複雑・ファジー小説

Re: The world of cards  08/22更新 ( No.30 )
日時: 2012/08/25 22:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 けれど、そんな彼らも更に数年の月日が流れれば何の疑問も持たずに奴隷並みの扱いを受けていた。一日の平均睡眠時間は約三時間程度。それでも一切の甘えを言わずに、彼らはそれぞれの仕事を行っていた。
 本州の人間たちから見れば、気が狂っている行為では有るが、アンダーワールドの彼らにとっては極普通の生活だったのだ。何十人もの住人達が、立て続けに命を落としたとしても彼らは仕事を続ける。
 非情に思える行為に見えるが、それが彼らの生きるための最善の策でもあるったのだ。

「やっぱり……こんな生活ふざけてるべや!!」

 黙々と仕事を続ける道民達の動きが止まる。声を発したのは、一人の女だった。顔にはまだらに泥や炭が付いていた。それをぐいっと雑に拭い、女は続ける。

「なんであんた達は、こんな生活に慣れちゃってるの?! 馬鹿くさいじゃない! 道民だけが、この日本でないものとして見られてるのよ?
 あんた達は、それで良いって言うの?! 反抗なんて私たちみたいな無力な農奴に出来ないかもしれない。けど! あたしたちには人権がある!
 誰に言っても取り繕ってくれないかもしれない、だけどね、あたしたち人間は法律に守られてるのよ! 人権擁護の法律は、まだ改正されてないの!!
 ——あたしたちは、まだ力を持った一個人として生きていけるのよ! そのチャンスをどうして利用しようとは考えないの!?」

 いつの間にか、彼女の周りには大勢の群集が集まっていた。その中に、彼女を冷やかそうとする民は、誰一人としていない。誰もが皆、彼女の言う事が正しいと感じていた。
 涙を流すものも中には数人ほど居た。彼らは少女の考えを受け入れることを、口には出さずに誓う。国のいう事がすべて正しいわけではないと、初めて彼らは心に刻む事が出来た。
 大勢の群衆の中から小さい拍手が沸き起こると、人から人へと感染し大きな賛美となっていった。

「けど、青函トンネルは俺達アンダーワールド……北海道の人間は使う事が出来ないべ。どうするか、考えてんの?」

 一人の男が、挙手をした状態で大声で言い放つ。女を含めた全員が、一斉にその声のするほうへと視線を投げる。男は怯んだ様子は見せず、中央に陣取っている女へ、回答を求める視線を投げ続けた。
 女は少し迷いながらも、ゆっくりと口を開く。

「……はっきりいうと、考えてはない」

 その言葉を聞いた大勢の人々は、落胆の為にざわつき始めた。

「だけど、行く方法ならある」

 じっと自分の横顔に受ける男の視線と、己の視線とを合わせ女は言う。それには男も、その他の人々も怪訝そうな視線を女にぶつけるばかりだった。
 どうやっても行くことの出来ない、本州に一体どうやっていくのかと、誰もが女に問いただそうと口を開く。だがそれよりも先に、男の口の方が開くのが早かった。

「——行く方法があるっていうなら、軽いかもしれねーけど俺は乗ってやるよ。こんな薄暗ぇ人工太陽の力で光を貰ってる世界で、生き続けるのは難しいだろうしな。
 お前と一緒に、俺も連れて行かせてくれ。北海道、取り戻そうぜ?
 俺の名前は、木月 月(キヅキ/ゲツ)。網走から、召集されて江別に来た」

 月の不敵な笑みにのせられた台詞が、女の耳に入る。それを聞いて、女は小さく「それなら」と呟いた。その呟きは、近くに居た群衆にも聞こえない小さな呟き。

「あたしは、興部町(オコッペチョウ)から召集された、濱織 香住(ハマシキ/カスミ)よ。あんたが裏切らないことを、あたしは願うだけよ」

 同じように、不敵な笑みを見せる。
 周囲からは「いけー!」「政府の考えを正してくれ!」「二人が北海道の希望だ!」など、様々な声が飛び交った。