複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 08/18更新! ( No.24 )
- 日時: 2012/08/19 12:13
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: uI/W.I4g)
第三話 『スペードとか、友情とか、支配とか』
漆黒に彩られた机の上に、同じく漆黒に染め上げられた黒い革靴が乗っかっている。ぎしぎしと軋んだ音を立てる革のデスクチェアも、同じように漆黒だった。
脚を組み机の上に足を乗せている男の周りは、白と黒だけで彩られていた。床と壁は、人の姿がぼんやりとだが反射するほど磨き上げられ、天井の黒がそれを更に美しく魅せていた。
「なあ。これからどうする?」
机に足を乗せたまま、男は警棒を取り出し伸縮を繰り返す。縮まるたびにかちゃんと金属の音が小さく響いた。窓に手を当て、耳につく豪雨の音を聴いていた少女が、くるりと振り返り口を開く。
「そんなこと私に聞いたとして、解決策は見つかるかもしれないけれど、あんまり意味はないと思うのだけれど……。
他のグループに比べると、私とあなただけのこのスペードは結構大変ですしね」
音一つ立てず、少女は男と向かいにある対照的な真っ白の机へ向かう。同じように対照的な、白い革のデスクチェアに少女は腰掛ける。上体を動かしている男とは違い、背もたれに寄り掛からない少女のデスクチェアは、軋んだ音を立てなかった。
「お前本当に中学生かよ……」
少女の冷静な見解に男はため息混じりに答える。少女はその様子を薄く笑い、まだ中学生ですと小さく呟いた。男はそれを聞き、少しだけ口角をあげ笑った。
「それもそうだな、お前は中学生だ。……あ、自己紹介まだだったな。
俺は霧月 菫(キリツキ/スミレ)だ、宜しくな」
伸ばしていた警棒を一際大きく、かちゃんと鳴らしてしまう。机に乗せていた足も、床に下ろした。
「あなたは、普通の銀髪の人ね。宜しく、菫さん。 私は玖月 朔夜(クヅキ/サクヤ)」
到底作り笑いには見えない笑みを、うっすらと表情の裏に感じさせながら朔夜は言った。それを聞いて菫は再度、よろしくなと告げる。朔夜は小さく頷いた。
「仲間とかどうする? 俺らは少人数っつーか二人しかいねぇし……。仲間を探しに行くつったって、相手が監視系の能力を使ってたらバレるからな」
少しやわらいでいた空気が、菫の言葉によりぴしっと引き締まる。菫は背中を少し曲げ、組んだ手に鼻の頭をつけた。朔夜も少し考える素振りを見せる。
二人以外の動物がいない室内は、すぐにシンと静まり返った。微かに聞えるのは二人の呼吸音だけ。
「うっはー! 雨とかつれーな、マジで! びっちゃびちゃだぜ」
「五月蝿い声を放ってる場合じゃないべさ。私ベコ餅食べようと思ってたのに……」
無遠慮にがちゃっと開いた扉に、菫と朔夜の意識は全て集中した。敵かどうかも分からない相手に、いち早く反応したのは朔夜だった。椅子から立ち上がり、菫の近くへ駆け寄る。
一拍遅れて反応した菫も、臨戦態勢は整っていた。武器である警棒には手を掛けず、独特の構えを菫は見せる。一番驚いていたのは、侵入者と思しき二人であった。
「え、ちょっ!? なんでなんで? えっ、なんでそんな警戒してんの!?」
言動も容姿も見るからにチャラい男が、慌てながら両手を左右に振る。汗なのか滴る雨粒なのか分からない水滴が、何度も男の首筋やほほを伝っていった。
そんな男の様子を、黒と白が合わさった餅のようなものを食んでいる女は冷めた目で見る。それから男ではなく、構えて警戒心と殺気を放つ二人へ視線を移す。
「男が構えてるそれって、カリだべ? 知ってるよ、それ位なら。女のほうは……何か隠してるしょ?
雰囲気だけど、分かるよあたし」
手に残っていたベコ餅を女は食べ、興味深そうな目で菫と朔夜を見つめていた。
- Re: The world of cards 保留中 ( No.25 )
- 日時: 2012/09/15 11:09
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
「——お前ら、誰だ?」
一瞬訪れた静寂を菫の声で、遠くへ追いやる。言葉を聴いた二人の来訪者は、互いに驚いた表情をし顔を見合わせた。と、同時に女のほうがチャラい男をキッと睨む。
「だってよ、此処分かってから郵便届けようと思ったんだけど、住所分からなかったから送らなかったんだよ、わりぃか!」
「悪いに決まってるべや!」
二人のやり取りを聞き、菫は何かに気づいたのかすっと構えをやめる。それに反応した女は、睨みつけていたチャラ男から視線をはずし、じっと菫を見る。
同様にして朔夜も臨戦態勢と解除した菫を、横目でじっと見た。三方向からの 視線を感じながら菫は咳払いを一つして口を開く。
「女のほう、お前もしかしてアンダーワールド出身者か? 語尾に“べ”がつくのはそうだって、昔やってたんだよ、テレビで」
そう菫が言うと、女は酷くビクついた。ぎゅっと、男の服を捻りあげていた手に力が入る。女の首筋や額には、冷や汗がたまのように出始めていた。
その様子に、菫は確信したのか小さく朔夜に向けて頷いた。
「アンダーワールドの人間は、そこからこの世界に出て来る事は不可能だって聞いてたんだけど……出れるのかよ」
驚いたような、間の抜けた声に弱弱しく女は菫を睨んだ。アンダーワールドと聞いた恐ろしさからの震えか、武者震いかも分からないが女は小刻みに体を震わせる。
睨みつける女の目が、だんだんと赤く充血していく。それも、右目だけに集中して。
「——あたしの前でアンダーワールドっていうな! こっちの世界の奴はいつもそうだ! あたしが北海道の人間だからって、ごみを投げてきたり家畜の飼料にしろとか言って、ごみを被せてくる!
仕舞いには出身者だからって、あたしたちを無いものにして差別するんだ!!
お前等のせいで、お前等のせいでな! あたしたちはあんな監獄みたいなところに閉じ込められたのよ! あたしたちの土地を……北海道を返してよ!!
海中に埋めたあたしの故郷を、返して!!」
女の両目からは、大粒の涙が溢れ出していた。菫と朔夜に言っても、どうにもならないと分かっていたが、彼女は訴えかけるしかなかったのだ。女の隣に立つ男も、彼女の言葉を聴き静かに俯き言葉を発しようとはしない。
菫も朔夜も、彼女の隣にいる男と同じく黙り込んでいた。
落ち着いた女の口からは、小さな嗚咽が聞え始める。静寂が襲ってきた室内に響き渡るのは、女の故郷への思いが詰まった涙の訴えだけになった。
北海道がアンダーワールドと呼ばれるようになったのは、西暦2017年の民主党が出したマニュフェストが最初だった。内容は、北海道民にとっては憤りと悲しみしか感じることが出来ないものだった。
『農業、漁業共に生産量が日本一高い北海道には“地価帝国”いわゆるアンダーワールドとして、縁の下から日本を支えていってもらおうと考えております。
概要としては、北海道の広大な土地に大きなフィルターを取り付ける予定です。北海道を海中に沈めるために、政府が特Sランクを定めた重力を操る能力者達の協力を仰ぎます。
なお、これは確定事項です。青函トンネルのみが、通行手段として使用できます。
しかし。
政府の許可なしで、北海道……アンダーワールドの住民がこちらの世界に出入りすることは永久的な禁止事項とします』
殆どのテレビ番組が、民主党総裁のインタビュー映像を連日流していた。中には賛成するものもいれば、反対するものも居た。暴動のようなものは起こらなかったものの、アンダーワールドとされた北海道民は最初の数年はうつろな道具と化していた。