い刀。その刀が薄っすらと根元から赤みを帯びていることに、まだ誰も気づいていなかった。届け、届けと言葉にしながら、銃を持つ官らは、弾丸がなくなるまで、交代で引き金を引いていく。一つも領域外に出てはいなかったが、それでも尚、弾丸が外に出て行くことを祈っていた。

「お前らには……、これで十分だろ。な? あいつの笑顔がこの先見えなくなったら、どうしてくれるんだ。あいつの声がこの先聞けなくなったら、どうしてくれるんだ。
 あいつが死んじまったら、お前らはあいつを笑うんだろ。それなら、今すぐに、俺がお前らを殺してやる」

 ぼそぼそと領域に閉じ込められる彼らにも、後方にいる菫たちにも聞こえない声で月は呟いた。左目から一筋の涙を流す。

 あいつの告白に、まだ返事をしてねぇんだよ。俺は……。

 喉元まで出かかった言葉を、月は必死に飲み込み抑え付ける。その間に、上に掲げた長刀は、鍛冶職人が金槌で打つオレンジ色に光っていた。根元から、先端にかけてのフォルムを映し出すように、長刀が存在感を表す。
 朔夜にはその輝きが、太陽にも見て取れた。温かくも、危険を伴った表面温度六千度の光。昔理科の映像で見た太陽の色、そのままだと朔夜は心の底で感じる。

「二度と、俺とあいつを狙ってくるな。もう、あいつを楽にしてやりたいんだよ……」

 感情が戻ったのか、月は今までで一番悲しげな表情を見せる。最愛の人を奪われた、恋人のような表情で——。
 月は領域内にいる警官らと自衛官達に向け、思い切り長刀を縦に振り抜いた。六千度近い熱風が、瞬間的に消えた領域の中にいた彼ら目掛け、容赦なく進んでいく。

Re: The world of cards 09/15更新 ( No.46 )
日時: 2012/09/18 22:17
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 轟々と音を立てながら、熱風は彼らを包み込む。一万度には達さなくても、生身の人間にとっては十分過ぎるほどの暑さ。否、焼死しても可笑しくない温度である。
 叫び声を上げ、真っ黒になり倒れていく彼らを、誰よりも冷めた視線で月は見つめる。切なげに見せる後姿が、どうしても菫は目がはなせなかった。月が攻撃を放った瞬間から、香住を朔夜に託し月を見ている。

「……五月蝿い声。気持ち悪い死体。吐き出したくなる内容物。無意味に使った力、か」

 自虐するかのように月は呟き、左手の甲を額につけ笑い出した。あはは、と感情のない虚ろな声が宙を浮かんでは消滅する。目の前で火をあげる死体たちを笑うのか、自分自身を笑っているのか、月は自分でも分かっていない。
 ただただ込み上げてくる苦痛と、虚無感に笑うことしか出来なくなっていたのだ。香住が死にそうなことにも、目の前の黒コゲの死体にも、何かの狂信者のような自分にも。月は興味が無かった。目の前で起きた惨状が、夢としか思えなかった。

「お前、何をしている」

 不意に月から見て右側から、聞きなれない男の声がする。厳格で規律を重んじているような、低く深い声。香住以外の三人は、その声を聞き咄嗟に振り向いた。視線の先に映るのは、一人の男。この場で生きている男の中で、一番の高身長である。
 右手は、ホルスターに近づいたまま男は月の近くへと、歩み寄ろうとしていた。それを見て、月は怪訝そうな表情を浮かべる。同時に月を纏ったものは、重たい重たい悲しみと苦しみであった。

「見れば、分かるしょ。皮膚が焼けるニオイが、充満し始めてるんだ。此処一帯に。住宅街だから、火事とか騒がれると大変かな。
 道狭かったし。消防も救急も、来るの遅れるんだべね」

 ふと下らない世界を見る支配者のように、力なく月が笑った。心の殆どを絶望に染めているかのような、無気力な声色。怪訝そうな表情を浮かべたのは、男も一緒だった。見た限りでは、高校生ともとれる容姿の若い青年が、小さくも大きい絶望に染まりかかっている。
 聞いた方言は、確かにアンダーワールドの方言であった。
 男の脳内で、目の前の青年が全国指名手配をされて間もない者である事が、固まりつつあった。

Re: The world of cards 09/19更新 ( No.47 )
日時: 2012/09/21 23:37
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 【守るために/メイアイヘルプ×××】

参照200突破記念。『突発座談会』

MC⇒柚子
参加者⇒香住(以下、香)、月、菫、朔夜(以下、朔)

——初めまして、ですかね。作者の柚子と言うものです。今回突発的に座談会を開いたのには理由があります。柚子の家には、現在同居人が当たり前の如くいるのですが、そんな受験生の彼のテスト云々で勉強を教え、心身疲労がヤバイのです。
  そうすると、初めにぶつかるのは『アイデアが浮かばん』『浮かんでも文字に出来ない』という。だから、少し現在の話で主要キャラとなってきている四名から、座談会をしていきましょうか。

——ではまず、誰からでも良いので自己紹介よろしく。

香「あ、はいっ。えーと、濱織香住です。高校三年生の十八歳で、北海道出身だよ(笑顔)」
月「木月月。月、はつきじゃなくて、げつ、だ。一応二十は超えてる、香住と同じく北海道出身だ、よろしく」
菫「霧月菫、十六歳! 二面性あるって言われるけど、自覚ねぇんだ。よろしくな!」
朔「私は、玖月朔夜です。……よろしくお願いします」

——あーい。うん、質問が面倒くさいな。取り敢えず、好きな人いるー?

香「好きな人も何もっ、柚子が変なこと言わせたべさっ! すっごい、すっごい読み返して恥ずかしかったんだけど!」
朔「香住さん、顔真っ赤でしたもんね、今もですけど」
香「そ、そそそんなことないっ!」
月「俺告白されたもんなぁ。四歳も下の、普通なら現役の女子高生に(遠い目)」
菫「羨ましいぜ、お前が……。アセスリエンも、羨ましかったけど(同じく遠い目)」
香「だ、だからっ! 誤解なの!」

——は? 誤解? 僕が作ってるのに、誤解? さ、弁解言ってみよう。

香「えっ。や、あ、……はい。
  えっと、あたしが告白したんじゃなくて、あたしの深いところにいる『香住』が告白したっていう感じだから、その……あたしは告白してないからね!」
月「あの時の声色は、泣き出しそうなときのお前だろ」
香「何その分析力、怖いんだけど!(汗)」

——ま、バカップルでしたってことで。どうする? ネタないぜ?

朔「能力のこととか、話してみたらどうかしら。面白そうじゃない?」
菫「だな! 俺、朔夜の能力も気になってるんだよな。月が二つ能力持ってたことも、気になってるけど」

——そっか。うん、じゃぁ、朔夜から能力名と解説いってみよー!

朔「はい。私の能力名は『剣舞劇場』です。手の中に隠せるくらいの、小さなナイフを宙に数個投げて、全身鏡を作るイメージで。
  それを、私は"領域”と呼んでます。その領域には、条件をつけることも出来て、中からの攻撃の無効化、とかも条件の一部です」
香「ほえ〜……実用的な能力だね(笑顔)。私のは、日常で使えないもんなぁ(ため息)」

月「じゃー次俺。俺のは、記憶を他者に見せる【走馬の灯り/ランメモリーズ】と、普段も持ち運んでる長刀を使った、【最後の叫び(ラスト・エディクション)】がある。
  二つもってる理由は分からないけど、でも、禁忌じゃねーのかな、って思ってる」
菫「禁忌ってーか、バグみたいな感じじゃねぇの? 分かんねぇけどさ」
月「……お前結構話し方変わるんだな」
菫「俺? 二面性二面性(笑)」

——文字数がね、1300超えたんだよ今。だから、そろそろお開きで。また案を言葉にできないとき、突発座談会で会いましょう。のしのし!

香「ばいばーいっ(元気に手を振り)」
月「じゃあな(爽やかに笑み)」
朔「またの機会で会えると良いですね(微笑み)」
菫「またなー(無邪気に笑い)」

Re: The world of cards 09/19更新 ( No.48 )
日時: 2012/09/19 23:05
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

作業上げ

Re: The world of cards 突発座談会更新 ( No.50 )
日時: 2012/09/20 15:47
名前: 伯方の塩 ◆6tU5DuE3vU (ID: LcKa6YM1)
参照: ご挨拶

 以前から気になっていはいました。一応、ここでは初めましてですね。

 全て読ませて頂きましたが、素晴らしい表現力で、私など手も足も出ないような文に引き込まれました。
 人を引きつける文と言うのでしょうかね。

 私も参考になる表現が多々ありましたので、これからも時々は覗かせて頂きます。失礼致しました。

Re: The world of cards 突発座談会更新 ( No.51 )
日時: 2012/09/21 23:17
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

伯方の塩さん

此方こそ、こちらでは初めまして。
鑑定依頼も始めたようで……。
依頼してみようと思っているのですが、どうも怖くて依頼が出来ず(

全て……読んだですって?
えーと、お疲れ様です。無駄に長くて疲れましたよね、きっと。
取り敢えずお時間失礼しましたorz

人をひきつける文については、まだまだ未熟な点が多いですよ。ええ。
複ファジだと、他の板以上に神経使って小説を執筆する点が多いのですが、中々に描写が上手くいかず、四苦八苦しています。

参考だなんてそんなっ。
自分も様々な執筆者様の書き方を盗んでは書いての繰り返しなので、参考になるかは分かりませんが…。

コメント有り難う御座いました。

Re: The world of cards 突発座談会更新 ( No.52 )
日時: 2012/09/22 22:41
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「まー、俺はさ。あの女の子二人と男の子一人が助かってれば、何でも良いんだけどさ」

 失笑しながら月は言った。その言葉に男は、ぴくっと眉を動かす。月は目の前で今まさに火が消えようとしている様を、ぼんやりと見ていた。簡単に壊れてしまう『生』の何たるかを、月は心のどこかで感じているかのように、ただ黙って前を向く。
 男は開こうとした口をつぐみ、不可思議な空間に入っている少女とその近くにいる少女と青年に視線を向ける。コツンと音を鳴らし、三人の元へと近づいていく。
 臨戦態勢を一番早く取ったのは、菫だ。朔夜と香住の前に立ち、カリと呼ばれる格闘技の構えを見せる。右手には、長い警棒が握られているのを見て、男は足を止め口を開いた。

「お前、警察官か」

 男の進む方向に視線を流していた月も、構えていた菫も思わずパッと男のことを凝視する。男の表情は変わらないまま、眉間に刻まれたしわだけが深く深く溝を作っていた。

「……ちげーよ。俺はただの子供だし」

 ぶっきら棒なその言葉に、朔夜は平静に口を開く。領域に入れられ、自然治癒力を一時的に上げられていた香住の体は、もう傷一つ残ってはいなかった。朔夜は香住の入っていた領域を消し、遠くに陽炎が見えるコンクリートにそっと寝かせた。

「私たちがここに来た瞬間に、侵入者だと警備システムが鳴ったんです。どちらかと言うと、私たちは被害者ですよ?
 何も罪を犯していないのにも関わらず、問答無用の射撃がこの人を襲ったんですから」

 “何も罪を犯していない”。そう聴いた瞬間に、男の眉が小さく動いた。後方に注意を払っていた菫と、男の背中しか見えていない月は確認できなかったが、その様子を朔夜がしっかりと見ている。驚こうとして、止めたような。複雑な心情が、眉を動かしたのだろうと朔夜は推測した。
 男は脳をフル回転させ、長刀を持った月の方言と、朔夜の言葉を何度も反芻させる。アンダーワールド出身者の第一の特徴は『——べや』のように、語尾に『べ』という言葉が入ること。もう一つは、幼い頃からひと月に二回しか風呂に入れなかったため、黒ずんでいた皮膚である。
 今アンダーワールドへ進むための青函トンネルは、立ち入り制御がされ同士を殺されたと数万の自衛官達が、犯人探しに尽力していた。そこからの情報により、死因は長い鋭利な刃物による刺殺の線が濃厚である。後方にいる月は、男の出している結論にぴたりと当てはまる人物であった。

 ——しかし、憶測で生まれた結論では、断定する事が出来ない不可解な謎があった。

 それは、無理やりに首と耳に引きちぎられたような形。包丁などを使っては作り出せない、状態で皮膚が引きちぎられていたのだ。男性隊員しか常駐していなかったが、死体と成った男性隊員たちの首からは、喉仏が消えていた。
 今まで一度も、死体の耳と喉仏がないという事例は、存在していなかったのだ。

Re: The world of cards 09/22更新 ( No.53 )
日時: 2012/09/24 23:00
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: i0zh.iXe)

 しかも内容は、無差別虐殺テロと名づけられたのである。隊員たちの倒れ方からして、アンダーワールドから逃げた者たちの犯行であるとある程度の裏づけは取れていた。だが、警察官達は命令と呼ばれるものを、一つも上官から受け取ってはいない。
 政府や国家秘密監査機関からの制御がなされたのだ。今までに数回あったテロ紛いの行為は、全て強制的な武力での鎮圧を徹せられていた。今回のテロも、そう対処されるはずであったのである。

『我々日本国は、アンダーワールドへの干渉を一切として断つことを決定しました。
 飼い殺しにしようという考えは持っておりません。が、しかし。脱走したと思われるアンダーワールドの住人二名、その他の住人達の逆鱗には触れるべきではないと、内閣で決定しました』

 パシャパシャと大勢のカメラマンから繰り出されるフラッシュ。その声を記録するための、ボイスレコーダー。全て目を閉じれば男の瞼裏に、現れるのだ。

「君の言っていることは……本当か。すまないが仕事上、疑り深い性質でな」

 沈黙のまま数分が経過していた空気が、波を立ててゆれる。その振動は起きている三人と、横になっていた香住にも届いた。「ん……」と声を出し、香住はゆっくりと起き上がる。嬉しそうな顔を浮かべたのは月だけではなかった。
 目を覚ましたばかりの香住は、状況理解ができていなかったが、構わずに話を続けていく。

「本当です。私が嘘をついても、どちらにメリットは無いんじゃないかしら。
 仮に私たちにメリットが合ったとしても、いつかきっと貴方みたいな人に戒められそうですし」

 苦笑交じりに言った朔夜は、嘘を一つも言っていなかった。月や菫も、面倒ごとは避けたいという気持は、確かでなくとも心の中のどこかでは思っていたはずだ。そう朔夜は考えながら、男の目をしっかり捉えた状態で薄っすらと口角を上げる。
 男も瞳が交差している朔夜の目をじっと見ていた。口角が上がっているせいで、目尻は少し下がっている。その奥に見える黒い瞳孔は、揺らぐ事無くしっかりと男の視線を捕らえていた。
 朔夜と同じように、男も小さく苦笑を漏らし口を開く。

「どうやら、嘘は言ってなさそうだ。信じきっている訳ではないが……」

 一瞬口ごもり、男は小さく首を左右に一、二度振った。再度口を開こうと域を軽く吸い、まず月を見て菫を見る。服についた土ぼこりを払う香住、じっと見つめる朔夜を順番に見た。

「俺はグレゴリー・ハドソンだ。君達は」

 優しい、牧師のような慈愛が感じられる笑顔をハドソンは見せた。

Re: The world of cards 09/24更新 ( No.54 )
日時: 2012/09/25 22:40
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「お前達は、これからどうするつもりだ」

 ハドソンは不思議そうに尋ねる。月は菫とアイコンタクトを取り、菫に説明するように促した。視線だけの会話で、まだ出会って一日も満足に経っていない状況だったが、重要な事だけは通じ合っていたようである。
 菫はゆっくりと瞬きをし、息をふぅっとはき捨てた。

「取り敢えず、このスーパーは俺達のこと歓迎してないみたいだし……。つうか、こんだけ異臭がすればここらの人たちも気づきそうだからなー」

 んー、と菫は小さくうなる。上半身だけで、彫刻『考える人』を体現した状態で、菫は一度天を仰ぎ見た。言葉を選んでいるのか、はたまた考えていることを言葉に出来ないのかはわからない。

「ま、近所のスーパーに行くかな。此処からだと、移動距離は長いけどそれしかねーし」

 目の前に見える、異臭を放ちながら倒れている死体たちを見ながら菫は言った。そうしてハドソンの目を見ている風を装い、月と視線を交わす。月は満足そうに頷いて見せた。
 二人は互いに、友情に似た何かが通じ合った感覚に囚われたが、気のせいだろうと無かったことにしたようだ。視線は外れ、菫は警棒を折りたたんでしまう。
 月も既に冷え切っている長刀の刃の部分を、人差し指と中指でなぞる。指の僅かな脂で光る長刀の刃。とある有名な小説家に言わせるならば『全てを超越してしまっているようだ』だ。
 これは昔、香住が知らない女性から貰った本に載っていた、物語の後書きの全てだった。大きく広いワンページの真中に、どうどうとその言葉が掲げられていたのだ。

「そうか。……最寄の駅までは、俺の同行させてもらおう。お前達を疑っているわけではないが、今のような事があっては危険だ」

 誰も異議は唱えず、死体と異臭は放って置きながら五人は最寄の駅まで歩を進め始めた。スーパーAを出て直ぐの交差点を左に曲がった後、五人の姿は無くなった——。

◇ ◇ ◇

「わあ! 見てよ切り裂き魔くん、これあの女の子がやったのかなぁ!」

 高揚した声で言う青年の動きを追うように、ブロンドの髪が前後にふわりと揺れる。ブイネックを着たブロンドの髪をした青年の首には、黒だけであしらわれた『ジョーカー』を象徴するイラストが刻み込まれていた。
 切り裂き魔と呼ばれた男は、灰色のサルエルに白の襟がよれたTシャツ、革のジャケットを着て頭にはキャップを被っている。生気が感じられない虚ろな瞳を、上下に動かした。

「詰らないな。実に詰らない。物足りないとでも形容しておいてやろうか、男のアレも消し去らなくては意味は無いんじゃないか」

 抑揚の無いままに、一言で声を発した。金髪の下に刻まれたジョーカーは、ブロンド色の髪をした青年とは違いカラフルに彩られてあった。切り裂き魔の言葉を聴き、青年は自嘲気味に浅く笑う。
 確かに、つまらないよね。と言葉にはならない声で、青年は切り裂き魔に向かって言った。

「そろそろ帰ろうか? 始終を見てるくらいなら、何処か出かけた方が楽だろうし」

 そういって背中を向け、青年は歩いていく。切り裂き魔も付き人のように、青年に習い歩いていった。二人がいたスーパーAの屋上から、内部の廊下へと続く扉を、開く。
 ぎぃっと音をたてた、錆色の扉が二人のジョーカーの背中を閉じた後の駐車場に、異臭を放つ遺体はいつの間にか消えてしまっていた。

Re: The world of cards 09/25更新 ( No.55 )
日時: 2012/09/28 23:01
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「ねぇ切り裂き魔くん。君は一体如何してそんな話し方をするのか、教えてくれないのかな」

 興味津々に、ブロンドの髪の青年は言う。切り裂き魔は、睨むように青年を見た後すっと前方に瞳を泳がせる。

「巽 恭助(タツミ キョウスケ)、十九歳三ヶ月に二週間と三日。下らない世界で、お前とジョーカーとして生きてる。
 ——けれどやはり、詰らないな。この世界は、お前も、俺も、下らない」

 自虐にも思える言葉を吐き、それから恭助はすっかり黙り込んでしまった。呼吸をするたびによれたTシャツのえりが、小さく上下する。青年は、今まで一度も個人情報を明かそうとしなかった恭助の行動に、目を丸くして驚いていた。
 一定のスピードで歩いていく恭助の背中に、思わず触れてみたくなる衝動に駆られている自分に、青年は阿呆くさいと自制心を奮わせる。

「僕は、紀氏 樹絃(キシ キイト)。世界は面白いよ? どうでもいい痴話げんかとか、友情が壊れていく様とか、全てが目視できる。
 そういう事象なんかでは済まない事も、沢山あるけどさ。——彼ら、みたいに」

 くすりと笑い、小走りで恭助の右横へと樹絃はいく。照れているような、なんとも形容し難い表情で樹絃は歩く。恭助の一歩前を歩く様子は、矢張り主従の力関係に見えた。
 
 流れていくダンボールばかりの景色と、狭い廊下。二人で横を歩くのが難しいのは確かであった。道幅はダンボールを含めると、一メートル有るか無いかの瀬戸際。
 乱暴に開け放されたダンボールの中からは、鬱陶しいほどの拳銃や弾薬がぎっしりと詰まれている。それも、通路いっぱいに。他にも防弾チョッキや、ヘルメットなど拳銃以外の武器も多数有ったが活用はされなかったのだろう。
 そんな映像を流し見て、いい加減な思いを馳せながら恭助は歩いていた。自分に特に興味はないであろう樹絃。そして詰らない世界に生まれた若き切り裂き魔、リトル=ジャック・ザ・リッパー。

 交わらない線が如何にして交わったのだろうか。

 樹絃と合うたびに、恭助は心の隅で感じていた。理由を知りたいとも、思ったことは数え切れないほど存在する。ただその度に、抗いようの無い結論に達するのだ。

「俺がお前を殺そうとしたら、可能なのだろうか」

 思わず口に出てしまったことに、自分でも理解する事が出来なくなる。足を止め振り返った樹絃の、複雑そうな表情がべったりと瞼の奥に刷り込まれていく。
 恭助自身では、不可能であると感じていた。『運命共同体』、今の二人の状態を示すのには打って付けの言葉だ。

「試してみるかい? 無駄ってことくらい分かってるんでしょ」

 苦笑いを交えた、不思議そうな声が恭助の鼓膜を振るわせる。小さく恭助は「分かっている」と声を出した。

「それなら、する必要は無いじゃないか。と僕は思うんだけどね? 切り裂き魔くん」

 痛い、ダンボールに躓いた樹絃が抑揚なくそういった。

Re: The world of cards 09/28更新 ( No.56 )
日時: 2012/09/29 21:33
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 それに、と樹絃は言葉を付け足す。

「日本語、可笑しいよ。切り裂き魔くん。殺そうとすることは、可能なのだろうか。なら分かるけど……そんな言い方はしないかな?」

 これ常識。微笑し樹絃は前を見てまた歩き出す。憧れのミュージシャンなどを前にしたファンのように、恭助は口を半開きにしていた。そんな事を言いたかったのかと、思わず口に出しそうになったところでぐっと押し留める。
 そしてまた、従者のように樹絃が進んでいく道を数メートル後ろから追いかけていく。近づきすぎず且つ離れすぎず。絶妙な間合いを取っているのは、何処で狙い撃ちされても対処できるようにするためだった。
 この案を出したのは、学識のある樹絃で恭助は否応なく賛同した。何をしたら絶対に大丈夫。と言い切ることは二人とも出来なかったが、説得力が強かった樹絃の案を恭助が黙認したのだ。

「樹絃。お前は誰で、何をして、何を感じてるんだ?
 その手の中で踊り狂うプレーヤー達に何を思い、何を作用されているんだ」

 自分と正反対と認識している樹絃に、内心心を弾ませながら恭助は聞く。何を言われ、何を改め無くてはいけないのか、樹絃は恭助自身を示唆する役割となっていた。
 道の中心を歩く白色の背中から覗く、狭い廊下とダンボールの山。歩調を緩めず、振り向くこともせず、樹絃の口からは音が放たれた。

「僕は、君の言葉を使うと手の中で踊る彼らを見て、ただ滑稽だとは感じてない。美しいと思うんだ。くだらないことなのに、人を殺め尚仲間意識で生活していく精神がさ。
 あーっと、最初の質問に答えて無かったかも。
 僕はただのしがない高校生で、世界を見て、世界を感じてる」
「……そうか」

 口に出せた言葉は、それだけだった。何時もの状態であれば、後の続ける言葉が出ていたかも知れない。恭助は平然と、目の前で起こった事象を冷静に分析しながら話す樹絃に、のまれかけていた。
 抗いたくても抗う事が出来ない圧力のような何かに取り付かれた感覚が、恭助の精神を気づかぬうちに侵食する。それから二人の間では会話が交わされないまま、数個の扉を潜り抜ける。階段の上り下りを続け、商品が陳列する倉庫へと二人はたどり着いた。
 そこで適当な場所を見つけ腰を下ろす。所々穴が開いたブルーシートの裏には、射撃訓練で使われる的が隠されていた。高い天井は基礎となった鉄骨が露(あらわ)となり、鉄骨の隙間には何故かバスケットボールが挟まっている。
 
「あの死体、作り上げたのはアンダーワールド出身の少女だって。
 政府直々に<狂気の叫び>って名付けられたらしいよ、最近は物騒だね」

 笑いもせず淡々とした事務の口調で樹絃は告げた。送り主は『秘匿』と書かれた仲介人だ。ある場所で起こった事について事細かに調べ、確認に確認を重ねた後、ジョーカーとしてゲームメイクを行っている樹絃のもとへ情報が寄せられる。
 初めは情報よりも参加したいという声が多く寄せられていたが、今ではその様なことを言うのは新参か、古参の仲でも低脳の部類に入るとあるサイトのユーザーだけだ。

「能力のようなものを使った後、急激な変化が見られて、爪が鋭利な刃物のようになった。
 急所を数回突き刺した後、喉仏と両耳を食い千切ったらしい」

Re: The world of cards 09/29更新 ( No.57 )
日時: 2012/09/29 21:50
名前: デミグラス (ID: .bb/xHHq)

今更ですが、こちらにお邪魔するのは初めてですねw

トコトン謎めいたキャラクターが大好物な自分にとって、今の展開は良い意味でヤバイですw
このまま謎を追求していくのか否か、非常に楽しみです!

これは完全に私事ですが、ハドソンがどう活躍するのか気になって仕方ない←

更新があるか確認するのが、もはや日課になっているくらい楽しんで読ませていただいていますので、これからも執筆頑張ってください!

Re: The world of cards 09/29更新 ( No.58 )
日時: 2012/09/29 22:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

デミグラスさん

本当ですね、此方では初めましてw
他方ではお世話になっております。

今はジョーカー組みが登場していますが、今後は読者が付いて行けなくなりそうなスピードで展開が変動するかもしれません^p^
続々と新キャラも登場させていく予定ですし、ハドソンも作品の影に迫っていく役割を果たしてきますb
あれ、ネタばれ?←

読んでくださっている、更新を楽しみにして下さっている方がいるとは!
感慨深いですw
まいぺーすな更新ですが、どうぞ宜しくお願いします^^

Re: The world of cards 09/30更新 ( No.59 )
日時: 2012/10/02 22:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「食い千切る? 堅い喉仏をか、下らない真似をするんだな」

 それまで反応を示さなかった恭助が、不思議そうに言う。樹絃は薄っすら笑みを見せた。面白い何かを見つけたのか、液晶画面に親指を当て上下に指の腹を滑らせる。
 ある一点で指がぴたりと止まった。先程までのサイトではなく、日本国を統べる内閣総理大臣のブログに、樹絃は進んでいたのだ。昨日の記事に目を通し、詰らなさそうに携帯を恭助の目の前へ差し出す。
 その携帯を恭助は受け取り、映し出された記事に目を通し始めた。

『五月二十九日。
 本日は快晴で、外交関係にも変動は見られない。

 こんな所で書いて問題視されるのは嫌だが、今国内に蔓延る一部の反乱原子が、我々の間でホットスポットになっている。一部はアンダーワールド計画に背き、青函トンネルを警備する自衛官達を殺害する罪を犯した。
 未だに我々が犯人を見つけられないでいるのは、我々が雇っている能力者の中でも群を抜いて有能な集団にさえ、発見できていないからである。
 脱獄者は二名。男女の組だ。
 殺された隊員たちには共通して、両耳と喉仏の喪失が見受けられた。原因はわからないが、国家秘密警察の捜査によると“何らかの能力が作用している”とのこと。

 そして、此処からが本題なのだがこのテロには、黒幕が居ると考えている。否、そういった情報が寄せられていた。送り主の名前は明かさないが、それは事実と見ていいだろうと閣議により結論付けられた。

 犯罪者諸君、また時候切れを待っている諸君。
 君達の居場所は既にすべて分かっている。
 勿論、虐殺テロを仕組んだ犯人達の居場所も我々には分かっている。

 下らない抵抗はしようとせずに、速やかに自首し罪を償うことを要求する。さもなくば、我々は君達の大切な人間に如何なる刑罰を与えるか分からないぞ』

 くだらないと、読み終わった後で恭助は感じていた。確かに最終的な黒幕は恭助と樹絃かもしれない。けれど、しかし。二人は全ての人間を操作しているわけではないのだ。
 二人が敷いたレールの上、その中でも樹絃の手の平の上で物語が進んでいるだけ。二人は今までの事物を、そうとり理解していた。自分達が作用していることは、まだ一度も無いのだから関係はないと。

「なんだこれは。詰らないな、この国も、この国を動かす輩も」

 携帯の電源を切りながら恭助は言う。本当に詰らない、くだらない内容だけが述べられていたのだ。総理大臣が把握している内容よりも多い情報が、今二人の手元にはある。現在見張りをしているスペード以外、ハートやクラブ、ダイヤなどの情報も続々と携帯の受信箱へ流れていく。
 どのマークも全て違う都府県に本拠地をを構えているが、それさえも二人は理解していた。どのマークがどこに本拠地を構えるかを、先読みし既に分かっていたのだ。故に、今頃総理大臣が何を分かっていると言ったところで、二人にとっては関心を引かれるものではない。

Re: The world of cards 09/30更新 ( No.60 )
日時: 2012/10/04 21:57
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「無知で無能な下らない人間だな、この男は」

 本心を面倒くさくも恭助は口に出し、携帯を樹絃へ差し出す。一寸前まで笑顔を見せていた樹絃の表情からは、笑みが消えていた。その代わりに口がゆっくりと開き始める。

「その考え方には、僕は賛同しかねるよ。
 彼は無能であっても無知じゃないし、無知であっても無能じゃない。下らなくても下らなくなくて、その逆も然り、だ」

 その言葉が何を意味するか分からない。そう言いたげな恭助の顔を見やり、一度深く呼吸をした。

「そう考えるのは、僕にとっては許せないって言えば簡単かな。
 僕らが思考した答えは、必ずしも答えにはなり得ない。そうだろう? 僕が一足す一を二と言っても、この世界には捻くれた答えが多い。一足す一は“田”と主張する人も居る。
 一緒さ、君も。ねえ切り裂き魔くん。昔の境遇からそういう考えをするのかは、分からないけどね」

 そこで一度口を閉じる。周りは陰湿な空気が広がり、ようやく昇ってきた太陽の光が倉庫の内部を照らし始める。

「僕は彼に興味があるし、関心もあるんだ。僕たちを殺してくれる一人に成ってくれるのかどうか、僕はとても興味がある。
 ね、君もそうだろ? 僕はただ、僕の欲求を満たすために彼が気に入ってるんだよ」

 そう告げる樹絃の声は、今、恭助に届いていなかった。顔を俯かせ、ブルーシート特有のきじを虚ろな目で見つめる。樹絃は天井を仰ぎ見、小さくため息を吐いた。

 恭助は幼い頃、どろどろの昼ドラのような家庭で暮らしていた。父親はニコチン、アルコール依存症があり、酒癖と女癖の悪さが酷く、酒が切れれば妻や息子に関係なく暴力を振るう人。
 妻は父親のように男癖が悪く、薬物依存症であった。ガリガリに痩せ、目の下にもくまをつくり、頬がこけた母親の姿が恭助の脳内で浮かび上がる。だがそれも束の間に、自分と母に暴力を振るう父親の姿が出てきた。
 スローモーションを見てるかのようにゆっくりとした歩調で汚いフローリングを歩く、表情が冷めた父の姿。恭助を守らず我先にと逃げる母親。あのときほど辛いことは無かったと、今なら笑い飛ばせるかもしれない。回転しない脳内で恭助は感じる。
 二人の呼吸音だけが反響する世界の解(ホツ)れに、また吸い込まれる感覚に襲われた。
 
 頭痛にも似た感覚に、たまらず恭助は瞼を瞑る。走馬灯の如く駆け巡る様々な過去の記憶。どうしようもない嘔吐感に襲われた。思わず背中を丸め、両手を口元に持っていき、いっそう強く瞼を閉じた。
 視界に移る全てを遮断するようにして、恭助は固まる。どこか別世界の、それも全てが真っ暗な闇の中に囚われる感覚が、恭助を飲み込んだ。

Re: The world of cards 10/03更新 ( No.61 )
日時: 2012/10/05 16:08
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: lerfPl9x)

 金を寄越せと怒鳴る父と、そんな無駄金あるわけないだろと怒鳴る母を、何時も物陰から怯えながら見ていた。父親と目が合えば、髪を乱暴に掴まれ目の前に転がらされる。
 母親と目が合えば、睨まれた後にひりひりとした痛みが残る平手打ちを何度もされた。泣いても喚いても止めてくれないことを知ってからは、ただ無言で涙を流しながらその苦痛に耐えていた。
 『やめて』とも『誰か助けて』とも、叫んだことはない。只管(ヒタスラ)に持続される痛みを耐えることだけを専念していた。

 ある日、そんな幼い恭助に一隻の小船が現れた。中には人が乗っていて、優しい手を差し伸ばしてくれていたのが分かる。それが、今の恭助の義父と義母であった。
 遠い親戚だったのだろう。名前を聞いたことも、見たことも無かった。けれど、どこか父親に目の形や耳の形が似ていたのが、漠然とした記憶の中で鮮明に映し出される。
 母親が連絡を入れたのか、父親が連絡を入れたのかは分からなかった。もしかすると自分の知らない近所の人が、連絡を入れてくれたのかと思い、それなら如何して? と考える日々が続いた。
 このまま両親の元を離れても平気なのかという事も若干十一歳の頃、虚空を眺めては考えるを繰り返す。

「きょーくん、一緒に帰ろう」

 違う記憶が飛び出してきて、可愛らしい声を上げた。初めて出来た彼女の顔と声だ。年甲斐もなくはしゃぐ姿と、女児のように可愛らしく愛らしい笑顔が、眩しく輝く。
 日の光でキラキラと光る染めた茶髪も、くりっとした大きな目も、ストレスを溜めやすい体質も、全て愛しい。生まれて初めて、心底から好きになった異性だった。

 そう、“だった”のだ。

 その数日後、恭助が当時先輩だったその彼女に呼び出された。放課後に、私の家に来てとメールで言われていたのだ。勿論恭助には断る理由も、了見もない。
 誘われるがままに彼女の家に向かう道中、恭助は暴漢に襲われた。乗っていた自転車の車輪は変形し、泥はねは曲がっている。顔や体全体に作られた、沢山の痣。
 
 二週間後に黒幕が彼女である事が判明した瞬間に、恭助は我を失った。

 メールで家に来て欲しいと呼び出し、彼女から快い返事を貰った。そして帰り道の様々な部分に、小さな仕掛けを作った。家で待っている。それ以外は一切何も伝えずに、恭助は木製のバス停の影に隠れていた。必ずその道を通ることを、恭助は既に知っていたから。

 程なくして彼女——正確には彼女と、恭助を襲った輩達——が通る瞬間に、手に持っていた果物ナイフで一人の頚動脈を切り裂いた。一瞬のことに、誰一人として反応を取る事が出来なくなる。
 数分後に、バス停の前には無残な死体と、赤々としたグロテスクな水溜りがあるだけと成っていた。

 その亡霊たちが、自分の後ろにいる感覚に恭助は飲み込まれていたのだ。真っ暗な闇は恭助が、昔の罪を思い出したことによる一種の拒絶反応だった。

「切り裂き魔くん」

 樹絃の声に、恭助はビクつき反射で目を見開いた。視界には青が映え、背中には冷や汗をどっぷりとかいている。

「大丈夫かい? 切り裂き魔くん。昔のことでも思い出したのか分からないけど、君に罪はない。
 あるとすれば、僕らを巻き込んだこのカードだよ」

 いつの間に取り出したのか、モノクロのジョーカーのカードを左右に振りながら、笑顔で樹絃は言った。

Re: The world of cards 10/04更新 ( No.62 )
日時: 2012/10/05 15:48
名前: 伯方の塩 ◆6tU5DuE3vU (ID: acQ6X1OT)
参照: ご挨拶

 多分、二度以上同じ小説にコメントするのは、ここが初めてですかね。
 どうも、ご無沙汰しております。どんどん書き方が変化する、半端な伯方の塩でございます。多分、忘れられてるとは思いますが。

 いつの間にか更新されておりましたね。いやはや、どんどん暗く……って、元々明るい話ではございませんでしたね。
 委員会に勧誘したいほどの表現力、矛盾のない的確さ、特に心理描写に感情移入できるので、スラスラと読んでいけます。

 色々とお忙しいみたいですけども、どうぞ、お体を壊さない程度に頑張ってください。

Re: The world of cards 10/04更新 ( No.63 )
日時: 2012/10/05 22:09
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

伯方の塩さん⇒

あら、初めて二度目の感想を書く小説がこんなんで大丈夫でせうか(・ω・`
ぐだぐだでどろどろの、起承転結の無い作品ですよ……?

忘れては無いですよb
精力的に鑑定等行っているなぁと、他の作者様の評価をチラ見したりしています←
書き方が変化するのは、仕様の無いことですよきっと。
自分は元々『ゆn』名義でしたが、そのときの小説ほど酷いものはありませんb

ですねー。一週間近く休んだ後、ちまちま書いてます。お陰でリクと雑談がお座なりに……orz
明るい話を目指してたんですけど、気づけばお先真っ暗まぁ大変って状況でした←

いあいあ、表現力は乏しいし、矛盾点の宝庫で、意味の分からない心理描写が軒を連ねてうでうでしてる小説ですよ!?
しかもその作者が、こんなんですよ、こんなん。
委員会に勧誘したとしたら、今の委員会がぐでぐでしたりしますよ^p^

けれど。
矢張りスラスラ読める、と言って頂けるのは非常に嬉しいです*
こじんまりとして、上からプレスされてる、ギュウギュウ詰めをイメージしていたのでw

特殊攻撃で攻めてきた輩に、心を折られましたが、ゆたーりまたーり更新したいと思います。
コメント、有り難う御座いました^^

Re: The world of cards 10/04更新 ( No.64 )
日時: 2012/10/06 22:01
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 一瞬、たった一瞬では有ったが恭助は、普段どおりの笑みを見せる樹絃に救われたと感じる。冷や汗をすった襟の寄れたTシャツが気持悪かったが、その事さえ感じなくなった。

「さぁ、切り裂き魔くん。僕たちにはもう一仕事しなくちゃいけないよ」

 よいしょ、と言いながら両膝をそれぞれ手で押さえ樹絃は立ち上がる。同じように、恭助もその場で立ち上がった。昇っていた太陽は、いつの間にか厚い雲の層に埋もれている。
 好都合だった。今から二人がすることは、他人の目に触れてはいけない。その事実を知っているのは、恭助と樹絃の二人だけであった。だが、その方が自分達が自由に動けると二人は理解している。
 だから普段、樹絃が学校へ行っている間以外は二人で行動し、情報を公開しあい、様々な都府県を巡りプレーヤー達の動向を窺ったりしていた。ばれぬ様、気づかれぬよう慎重に。

「……面倒だな。消えた命を葬るのは」
「それが、僕と切り裂き魔くんに任された、裁きの権利なんだから仕方が無いよ。
 どうやら、僕らを裁いてくれる人も裁く法も、全て無価値で、僕と君を測ることすら困難なんだ」

 二人がほぼ同時に瞬きをする。ゆっくりと時間をかけて、瞳を開く。
 にっと樹絃は歪んだ笑みを見せた。

 目の前に出来た、層の様に重なる死体の壁。酷い腐敗臭が、鼻を直接的に攻撃してくる。鼻が曲りそうなほど臭く、じんわりと目からは水分が溢れて始めた。
 そこに、恭助が近づく。何かに憑かれたかの様に、他のものには目もくれない。じゃっ、というスニーカーの踵が擦れる音を響かせる。樹絃は、ただただ死体の壁を恍惚とした表情で眺めるだけだ。他の音は、耳に入らない程度でしか、鳴っていない。

 丁度死体達の前に来たとき、恭助の足がピタリと止まる。睨むようにして、恭助は喉仏と耳が無い死体を見ていた。そして、徐(オモムロ)に下げていた手を死んだ彼らに向ける。
 線の薄い、真っ白な手の平と手の甲に、自分が死人なのではないかと感じてしまうほどだ。

「ジョーカーが死んだときに」

 何も思っていない、ただの無表情のまま恭助は告げた。
 次の瞬間、眼前にあった死体の壁は光を纏い、小さな球に変わった後で、虚空に破裂した。

 裁きが一つ終わったね。愉快そうに言う樹絃に、恭助は、ああ。と呟くだけだ。

Re: The world of cards 10/06更新 ( No.65 )
日時: 2012/10/07 21:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

第六話『そして影は動き出す』

 
「どうしてお前達は、脱獄者二人を見つける事が出来ないんだ!」

 バン! と柔らかい皮膚と堅い木製の机が反発しあう。大食堂のように長く黒い机の周りに、こげ茶色で革製のチェアが十四つ並んでいた。声を荒げた男の前には、武装した男女が七名“休め”の形で話を聞く。
 目元が黒のゴーグルで隠された彼らの表情が見えないことを、また男が苛ついた口調でいちゃもんをつける。

「我々が、特SSランクを付けた現時点で最強の能力者たちだぞ! それが、何故。何故、たった二人に手こずる事がある!?」

 苛立ちを抑えるように、背中に外を従え椅子に座る。眉間と額には、くっきりと皺が映し出されていた。無表情だった彼らの一人が、チッ、と舌打ちをする。
 男が「なんだ」と言う前に、舌打ちをした一人が口を開いた。

「そりゃ苛々するんも、オレはわかるで? じゃけぇ、オレらに特SSだかを付けたんは、あんたら政府だろ。
 それを俺達に押し付けてんじゃねぇよ。脱獄者なんざ、あんたらに政権移りよる事になった時から増えているじゃろう」

 どこ出身の人なのか、まるで分からない男の言葉。色々な地方の方言が入り乱れている事だけが、頭を抱えていた男に分かった。徐に、不思議な言葉を話す男が、頑丈そうな黒のヘルメットを外す。
 中から出てきた美しい髪色に、部屋の隅で静かに立っていた男の秘書と思われる人間が、息をついた。首下までの群青色をした髪が、現れる。一つのくすみもない、根元から先端まで綺麗に染まった群青色。
 
「オレは、一つ言わせて貰うと特SSなんちゅう特異な能力は持っとらん。欲しても無い」

 詰まらなそうに口角を上げ、男の秘書と、男を一瞥してから口を開いた。

「お前が、国を治めよる総理だから従っとるだけじゃ。オレが死なんことは、分かっとるやろ?
 殺戮センスは無(ノ)うても、オレはお前から、この国の事情を公言したまま姿をくらませられる」

 その言葉に、他の武装した彼らと首相に、首相補佐も息を呑んだ。武装した彼らは、雇い主を馬鹿にするのも大概だと、自尊心を壊しすぎている。小さく隣の者に、そう伝達している。
 首相補佐と首相は、目の前の男が何を言っているのか理解していない。否、理解していないのではなく、理解するのを拒否しているように思えた。

「境地 直弥(キョウチ ナオヤ)、少し口が過ぎるんじゃないの?
 私たちの不満だけで良いって言ってるのに、何変なこと教えちゃってんの」

 直弥。そう呼ばれた、群青色の髪をした男は声を出した女を振り向く。低身長だが、それなりに大きい胸が印象的な女。直弥の二年前に特SSと付けられた、初めての女性能力者だった。
 直弥と違うのは、能力の種類だけで強度などに大差はない。物理攻撃では、男である直弥に軍配が上がるが、特殊攻撃では死なないだけの直弥より、破壊するだけの女の方が一方的な強さを持っている。

「あー、すまんなぁ。口が軽うてな」

 けらけら笑い、直弥は言う。そして首相に向き直って、笑顔を見せた。満面の笑みだが、目元が笑っていない不気味な笑顔だ。相手に恐怖を植え付けるのには十分な、黒い笑顔。

「オレらが逃げてまうんも、時間の問題かもしれんぞ」

 一瞬にして消え去った笑顔の後で、低くドスの聞いた声が室内を震わせた。

Re: The world of cards 10/08一時保留中 ( No.66 )
日時: 2012/10/10 23:22
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 首相の座る革製の椅子の後ろから差し込む、眩しいくらいの日の光に首相の頭部の輪郭が照らされていた。てらてらと光る頭皮には、気温によるものではない汗がついている。それを首相は胸ポケットに入っていたハンカチで、せっせと拭う。
 気温による汗ではなく、直弥に国家機密やその他の情報を、白日の下に晒されてしまうのではないか。その疑問から来る冷や汗であると、首相は分かっていた。

 もし国家機密が国民に知れ渡れば、現在の内閣は法と国民の手により罰せられる。北海道アンダーワールド化計画も、権力を行使して無理やりに行ったもの同然であったのだ。
 国務大臣や首相が話し合った結果“別に北海道なら良いじゃないか”。そのくらい軽く、北海道アンダーワールド化計画は、実行された。それを国民や、道民達が聞けば——考えるだけでも、恐ろしい。

「それが、それがどうした」

 首相は強がりにも思える口調で、直弥に言った。直弥は怪訝そうな表情を浮かべる。表面上だけでも国を統率する役割の人間が、自棄(ヤケ)になっているように感じたからだ。 
 首相は、どうにでもなれ、と言いたげに更に言葉を発する。

「私たちが罰せられたとしても、お前達が離れたとしても、私がどんな状態であれお前達は必ず私の元へと戻ってくる。
 それは既に、明白だ」

 一切、直弥や他の国家秘密警察らの方を見ずに首相は言い放つ。今首相は、直弥だけからくる重圧に耐えている訳ではなかった。現在首相補佐兼秘書と国家秘密警察、そして首相がいるこの場の情報が流れるのを、防ぐことも考えている。
 自分の意志を保つことを徹底するため、首相は一度も彼らの方に視線をやらなかったのだ。一度見てしまえば——視線を交差させてしまえば——自分が飲み込まれてしまうのではないかと、不安だった。

 たとえ自分が飲み込まれることはないと分かっていても、彼らを見るのが不安でしょうがない。支配している側の自分が、支配されている側の国家秘密警察らに、逆支配されてしまうのではないかと不安なのだ。

「オレらが、戻ってくるだ? 寝言は寝てから言うべきじゃろう。意味が分からんなぁ」

 ククッと、直弥の口から馬鹿にしたような笑い声が漏れ出た。首相が横目で睨んでも、肩を震わせることを直弥はやめないでいる。現実には有り得ない夢物語が存在することを主張する人を、貶しているような態度だった。
 その事を首相は言及せずに、受け流す。まともに相手をしなければ、この場はしのびきる事が出来ると、首相は考えていた。

Re: The world of cards 10/10更新 ( No.67 )
日時: 2012/10/11 23:19
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

参照300突破記念。『突発座談会PART2』

MC⇒柚子
参加者⇒紀氏 樹絃(以下、樹)、巽 恭助(以下、恭)

——二度目まして、ですかね。作者の柚子と言うものです。今回話の途中で開いたのには、訳があります。理由は一つ位ですが、話が思いつかない。というのと、今後の展開に移る前に一度セーブをきかせようと思いましt

樹「そんなこと良いからさ、ほら、早く僕たちと話さない?」

——(話し遮ってんじゃねぇよマジで)それじゃー、今回のゲストはジョーカーである樹絃くんと、同じくジョーカーの恭助くんです。皆さんは恭助だけ覚えて帰ってくださーい。

恭「別に、俺は覚えられたくは無い。腐った感情、蛆虫が這うような視線。俺はそれが嫌いだ」

——つれないな。

恭「……すまない」
樹「謝る事無いよ、切り裂き魔くん。MCとは名ばかりの作者に、問題があるんだからさ」

——けらけら笑うなよ樹絃。……! 素が出てしまったようですね。そういえば、恭助は何故“切り裂き魔くん”と呼ばれてんの?

恭「昔の、ちょっとした事件が原因だ」

——へぇ、どんな事件?

恭「——お前も、あの死体同様消してやろうか」

——その前に俺がお前を消してやるから、大丈夫だ。……が、命の危険があるので今回は此処まで! えーと、またいつか会う日まで!

恭「……はぁ」
樹「僕の出番、全然ないし……。まぁ、また会う日まで、ばいばい」

Re: The world of cards 10/12一保中 ( No.68 )
日時: 2012/10/13 21:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 3mln2Ui1)

 空気の重さに耐え切れなくなったのか、首相は大きな咳払いを二度ほどする。居難い雰囲気に飲まれそうになったのか、現状から抜け出す打開策を導き出したのかは分からないが、国家秘密警察のメンバーら全員を見ながら、首相は口を開いた。

「ところで、境地直弥隊員。あるゲームに参加しているとの情報が、耳に入ってきたのだが……? 
 我々に何か報告しなくてはいけない事が、あるんじゃないのかね」

 先程とは打って変わった、何処か優しげな口調で直弥に問いかける。その態度の変わりように、直弥は驚いた様子だったが、飽きたような表情を見せ乾いた笑いを室内に響かせた。
 そして徐に、厚い防弾チョッキの胸ポケットからダイヤのカードを取り出す。すっと首相が肘を立てている机の上に、トランプを置いた。特に変わった点の見受けられない、マジックで使われるような裏面が赤い格子模様のトランプだ。
 首相はそれを手に取り、なめる様に隅々までトランプを見る。目に近づけたり、遠ざけたり。目を細めてみては、考える表情を見せた。

「なんじゃ、別に可笑しい所はあらんやろう。はよう返せよ」

 直弥が苛ついた口調で首相に言うが、首相は聞く耳を持たず、ただ黙ってトランプを見続ける。鑑定士でないが首相だが、トランプについた指紋から何からを、記憶しているようだ。

「……ゲームでは、実名を名乗ってはいないだろうな」

 確認するように、首相はトランプを返しながら言う。

「当たり前やろーに」

 トランプを受け取り、直哉は言った。其の後で「漆崎 宗勝って名乗っちょる」と付け加える。

Re: The world of cards 10/13更新 ( No.69 )
日時: 2012/11/03 22:29
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)

 その言葉に安心したのか、首相は深く長いため息を吐いた。その溜息が実際のところ何を意味するのかは、分からなかったが。首相のてらてらと光る額を照らす後光は、いつの間にか温かいオレンジ色の光と変わっていた。
 
「そろそろ。夏だな」

 首相は椅子から立ち上がり、窓の外を見ながら呟く。秘書は返事をするように、瞼を閉じた。首相は目を細め、眉間に皺を作りながらも外を見る。道を歩く何組かのカップル。女性同士、男性同士のかたまり。彼らを表すのは『幸せ』だけで、きっと事足りるのだろう。
 そう思いながら、首相は胸ポケットから一つの茶色い封筒を取り出した。糊付けされた面には『〆』と書かれている。その字がずれていないことから、誰にも開かれずに首相の下に渡ったことが分かった。

 ピリピリと音を立て、封筒の『〆』を真中辺りで二等分する。中に入っていた三つ折の紙を取り出し、開く。茶色の封筒には、送り主の名前や住所、そういった個人情報は一つも記入されていなかった。なぜかは分からないが、書いていない。

「拝啓。私たちはジョーカーと名乗る者です。ジョーカーと言う名からして、何人かは察する事が出来るのではないでしょうか」

 首相が朗読を始めジョーカーと口を動かした瞬間、直弥の視線が首相の背中を捉えた。殺気などは一切ない。直弥の思考回路のほとんどを埋め尽くしていたのは、“なぜ”という感情だけだった。なぜ、ジョーカーから手紙などが届くのか、と。
 今までジョーカーは、このゲームの最初に諸注意を述べただけで、後は何も作用することはなかった。それが今、なぜ作用しようとする? 同じような疑問がぐるぐると直弥の脳内を駆け巡った。そんな直弥に気づかずにか、首相は手紙の続きを読み始める。

「今回、こういった便りを書かせていただいたのは、貴方のブログを見たからです。あそこで述べていた“脱走した二人”を、私たちジョーカーが知っていると言えば、貴方はどういた反応をしますか?
 まぁ、興味はないんですけど。
 一つ聞きますね、私たちが行っているゲームのある日の出来事を知っているかどうか。東京より西に行った先にある、岐阜県分かりますよね。そこに造られたスーパーAでの、大量殺人事件。犯人に気づかないんですよ。地元の警察たちは——」

 そこまで読み、首相は驚いた表情で紙面を食い入るように見る。読み進め、首相が内容を理解した瞬間から、首相の顔色はみるみるうちに悪くなった。

Re: The world of cards 10/15更新 ( No.70 )
日時: 2012/10/17 22:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「続きは」

 直弥が急かす様に、固まったままの首相に言う。首相からの返答は無かった。それに苛ついたのか、直弥は思い切り机に自分の右手を叩き付けた。バンとドンの間の音が、部屋で響く。首相は肩ビクつかせ、直弥をチラリと見る。
 獲物を見つけた動物のような、猟奇的な目で見てくる直弥に、首相は慌てて視線をずらした。震える手で手紙をしっかと持ち、小刻みにゆれる唇を開き、手紙を読むのを再開する。

「地元の警察たちは、どうして機能しないんでしょう? あ、もしかして。誰もあの町に住んでいないから、ですか。大量殺人事件、このことを知っているのは、死んでいった隊員や警官たちと、ジョーカーの僕たち二人、首相だけって事だったりですかね。
 それだとしたら、僕らは何てハッピーなんだろう! 僕らジョーカーが好きなことしても、国のトップは愚か警察官達だってジョーカーに手出しは出来ない。手出し、じゃないかな、咎める事が出来ないんだ」

 そこまで読み、首相は手紙を持っていた腕をゆっくりと下へ下げる。これ以上、何も文は書かれていなかった。ただ、ジョーカーは二人いて、彼らは自分達が咎められることを祈っている。国家秘密警察の存在には、気づいていない。
 そのことは分かった。首相は思考の片隅で、しめた、と思っていた。ジョーカー二人を生かしたまま、国側の人間につかせる。そうすれば、二人を咎められるのと同時に、国への不信感も少しは減るのではないだろうか。そうすれば——。

 様々な妄想と想像が、首相の脳内を駆け巡る。ある一つの結論に達した瞬間に、首相は秘密警察に向き直り口を開いた。

「今すぐに、逃亡者及び逃亡者の身辺調査を行え。調査結果は“何時もの場所”に置いておけ」
「イエス、ボス」

 どんなに不服でも、全員が条件反射で言うように訓練されていた。今回も訓練どおり、マニュアルに書いてある返答が首相の耳に返ってくる。あごで扉を示してやれば、彼らはがちゃがちゃ音をたて部屋から順に出て行く。
 最初から三番目に直弥は部屋を出て行った。全員が出終わり、ばたん、と音をたてて扉が閉まった瞬間に、首相は長い長い溜息を吐いた。

Re: The world of cards 10/20七話突入 ( No.71 )
日時: 2012/10/20 22:44
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: aaUcB1fE)

第七話『先が見えないこの道で』


 スーパーAから離れ、最寄り駅までの道を歩いている内に雨が降ってきた。晴れていた空で踊った太陽には、雲の幕がかかり化粧直しの時間に入ったらしい。そんな空を見ながら、香住は小さくため息を付き月の顔を横目でちらりと見やる。
 香住の一メートルほど前に、菫や朔夜、それにグレゴリー・ハドソンと名乗った男性が歩いていた。三人は打ち解けているようで、仲良く話してる声が香住の耳に届く。ただ視線はずっと正面を向いて歩く、月の横顔に張り付いていた。
 一挙一動を見逃すまいとしているのか分からないが、何故かかすみは視線をはずすことが出来ないままだ。

「香住はさ、覚えてんのか? 能力使ってたときのこと」
「うぇっ!? えっ、な、何っ?」

 急に香住を見た月と視線があってしまい、香住の口からはおかしな声が出る。言って直ぐ口元を押さえて俯いた香住を、月は何処か愛おしそうに見ていた。
 ——俺はやっぱり、お前のことが好きだ。
 月は優しく香住の頭に手をのせ、もう一度同じ言葉を香住に言ってみせる。一度はっとなり、香住は顔を上げたが申し訳なさそうに、また視線を下へ向けた。そして小さく、口を動かす。

「あたしが……、殺したんだよね……。能力使って、人の……こと殺したんだよね……」

 いつの間にか菫たちとは、かなり距離がひらいていた。太陽が住宅街を照らす。時刻は大体六時頃だろうか。目の前で俯いたままの香住の頭を、そっと撫でる。肩が小刻みに震えているのが、目に見えて分かった。

「大丈夫だって。別にお前が悪いわけじゃねーんだし。逃げたの咎められるんだったら、俺も一緒。俺が主犯で、お前は俺に利用されただけ。
 ——他に、香住自身がなんかやったりした事、覚えてたりする?」

 安心させる口調で、月は優しく言う。その声に香住は小さく「多分」と呟いた。それを聞いて月は嬉しそうに笑む。香住が自分に向けた告白を覚えて無くても良いと、そう感じていた。
 仮に覚えていたとしたら、矢張り嬉しいとは感じる。けれど、覚えていなくても悲惨な記憶以外が、少しでも残っていればそれで充分だと、月は内心で呟いた。
 沈んだ気持ちが、ゆっくりとでも明るい気持ちに変わるために自分は手助けをするまでだ、と。

「あたしね、月が好き」

 月は香住の不意打ち告白に「あ?」と返事するしかなかった。香住を見れば、目元が赤いままで笑顔を見せる香住がいた。

「あたし、月が好きって言ったの。『香住』が好きって言ったのは、きっと月を傷つけたくなかったんだと思うんだ。
 だから、あたしね、月の事が好きだよ。守ってくれるところも、引っ張ってってくれるところも、全部全部大好きだよ」

Re: The world of cards 10/22一時保留中 ( No.72 )
日時: 2012/10/23 23:07
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi

 それは月自身大好きな、香住の一番無邪気で愛らしい笑顔で。朝日に照らされながら、ニッコリ笑い頬を赤らめる様までも、どうしようもなく愛しいものだった。そして記憶の片隅で、死んでいった警官たちが蘇える。
 彼らが生きていたならば、今此処で最愛の少女から告白をされることなんて無かったのだろう。今直ぐにでも殺すと言わんばかりの形相で、二人を襲ったに違いない。そう考えると、香住の罪も月の罪も全て無かったことの無いようにも、思えてきた。

「ああ。知ってる」

 瞳を閉じ、口元に笑みを浮かべながら月は言う。その次に続く言葉を、脳内で組み立てながら、言葉を続けた。

「お前が俺を好きなことは、知ってる。『香住』の中から、香住自身が告白してくれたって言うのは、ちゃんと記憶に残ってる。
 それに、俺はお前よりも先にお前に“好き”っつー感情は持ってたからな。お前の声を聞いたときから、お前の事が俺も好きだ」

 恥ずかしそうに照れ笑いを見せると、同じように香住も恥ずかしそうに笑みを見せる。傍から見れば、相思相愛のバカップルと言ったところだろう。けれど、どの恋人たちよりも、二人は数多くの苦に耐えている。違うのは、生まれた場所と育った環境。それだけだった。
 方言さえ出なければ、ばれることの無い二人の素顔。
 二人はもう一度瞳を交差させ、また恥ずかしそうに微笑みあった。無声音で「好きだよ」と会話しながら。

「おーい! 月、香住、早くしないと置いてくぞー!!」

 もう顔が米の粒のように小さくなった菫が、声を張り上げた。二人に届いたときの声は、小さかったが二人はその声に引っ張られるように歩を進める。ひんやりとした朝の空気に負けまいと、二人はぎゅっと手を握る。月の左手が一回り近く大きかったが、香住はしっかりと握っていた。
 ずっと遠くには、菫や朔夜、ハドソンまでもが此方を見ながら待っている。何を話しているのかも聞こえないが、きっと繋いでいる手は見えているのだろう。香住は握っている手に、少し力を込めた。恥ずかしいというよりも、どうにでもなれと言っている様だった。

Re: The world of cards 10/23更新 ( No.73 )
日時: 2012/10/24 21:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi

「やぁ、幸せそうなお二人さん。ゲームは楽しんで貰えてるかな」

 聞き覚えの無い声に、月と香住は足を止めた。直ぐには後ろを向かず、菫たちを一瞥する。そっちにも、見知らぬ男のような人物が行く手を遮るように立っていた。状況理解した月の脳内は、ぐるぐると回転し始める。
 現状の打開策は何処にあるのか、後ろに居る気配の持ち主はだれなのだろうか。答えと成る光が見出せない間に、月はじっとりと嫌な汗を背中に感じる。分析すればきっと今は危険な状況で、ゲーム——殺戮ゲームのようなものか——に参加している事が、ばれている。
 いや、参加しているのではなく参加させられた。

「アンダーワールド出身者の濱織香住、木月月。どうして名前を知っているのかは、教えてあげる。ついでに、僕と切り裂き魔くんのことついても、教えてあげるよ」

 声を上げた男の言葉が終わった瞬間、二人の目の前には美しいブロンドの髪が現れた。一言、きれいとしか言い用のない、形容できないその姿に、香住は口を小さく開け「うわぁ……」と言葉を発する。
 その言葉が、嫌悪感を抱いているものではなく、心底からの感嘆だけを示しているのが、月は手に取るように分かった。出会ったときから、変わらず同じような反応を、香住は繰り返していたからだ。
 自分の知らない世界の出来事などを伝えれば、「ほぇ……凄い」と口走る事が多い。世間から見れば“知恵遅れ”などと言われるかもしれないが、それは北海道民からしてみれば仕様の無いことだった。

「あっちに居る切り裂き魔くんと、僕はジョーカー使い。手の平の上を磐石として、将棋の駒や碁石やチェスのピンたちを躍らせる、道化さ。
 僕も切り裂き魔くんも、悪いとは一つも思っていない。どうしてって? それが普通だからだよ。君達にとっても望んでいない、トランプの力に抗うことなんか出来ないからさ。
 月くんなら、分かるかなぁ……。一番僕らには追いつけない、五十二人中の四十人目さん」

 男——ジョーカー使いの樹絃——は、不敵な笑みを見せ付けた。

Re: The world of cards 10/23更新 ( No.74 )
日時: 2012/10/27 22:01
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: ixsLSGyl)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi

 樹絃は二人の不思議そうな顔を見ながら、笑うをやめる。理解していない事が、二人の表情からは丸分かりだったからだ。わしわしと頭をかき、億劫そうに口を開く。

「何、理解してない感じ?」

 迷いなく頷いた香住を見て、樹絃は大きな溜息を吐いた。ある程度の理解はしているのか、月は何処か深刻そうな表情を見せる。樹絃は二人を見比べた後に、香住の方だけを見て一つ一つ詳しく説明していく。

「霧月菫、玖月朔夜、グレゴリー・ハドソン。彼らと話している切り裂き魔くんと、今此処で話している僕が、ジョーカーなんだ。手の平で思慮の浅そうなゲームプレーヤー達を躍らせて、殺し合わせる役割を担ってる。 
 その中の一つが、まぁ予想してなかったんだけど、スーパーでの無差別殺戮テロさ。これは——濱織香住が実行して、木月月が最終的な決着をつけたんだっけ?」

 『無差別殺戮テロ』。二人は表情を強張らせた。
 確かに、スーパーの駐車場で行われた虐殺とも呼べる戦闘は起きている。けれど、その事象を知っているのは菫、朔夜、月、香住だけのはずだ。誰が殺し、誰が手伝いをしたのかなんて、その四人は誰にも話してはいない。
 月はじんわり汗が噴出してくるのを感じながら、樹絃をじっと見る。

「……お前は、何処まで知ってんだ」

 自分達の行った行為を否定する素振りを見せない月に、樹絃は楽しそうに口を開く。

「ぜーんぶ見ていた訳じゃないけどね。濱織香住が能力を使って、ぶっ倒れた後から見てたよ。切り裂き魔くんと一緒に。
 どうやら切り裂き魔くんと僕は、運命共同体のようでさ、半径一キロも離れてはいられないんだ。困っちゃうよね。マンションなんだけど、部屋は二人で住んでるし」

 プライバシーなんて無いようなもんだよ、と樹絃は呆れたように手振りをつけて言う。

「それでさ。五対二で良いから、僕らと殺し合いしない? 途中できっと、君達とは違う人が来るかもしれないけど」

 楽しいと思うんだけどなぁ。樹絃は厭らしそうにニヤニヤと笑う。提案された瞬間に、月の脳はフル回転し始めた。手の内が分かっている樹絃と、手の内を知らない俺たち五人。勝算があるか否か問われれば、ないと答えるほかない。
 誰がどのような能力を使えるのかを知っているかいないかで、簡単に決着が決まると月は考えていた。相手が自分たちと同じように、スペードの4のようだったならば、まだ勝算はあったのだろう。

 けれど相手は、ジョーカー。しかも、手の内が不明。能力の数なんぞ、分かるわけが無かった。もしかすれば、一発で命を落とすかもしれない。考えながら月は、香住を見る。
 香住はしっかりと両目で樹絃を捉えていた。そして、徐に口を開く。

「分かった、いいよ。だけど、殺すんだとしたら私だけ。他の人は、絶対にダメ」

 言った後の震える肩を樹絃は見て見ぬ振りをし、「ああ、分かったよ」とさも面白そうに言ったのだった。

Re: The world of cards 10/29一時保留 ( No.75 )
日時: 2012/10/30 23:47
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: さぁ! これから見せます首切処刑!

「それじゃあ、場所は如何しようか。ここら一体の人間たちはいないから、この町を使おうかな」

 どうせ壊しても、勝手に直ってるんだろうし。樹絃はぐるりと三百六十度を眺めた後、言った。菫たちがゆっくりと樹絃の元へ近づいてくるのが、月の視線に入る。どこか浮かない顔を浮かべていたのは、月の知らない男だった。
 その男をじっと、月は見詰める。誰なのか、それを視覚だけで確認していく。何処かで顔を見た覚えも無ければ、何処かですれ違った覚えも無い男は、どれだけ見つめても誰なのかは分からなかった。むしろ、分かろうとする事が馬鹿げていた。

「この町は……どうして、人がいないですか」

 閑散とした町。
 音もなければ、光は太陽の日光だけ。
 大型スーパーも今日きてみれば、ただの権力を所持する暴徒の巣。

 それに疑問を覚えていたのは、月も香住も一緒だ。初めて来たこの町だったが、何処か小さな違和感が存在していた。何も無く、本当に楽しければ明るい視界だったのだろう。けれど、二人の視界は灰色がかっていた。全体的に灰色の、不思議な霧(キリ)のような何か。
 きっと、その霧のような何かは、背景にフィルターを掛け様としていたのだろう。全てが見えないように、じんわりと視界の半分以上を埋め尽くした記憶だけを、脳の引き出しにしまいこんだのだ。

「簡単じゃないか。赤字国家として名高い日本国政府が、町ごと買い取ったんだよ。君達がアンダーワールドの反逆者となって直ぐに、ね。
 まぁ示唆したのは、僕と切り裂き巻くんだけど。ね、切り裂き魔くん?」

 既に樹絃の右横に居た“切り裂き魔くん”は、「ああ」とか細い声を出す。深く被ったキャップのせいで、口元しか見る事が出来ないようだった。

「分かりやすく教えてあげる。僕らは、君達の味方でもなければ、日本国政府の味方でもない。僕ら自身の、味方なんだ。
 だから反逆者である君達二人は、まだ捕まっていない。黙って匿っているそこの二人に、危害が加わらない。そっちの男の人は……、ああ。殺された無様な彼らの、お仲間さんかぁ」

 くすくすと笑いながら告げた樹絃に、恭助意外は呆然とするほか無かった。今回ばかりは、本当に言っている意味が分からなかったのだ。樹絃が、まるで全てを知っているかのような物言い。それも全て、自分が元凶だと、言わんばかりの態度で。

Re: The world of cards 10/30更新 ( No.76 )
日時: 2012/11/01 23:05
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 王は自らを王と言わない。

「何であんたが自分だけの味方なら、月と香住は捕まんないんだよ」

 切り裂き魔くんの後ろから、菫が不思議そうに問いかける。それもそうだろう。会った事も無い二人組みと、月、香住の接点はあるはずがないのだから。会った事があるとすれば、記憶の片隅にでも二人は覚えているだろう。
 ああそんな事、樹絃は呟いてぐるりと後ろを振り返る。朔夜と菫は、瞬間的ではあったが臨戦態勢を取ろうと筋肉に力を入れていた。ハドソンは右手を腰のホルスターに伸ばしていた。

「ゲームメイクをしているのは、僕と切り裂き魔くんなんだよ」

 ニッコリと笑い、樹絃は続ける。

「という事は、僕と切り裂き魔くんの気まぐれで誰を殺すかを決める事が出来る。コレはつまり、だ。僕と切り裂き魔くんがゲームマスターで、君達がただのプレーヤーであることを指している。
 日本国政府を敵にまわした二人の脱走者の居所なんて、今直ぐにでも首相に伝える事だって簡単な時代さ。僕の場合は、色々とツテに頼った面もあるんだけど。
 それにね。今僕達が匿名メールを他のプレーヤーに送れば、直ぐに彼らは君達を殺しに来る。
 趣旨も分からないままに参加している君達に、ゲームで生き残る術なんか残らないんだよ。分かる? これが僕達が作ったゲームの形さ」

 樹絃はそこで一息ついた。次に口を開いたのは、切り裂き魔くんだ。

「……世界は理不尽で、退屈で、窮屈な空間だ。それを打開しようと策を講じることの、何が悪いのか。俺には判断しかねる。殺し合い、血に塗れあい、それでもなお上の地位の確立を目指すのは人間の本能の一部でもある。
 そう考えれば、こんなゲームをクリアするのは簡単だと、俺は思った。が、そうは思わないプレーヤーも中には居るんだろうな」

 切り裂き魔くん——恭助——が視線を流す。ハドソンを含めた樹絃以外の全員が「ふざけるな」、そう言いたげな視線を向けていた。死んでも勝ってやるとでも、思っているかのような眼。目の前に居るものの全てを狩り、頂点に君臨する肉食獣に近い眼。

 ——ぞくぞくするじゃないか、もう。

 脳の中に樹絃の言葉が響き渡った。今言った言葉ではなく、昔、出会った間もない頃に発した言葉だ。世界をトランプが統べる物にしたらどうだろう。そんな小さな思い付きが発展していったとき、軽く嫉妬するような口調で。
 淡々と樹絃が述べた言葉。今の状況に合致しているみたいだな。そう恭助が返事をすれば、樹絃は驚いたように恭助の顔を見て微笑を見せるのだ。美しいブロンドがゆれ、眩しい笑顔が世界を包む。

「説明は終わりで良いかな。他のことは、勝負の最中にでも聞いて欲しいかな。取り敢えず、どれくらいのギャラリーが集まるんだろうね」

 楽しそうに笑いながら、樹絃と恭助は自身のジョーカーのトランプを取り出した。

Re: The world of cards 11/1更新 ( No.77 )
日時: 2012/11/03 22:44
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 王は自らを王と言わない。

 その様子を不審に思い月たちは樹絃と恭助を見る。ジョーカーのトランプを出した以外に、特に行動を取ろうとしない二人に不信感が高まっていく。

「ワン、トゥー、スリィ……舞え!」

 楽しそうな声で樹絃がトランプに向かい叫ぶ。瞬間、辺りは煙に包まれた。真っ白な、砂埃のような煙。一寸先が見えないほどの煙が、全てを包み込んだ。

「さぁ、先が見えないよ。この戦いは——きっと、そういうものになる」

 煙の中で響いた声を始まりに、戦いの火蓋が切って落とされた。

 ◇ ◇ ◇

「あっ! ねーねー、こうしんしてあるよ」

 明るく広いカフェでブログをチェックしていると、更新された新規ページが映し出された。カウンターに置いた雷様が持っているよりも可愛らしい“でんでん太鼓”。声を上げた少女は、何故かだるまの着ぐるみを着ていた。
 それを別に可笑しいなどと言って笑う人は、もういないようで、満員まで入店しているカフェではそれぞれがそれぞれの話をしている。

「本当かい? ちょっと今手が離せないから、ラムネード読んでくれるかな」

 学ランを腕まくりし口元を白いマフラーで隠している青年が言った。マフラーには、アクセントとして赤い小さなハートの刺繍が施されている。かちゃかちゃと銀食器である、フォークやナイフ、スプーンが泡をはさんで音を立て続ける。ラムネードは「おっけー」と可愛い手ぶりつきで言い、視線をじっとパソコンの画面に向けた。

「えー……っと。今日、スーパーAにて起こった、むさべつたいりょうさつじんじけんの犯人と、たたかっています。マークはスペード、にんずうは五人ですがよゆうだと思います。
 りゆうはかんたんで、このゲームのルールをりかいしていないから。ギャラリーは、きたいだけきてくれてかまわないよ。……だって」

 画面を下へスクロールさせると、真っ白な煙の中で光る眩い光が映った画像が貼り付けられていた。これが太陽なのか、誰かの攻撃によるものなのか、画像だけでは判断する事が出来ない。学ランを来た青年は少し考える素振りを見せたところで、泡塗れのシンクから離れ裏へと戻っていく。
 その様子をカウンター席から見送り、ラムネードは違うサイトを開く。エグレウス・ジ・アセスリエンと、黒縁白塗りのタイトルが表示された。その横では、同じく白抜きの兎が存在した。

 『First』と名付けられたサイトページを開き、ラムネードはそこに書かれている注意書きを熟読する。次いでサイト管理者の情報。特に重要視している様子ではなく、メインページに移る前誰もが最初に行うことだ。
 エグレウス・ジ・アセスリエンも、ラムネードが先程開いていたサイトと同じブログである。白地に黒の文字。リンクする文字も。文字に関する色は全て黒で着色されていた。サイト名の表記以外、フォントも統一してある。

Re: The world of cards 11/3更新 ( No.78 )
日時: 2012/11/07 22:13
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 王は自らを王と言わない。

「ラムネード、行こうか。一応書置きはして来たから」

 白いマフラーの位置を整えながら、先程食器を洗っていた少年が奥から出てくる。夏に入るというのに暑くないのだろうか。長袖の黒い学ランに、白地のマフラー。本人は「口が裂けているんだよ」と言っていたのを、ラムネードは思い出す。
 そして、自分も人の事が言える容姿じゃないな、と自身が着ているダルマの着ぐるみに視線を向け、小さく微笑んだ。

「うん。ねぇ、このたたかい見終わったら、わたしきもちいことしたいなぁ」

 歩を進めてきた少年に、悦に浸っているようなトロンとした眼をむけ、ラムネードは言う。はたかれ見れば、かなりのギャップに驚かざるを得ない。“ダルマの着ぐるみを着た女の子が、学ランの男の子に盛っている”などと言われかねない状況でもあった。
 客の大半は仕事に行く前のモーニングを食べにきている人ばかりで、特に二人に注目している客は居なかったのが、幸いとでも言えるのだろう。

Re: The world of cards 11/10一時保留 ( No.79 )
日時: 2012/11/11 22:12
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 王は自らを王と言わない。

「マッサージにでも、行って来れば良いんじゃないかな」

 そう少年は告げ、押しボタンを乱暴に押す。一秒もしないうちに開いた自動ドアから抜け出し、既にある程度の温かさになっている外を歩く。それを見てラムネードも急いで店を後にする。朝からギンギラギンに、どこもさり気無さそうな様子も無く太陽は町を照らしていた。ラムネード達が住んでいるカフェは、市外にある。
 けれど客数は、昔市街地にあったときよりも増えていた。駐車スペースも広くなったためでもある。だが、それ以上に学ランの彼——ヴィンセント・ヨルガ——が住み込みで働き始めたのが、一番の原因であろう。

 荒いアスファルトに、太陽の光が反射する。キラキラと光って見えるアスファルトは、冬、限定の地域だけで観測する事が出来るダイヤモンドダストのそれと、類似していた。違うのは、下地が黒いか白いかくらいだろう。

「ラムネード、朝だし何か買っていくか?」

 不意に足をとめたヨルガの目の前には、某有名チェーン店のコンビニがあった。アニメのフェアということで、暖簾のような形でポスターが掛けられている。一部色あせているのは、強い日光のせいだろう。ラムネードは元気に肯定し、二人はコンビニへと吸い込まれて行った。
 そのコンビニで、ヨルガはパンとトマトジュースを。ラムネードはラムネと菓子パンを購入し、コンビニを後にした。一つにまとめられた袋はヨルガが持ち、最寄の公園へと進んでいく。ラムネードの手には、でんでん太鼓が握られていた。

 丁度今ぐらいの時間は通勤の車が通るようで、ドーナツ化現象を思わせるような、沢山の車が信号待ちで停車している。渋滞ではないが、目測でも二十台ほどは確認できた。ラムネードは関心しているのか、不思議な声を上げていた。
 ヨルガは朝が弱いのか、あまり眼を開けずにてくてくと歩いていく。元気に歩くラムネードは、間逆に感じられた。

「やっぱり朝のこうえんって、ひといないね」

 黄色の塗料で彩られた滑り台を前に、二人で木のベンチに座っているときラムネードが言う。そりゃ当たり前だろうと、ヨルガは内心思っていたが「そうだな」とだけ呟き、ストローでトマトジュースを飲む。独特のどろどろ感が、癖になるんだと昔友人に語ったことをヨルガは思い出す。
 皆嫌がったが、どうしても美味しいのだ。人間の血のような色で……。今現在、ヴァンパイアと呼ばれる吸血鬼らが居るのなら、きっと俺はその中の一人だと思う。他の人間たちと、犬歯の発達具合が違うし。そんなことを考えつつ、またチューっとトマトジュースを吸い込んでいく。

Re: The world of cards 11/11更新 ( No.80 )
日時: 2012/11/12 22:05
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 王は自らを王と言わない。

【謝辞】

 おかげ様で、参照が2100突破し返信数も80を超えました。今まで読んで下さっている方、たまたまこの小説を開いた方、全てのユーザーさんのお陰です。
 本当に、有り難う御座います。

 今回こうして、謝辞の場を設けさせて頂いたのには理由があります。

 一つ目は、>>0での参照履歴は更新していますが、こういったように「有り難う御座います!」と述べた事が無かった点です。
 最初はあまり参照数の伸びが良くなかった事実がありますが、徐々に徐々にゆったりとしたペースで、順調に伸びていってくれています。
 自分なんかの小説が、これ程までになるとは思っていませんでした。
 だって、他に面白い小説は沢山ありますもん(苦笑

 二つ目は、雑談スレの方でも「読んでます!」と言ってくれる方が、いらっしゃることです。オリキャラを募集していた時、リク板でも「面白い」や「文章が上手い」と言って下さったり……。
 つくづく、自分ひとりでは小説を作ることは出来ないと痛感しました。
 どれだけの人が見ているのか、一話更新すると数十名の方が見てくださる。見ていただかないと、小説は光らないと思っているので、嬉しいところです。

 お名前出してしまいますが、雑談スレで公表してくださった「Aさん」「Mさん」「Rさん」。
 募集スレで仰ってくださった「Mさん」「Rさん」とうとう……。
 様々な方に支えられてきた作品です。

 そう考えると、飽き性の自分でも「続けていこう!」という気力がわいてきます。
 読んでくれる方が居る。そう思うだけで、嬉しくなります*
 もちろん、当スレでコメントを下さったお客様にも感謝しています。
 感謝しても、しきれないくらいです。

*

 そろそろ終わりとなりますが、まだ、この小説は終わりません。
 一スレ全て使い切っても、終わらない気がしています(苦笑
 その間に、読んでくださるユーザーが減るかもしれない。それは、予想しています。
 変わらない物は、ありません。
 ですので、思い出したとき、ふらっと読んでくだされば——。そう思っています^^

*

 最後に。
 作者柚子は、皆さんが思っているほど高尚な人間ではありません。
 皆さんと同じく、小説を愛しているただの子供です。
 文章力も、日々精進を目標としていますし(笑

 ですので、見かけたら気兼ねなく声を掛けてやってください。
 柚子風味のチキンなので、自分からはいけないもので(苦笑

 まぁ、。そんなこんなで、読者様各位本当に有り難う御座いました。
 今後も変わらずに、読んでくださると柚子は泣いて喜びます。


  

  ——作品を読んで下さっている皆様に、神の加護があらんことを——


 【終】

Re: The world of cards 11/12謝辞更新 ( No.81 )
日時: 2012/11/14 22:43
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: sorosoro

「うわああっ」

 焦っているような、少し気の抜けた声がトマトジュースを吸っていたヨルガの耳に届く。何事かと首を右に曲げれば、ラムネードが握っているラムネの瓶から白い泡がシュワシュワと噴出しているところだった。思い切り、引っかかっていたビー玉を落としたのだなと、ヨルガは瞬時に理解する。
 ラムネ——元はレモネード——の作成工程上、泡が噴出するのは仕方が無いことだ。ヨルガは、ラムネの作りかたとラムネ瓶の形の理由を思い出しながら、ポケットに入っていたティッシュをラムネードに差し出す。「ありがとう」と言ってラムネードはそれを受け取り、ベタベタになった手を、拭いていく。

 ラムネはイギリスが発祥地として有名で、1870年炭酸飲料を密閉する画期的な方法として、今の瓶の形が作られていた。元々はコルクでのふたであったが、変形や劣化、炭酸ガスが抜けやすかったことから、ビー玉に変わったらしい。
 ラムネを作るのも時間勝負、のような物だったと聴いている。瓶容器に、シロップ類を入れた後で炭酸水を素早くいれる必要があった。その後で、中の空気が抜け炭酸水がいっぱいになった瞬間に、瓶をさかさまにする手間がある。そうすることで、中に入っていたビー玉が瓶口に落ちてきて、炭酸ガスの圧力で口ゴムに圧着されて、せんが出来るらしい。

 そんな雑学を脳内で展開しながら、ヨルガはラムネードに手を洗ってくるように進める。地面に垂れていったラムネの周りには、沢山の蟻が群がっているところだった。我先にと、甘美な汁を求める蟻達が、ヨルガは酷く滑稽に思っていた。同じ物を、何匹もの同種類の蟻が——。
 ヨルガの口元には、不適な笑みが現れていた。けれど、それはヨルガ自身にしか分かることは無い。真っ白なマフラーに、その口元が隠されているからだ。

「早く行かないと、戦い終わっちゃいそうだな」

 ぼそりと、ヨルガは呟いた。

 ◇ ◇ ◇

「あはははははははは! そんなぬるい攻撃が、僕に通用するとでも思っているのかい? ねぇ、『香住』ちゃんっ」

 狂ったように、樹絃は笑っていた。壊れた玩具のように、笑いながら『香住』の攻撃をいなしていく。傍から見れば、恐ろしい光景だろう。本気で命を取りに行く少女と、笑いながらその攻撃をいなしていく少年。健全な子供たちであれば、決してしない、ゲームの中のシーンが此処には存在していた。
 太陽も少し高度を上げ始め、眩しい光が二人の動き、表情を照らし出す。苛立ちを浮かべる少女と、狂気的な笑顔を見せる少年。素晴らしい光景だと、隣の通りにいた恭助は感動していた。人間と、そうでない物が戦っているような、白熱とした感覚が、たまらない。

「よっそみしてんじゃねぇよッ!」

 ブォンと空気を切った大きな太刀が、恭助の左肩すれすれを掠める。舌打ちしながら「しとめ損ねた」と言う月に、恭助は何の興味も存在していなかった。それなのに戦う理由は存在しないと、ぶつぶつと恭助は呟く。決して周りの誰にも聞かれない声で。
 樹絃と対峙する香住。恭助と対峙する月。その二組以外の三人は、影でジョーカー二人を狙っていることは、明白だった。月との対戦中に、大まかな位置程度なら恭助は特定済みだ。何も武器を持たず、ただ呆けた面で月の攻撃をギリギリでかわす。そのスリルを、出来るだけ長く楽しむついでに、見つけたまでである。

 息一つ乱さずに、能力一つ使わずに。それでいて、隙を伺っている自分自身に、恭助は苦笑が漏れた。“何、この戦いを楽しんでいるんだ。俺は。”声も出そうに成るくらい滑稽で、下らなかった。けれど、楽しいのだ。詰まらない感じを、自分ひとりが楽しみとして感じている時間が。他人から見れば、可笑しい光景だろうが、恭助は気に止める素振りも見せない。

「お前は、俺に反撃して欲しいとか思っているのか? その弱い攻撃で防ぐ事が出来る能力は、俺は一つも持っていない」

 月にそう告げ、徐にパーカーポケットに入れていたジョーカーのトランプを取り出す。瞬時に、月と恭助の間には言葉では説明しきれない緊張が走った。

Re: The world of cards 11/14更新 ( No.83 )
日時: 2012/11/18 19:42
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: JjNmRcbN)

どうもです。
ちょっと読み始めたら勢いでNo.17ぐらいまで一気に読みました。
途中なのですがちょっといくつか誤字などを……。

進学校と思わしき部分が新学校に……
死んでが新でになってたりもありました。

そして、漆崎さんのセリフなのですが、府民的にちょっと……。
『気が引けよる』とは言いません、さすがに『気が引ける』、です。
で、それよりもヤバいのが、ぶっちゃけ途中博多弁混じってます。
そげな行動、行動ばしよる、の辺りです。

ただ、実際大阪弁だったのかは分からないのであまり強く言えないのですが。
博多、大阪でもないどこかだった場合はすいません。

それでは、更新頑張ってください。
これから先読み進めていきます。

Re: The world of cards 11/14更新 ( No.84 )
日時: 2012/11/18 22:00
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: sorosoro

>>83⇒狒牙さん

ども、こんばんわーです。
誤字訂正、有り難う御座います。
中々自分で気づかないもので、後々修正かけていこうと思いますb

あれま(汗
「気が引ける」ですか、成る程…。こちらも、修正かけていこうと思います。
というか、狒牙さん府民だったんですね。意外でした←

あ、漆崎の台詞が方言ごった混ぜって言うのは、理解してますよー。
九州。鹿児島の方に祖父母がいるので、九州辺りから貰ってきた物と、
似非関西弁、とでも言いますか。いえない人間が、関西弁で話してみた! 的なものが、混ざってます。
とりあえず、標準語いじったら方言なるんじゃねみたいな、ゆるーい感じでしたが、「気が引けよる」の部分、ご指摘有り難う御座いましたっ。

話が進むに連れて、漆崎の意味分からない言葉、何処にも当てはまらない方言だったりが出てきますが、
「ん? 違う」みたいな部分ありましたら、教えて頂けると幸いですっ。

コメント、有り難う御座いました^^

Re: The world of cards 参照感謝。本編保留中 ( No.85 )
日時: 2012/11/19 22:00
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)

 恭助の取り出したカードは、月が持っているトランプとは異なっていた。柄が入っているはずの面は、なんの模様も無く真っ白。恭助は、そのトランプを左右に二回ほど振った。

「面倒くさい。破壊して、破壊しつくしてしまいたい。出ておいでよ【破壊神/ゴッド=オブ=デストレクション】」

 本当に面倒くさい。そう呟いた恭助の容姿は、徐々に変わっていく。香住と同じタイプの、能力だった。つめは長く、黒くなり、先端が細くなっていく。色が変わったのは、手首付近までと、範囲は広かった。ぼうしで隠れていた髪は、見惚れるほどの金髪となり、目は瞳孔というものを感じられないまでになっている。
 目の前でその様子を見ていた月だけでなく、隠れていた菫やグレゴリーも、呆気に取られていた。トランプは何時の間にか、恭助のパーカーの中に仕舞われている。

「——面倒くさいことで、小生を呼び出させたのは貴様か。若造」

 声は変わっていなかった。けれど、他の物と直ぐ分かるその口調は、聴覚からゆっくりと、身体全体を侵食するのではないかと危惧するほど、威圧感が込められている。例えるならば、一匹のスズメバチが小さなミツバチに殺されるような雰囲気だ。『恭助』に現在感じることの出来る感情は、恐怖だけだった。
 月は、『恭助』から発せられる威圧感と重圧を空気越しに感じながら、手に握っている太刀に、ぎゅっと力を込める。次に何が起こるかも分からなかったのだ。そのため、いつでも動けるようにと、月は臨戦態勢を取る姿勢に移っていた。

 それに気づいているのかいないのか。『恭助』は、辺りを何度も見回し、何かを確認している素振りを見せる。隠れている菫たちは、息を殺し、可能な限り発見される率を下げることに徹していた。

「お前らジョーカーは、何のためにこんな殺し合いするんだよ」

 じゃり、とアスファルトの上にのっていた砂が、月の靴と擦れ合う。『恭助』は考えるように瞼を閉じて、そのまま数秒程かたまった。それが何を意味するかなど、月には分かるわけも無く、ただ静かに『恭助』から視線を外さないまま、立ち続ける。
 瞼を開けた『恭助』の瞳は、左半分が恭助、右半分が『恭助』と別れていた。

「……俺はただ、もう一人のジョーカーの退屈を紛らわす事が出来れば、なんでもいいだけだ。こういったゲームでなくとも、何でも良かった。
 けれどもう一人が望むことは、特に可笑しいことでもなかったから賛同したまで。俺たちが死にたいと思っているのには、偽りなんかない。
 俺たちは、トランプの代償でジョーカー同士、あるいは自分自身で自分に傷をつけても、何も起こらないからな。……首をつっても、一生死ぬことは許されないんだ」

 恭助と『恭助』が同時に現れていることにより、話しているのが恭助でも、『恭助』との二十音声として、月の耳に届いた。恭助は一度呼吸をすると、また、口を開いて続ける。

「世界は、理不尽で、不条理で……。誰もが平等に生活できる保障なんて存在しない」

 そう言い、『恭助』は思い切り地面を蹴った。

Re: The world of cards 11/19更新 ( No.87 )
日時: 2012/11/22 17:00
名前: 瓏爛 ◆9FIKeW6PM6 (ID: z0poZTP7)

こんにちはー。っと、どうも螺旋猫改め瓏爛です。
雑談の方ではお世話になりまして、時間もできましたのでご挨拶に…げふんげふん。
雑談の方で、お話しするようになってやっとコメントする勇気が出ました。遅いような気もしますが;;

えっと、私現在は「Someone——」の方はオヤスミ(もう二度とやらない気がする;;)して、今は「僕と異世界ねっとわーく。」の方に全力で取り組んでますが、行く先見えぬ;;
一話一話掲載するたびに不安と後悔がダブルで襲い掛かってきますが;;
とまぁ、ついでですがご報告にきました。

柚子さんの作品はやはり面白いです。実は今もう一度一話から見てきました、キャー!!←
読者様とのやりとりも失礼ながら見させて頂きましたが、これもまた見ごたえのある……げふんげふん。

此方の方で長くなるのは失礼だと思いますので、この辺で失礼します。
また、雑談の方でお会いしましょう^^ では。

Re: The world of cards 11/19更新 ( No.88 )
日時: 2012/11/22 22:13
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)

>>87⇒瓏爛さん

キャー猫さんキャー!
こんばんわー、柚子と名乗る柑橘系です。久方ぶりですねー。
いえいえ、此方こそお世話になりましてw
遅いも早いもないですよー、だいじょうぶですb

お、実はタイトル気になってたんですよね、その小説。
猫さんがやっていると聞いたので、しっかり瞼に焼付けに行こうと思います←
あー、自分も不安が襲ってきますw

キャー!! そんな恥ずかしいッ///←
面白いですか? 矛盾点の宝庫わっさわさですよ。効果音可笑しいけど(
中々に楽しいお客様ばかりですので、返信も楽しいのですw

ですね、また雑談の方でっ。
コメント有り難う御座いました^^

Re: The world of cards 11/19更新 ( No.89 )
日時: 2012/11/23 22:50
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって

 瞬間的に身体の筋肉を強張らせた月の右腕を、躊躇無く『恭助』は切り裂いていく。感覚神経から伝わり、せき髄を通り脳へとその快楽が伝えられる。苦悶の表情を浮かべる月をよそに、『恭助』は恍惚とした笑みを浮かべていた。長く硬い爪から滴る血液を、口に含み、ゆっくりと嚥下させる。
 『恭助』が笑うと、歯と歯の隙間に血が付着しているのが見て取れた。

「はっ。男の血なんか飲んで美味いのかよ。この変態」

 侮蔑をこめた眼で月は『恭助』を見やる。肉眼で確認しきれるか否かの速度で突っ込んでくる『恭助』の攻撃を、かわす事が出来ただけでも、月には満足であった。死なないための最低条件が、月の中で作られたから。それをリストにまとめ、人間離れした肉体、速度の持ち主に売れば、その人がきっと『恭助』を殺す事が出来るだろう。
 『恭助』は何一つ表情を変えず、「変態」とぶつぶつと呟いていた。耳には少し離れた場所で聞こえる、固いもの同士がぶつかり合う音が響いている。樹絃を気にしていた恭助とは違い、『恭助』は樹絃の戦いに興味は一つもないようだった。目の前の勝負が全てだと、思っているかのようだ。
 そしてあの笑みのまま、『恭助』は口を開く。

「小生が変態か……。それならば、お前ら人間どもは変態ではないと、言い切れるのか」
「どういう意味だ? 普通の人間は、誰一人として変態なんかじゃないだろ」

 呆れたように言う月に、『恭助』は開いた口が塞がらないとでも言うように、溜息を吐いた。溜息の吐き方は、恭助と、ほぼ一緒であった。『恭助』は呆れつつも口を開く。

「元はといえば、人間はただの海中生物だと小生は知っている。そこから進化し、進化し続け、ホモサピエンスやアウトロラロピテクスなどになったのだろう。その中で、人間が変態と言わざるを得ない事があるだろう。変態は、小生に言わせてみれば、状態が変化する、ただそれでしかないのだ。
 その最前線に立つお前ら人間どもは、変態ではない、と。幼き日から“人間”というカテゴリに入れられたせいだろうな。一番の変態であるお前らが、自身と変態を別個として考えるのは。それになんだ。お前のような雑魚の身分で、お前のモノサシと価値観だけで、他の人間どもを見ることは出来るのか」

 どこかいらつく口調。けれど、それは言葉のとおりでもあることを、月は痛覚が刺激され続ける脳で理解する。言っていることは一見はちゃめちゃで難解にも聞こえるが、答えは単純明快なものだ。それをただ、人間が不思議にも難しく、知恵の輪よりも難しく解を隠したせいで間違いが生じている。ただそれだけだった。
 その言葉を吐いて直ぐ、『恭助』は間合いを取るために後ろに飛び退く。つまらなそうに首を回しながら、月の着ている服に血が染み込んでいくのを見ていた。無表情で、何に興味を示しているかわからない、死んだような単色の目で。

「だったらよ、お前はお前のモノサシで他の奴らはかること出来るっつーのか、よっ!!」

 『恭助』向かって走りながら月は問う。どちらの言葉にも、解が無いことを知っていても尚、それを認識するのが辛かった。走っていく中で、月は自身の攻撃パターンと『恭助』の防御パターンのシュミレーションを行う。
 どれだけ攻撃が通るのか。カウンターをされる回数、いなされる回数と状況。それだけに頭を切り替えて、月は力強く太刀を握った。

Re: The world of cards 11/23更新 ( No.90 )
日時: 2012/11/24 07:40
名前: 秋桜 ◆hIJueew2tI (ID: PUqaVzEI)
参照: コメントがどういうものか分からなくなってきた((

おはよう御座います。そしてお久しぶりで御座います!
え?覚えてな((((気のせいだ問題ない


初っ端から変な茶番を申し訳ございましぇん。あ、噛んだ。申し訳ございません(((

最近実況動画ばかり見ているのでどうも茶番みたいなコメントになってしまう秋桜です。

私が暫く来ない間に、素晴らしいお話がわんさか・・・!!
ノーパソの前で「おぉ〜・・・!!!」と思わず声を出してしまうほどの神文の数々に圧倒されてしまい、途中で読むのを放棄してこうしてコメント書いてしまいました。

にしても、何でそんな神文書けるんですか?!文芸部の私でも到達出来ない域ですよ!何を食べたらそうなるn((ry


長文になってしまい、申し訳御座いません(二回目)

更新がんばってください!ではでは

Re: The world of cards 11/23更新 ( No.91 )
日時: 2012/11/24 15:23
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって

>>90⇒秋桜さん

おおおはようございます! というかこんにちわ。お久しぶりです!
え、覚えてますよ覚えてますw
殺戮の方では、お世話になりましたw

良いですね、そのテンション好きですw
実況だと最俺が一番好きな柚子。え、興味ないって? 気にしない(殴

いあ、そんな素晴らしいお話なんかじゃないですよー。
矛盾点の宝庫です。矛盾がざっくざく^ω^
ぜんっぜん神文じゃないです、寧ろ紙文ですb

文芸部良いですねー* え、基本ご飯食べないのですg(食えよ
コメライの過去ログで「ゆn」と調べれば、結構ksな小説出てきますよw

いえいえ、気にせんでよかですたいb
コメント有り難う御座いましたっ^^

Re: The world of cards 11/23更新 ( No.92 )
日時: 2012/11/25 11:05
名前: デミグラス (ID: RadbGpGW)

自分もこの機に乗じてコメントをw

どうも、お久しぶりです!
用語説明の提案ありがとうございました。
「まだ載せてないんかい!」という話ですが(申し訳ない)なぜか柚子sの要望より遥かにデカいものをリク・相談板に作ることにしましてww
もう少し時間が掛かるかもしれません。申し訳ないです……

と、私事は置いといて、アクションシーンの描き方もやはり想像を超えるもので感心しています!
それと、更新のペースも過度に焦らさないのでドンドン読んでいけるという。
本当尊敬してますよ!!

あまり長くなるのも何なんでシメますが、これからも執筆頑張ってくださいb

Re: The world of cards 11/23更新 ( No.93 )
日時: 2012/11/25 15:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって

>>92⇒デミさん

キャー!デミサーン!!←
お久しぶりです! ええ本当に、お久しぶりです!
なんと、そりゃぁ見に行かなくてはいけませんねw
いえいえ、またーりとデミさんのペースで構いませんよ^^

いあ、もう、全然だめですよ(・ω・`
恭助くんの二人称は変わっちゃうしで、もうわやです…。
柚子とは違い、伸びしろが沢山あるデミさん含めた他の方々に追い越されないよう、精進していこうと思います*
自分もデミさん尊敬してますよ!

有り難う御座います^^
デミさんも、執筆がんばってくださいb

Re: The world of cards 11/23更新 ( No.94 )
日時: 2012/11/25 21:40
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって

「うおるああああっ!!」

 接近し、思い切り太刀をふるう。『恭助』はその攻撃を、簡単にいなして見せた。ビュウッと虚空を斬った太刀は、そのまま『恭助』をめがけて横移動を開始する。風を横に切りながら、先程の立て斬りの威力と速度を受け継いだ太刀を、またしても簡単に止めて見せた。それも、人差し指と中指のみで。
 無表情に『恭助』は月を見やる。荒く息づいた様子に、月が戦いにしっかりと身を入れる事が出来ていないと、『恭助』は感じた。そして同時に、目の前に居る月に一切の興味が湧かなくなっていた。あまり動かない敵一人相手に息を切るほど、月は馬鹿な男ではないと、『恭助』は心のどこかで思っていたことも、その原因だ。

「お前。否、貴様というべきか。貴様は何を悩む。何に気をとられる。樹絃と戦っている女についてか。貴様が小生に殺されることに対してか。どちらでも良いが、それは小生に対して失礼ということを忘れるな」

 淡々とした口調で告げた『恭助』は、指で挟んでいた太刀を宙へ泳がせる。一瞬、帰ってきた太刀の重力に負けバランスを崩したのを見て、間髪居れずに思い切り傷のある右腕に、蹴りを入れる。浅い息と共に、小さな悲鳴をあげ、月は左側の民家の塀にぶち当たった。
 微量の砂煙と崩れ落ち、小さな破片となって零れていくコンクリート片が、衝撃の強さを物語る。生身の人間では、到底止める事が出来ないような衝撃。赤子や小児、大型犬までの大きさであれば、簡単に命が終わるほどだ。

「小生を倒さない限り、貴様は見世物になり、あの女の元へも行く事が出来ないぞ」

 つまらなさそうな『恭助』の言葉は、月の耳には入っていなかった。

 ◇ ◇ ◇

「あァん……。美味しそうな体してるわねェ」
「んー? そうでもないさ。寧ろ君の方が、興味深い体をしてるけどね。か・す・み・ちゃん」

 二人は、地上戦であったが激しい攻防を繰り返していた。長い爪を武器にする『香住』に対して、樹絃は丸腰。躊躇なく突き出してくるその爪を、樹絃は間一髪の状態でかわしていた。武器を取り出す暇が無いというよりは、敢えて武器を取らず、遊んでいるようにも見える。
 香住が『香住』と成り代わってから、樹絃と『香住』はずっと笑顔だった。唯の一般人であれば、肉眼で追う事が精一杯だという速度で、二人は会話を交わしている。意味の分からない速度で、二人は笑顔を見せていた。

「あら? 貴方もあの小娘のファンなのかしら……。へらへらしてる小娘の、ねッ!」

 懇親の一撃とも言える攻撃が、樹絃のわき腹を抉るようにして傷をつける。貫通こそしなかったものの、傷からはどくどくと血が流れ出ていた。『香住』は爪についた血を何の迷いも無しに、口へと運ぶ。爪を横に向け、指の腹にそって舌を這わせていく。
 爪先めざし横移動するその舌は、樹絃の眼には酷く淫らに映っていた。赤に白が付着した健康的な舌が、樹絃の血で赤く染め上げられていくシーンが。舌で取りきれなかった血が、唇へと滑り落ちていく様が、全て淫らであった。

 一言で言うならば、エロい。ただそれは、変態思考的な意味は含まれておらず、女性としてのエロさが最大限引き出されている形であった。年齢など関係無しに、全てを魅了する。いわばサキュバスのような、今の『香住』は、それと同じであった。

Re: The world of cards 11/25更新 ( No.95 )
日時: 2012/11/27 22:50
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって

「あははっ。僕がこの世の人間に興味なんて持っているわけ無いじゃないか」

 込み上げた笑いを虚空に放出し、樹絃は言った。『香住』が出すフェロモンなどには一切の反応を見せずに、何時もの調子だ。少し落ち着いた出血を見て、樹絃はトランプを取り出した。カラフルなピエロのイラストが描かれた、ジョーカーのトランプカード。
 ジョーカーが描かれている以外の部分は、表裏関係なく真っ白であった。そしてそのカードを、左右に振り樹絃は口を開く。

「【治癒守護神/ディアガーディアン】」

 『香住』は、その様子を静かに見つめる。声を上げるでもなく、斬りかかるでもなく、ただ静かに見つめていた。その能力の効果が何であるのかを知るために。樹絃は『香住』の視線を感じつつも、反応はせずにただ静止していた。
 能力の使用代償により、二十秒間は体を動かすことが出来ないからである。その二十秒の間で『香住』が樹絃を殺すことは、容易であった。そのため樹絃は今、いつでも俺のことを殺しても良いですよ、と凶悪犯の前で身を差し出す大馬鹿と同じ状態で、能力を使ったその場から離れる事が出来ないで居る。

「ねェ……。その能力の代償は、貴方の動きを止めること、かしら」

 図星を突いてくる『香住』に、樹絃は頷けないままに視線を送り続けた。唯一自由の利く目は、瞬きを繰り返し、周りの状況を見ようと上下左右に動き回っている。そんな樹絃に『香住』は一瞬で近づき、正面から豊満な乳房を樹絃の胸へと押し当てる。
 むにゅっとした、女性にしか存在しない特有のものに樹絃は一瞬目を見開く。直ぐにその見開いた目を戻し、二度瞬きをする。そんな樹絃を二つの瞳で捉えながら、『香住』は自身の顔を——正確に言うと唇を——樹絃の顔へと近づけていく。

 ゆっくりと、桃色の唇が近づいていた。顔を近づけていくにつれ、間に挟まる乳房は、潰れていく。

「ちょっと待とうよ、『香住』。僕はもう、動けるんだからさ、そんなに近づいていると僕は君を殺しちゃうかもしれないよ?」

 笑顔でそう告げ、躊躇い無く吐息が掛かるほど近くにあった香住の顔を、自分の顔へと密着させる。その時点で、二人の距離は零だった。触れ合う唇の隙間から、樹絃はゆっくりと舌を差し込んでいく。『香住』は、嫌がる事無くその舌を受け入れる。
 月が見れば卒倒するであろうシーンが、月の居る通りの直ぐ隣で起きていた。付き合ったその日に、違う男の唇を受け入れる彼女。中に居るものが違うとしても、爪の長さと乳房の大きさが異なるだけで、他は全て香住と同一だ。

「ん、ふふっ。まだまだ若い男の癖に、キスの腕はすごいのね。小娘の彼氏が見たとしたら、きっと驚くわよ? ……どうしましょう。あたし、興ざめなのよねェ。
 キスする予定も無かった人と、まさかキスしちゃうと思わないじゃない? それも、深いほう」

 もう戻って気持ち良くなりたいのよ、小娘に戻るけど、上手く言っておいて欲しいわ。そう言うが早いが、長かった爪はすぐさま小さな一般サイズへと元に戻る。乳房の大きさも目測Eカップだったものが、元通りだ。すぅっと瞼を閉じ、小さく息を吐く。

「やぁ、お目覚めかい? 君の王子様は、殺し合いの真っ只中さ」

 瞼を開け唐突に向けられた言葉に、香住は「はい?」と答えるだけだった。

Re: The world of cards 11/27更新 ( No.96 )
日時: 2012/11/28 22:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/544jpg.html

『ゆーり様に イラストを 描いて頂きました ▼』

夏休み限定企画で描いて頂いた絵です。
モチーフ『破滅』『破壊』。
総じて、この小説の根幹にもなる言葉の一部でもあったので、擬人化していただきました。

※現在ゆーり様はカキコでご活動されていません。ROMっているかどうかも不明です※

素晴らしい作品を描いて下さったゆーり様。
真に有り難う御座いました。

Re: The world of cards 12/01更新 ( No.97 )
日時: 2012/12/01 22:14
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)

第八話『休戦』


「もうぎょうさん集まっちょるのお……。仮面持ってきとって正解じゃった」

 仮面の後ろで揺れる群青が、無人地区の家屋の間に建っているビルの屋上から地面を見下ろす。不規則に建てられた高低様々な建造物の屋根に、他のプレーヤーと思われる人が無数にいる。群青の彼の後ろには、国家秘密警察の面々が武装した状態で立っていた。
 群青の彼——境地直弥であり、漆崎宗勝——は、ぐるりと半回転して仲間である国家秘密警察の武装した姿を見る。

「それ、重くねーの」

 呆れたように言葉を吐けば、ヘルメットから唯一出ている口が動く。

「重たいに決まっている。だが、プレーヤーとしてゲームに参加しているお前とは違って、俺達の身元がばれるのだけは遠慮願いたいからな。それに、忘れてはならないがお前も俺達も“国家秘密警察”として動いている能力者だ。
 お前とは違い、普通の、生まれてから誰もが手に入れる程度の能力に秀でているだけの、人間だ。トランプなどに頼って、もって居ない能力を手に入れることなど出来ない。いわばお前は、俺達の中の例外だ」

 ゆえに、お前と同じような状態になれるわけが無い。
 男が本当に言おうとした言葉は、誰の耳にも届かないまま男の頭の中でゆっくりと消えていった。直弥以外の秘密警察員たちは、ヘルメットに表示される個人情報を受け取りながら、ズーム機能を使い太刀を振るう青年の戦いを見ている。直弥もその様子を冷めた目で見、他にこの戦いを見ているプレーヤー達に視線を切り替える。
 ダルマ姿、白いマフラー、フィッシュボーンに結われた髪、派手に出された絶対領域と胸元。赤いスカーフなどなど。限が無いほど沢山の個性が、揃っていた。中でも直弥の目に止まったのは、躊躇無く打ってきた子供。

「あいつ……天城涼(アマシロ スズム)か」

 背負っているリュックサックに見覚えがあった。直弥はニヤリと笑い、屋上からビル内部に戻るため、歩を進める。仲間は、それに構う事無く、目の前で起こる戦いに注目している。微動だにしないところから、録画しているのだろうと直弥は考えながら、鉄のドアノブに手をかけ、ビル内部に歩を進める。
 直弥が見たとき、天城の周りには沢山の人間が居た。同じ記憶にいた、叶雨真日璃(カナメ マヒリ)を含めた、不特定多数のプレーヤー。そのことから、ダイヤは、既に仲間を見つけ、コミュニティを開いている事が考えられた。既に何人か死んでいるかもしれないが、まだその可能性は低いだろう。
 このゲームが始まってから、まだそんなに日が経っていない。誰が何処にいる、という情報の一切は入ってきていないのだから。となれば、矢張りダイヤには、そういったコミュニティが誕生している。

 さて、どうする。

 コンクリートで出来た、傾斜の大きな階段に革靴の音を響かせながら直弥は考える。このまま普通に突っ込めば、警戒されることは明白だ。否、警戒されないなどという都合の良い出来事があるはずが無い。三階建てのビルの屋上に、相手はいる。この七階建てのビルから、北西に三百メートル進んだところに。道路を歩いて向かったとして、誰とも出会わない確立は低い。
 待てよ。直弥は、閃いたように足を止めた。そして、自然と疑問が口から飛び出した。その疑問を忘れないうちに、ズボンの尻ポケットに入れていたアイフォンで、この地区のことを調べていく。来たときから可笑しいと感じていた事が、解れと成って直弥の脳内に落ちたのだ。

 調べた後、直弥はポケットにアイフォンを戻し、まだ四階分残っている階段を駆け下りていく。エレベータは、動いていない。電気が通っていないのだ。何どか足を踏み外しそうになりながらも、直弥は階段を下りていく。革靴の音が反響しても、どれだけ強い音が出ようとも気にせずに駆け下りる。
 外には、直ぐ出る事が出来た。そうして、右と左を数回ほど交互に見る。路上駐車は、一台も無い。建っている民家にも、自動車は一台も無い。今建っているビルは、家屋しかないこの地区では不釣合いだった。日差しが当たらない家屋もあるが、その家には明かりが灯っていない。

 直弥はビルの直ぐ隣に位置する民家の敷地内に入っていく。普通、アンダーワールド以外の民家は警報装置が付いているが、それが全く反応しない。入って二メートルのところまでは、原則知らない人間の情報が入ってきた場合に反応する警報装置があるのだ。

「……ひょっとすると、ひょっとするな」

 普段の変てこな話し口調も取れたまま、直弥は考えを脳内で整理する。そのまま、ゆっくりと北西に向かっていった。

Re: The world of cards 12/01更新 ( No.98 )
日時: 2012/12/03 22:46
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)

参照500突破記念『告知』


 はい、どうもこんばんわ作者です。
 名前はYと申します。
 こんなん参照記念SPでやることじゃねぇだろとか思いましたが、少々失礼致しますね。

 現在、じーんわり、じーんわりとキャラ絵を増やしていこうと思っています。簡単に言うと、キャラ絵プラス作中説明みたいな物を、出来たらしたいな、うふふみたいな。
 完成まで、数ヶ月、数年掛かるかも知れないです。
 小説も、イラストも。

 あ、イラストについては画力がないため他力本願と成りますし……。
 何より、「直して欲しい!」という事がいえるほどの、信頼関係を築くのに時間が掛かるように思います。
 ニコ動いけりゃぁ、結構良いのにな……。

 まま、そんな感じです!
 一体何時できるか分からないですが、どれだけ読んでくださっている方が変わろうとも、自己満足に頑張っていきます。
 戦争と言う名の革命を起こせるその日まで、Yの命は尽きません。尽きてたまるか!

 定期的に読んでくださっている影の読者様! 皆様が満足できる作品かはわかりません。
 ですが、面白いといっていただける作品を作っていこうと思います。誰にも負けず、自分自身を超えるくらいの技量で。
 そしたら風猫さんを超えるくらい、頑張っていける気がします。

 今回は、それを言いに、一つ参照記念を無駄にしました。


 てめぇら、俺の覚悟を受け取ってくれ。(Cv:朴氏)

 であ!

Re: The world of cards ( No.99 )
日時: 2012/12/09 21:38
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)

「……すごいですね」

 直弥が目標としているビルの屋上から、女の声が響く。誰もが身につけている服の一部や、アクセサリなどにはダイヤの形があしらわれている。十三人という、少人数ではあるが、現段階の大人数であった。他のマークは、どこも全員が揃っていない。この中で、先程声を出した少女以外は皆仮面をつけていた。
 様々な仮面。ピエロのような顔や、ひょっとこのようなもの。色々な仮面は、全て恭助と月の戦いを見つめていた。激しい争いの中で、風と戯れる鮮血の赤。二人の皮膚についた赤は、酸素を手放し、黒ずんでいる。けれど尚、二人の武器の交わりは終わらない。

「Aのレディ。この戦いは、しっかり見ていたほうが良いよ。人外みたいな形をしている方が、きっとジョーカーだから」
「えっ」

 オペラ座の仮面で主人公がつけていたような仮面をつけたスズムが、真日璃に告げる。その言葉に反応したのは、真日璃だけでなく他のメンバーもであった。そうして、皆一様に人としての姿を半分無くした恭助の姿を凝視する。一挙手一投足を見逃すまいと、食い入るように。

「はぁ……殺したい……。私の手で、殺してやりたいよ……」

 白くきれいな曲線美を持つ足をだいたんに露出している女が、体を振るわせる。その女の横に居た双子が、それを見て面白そうに笑う。女は鬱陶しそうな視線を投げるが、手を出したりはしない。仲間内で能力や武器を使った武力制裁は、タブーとして決められていたからだった。
 決めたのは勿論、全員である。その仲でも最高決定権を持っていたのは、Aの叶雨真日璃。最初はおどおどしていたが、今では立派にダイヤを引っ張っている存在だ。

「ねぇ、Kのキミ。ジョーカーと戦ってる方の人、どう思う?」

 涼は視線を外さないまま、後ろに立っていた青年に問う。

「どうって言われましても……。取り敢えず、あんなチートみたいな相手に対して、良くやってるんじゃないですかね。僕の能力でどうこう出来る相手じゃないようにも感じますし。
 それと、Kのキミってなんですか。僕には武江 誠人(タケエ マコト)って名前あるんですから、そっちで呼んでくれません」

 オレンジ色のラインが入った紺色のジャージが、風ではたはたと揺れる。誠人は少し諦めた口調で言う。その言葉に頷いた仲間は少なくは無かった。少し和んで雰囲気で、目測百五十メートル当たり先の戦いを見る。

「みなさん、誰か此処に来てるみたいです。……どうしますか」

 真日璃の一言で、場の空気がぴりぴりとしたものに瞬間的に変化した。半数程度は臨戦態勢を取り、残りはいつでも逃げられる体制を取る。殺したがりで、露出した服を着ていた女は、臨戦態勢を取っていた。その横にいたプレーヤーは、ポケットに手を入れたまま、微動だにしない。

Re: The world of cards ( No.100 )
日時: 2012/12/14 23:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 久々更新。

「Aのレディ、一体誰が来るんだい?」

 涼は真日璃を守る体制で扉を見つめながら言う。その言葉に、真日璃は静かに瞳を閉じ、何かに集中し始めた。それを感じ取ったのか、他の仲間たちは何も言わずに、じっとそのままの体制をキープし続ける。いつ、誰が何をしてきてもいいように、だ。
 数秒後、真日璃はパッと目を開けた。

「男性が一人、天城さんが……以前撃った方です……ッ!」
「なんじゃ、覚えちょったんか」

 真日璃の言葉が終わって直ぐ、乱暴に扉が開け放された。無理やり蹴り開けたのだろう。扉の真中は、無様に凹んでいる。涼と真日璃の脳内で、屋上に現れた男の顔が検索に掛かる。同時に、どんな姿形だったかなど、事細かに。

「漆崎、だったっけ」

 涼はにっこりと営業スマイルを浮かべ、直弥——漆崎宗勝——に質問を投げかける。宗勝も、それに答えるように笑顔を見せた。どす黒い“何か”を纏った、最低な笑顔である。幾らか走ったのか、宗勝の額にはうっすら汗が滲んでおり、その汗に吸い付くように、美しい群青の髪が、額を彩っていた。
 仮面をつけていない目は血走っており、右目は充血している。それを見て涼は、血気盛んな人だなぁ、と鼻で宗勝を笑って見せた。人を小馬鹿にするときと、ほぼ同じようなの仕草。

「また会えるなんて、運命の赤い糸で繋がってるのかもな」
「声が笑ってないじゃないか、ひどいなぁ」
「ちょっと! こいつ殺して良いのかい!? 早く決断しなさいよ!!」

 殺したがりの女が、ヒステリックのようにキーキーと叫ぶ。誠人と真日璃でそれを宥めながら、二人の行動に視線を向けていた。一触即発という言葉が、一番似合っている光景が、目の前にあるからだ。臨戦態勢を取っている全員が、各々の武器をぎゅっと強く握り締めた。
 足元を見たまま固まっていた、腰までの長さを持つ黒髪の女が、その長い髪を耳にかける。けれど、髪の大部分は地面に接触してしまっていた。

「それで、一体用件はなんだい? 僕たちはみーんな、あっちの戦いに興味があるんだけどなぁ」

 涼は視線だけで、未だ終わらない戦いを示す。丁度良く二人の叫び声が、耳に入ってきた。

「オレも、あっちの戦いにしか興味はねぇんじゃけぇの。お前さんが見えよったんじゃけ、殺し合いせんと、落ち着きがあらへんと思ってな」

 そういって宗勝は、AMTオートマグを、懐から取り出した。
 銃口の先には、真日璃の頭部。

 その光景は、デジャヴとしか、引用する事は不可能であった。

Re: The world of cards ( No.101 )
日時: 2012/12/19 22:09
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 久々更新。

「やぁ……。それは、一体何の真似かな」

 変わらない笑みのまま、涼は聞く。ちらりと真日璃の表情を伺えば、瞳を閉じゆっくりと呼吸を落ち着かせているところだった。周りに居る仲間たちが、真日璃を囲むようにして壁を作る。誰が打たれても文句なしと言わんばかりに、真日璃の前方をふさいでいた。
 誠人や殺したがりの女ら全員に、緊張が走る。いつ宗勝が銀に光る引き金を絞るのか。お互いにお互いの出方を伺っていた。

「お前がオレにした真似じゃねーか。ん、違うか?」

 似非の訛りが外れた、素のままで宗勝は言う。口元には心底楽しそうな歪んだ笑みが飾られている。その笑顔に、涼は微笑み返し、真日璃はいくらかの恐怖を覚えた。楽しそうな笑顔に隠された殺意に、真日璃は敏感に反応したのだ。
 静まったその場に響く月と恭助の声をBGMに、宗勝は口を開く。

「誰を撃たれるか分からない恐怖、味わってみろよ」

 次いで、乾いた銃声の音が響き渡った。

 ◇ ◇ ◇

「うあらぁぁああぁぁあああ!!」

 激しい光が、恭助を襲う。太刀から放たれた太陽のような橙色は、直ぐにあたりを飲み込んでいった。逆光のせいで、恭助から月を確認することは難しくなり、月から光に包まれた恭助を確認するのは、困難となっている。体を焼けつくすような痛みに耐えながら、恭助は小声でぶつぶつと呟く。
 すると、光の攻撃によってやけどした部分が見る見るうちに戻っていった。光が止んだあとに立っていたのは、無傷のままの恭助だった。姿かたちは既に元々の恭助に戻っている。激しく消耗しているようには見えなかったが、首筋を玉のような汗が滑り落ちていっていた。
 能力攻撃の連発で消耗しすぎている月は、どたりとその場に座り込む。

「……命亡くさせるのも、面倒だな」

 ぼそっと言った恭助の言葉は、空気に吸い込まれていった。恭助は静かに、座り込み息を荒げている月に近づく。

「月に近づいてんじゃねえよ!」

 ひゅんと風を切りながら飛んできた長細い物体が、思い切り恭助の背中に当たる。意外と攻撃力が高かったようで、恭助は前のめりになり、左足を前方に出した状態で動きを止めた。飛んできた物体は、真っ黒な警棒で、目的にぶつかったあとはガタガタのアスファルトの上に転がっている。

Re: The world of cards ( No.102 )
日時: 2012/12/22 20:58
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 王は自ら贖罪する。

「っは……。小さな鼠が居たのを、忘れていたわ」

 ぎょろりと菫の姿を見て、『恭助』は新しい楽しみを見つけたかのように笑う。その視線を受けて、菫は半歩ほど後退る。けれど『恭助』は、矢張り月にしか興味がないのか視線を月に戻し、笑みを消し、月の目の前で仁王立ちをした。
 血を流し、疲れきった状態のまま月は『恭助』を見つめる。月の視界の三分の二を『恭助』が奪い、残りの三分の一に周りの風景が入り込む。怯えた表情をした菫と、菫の肩をしっかり支える朔夜の姿。
 それと同時に、樹絃にエスコートされながらやってくる香住の姿が見えた。

「か……すみ」

 その光景を見て、月は呆然としていた。素性もよく分からない相手が、恋人である香住を連れている。男は笑顔で此方を見て、何かを伝えようとしていた。香住は、月を見るなり不安そうに其処から駆け出す。
 愛する人を取られるって、一番痛いじゃないかよ。
 月の心は涙を流し、月の表情は無だ。何を言うでも、するでもなく、ただ座るだけの抜け殻のようだった。唯一視界の殆どに映る『恭助』——今は既に、恭助——だけが、生きて色が付いていた。恭助が、月の目の前でしゃがむ。

 ぐっと顔が近づいてきて、視界の全てを恭助に支配される。既に近くに来ているでろう香住の声も、足音も、何一つとして聞こえなかった。月自身の呼吸音と、恭助の呼吸音だけが聴覚を刺激する。恭助の赤さが、視界を支配する。
 顔や首筋の赤。胴体の赤。全ての赤を自分が作り出したと思うと、月は恭助に居た堪れない気持ちに襲われた。伸ばした自分の手にも、同じような赤がついている。けれど、自分の事よりも恭助の事が、今の月にとって気に留めなくてはいけない存在だった。

「……樹絃よりも策士で、残忍で、暖かいんだな。お前は。久々に楽しませてもらった。俺も『あいつ』も。今は取り敢えず休戦だ。
 また何時か戦うときは、お前らの全戦力で立ち向かって来い」

 そういって、恭助は樹絃にも向けたことの無い本心からの微笑を見せる。好敵手と呼べるような相手を見つけたことに、何か一類の喜びを感じているかのようだった。そして、もう一度口を開ける。

「ただ、今度は俺も本気を出す。全力でお前達を叩き潰すことを約束する。たった一人だけだ。俺と樹絃が、全力で殺すプレーヤーは。お前はまだ、……この戦いを見ていた全員は、まだ俺たちを殺すに至らない。
 寧ろ、返り討ちにあうだろう。
 生半可じゃない、樹絃を、俺を殺すのは。今の俺と樹絃を殺せるのは、秘密警察が総力を挙げ日本国の持つ兵器を全て使用したときだけだろう」

 そういって、恭助はふらつきながらも立ち上がる。開けた視界の両隅に、香住やハドソン、朔夜、菫の姿が見えた。——恭助の後ろに、樹絃の姿もある。樹絃は笑顔を見せ、未だ血が流れ出ていた恭助を支えていた。
 
「また……あんたらと戦えることを、祈ってるよ」

 ぼやけ始めた視界に最後まで映った恭助に、最後のメッセージを伝える。たった一瞬だったが、恭助がにやっと笑ったように、月は見えた。

Re: The world of cards ( No.103 )
日時: 2013/01/02 23:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nA0HdHFd)
参照: 久々です、お待たせしました!

 その光景を最後に、月の視界は黒に鼓膜は振動することなく静寂を迎えた。香住が駆け寄り、肩を揺さぶっても月は何の反応も示さなかった。菫や朔夜、ハドソンが訝しげにジョーカーの二人を見た後に、よってくる足音さえも月の耳には入らない。

「月? 月っ!?」

 一応心臓は動いているが、反応の無い月の肩を揺さぶり続ける。力が何も入っていないため、頭は前後左右にがくがくと揺れる。半狂乱状態に近い雰囲気を醸し出す香住の手を、ハドソンが制した。今にも泣きそうな顔で香住はハドソンを見上げるが、ハドソンの目を見て直ぐに月の肩から力なく手を下ろす。
 泣いてばかりも居られないわ。そう言った朔夜に従い、菫とハドソンで月を近くの住宅の車庫内へと運び込む。シャッターを閉め、車庫内にあったスイッチを入れると内部は白色に包まれた。金属の箱を直に太陽が照りつけるため、既に蒸し風呂のような状態になっている車庫の地面に月を寝かす。

「応急処置だけして、後は病院に連れて行かなくちゃ行けないわ」

 袖口から小さなナイフを数個取り出しながら、朔夜が言う。菫は悔やんでいるのか、唇を強く噛んだまま直立していた。頑張って、と言いながら星に願い事を唱えるポーズをする香住の後ろで、ハドソンは冷めた視線を月と朔夜に送る。

 ◇ ◇ ◇

「……やっぱり終わってた。ここ歩いてくるの大変なんだし、第二次の通勤ラッシュにあえば終わってるに決まってるじゃないか」

 呆れたような、諦めたような口調で言った声に連動するようにして、白いマフラーがふわりと揺れた。じりじりと焼け付くような太陽の光を浴び、唯でさえ不健康に見える青白い肌が、際立って不健康に見える。今にも倒れてしまうんじゃないかと思うくらいだ。その横で圧倒的な存在感を誇るダルマの気ぐるみが、ごそりと動く。
 四肢を顔だけを大気に晒し、胴体はダルマの気ぐるみに隠しこむ姿は、賛否両論ありそうである。可愛ければ良い、アンバランス、など。今までも何度かそういったことは言われていたが、ダルマの気ぐるみを着ているラムネード自身、気にしたことは一度も無かった。マイペースにその質問を受け流し、自分のペースで周りを飲み込んでいたことも、一因かもしれない。
 
「それじゃあ、もうかえろっかぁ。歩くのつかれちゃったもん」

 可愛らしく笑顔を見せて、元来た道をUターンして行く。ヨルガはラムネードの手首を掴み、恭助と月が戦っていた場所まで歩ていく。ラムネードはされるがままだったが、住宅が破損している箇所が増えてくると顔を少し引きしめた。
 円を下半分で切ったような形が塀から消えていたり、アスファルトが凹み亀裂が生じている部分が多く見られる。二人が見た中で一番酷かったのが、道路を挟んで向かい側にある家が半壊し、道路には多くの血痕が残されている場所だった。太陽光が強く、乾いているため、アスファルトについた血痕は全て黒ずんでいる。

「……不毛な争いでこんなに血を流したんだったら、きっとこの人たちと僕は分かり合えないな」

Re: The world of cards ( No.104 )
日時: 2013/01/04 23:36
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: jrQJ0.d7)
参照: http://corogoro.web.fc2.com/card.png

どうもお久しぶり&遅すぎるあけましておめでとうございます柚子さん!

先が気になる展開とラムちゃんの実年齢にあうあうしている私です。

今回勝手に支援絵を描かせていただきました。↑をご覧下さい(コピーして貼り付けてください><)

キャラ名簿(スペード限定)みたいなものです。コレが私の限界orz

キャラの外見はほとんどが私の妄想です!修正して欲しい所があれば随時直します!

よし、次はダイヤの方々を描かせてもらいます!

Re: The world of cards ( No.105 )
日時: 2013/01/05 10:20
名前: White ◆Bm4GQFA6AI (ID: 601337EA)

お久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか?
漆崎さんに惚れてしまったWhiteです。関西弁かっこいい!!
それはさておき、参照2700突破おめでとうございます!!
最近は受験勉強の息抜きに見させていただいているのですが、いつ見ても「凄いなあ」と思います。
できれば文章力を半分ぐらい分けてほしいです(ぇ
それでは、長くなってしまいそうなので、今回はこれぐらいにしておきます。
更新頑張ってください!!

Re: The world of cards ( No.106 )
日時: 2013/01/05 22:13
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: r2O29254)

金平糖さん
お久しぶりです、こんばんわ!
おおっとあけましておめでとう御座います! お年玉はもらえましたか(殴

ラムネードちゃんは、本当にいいキャラだなぁと思ってますw
ゆかむらさきさんには、感謝してもしきれないほどに!

というか、参照の絵が素晴らしいのですが!
有り難う御座いますっ、俄然やる気が出ますw
修正して欲しいところなどは、ありませんので大丈夫ですb

次はダイヤですかっ。
期待しながら、小説更新しつつ待っておりますw

スペードのキャライラスト含め、コメント有り難う御座いました^^

*
Whiteさん

お久しぶりです、覚えておりますよ、勿論b
漆崎くん、もとい直哉くんが現実にいたらかなり格好いい気がしますw

有り難う御座います^^
いや、こんな小説なんかが参照2700とか突破していいのか? と思っている現状ですがw

自分も同居人の受験生に勉強を教えつつ、来年のセンターに向けて勉強しておる身分です。身分、ん?←
文才はないですよw 元々はとても雑な文章でしたからw

コメント、有り難う御座いましたっ。
受験が成功するように、祈っております!

Re: The world of cards ( No.107 )
日時: 2013/01/06 20:11
名前: デミグラス (ID: jgZDwVO7)

新年の挨拶ついでと言っては何ですが、久方ぶりに爪痕残していきますww
取りあえず、明けましておめでとうございます!

新年早々またお前か!と思われる覚悟は出来ておりますが、新しいキャラや深まる謎に惹かれ、手が、コメント残せ、と勝手に動いてしまいしたw
そして、何とまぁ参照2800近くにまで来たとは、何度も読み返しているリピーターとしては、素直に喜ばしいことなのですが、自分とは離れた格上の存在に……いや、まぁ最初からですけどねw

と、コメントするに至った理由はもう1つありまして、用語解説の指摘ありがとうございました!
まだまだ未完で現状本当に忙しすぎて手を加えられていませんが、リク板に専用スレ立てさせていただきました。
これ以上この話すると、ステマみたいになりそうなので、やめておきますが、本当に感謝しています!

長いのか短いのか分からないコメントで申し訳ありませんでしたが、これからも執筆頑張ってください!

Re: The world of cards ( No.108 )
日時: 2013/01/07 08:17
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nA0HdHFd)

……なんで小説更新してないのに参照数2800いったんだ…?
え、謎。

>>107⇒デミさん
お久しぶりですw
こちらこそ、明けましておめでとうございます! お年玉はry(殴

新しいキャラが意図せず現れ、意図しない謎がふわふわと出てきて収集がつかなくなりそうです^p^
参照が……あれですよね。2700突破っていうのを書いてから、小説自体が更新されてないんですよ。
それなのに2800突破って、え……? 何コレ恐い状態ですw
何を言ってらっしゃって^ω^
自分もデミさんも、同じ壇上にいますよw 自分はデミさんみたいに、格好良い文章は書けませんしb

専用スレは、しっかり見ましたよw
少し余裕があるときとかに、少し更新してみるっていうペースで大丈夫だと思います*
いえいえ、どういたしましてですよw

コメント有り難う御座いました!
日々精進できるように、頑張って執筆していこうと思います^ω^

Re: The world of cards 01/07一時保留 ( No.109 )
日時: 2013/01/08 20:57
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: zWHuaqmK)

 ヨルガはその場にしゃがみ、じっと残った血痕を見たりひび割れたアスファルトを眺めたりする。首が止まる事はほぼなく、忙しなく視線を様々な場所へと運んでいた。ちょこちょこと視線の端に映るダルマの一部に気を取られることなく、何かを探すように視線を動かしていたが、足元の血痕に視線を合わせたままヨルガの首は、動かなくなった。
 じっと血痕を見つめるヨルガを、ラムネードは真後ろから見つめている。何をするわけでもなく、ただじっとヨルガの背中だけを見つめていた。

「……ラムネード、集中できないんだけど」

 大きな溜息を吐きヨルガは立ち上がる。お尻の辺りを手で払い、ある場所へ歩を進め始めた。ラムネードもその後に続き、とてとてと小走りで付いていく。ヨルガが当てにしながら歩く視線の先には、月を運んだときに滴り落ちていた乾いて間もない血の跡。
 その跡は、ふらりと蛇行しながらもある住宅の車庫へと向かっていた。ヨルガの瞳が映している車庫では、今まさに月の応急処置が行われているところだ。

「あそこに、何かあるのぉ?」

 間の抜けた声が、ヨルガの耳に入る。

「あの血が続いているから、少し気になってるだけだよ」

 いつものように優しげな口調で答え、車庫の前に立つ。しっかりとしまっていないのか、アスファルトとシャッターが触れる面はうっすら隙間が出来ていた。其処から影で人が立っている事は分かるだろうと、ヨルガは考え、何もしないままそこの立つ。
 二分も経たない内に飽きてきたラムネードは、この車庫を保有している家の方へふらふらと歩いていく。人の居ない場所と知っているのか、不法侵入など気にしない風にずかずかと敷地に踏み込む。ラムネードを惹き付けていたものは、首を動かしてラムネードを見たヨルガには分からなかった。
 そしてまた、ヨルガは首を戻しじっとシャッターを見つめる。時折マフラーを弄りながら、数分ほど立ち続けるとシャッターが開く音が響いた。正確にはシャッターでなく、車庫の側面についている扉から黒い髪の女が出てくる。小さく女が頷いたのを見て、ヨルガはその元へと歩を進め近づく。それを見て、ラムネードもヨルガの元へと駆け寄った。

「あの血、少し提供してもらっても良いですか」

 歩きながら問うたヨルガに、女は思わず「え?」と声を漏らす。返事を待つ真顔のヨルガをよそに、女はその問いの意味を理解したのか驚きの表情を隠せないで居た。

「取り敢えず、中入れてもらっても良いですか。日差しが強くて、肌がひりひりするんですよ」

 今度は乾いた笑顔を連れて、ヨルガは言う。後ろに見えるダルマ姿の少女に怪訝そうな視線を映しながらも、女は「どうぞ」と返事をし車庫の中へと二人を招きいれた。一気に明度が下がった車庫内では、不思議な空間に入った重症の男と、女が一人、男が二人居るだけの空間。
 内心ほくそえみながら、心底驚き心配している表情を作るヨルガを後ろから見ていたラムネードは、面白い物を見るかのようにニッコリと笑い見つめていた。

Re: The world of cards 01/08更新 ( No.110 )
日時: 2013/01/08 22:33
名前: えみ  ◆yr48AeVLWw (ID: jrQJ0.d7)

どうもおはようございますこんにちはこんばんは!柚子さんの小説へのコメントは初めてですえみです!
私のキャラがやけに魅力的になってる><すごいうれしはずかし///

ていうか文章なのに迫力がすごいです、毎回続きが気になります(*^^*)
そして内容もダークなところがめっさやばいです☆蟻地獄のよう

なんか電波なコメントごめんなさい・・・!

Re: The world of cards 01/08更新 ( No.111 )
日時: 2013/01/08 23:18
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 0hhGOV4O)

>>110⇒えみさん
ども、おはこんばんちわ。柚子と名乗る柑橘系です。
お久しぶりです!

ヨルガくん、いい味出せる凄い子だと思いますw
今の展開は、ヨルガくんいないと出来なかったと思いますしw

まだまだ文章で迫力を出すというのは、未熟ですが今もてる力を全て出すことが出来ればいいなと思っています*
あり地獄……じわじわくる、みたいな感じでしょうかw

いえいえ、コメント有り難う御座いました^^

Re: The world of cards 01/14一時保留中 ( No.112 )
日時: 2013/01/16 20:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: WqtRIGcg)

 入ってきた二人を中に居た月以外が怪訝そうに見たが、ヨルガは何も気にしない様子で月に近づいていく。二人の後から入った香住は、どこか浮かない表情であった。

「あなたたち……誰です」

 厳しい目つきで朔夜がヨルガを見る。ヨルガは闇に映える白い顔にある目を大きく開き、その朔夜の表情に驚いた様子を見せた。けれど実際ヨルガが見ていたのは、不可思議な空間に入った重傷の男の姿だけ。その不可思議な空間を作り出しているものを確認し、マフラーで隠れた口元を少し上げた。
 学ランの後ろをラムネードがつまんだ事で、ヨルガは現実に戻りラムネードを振り返りぎみに見つめる。「なにあれ?」と言いたげに月を見た後に、ヨルガと視線を合わせたラムネードにヨルガは眼を細める。口元は笑っていた。マフラーで本当に笑っているかは分からなかったが、ラムネードもにっこりと微笑み返し、背中から指を離す。

「僕はヨルガ、ヴィンセント・ヨルガって言うんだ。少し頼みごとがあって、彼女に入れてもらったんだよ」

 そういって、ヨルガは後ろに居た香住のほうを見る。人当たりのよさそうな柔らかい口調が車庫の中を響いた。朔夜が香住を見ると、香住は申し訳なさそうに俯き、蚊の鳴くような声で「ごめん」と呟き蒸し風呂に近い熱さの車庫から、出て行く。
 カラカラと音を立てて閉まった扉のすりガラスから人影が見えなくなると、ヨルガは真剣な顔つきで朔夜を見つめる。一瞬でまとう空気を変えたヨルガに、朔夜達は軽く身構えヨルガの一挙一動を注意深く観察する。

Re: The world of cards 01/16更新 ( No.113 )
日時: 2013/01/25 23:06
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: akJ4B8EN)


「僕が承諾していただきたいと思っているのはただ一つで……そちらの不思議な何かに入っている方の血液サンプルを、提供して頂きたいなと」

 突拍子も無く「血をくれ」と言ったヨルガに、朔夜は怪訝そうな表情を向ける。それでもじっと朔夜の瞳を見つめ続けるヨルガに、朔夜は盛大にため息を吐き口を開いた。

「———」

 ◇ ◇ ◇

「仕事さぼっちったぜ、おい」

 けらけらと笑いながら国会議事堂を進む青年達に、議員達の冷ややかな視線が突き刺さる。それを気にしない様子で、青年達——青年二人に、女性が一人の集団——は衆議院の方向へと進んでいく。彼等の着ているスーツの襟元には、国家秘密警察に与えられる小さな拳銃型のピンバッジだった。
 
「そんなこと言われてもぉ、あたしぃ、別に遅れることとかしてないしぃ? あんた達のせいじゃないのよぉ」

 語尾を所々伸ばす独特な口調が、青年二人の耳に入る。先ほどけらけらと笑っていた青年は、またそれを聞き同じように笑い出す。もう一人の青年は、何も聞いていないといいたげな表情で静かに目を閉じながら歩いていた。
 途中の通路を左へ曲がり、そこから五歩進んだ地点で彼らは足を止める。女がきょろきょろとあたりを何かを探すように首を動かす。ある一点で女が首を動かさなくなると、けらけらしていた青年がその一点を思い切り睨みつける。瞬間的にその一点が凹み、三人の姿は直ぐに消えた。

 周りを歩いていた議員達は、まるで最初から彼らが居なかったかのように、表情一つ崩さずに通路を歩いていく。
 彼らがみつめていた一点には、もう、何も存在していなかった。

Re: The world of cards 01/25更新 ( No.114 )
日時: 2013/02/08 15:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: p4jphIw6)


第九話『消えかけた日常』


「くっはー、久々だな。この感じ」

 ケラケラと青年が面白おかしそうに笑う。それを見て、もう一人の青年は浅く溜息を吐いて持っていた小さなカメラで足元を撮影していく。女はネイルアートに没頭していた。ネイルアートの何が楽しいのかなんてことは、青年二人には知る由も無かったが二人とも気にせず、各々自分の世界にのめり込む。地上千メートルほど上の空は、蒼く澄み渡っていた。雲は一つも無い。

 夏の強い日差しがジリジリと照りつけるが、そんなことに構ってる余裕は三人には無かった。

 それは遡る事数時間前——。


「すんませーん。仕事さぼっちまったんスけど、俺らどーしたらいいっスかね」

 青年はケラケラと笑いながら、眉間に皺がよった——明らかに怒っていると見て取れた——老体の議員達に話しかける。その青年の後ろに立っていた二人も、口々に「寝坊した」や「マニュキアがぁ。乾かなくってぇ遅れちゃったのよねぇ」と告げたことに、彼らは堪忍袋の尾を切った。始めに文句をつけたのは、国務大臣の一人、国会議員の谷川 速水(タニカワ ハヤミ)だった。ガタンと音をたて椅子から立ち上がった谷川に、全員の視線が集中する。

「きっ、君達はどんな立場に居るのか分かっているのか!?」

 三人を纏めて指差しながら、谷川は声を荒げた。議員達も三人も特に興味がないといった様子で谷川を見る。好奇とも侮蔑とも言えぬ不思議の表情と雰囲気を醸し出す室内に、臆する事無く谷川は言葉を続けるために口を開いた。

「私たちを含めた国民を守るために存在しているんだぞ!? それなのに、君達は……」
「じゃー、俺らが仕事に向かって行ったとして何か変わるんスか?」

 谷川の言葉を遮って、青年が口を挟む。

「……君が発言をする場合は許可を得たまえ」

 静かにどっしりとした低音が室内を響き渡る。硬い木製の壁に反射し、反射し、それぞれの耳の中を振るわせた。青年は面倒くさそうにぽりぽりと頭をかき、傍にいる二人に視線をやる。その視線に二人は答える事無く——乾かないマニュキアと向き合ったり、この場の動画を取っていたり——自分の世界にのめり込んでいた。仕方なく青年は低音を出した男を見ながら、レイス=D=玲総長発言させていただきます、とぴしりとした敬礼を共にして言う。男が小さく頷いたのを見て、また視界に谷川を挿入した。

「でさ、話戻すけど。ここにいる人は全員知ってるんだろうけど、カード持ちの能力者相手に俺らが何か出来ると思ってんスか? ぶっちゃけ何も状況は変わらないんだと思うんスけどね。つーか、それで変わるんだったら俺ら三人行ってるんスけど」

 真面目な態度で谷川に言う。谷川は一瞬バツの悪そうな顔をしたが、すぐにキッとレイスを睨みつけた。レイスが怖じける様子は一つもなく、ただじっと谷川の丸い瞳を覗き込み続ける。

Re: The world of cards 2/13一時保留中 ( No.115 )
日時: 2013/03/14 19:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: e2Ia0l.i)

 返事、ないんすか? とレイスに冷たく言われ、谷川はハッとして口を開く。けれど、言葉が出てこないのか、それとも何も考えずに口を開いたのか、ただ口を開けたまま立ち尽くす。言いたいことがあるのは明白で、レイスは大体の見当がついていた。

「それでも、行け。っつンでしょ」

 呆れたような口ぶりに、谷川はただ頷いた。面倒くさい仕事かよ、と愚痴りながらレイスは先ほどの男——内閣総理大臣——に向き直る。これで満足か、とでも言いたげなレイスの表情は笑っていた。何がおかしいかも分からないままに、ただ口元が緩んでいく。
 それを一度みやり、視線を下げた首相は「でわ、閣議を再開しましょうか」と言った。谷川は驚いたように首相を見たが、何かを言いかけたまま口を閉じ席に着いた。そうした扱いに慣れているのか、三人は議員達を気にせずにさっさと部屋を出て行った。

 ◇ ◇ ◇

「ねーぇ、何処にいくのよぉ」

 ネイルが終わったのか、女がレイスを上目遣いに見る。身長は女の方が高いが(ヒールを履くために)今は立ったレイスを見上げる形になっていた。視線を一度女へ向けると、レイスはまた前を見る。女はレイスが考えなしに行動していることが分かり、小さくため息を吐く。
 ——顔はいいのに抜けてるのか、行き当たりばったりなのか。
 密かに恋心を寄せているせいかレイスが行う一つ一つの行動に心の中で共感したり、反発したりしていたが、流石に呆れたのは初めてだわ、と女はまたため息を吐いた。

「どうした、エイ? 熱中症か、脱水症か。喉が渇いたら直ぐ言うように、コンビニにでもよってやるから」
「此処で無理して我慢しても、意味ないですから早めにお願いしますね。言うのなら」

 ルイスの後に声を発した見るからに根暗そうな男に、瑛は鬱陶しそうに「わかってるわよぉ」と返事をする。瑛と男——篝 巳徒(カガリ ミカチ)——は同期であるが、仲はそこまでよくなかった。瑛は明るく活発であったが、篝は暗く内向的であったため、待合室などで一緒になっても一つも話したことがない仲であった。
 ルイスもそれを知っているため、特に口うるさく二人に仲良くしろとは言わない。

「いえるとき言えって言っても、言わないか。しょーがないから、今行っちゃうか。篝、下ろして。こっからは電車と徒歩とバスを駆使して行く」

 欠伸混じりに言うルイスに従い、篝は高度を落としていく。数十分かけゆっくりと地面に降りると、地上の涼しさに三人はふうっと息を吐いた。

「それじゃ、一番近くのコンビニに行って飲料水と食料買うぞ」

 二人は「了解!」と返事をし、ルイスの後について歩いていく。

Re: The world of cards 3/14更新 ( No.116 )
日時: 2013/03/17 20:38
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: lerfPl9x)

 三人が降り立った場所は、住宅街のど真ん中にある交差点だった。偶然にも三人がやってきた所を見た人は居なく、彼らが歩き出してから何人か家から出てきては、三人をジロジロと見る住人は何人かいたが、ほとんどの住人は晴れだと言うのに外には出てこない。
 瑛は内心では篝を嫌がりながらも、傍目から見ては分からない程度に篝と親しく話していた。篝は特に何も感じていないのか、瑛の話に相槌をうちレイスの言葉に耳を傾け返事をしている。

「ここでいっか」

 レイスが立ち止まり入っていったコンビニは全国チェーンの、某良い気分になるコンビニだった。陽炎がゆらめく道路とおさらばし、涼しい店内へと足を踏み入れる。元気な店員の挨拶にレイスは小さく会釈し飲料水のコーナーへと一直線で向かった。
 篝はかごをもってその後に続く。本のコーナーで立ち止まった瑛は「男にモテるための、マル秘術!!」と書かれた本を手に取り、一ページ一ページ真剣に目を通していた。突き当りを曲がる前に篝が瑛をチラッと見たが、あまりの真剣さに呆れながらため息を吐いただけだった。

 レイスは炭酸飲料が多く詰め込まれた扉の前に立ち上から下までじっくりと吟味し、サイダーとコーラを篝の持ってきたかごに二本ずついれる。その後で、ミルクティーとストレートティーを一本ずつ入れた。篝はそれを見て炭酸が苦手な瑛を考慮してるんだな、と思い内心笑みがこぼれた。
 
「あの、レイス総長」
「総長つけんな、阿呆」

 レイスが受け流すようにして言った訂正事項に、今自分が居る所が一般市民も居る所だと理解しなおし、口早に「すいません」と言う。

「それで、その——レイス先輩。いったい何処に向かう予定なんですか? この炎天下だと、飲み物はすぐ温くなりますし。何より、瑛の体力が持たないと思うのですが」

 篝が話している間にも、ぽいぽいかごにお菓子が入れられていく。お菓子の山を見てうんざりしながらも、量を減らせと言えないのは直轄の部下だから仕方がなかった。
 場所を移動するレイスの後ろについて歩きながら、レイスからの返事を求める。パンや紙パックの飲料が売られるコーナーで弁当などを調達しながらレイスは口を開いた。

「瑛がへばったっていいじゃねーか。篝、お前がいるだろ。俺はお前も瑛も大事だけどよー、仕事視点で見りゃ働ける奴つか動ける奴だけほしいんだよ。これも、仕事だしな。プライベートじゃねーから」

 冷たいか、と山のように食べ物が積み上げられたかごをレイスに取られながら言われた言葉に、篝は、いいえと首を振った。

Re: The world of cards 3/17更新 ( No.117 )
日時: 2013/08/30 23:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: tdVIpBZU)


「別に、お前らが嫌いなわけじゃない。俺はお前らのことは好きだぞ」

 直轄の部下であるというだけで、それなりの愛着は沸くものだ。心の中にその言葉を隠しこみ、レジで清算を終わらせる。その間に瑛もある程度は回復したようで、汗も引き顔色も戻っていた。

「迷惑おかけして、申し訳ありません」

 コンビニの出入り口付近で、瑛は勢いよくレイスに頭を下げる。突然のことに驚いたのは、レイスではなく篝だった。真顔でどこか冷たい視線を瑛に向けるレイスと、頭を下げたまま、上げようとしない瑛を交互に見る。
 そして数十秒ほど二人を交互に見た篝も、瑛と同様に頭を下げた。レイスはそれを見て「頭上げろ、いくぞ」とだけ言葉をはき、さっさと炎天下の外へと出て行く。扉が閉まったのを確認して、篝が頭をあげ、その後で瑛が頭を上げた。

「篝ぃ、私今日のコレは、頑張るね」

 コンビニの駐車場で暑そうに立つレイスを見ながら、瑛は決心したように言う。

「何時もの通りに頑張ってよ。カード無しらしく、やっていこうぜ」

 珍しい篝の強い口調に、瑛は口をぽけんと開けた。そして、クスッと笑いながら二人仲良くコンビニを出る。二人して笑う姿に、振り向いたレイスは酷く不思議な感じがした。



一時保留。
五ヶ月ぶりの、更新です。笑

Re: The world of cards 3/17更新 ( No.118 )
日時: 2013/09/01 21:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: P0kgWRHd)

ふう……。
作業上げ。

五ヶ月振りだって言うのに、参照数が30近くあがったのは安定のタイトルほいほい?笑

というか。
更新していなかったのに参照数は自然に500近くあがっていたようで。
ふふ、末恐ろしい作品だったんですね、これ笑

Re: The world of cards 8/30一時保留 ( No.119 )
日時: 2013/12/07 15:29
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: ToOa8xAk)


すいませんが、作業あげ。
リメイクとは別に、完結までゆっくりつれていくつもりです。



作者ともども、よろしくお願いいたします。
夜に更新予定。