複雑・ファジー小説

Re: The world of cards 突発座談会更新 ( No.52 )
日時: 2012/09/22 22:41
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「まー、俺はさ。あの女の子二人と男の子一人が助かってれば、何でも良いんだけどさ」

 失笑しながら月は言った。その言葉に男は、ぴくっと眉を動かす。月は目の前で今まさに火が消えようとしている様を、ぼんやりと見ていた。簡単に壊れてしまう『生』の何たるかを、月は心のどこかで感じているかのように、ただ黙って前を向く。
 男は開こうとした口をつぐみ、不可思議な空間に入っている少女とその近くにいる少女と青年に視線を向ける。コツンと音を鳴らし、三人の元へと近づいていく。
 臨戦態勢を一番早く取ったのは、菫だ。朔夜と香住の前に立ち、カリと呼ばれる格闘技の構えを見せる。右手には、長い警棒が握られているのを見て、男は足を止め口を開いた。

「お前、警察官か」

 男の進む方向に視線を流していた月も、構えていた菫も思わずパッと男のことを凝視する。男の表情は変わらないまま、眉間に刻まれたしわだけが深く深く溝を作っていた。

「……ちげーよ。俺はただの子供だし」

 ぶっきら棒なその言葉に、朔夜は平静に口を開く。領域に入れられ、自然治癒力を一時的に上げられていた香住の体は、もう傷一つ残ってはいなかった。朔夜は香住の入っていた領域を消し、遠くに陽炎が見えるコンクリートにそっと寝かせた。

「私たちがここに来た瞬間に、侵入者だと警備システムが鳴ったんです。どちらかと言うと、私たちは被害者ですよ?
 何も罪を犯していないのにも関わらず、問答無用の射撃がこの人を襲ったんですから」

 “何も罪を犯していない”。そう聴いた瞬間に、男の眉が小さく動いた。後方に注意を払っていた菫と、男の背中しか見えていない月は確認できなかったが、その様子を朔夜がしっかりと見ている。驚こうとして、止めたような。複雑な心情が、眉を動かしたのだろうと朔夜は推測した。
 男は脳をフル回転させ、長刀を持った月の方言と、朔夜の言葉を何度も反芻させる。アンダーワールド出身者の第一の特徴は『——べや』のように、語尾に『べ』という言葉が入ること。もう一つは、幼い頃からひと月に二回しか風呂に入れなかったため、黒ずんでいた皮膚である。
 今アンダーワールドへ進むための青函トンネルは、立ち入り制御がされ同士を殺されたと数万の自衛官達が、犯人探しに尽力していた。そこからの情報により、死因は長い鋭利な刃物による刺殺の線が濃厚である。後方にいる月は、男の出している結論にぴたりと当てはまる人物であった。

 ——しかし、憶測で生まれた結論では、断定する事が出来ない不可解な謎があった。

 それは、無理やりに首と耳に引きちぎられたような形。包丁などを使っては作り出せない、状態で皮膚が引きちぎられていたのだ。男性隊員しか常駐していなかったが、死体と成った男性隊員たちの首からは、喉仏が消えていた。
 今まで一度も、死体の耳と喉仏がないという事例は、存在していなかったのだ。

Re: The world of cards 09/22更新 ( No.53 )
日時: 2012/09/24 23:00
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: i0zh.iXe)

 しかも内容は、無差別虐殺テロと名づけられたのである。隊員たちの倒れ方からして、アンダーワールドから逃げた者たちの犯行であるとある程度の裏づけは取れていた。だが、警察官達は命令と呼ばれるものを、一つも上官から受け取ってはいない。
 政府や国家秘密監査機関からの制御がなされたのだ。今までに数回あったテロ紛いの行為は、全て強制的な武力での鎮圧を徹せられていた。今回のテロも、そう対処されるはずであったのである。

『我々日本国は、アンダーワールドへの干渉を一切として断つことを決定しました。
 飼い殺しにしようという考えは持っておりません。が、しかし。脱走したと思われるアンダーワールドの住人二名、その他の住人達の逆鱗には触れるべきではないと、内閣で決定しました』

 パシャパシャと大勢のカメラマンから繰り出されるフラッシュ。その声を記録するための、ボイスレコーダー。全て目を閉じれば男の瞼裏に、現れるのだ。

「君の言っていることは……本当か。すまないが仕事上、疑り深い性質でな」

 沈黙のまま数分が経過していた空気が、波を立ててゆれる。その振動は起きている三人と、横になっていた香住にも届いた。「ん……」と声を出し、香住はゆっくりと起き上がる。嬉しそうな顔を浮かべたのは月だけではなかった。
 目を覚ましたばかりの香住は、状況理解ができていなかったが、構わずに話を続けていく。

「本当です。私が嘘をついても、どちらにメリットは無いんじゃないかしら。
 仮に私たちにメリットが合ったとしても、いつかきっと貴方みたいな人に戒められそうですし」

 苦笑交じりに言った朔夜は、嘘を一つも言っていなかった。月や菫も、面倒ごとは避けたいという気持は、確かでなくとも心の中のどこかでは思っていたはずだ。そう朔夜は考えながら、男の目をしっかり捉えた状態で薄っすらと口角を上げる。
 男も瞳が交差している朔夜の目をじっと見ていた。口角が上がっているせいで、目尻は少し下がっている。その奥に見える黒い瞳孔は、揺らぐ事無くしっかりと男の視線を捕らえていた。
 朔夜と同じように、男も小さく苦笑を漏らし口を開く。

「どうやら、嘘は言ってなさそうだ。信じきっている訳ではないが……」

 一瞬口ごもり、男は小さく首を左右に一、二度振った。再度口を開こうと域を軽く吸い、まず月を見て菫を見る。服についた土ぼこりを払う香住、じっと見つめる朔夜を順番に見た。

「俺はグレゴリー・ハドソンだ。君達は」

 優しい、牧師のような慈愛が感じられる笑顔をハドソンは見せた。

Re: The world of cards 09/24更新 ( No.54 )
日時: 2012/09/25 22:40
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「お前達は、これからどうするつもりだ」

 ハドソンは不思議そうに尋ねる。月は菫とアイコンタクトを取り、菫に説明するように促した。視線だけの会話で、まだ出会って一日も満足に経っていない状況だったが、重要な事だけは通じ合っていたようである。
 菫はゆっくりと瞬きをし、息をふぅっとはき捨てた。

「取り敢えず、このスーパーは俺達のこと歓迎してないみたいだし……。つうか、こんだけ異臭がすればここらの人たちも気づきそうだからなー」

 んー、と菫は小さくうなる。上半身だけで、彫刻『考える人』を体現した状態で、菫は一度天を仰ぎ見た。言葉を選んでいるのか、はたまた考えていることを言葉に出来ないのかはわからない。

「ま、近所のスーパーに行くかな。此処からだと、移動距離は長いけどそれしかねーし」

 目の前に見える、異臭を放ちながら倒れている死体たちを見ながら菫は言った。そうしてハドソンの目を見ている風を装い、月と視線を交わす。月は満足そうに頷いて見せた。
 二人は互いに、友情に似た何かが通じ合った感覚に囚われたが、気のせいだろうと無かったことにしたようだ。視線は外れ、菫は警棒を折りたたんでしまう。
 月も既に冷え切っている長刀の刃の部分を、人差し指と中指でなぞる。指の僅かな脂で光る長刀の刃。とある有名な小説家に言わせるならば『全てを超越してしまっているようだ』だ。
 これは昔、香住が知らない女性から貰った本に載っていた、物語の後書きの全てだった。大きく広いワンページの真中に、どうどうとその言葉が掲げられていたのだ。

「そうか。……最寄の駅までは、俺の同行させてもらおう。お前達を疑っているわけではないが、今のような事があっては危険だ」

 誰も異議は唱えず、死体と異臭は放って置きながら五人は最寄の駅まで歩を進め始めた。スーパーAを出て直ぐの交差点を左に曲がった後、五人の姿は無くなった——。

◇ ◇ ◇

「わあ! 見てよ切り裂き魔くん、これあの女の子がやったのかなぁ!」

 高揚した声で言う青年の動きを追うように、ブロンドの髪が前後にふわりと揺れる。ブイネックを着たブロンドの髪をした青年の首には、黒だけであしらわれた『ジョーカー』を象徴するイラストが刻み込まれていた。
 切り裂き魔と呼ばれた男は、灰色のサルエルに白の襟がよれたTシャツ、革のジャケットを着て頭にはキャップを被っている。生気が感じられない虚ろな瞳を、上下に動かした。

「詰らないな。実に詰らない。物足りないとでも形容しておいてやろうか、男のアレも消し去らなくては意味は無いんじゃないか」

 抑揚の無いままに、一言で声を発した。金髪の下に刻まれたジョーカーは、ブロンド色の髪をした青年とは違いカラフルに彩られてあった。切り裂き魔の言葉を聴き、青年は自嘲気味に浅く笑う。
 確かに、つまらないよね。と言葉にはならない声で、青年は切り裂き魔に向かって言った。

「そろそろ帰ろうか? 始終を見てるくらいなら、何処か出かけた方が楽だろうし」

 そういって背中を向け、青年は歩いていく。切り裂き魔も付き人のように、青年に習い歩いていった。二人がいたスーパーAの屋上から、内部の廊下へと続く扉を、開く。
 ぎぃっと音をたてた、錆色の扉が二人のジョーカーの背中を閉じた後の駐車場に、異臭を放つ遺体はいつの間にか消えてしまっていた。