複雑・ファジー小説

Re: The world of cards  08/28更新 ( No.32 )
日時: 2012/08/28 17:45
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 削除したレスが勿体無い……。ううむ!

菫、朔夜、香住、月の脳内ではその後の映像がコマ送りで映し出された。何処までも非情な現状や、二人が歩いてきた血みどろの道。その二人で横たわったまま動かない人間は、全てアンダーワールド外の人間だけだった。
 最後に映し出された香住が泣き崩れる映像が流れ、四人は元の世界へと戻る。

「これが、俺達北海道出身者が生きている北海道の現在の姿だ」

 滴っていた雨水はいつの間にか気体となり、空気中に消えていた。ひんやりとした空気を纏った月は、小さな声で言う。月の横に居る香住は、一度は止まっていた涙がまた溢れ出し収拾がつかなくなりかけている。

「今のは……お前の能力か? 月って言ったっけ」

 二、三度瞬きをしてから我に返ったように、菫は言う。自然と手振りもついていた。月は「ああ」と言う。外で降っていた雨と強い風は、いつの間にかぴたりとも動かなくなっていた。

 記憶に新しい分厚い金属板で作られた、遮断フィルター。その頂点で輝き続ける人工の太陽や、月。そのフィルターに組み込まれて作られた巨大な扇風機。巨大扇風機の奥には、分厚く透明な板が幾重にもなっていた。
 北海道の人間にしか知りえない、北海道の現状。海に沈められ、農奴となっている今に疑問を抱かず、その問題を受け入れて暮らしていた道民達。誰が死んでも誰が生まれても、これといった大きな感情は香住以外出しはしていなかった。
 昔から自立した女と、力仕事の男が暮らしていた北海道。女子供も成人男性と同じ働きをすることを、誰も疑問に思ったりはしていなかったのだ。
 彼らにとって、それが一番正しいことなのだから。

「もしかして、お前ら青函トンネルの守衛を任されてる自衛官達を倒してきたのか? 政府公認特Aクラスの能力者、四人を」

 驚いたように言った菫の横顔を、当たり前でしょうと言いたそうな呆れた表情で朔夜は見つめる。ぐずぐず泣いていた香住は、ゆっくりと立ち上がりぱたぱた流れ落ちる涙を拭いながら、頷き口を開く。

「特Aでも、なんでもないんだ。あんな奴らは……。あたし達の北海道を売り渡した、ただの非国民なんだよ!
 元々は、あの奴らも北海道の自衛隊だったんだ。それなのにアンダーワールド化計画には、従順に従って道民全員を見放したんだ……」

 その告白に、思わず菫と朔夜は息をのんだ。国民の命を守るために、国という財産を守るために存在する自衛隊が、国民を見捨てるという話を聞いた事がないからである。
 またその事実すらも、北海道以南の人々には知らさせては居なかった。道民でも、知っているのは数百人に一人というほどだろう。

「だから、殺してあげた。お陰で政府直々に異名が付けられたんだよ、<狂気の叫び>って。
 久々にそのとき笑ったよ。馬鹿くさくてさ。
 政府の犬になった、警察と自衛隊に追われてるんだよ今」

 狂気の叫び。そう呼ばれても間違いではないだろうと、朔夜は心の隅で感じていた。先程のコマ送りの映像にも、それをうなづける内容が含まれていた。

 血塗られた場面に残されていた、返り血に彩られた美しくも残酷な一人。

 その画像が、朔夜の瞳に焼き付いてた。

Re: The world of cards  08/29一保中 ( No.33 )
日時: 2012/08/30 22:31
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「てか、お前らの名前って香住と月で良いのか?」

 忘れていた記憶を呼び戻しながら、菫は言う。二人は頷いた後、菫たちの近くへと歩み寄って言った。

「あたしの名前は香住。スペードの3、<狂気の叫び>って言われてる。短い間だとは思うけど、あたし達を雇ってもらえないか?」

 香住から横目で指示をされ、月は一つ咳払いをし饒舌に話し始める。

「俺は、月。同じくスペードの5だ。ちょっと前についったーで呟いたら<叫びの痛沈>って名づけられた。
 香住とはアンダーワールド夕張地区炭鉱勤務第7班での演説から知り合ったんだ。あと一個言っておくけど、俺のコレは……かつらだ」

 粋がっている若者達が良く使う、明るい茶色の髪の端を掴み月はぐいっと下に引っ張る。出てきたのは、普通の黒髪とは異なる、染めたような黒髪だった。
 月がとったかつらの裏面には、黒いテカテカと光沢を持つ粉のようなものがほぼ一面に付着していた。それが何のかは、全員直ぐに分かった。香住は元から知っていたようで、特に驚いた表情は見せない。
 それはただの、炭による着色であったからだ。元々純粋な光を反射するだけの黒が、主張するような光を反射する。作られた反射鏡の中で、その光は輝かされていた。

「アンダーワー……失礼。北海道は過酷なところなのですね」

 特に何も思っていないともとれる声色と抑揚をつけ、朔夜は言う。そのことに対しては誰も何も言わなかった。“心中お察しします”と言葉の裏から言われたことに、月も香住も菫も気づいていたからだ。

 北海道の惨事を画像と映像とで見せられたからこその、心からの同情を香住は苦笑で受け止める。月は面白いと言わんばかりに、ニッと口角を上げていた。
 その姿は、北海道以南の府県を行きかう若者達と全く変わりはない。違うのはたった一つ。本州、九州、四国で生まれたか北海道で生まれたかの違いだけだ。

「それにしても、政府は一体何を考えてるんだろうな。2012年には民主党から自民党に政権交代して、今現在は民主党が全ての舵を取ってる。
 北海道農奴改革も、マニュフェストに記載されていた。反対意見が多かったって言うのは知ってるけど……。
 結局はほとんど全員が、その政策案に賛成した」

 朔夜が、真面目な菫を初めて見たと言わんばかりに、元から大きな瞳をさらに大きくさせる。横目でちらりと朔夜を見ると、朔夜は何を伝えられたか分かるのか、立ち上がり別室の扉を開けた。
 その後に菫もついていく。不思議なもので、芋づる式に月と香住も菫の後をついて歩いた。

 室内には、今四人が居たデスクが並べられた部屋と同じ用に、白と黒で彩られた美しい客間があった。真っ黒な床と天井。強調された壁の白。真中にはガラスで出来たテーブルと、白のじゅうたんに黒のクッション。
 何処かの豪邸の一室を、香住と月には思わせた。