複雑・ファジー小説

Re: The world of cards  09/02更新 ( No.35 )
日時: 2012/09/15 11:03
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
参照: 何このフォント。読み難い…orz

第四話『エグレウス・ジ・アセスリエン』

 部屋の中央に位置するガラス張りのテーブルに四人は集まり、菫と朔夜はパソコンを開く。カタカタ、カチャカチャ。微妙に音とアクセントが違うキーボードを叩く音をBGMに、月と香住は室内の隅々を見ていた。
 先程の部屋と同じような机は一つもなく、ただガラス張りのテーブル、白いじゅうたんと黒いクッションが七つ。他には真新しい白のダイニングキッチンがあった。遠目からでは開けた形跡のない黒の食器棚。
 照明も白、照明カバーは黒。唯一黒でも白でも無かったのは芳香剤の黄緑くらいだった。マスカットの香りを初めて嗅いだ月は、気に入った風で芳香剤の前でずっとにおいを感じていた。

「ほら、来たぞ」

 先程とは打って変わった元気な子供を思わせる声に、月と香住は視線を菫のパソコンのディスプレイ画面へと向ける。画面の上のほうには大きな書体で【エグレウス・ジ・アセスリエン】と打ち込まれていた。
 部屋と同じように、白の縁取りに黒の塗りつぶし。菫が下にスクロールした画面を見て、このウェブページがブログであると月は分かった。けれどパソコンという機械を弄った事が無い香住は、何がなんだか分かっていない様子である。

「これ、ブログだろ?」

 少し体を前に乗り出し、ディスプレイを人差し指の爪で軽く二回ほど突付く。香住は『ブログ』と聞いて、さらに脳内に浮かんでいたはてなマークを増量させている。
 
「いや、違う。これはちょっとした罠ページだ。ちなみに俺が考えてみた、凄いだろ? 
 まー……細かいところは朔夜に手伝ってもらったんだけど」

 あははと苦笑しながら菫は白いカーソルを動かす。自己紹介の有無を言われずに名前を出された朔夜は、横目で菫のことを見ていた。不服そうだが、それを口には出そうとしていないようである。
 菫の動かしたカーソルが、【エグレウス・ジ・アセスリエン】の文字の横にいる、白の縁取りをされただけの兎の上で止まる。そこを何の戸惑いも無く菫はダブルクリックした。カチカチとマウス独特の音が鳴る。
 
「何したの、今? その手に持ってるの押したみたいだけど、なにそれ」

 少しは分かろうと思っているのか、朔夜の後ろから香住が菫に問いかける。答えたのは、菫ではなく朔夜であった。丁寧に菫が開いているウェブページと同じページを開き、ブログというものから教えてくれていた。
 香住がブログの何たるかを理解するまでに、五分以上の時間をかけていたが、朔夜は香住が理解するまで反復で教えている。今はやっとダブルクリックがどうとか、兎云々のことを説明している。
 その様子を見て、菫と月は女同士お互い仲良くなってきているみたいだな、を口には出さないが同じことを思っていた。

「ヘイ、起きろよ。仲間が増えたんだぞ、アセスリエン」

 兎をダブルクリックしても変わらない画面に、菫は面白そうに声を掛ける。

「ヘイ! 起キテイルヨ。今日ハ仲間ガ出来タッテ? 少人数ノ、スペードニ仲間カ。
 一体何ヲシタンダイ?」

 パソコン内部から返事をするように聞こえてきた、人の声に月は驚き目を見開く。するとそれを直ぐそこで見ているかのように、笑い声が表れた。

「ハハハ! 君ニ僕ヲ見ツケラレルカ? 僕ヲ見ツケル事ガ出来タラ、仲間ニシテアゲナクハナイゾ」

Re: The world of cards  09/04更新 ( No.36 )
日時: 2012/09/04 22:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「ハハハ! ソンナ事ジャ、見ツケラレナイゾ!」

 数分が経過した今でも、月は“アシルセン”を探していた。姿は無い、ただ音声だけの物体を延々と探している。既にアシルセンを見つけ出すのは、仲間になりたいから。ではなく、見つけ出さないと気がすまないから。に変わっていた。
 アシルセンが声を出すたびに、パソコン内部からは雑音(ノイズ)が出るようになっていた。ざざっと鳴った雑音を聞いて、朔夜は菫にアイコンタクトをする。菫もその視線に自身の視線を合わせ、ゆっくりと頷いた。
 香住は二人の様子を朔夜に借りたパソコンのディスプレイ画面に反射したのを見て、漠然としたアイコンタクトの内容を受け取る。実際には何を言っているのかなど分からないため、殆どが憶測であった。

「なぁ、男。あんたがさっきクリックしてたのって、この兎だよな」

 菫の名前を知らないため、月は『男』という広いくくりで、菫を呼ぶ。菫は苦笑混じりに「俺の名前は、菫だよ。霧月 菫」といって笑った。それを聞いて、月は申し訳なさそうに乾いた笑いをする。

「取り敢えず、この兎クリックしてみればいいのか……?」

 結局、菫が最初にクリックしたのが兎であるのかどうか、確認をしないままに月はカーソルを移動させる。すると、画面内からは驚いた声と、今までで一番大きな雑音が部屋に響いた。

「マ、待テッ! 兎ヲクリックスルナ! 菫、朔夜、コイツヲ止メロッ!」

 余程寂しいのか、パソコン内部から聞こえる音声に被って雑音が響いたため、菫と朔夜に願いは伝わっていなかった。しかし、毎日毎日ゴウンゴウンと、鼓膜を突き破りそうなほど轟音が鳴る場所で生活していた二人には、しっかりと聞こえたようである。
 けれど二人は、それを菫と朔夜に伝えはせずに個々の作業に取り掛かり始めた。香住は、どこをクリックすれば何が開くのかを確認し始め、月は兎にカーソルを合わせた。
 雑音と機械音が、月に何かを訴えるように激しく交じり合う。お陰で耳の良い月と香住にも、何を伝えているのか分からなくなってきていた。全ての声が、雑音で掻き消される。とうの昔に、菫と朔夜には雑音しか聞こえていなかった。

 ——そして、月は躊躇い無く【エグレウス・ジ・アセスリエン】の横にいる、白縁黒塗りの兎をクリックした。

「スルなッて言ッタだロウにぃぃいいぃぃいい!!」

 パソコンのディスプレイが、目も見開けないほどに発光する。四人は全員、瞼を閉じても進入してくる光からの逃げ場を求め、服で目を隠していた。裸眼でディスプレイを見ていたら失明するレベルの光が、四人を包みこんだ。

「僕はするなと言ったのだぞ! 月とやら、何をするのだ!」

 収まった光の中から、先程パソコン内部から出てきた声が四人の耳に入った。四人はゆっくりと、発光していたパソコンの横を見る。

「かっ……可愛いぃぃいい! 何この子! 何この子! なまら可愛いべや!」
「うぎゅっ!」

 ものすごい速さで、香住はそこにいた物体に手を開いた状態でタックルをする。抵抗する暇も無く、簡単にその物体は香住につかまった。白い耳に、黒い目。耳には幾つか黒いピアスをしている。それが兎という事は、長い耳を見て知る事が出来た。香住と月以外の二人は、その兎がアセスリエンという事は分かっていた。
 体も全て白い。普通の兎とは異なる部分が多かったが、黒と白の部分チェックのベストを着けていることに、月と香住は驚いた。月はマジかよ、と言いたげな表情で兎を見る。香住は可愛い可愛いと言って、兎を愛でるだけだ。

Re: The world of cards  09/04更新 ( No.37 )
日時: 2012/09/06 23:23
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「やっ、やめろっ! 紳士のそんな所を触るでないっ、香住とやらぁぁああ!!」

 目分量Cサイズ強の香住の胸に押し潰されながら、アセスリエンは顔を真っ赤にし抗議する。男性陣はその様子を、羨ましいと言わんばかりにじぃっと見つめていた。
 それを見た朔夜は「変態」と二人に聞こえるように言う。アセスリエンを愛でることに必死な香住と、抗議をするアセスリエンには届かず、月と菫の耳にぐさりと刺さった。
 瞬間的に二人は愛娘を見る父のような表情になり、「いい成長っぷりだな」「流石北海道の救世主、男性の救世主にもなれそうだ」などと呟く。

「あ、そうだ。胸ばっかり見てないで聞きたい事があったんだよ、俺。
 あの兎って、どっから出て来たんだ? 俺達が部屋に入ったときは、誰も居ないはずだったんだけど」

 くだらない事を、下らない表情で呟いていた月が、何か思い出したのか、月は菫に問いかける。月に何かを問われると思っていなかった菫は、目を丸くして月を見た。ぱっと菫と視線があった月は動揺したが、何故かどや顔で菫の顔を見返す。
 ブッと、菫がふきだす声が朔夜たちの耳に聞こえた。

「と、取り敢えずトリックだよな、知りたがってるの。アセスリエンは、ずっとこの部屋に居たぞ。
 俺らが入ってきたとき、アセスリエンはソファのクッションの下で身を潜めてた。気づかなかったのは、無意識のうちに目の前のパソコンに集中してたから、これがアバウトな答えな」

 まだ何処か笑いを堪えている風で、時折急に肩をぴくぴくさせたりしていた。月は菫にふきだされた時、既にどや顔はやめていた。菫の話をしっかりと真面目に、一字一句間違えないような優等生のような顔つきで聞いていた。
 それでも分からない事があったらしく、補足説明をもらおうと口を開く。

「それって……」
「分かりやすく伝えると、入ってきて最初に白と黒の部屋で白と黒だけのものを私たちは見ましたよね。クッションの一部が膨らんでいても、誰も気づかなかったですし。
 まずそこが、落とし穴です」

 月の言葉を遮るように、朔夜の言葉が入る。けれど月はそれには何も言わずに、同じく真剣な表情で朔夜の話に耳を傾けていた。“落とし穴”と聞いたときに、眉をぴくりとさせるのを朔夜は見逃しては居なかった。月の後ろにいた菫は、微笑ましそうに香住とアセスリエンを見ている。

「実は、このパソコンは友人に頼み込んで作ってもらった特注品で、遠隔操作で強烈に発光する仕組みになってます」

 こんこんと人差し指の爪で、ディスプレイ画面のちょうど下にある小さな液晶をノックする。

「これで私たちが目を隠している間に、アセスリエンがクッションの下から出てきて、叫びながらパソコンの横に現れる……。そういう仕組みです。
 アセスリエンの声がパソコンから聞こえたのは、ちょうどスピーカーの下に最新の超薄型ボイスレコーダーを付けていたからです。
 あらかじめ何があっても言いように、この部屋は設定されてるんですよ」

 他にも色々とこの部屋に関する設備を月は教えてもらっていた。

Re: The world of cards  09/07更新 ( No.38 )
日時: 2012/09/07 21:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「……大方分かった。兎の活用法も一通り。それで、俺達は次何しに行くんだ? 俺としてはアイツのために成ることをしてやりたいんだけど……。
 無理くさいか。まぁ、菫と朔夜ちゃんに任すけど」

 朔夜にちゃんづけをし、一緒に星が飛んできそうなウィンクを朔夜に見せる。当の本人は気づいているのかいないのか。月には分からないように、朔夜はすっとスルーした。
 男が嫌いと言うわけではない。ただ、何のためのその様なことをするのか分からないのだ。

 ——時間の無駄じゃないのかしら。

 既に他の話に移ってる月をちらりと見やり朔夜は小さく息を吐く。あれが月の女に対する時間の使い方の一部なんだろうと思い、アセスリエンの説教を聞いている香住に視線を送った。苦笑いをしながら、アセスリエンの話をちゃんと聞いている、男子に人気のありそうな子。
 元気で子供らしくて、可愛くて。僻(ひが)むつもりは無いけれど、
私とは正反対だと思ってしまう。

 あんなに無邪気な笑顔を、私は何処においてきたのかしら。

 目の前で人間の言語を話す兎と、笑顔を見せる逃走した農奴。大雨が降り続ける日に出会った、菫と私。香住の話に感銘を受けたのか、共に行動をしていたチャラい月。菫も月もそれなりにはカッコいい。香住は、年不相応の無邪気さがある。

 私には、可愛いところなんてなさそうね。
 朔夜は小さくため息をついてから、付けっぱなしのパソコンのキーボードをかちゃかちゃと弄る。遠い香住とアセスリエンには聞こえない位小さな音。

「——それじゃぁ、まず日用品買ってって感じだな。食料とか。支払いは俺に任せてくれて良いから、菫」

 テーブルの隅においてあった、黒いメモと白いインクのペンを持ち月は、買う物を記し始めた。最初に自分と香住が此処で暮らしていく上で必要なものを。その後に生活していくうえでなくてはなら食べ物を書いていく。

「なっ、ちょ、ちょっと待てよ! 支払い位俺がやるって、月のが俺より年下だろっ?
 年下に払わせるほど俺はひでぇ奴じゃないぞ!」

 菫のその言葉に、朔夜のキーボードの音、アセスリエンの説教、香住の笑い声、月の動かすペンがほぼ同時に静止した。菫は、自分が何か変な事を言ったのではないかと、一人であたふたしていた。

「そういえば、あたし月以外の年齢しらないかも」

 最初に口を開いたのは香住。それに同調するように、全員が「そうだな」や「そういえば」と言う。菫は安堵したのか、胸をなでおろした。

「じゃぁ、あたしからいくね。名前は、濱織 香住。北海道興部町出身の、えーっと……十八歳です、コレからよろしくっ」

 外見は大人びている香住の口元には、無邪気な笑顔が映える。

「俺は、木月 月。北海道占冠出身の、二十二歳だ。金のことは、任せとけ。北海道民は金が無いとか政府の狗は言うが、実際は逆だ。
 売買して入ってくる収入は、全て俺達に直で来るからな。道民は小さなガキと年寄り以外、結構裕福な家庭が多い。
 だから金のことは、俺に任せとけ」

 月の年齢を聞き、菫は耳を疑う。身長は、菫とほとんど変わらない。声のトーンも、月は低すぎず高すぎず、高校生と偽っていても分からない。意味深に月が菫を見つめる。月が何を言いたいのか、菫は言葉で聞かなくても察せられていた。『金のことは任せとけ』静かに、しっかりと、月の言葉を菫は反芻する。
 心の中で、年下扱いしてスイマセン。と呟きながら。