複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 09/25更新 ( No.55 )
- 日時: 2012/09/28 23:01
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
「ねぇ切り裂き魔くん。君は一体如何してそんな話し方をするのか、教えてくれないのかな」
興味津々に、ブロンドの髪の青年は言う。切り裂き魔は、睨むように青年を見た後すっと前方に瞳を泳がせる。
「巽 恭助(タツミ キョウスケ)、十九歳三ヶ月に二週間と三日。下らない世界で、お前とジョーカーとして生きてる。
——けれどやはり、詰らないな。この世界は、お前も、俺も、下らない」
自虐にも思える言葉を吐き、それから恭助はすっかり黙り込んでしまった。呼吸をするたびによれたTシャツのえりが、小さく上下する。青年は、今まで一度も個人情報を明かそうとしなかった恭助の行動に、目を丸くして驚いていた。
一定のスピードで歩いていく恭助の背中に、思わず触れてみたくなる衝動に駆られている自分に、青年は阿呆くさいと自制心を奮わせる。
「僕は、紀氏 樹絃(キシ キイト)。世界は面白いよ? どうでもいい痴話げんかとか、友情が壊れていく様とか、全てが目視できる。
そういう事象なんかでは済まない事も、沢山あるけどさ。——彼ら、みたいに」
くすりと笑い、小走りで恭助の右横へと樹絃はいく。照れているような、なんとも形容し難い表情で樹絃は歩く。恭助の一歩前を歩く様子は、矢張り主従の力関係に見えた。
流れていくダンボールばかりの景色と、狭い廊下。二人で横を歩くのが難しいのは確かであった。道幅はダンボールを含めると、一メートル有るか無いかの瀬戸際。
乱暴に開け放されたダンボールの中からは、鬱陶しいほどの拳銃や弾薬がぎっしりと詰まれている。それも、通路いっぱいに。他にも防弾チョッキや、ヘルメットなど拳銃以外の武器も多数有ったが活用はされなかったのだろう。
そんな映像を流し見て、いい加減な思いを馳せながら恭助は歩いていた。自分に特に興味はないであろう樹絃。そして詰らない世界に生まれた若き切り裂き魔、リトル=ジャック・ザ・リッパー。
交わらない線が如何にして交わったのだろうか。
樹絃と合うたびに、恭助は心の隅で感じていた。理由を知りたいとも、思ったことは数え切れないほど存在する。ただその度に、抗いようの無い結論に達するのだ。
「俺がお前を殺そうとしたら、可能なのだろうか」
思わず口に出てしまったことに、自分でも理解する事が出来なくなる。足を止め振り返った樹絃の、複雑そうな表情がべったりと瞼の奥に刷り込まれていく。
恭助自身では、不可能であると感じていた。『運命共同体』、今の二人の状態を示すのには打って付けの言葉だ。
「試してみるかい? 無駄ってことくらい分かってるんでしょ」
苦笑いを交えた、不思議そうな声が恭助の鼓膜を振るわせる。小さく恭助は「分かっている」と声を出した。
「それなら、する必要は無いじゃないか。と僕は思うんだけどね? 切り裂き魔くん」
痛い、ダンボールに躓いた樹絃が抑揚なくそういった。
- Re: The world of cards 09/28更新 ( No.56 )
- 日時: 2012/09/29 21:33
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
それに、と樹絃は言葉を付け足す。
「日本語、可笑しいよ。切り裂き魔くん。殺そうとすることは、可能なのだろうか。なら分かるけど……そんな言い方はしないかな?」
これ常識。微笑し樹絃は前を見てまた歩き出す。憧れのミュージシャンなどを前にしたファンのように、恭助は口を半開きにしていた。そんな事を言いたかったのかと、思わず口に出しそうになったところでぐっと押し留める。
そしてまた、従者のように樹絃が進んでいく道を数メートル後ろから追いかけていく。近づきすぎず且つ離れすぎず。絶妙な間合いを取っているのは、何処で狙い撃ちされても対処できるようにするためだった。
この案を出したのは、学識のある樹絃で恭助は否応なく賛同した。何をしたら絶対に大丈夫。と言い切ることは二人とも出来なかったが、説得力が強かった樹絃の案を恭助が黙認したのだ。
「樹絃。お前は誰で、何をして、何を感じてるんだ?
その手の中で踊り狂うプレーヤー達に何を思い、何を作用されているんだ」
自分と正反対と認識している樹絃に、内心心を弾ませながら恭助は聞く。何を言われ、何を改め無くてはいけないのか、樹絃は恭助自身を示唆する役割となっていた。
道の中心を歩く白色の背中から覗く、狭い廊下とダンボールの山。歩調を緩めず、振り向くこともせず、樹絃の口からは音が放たれた。
「僕は、君の言葉を使うと手の中で踊る彼らを見て、ただ滑稽だとは感じてない。美しいと思うんだ。くだらないことなのに、人を殺め尚仲間意識で生活していく精神がさ。
あーっと、最初の質問に答えて無かったかも。
僕はただのしがない高校生で、世界を見て、世界を感じてる」
「……そうか」
口に出せた言葉は、それだけだった。何時もの状態であれば、後の続ける言葉が出ていたかも知れない。恭助は平然と、目の前で起こった事象を冷静に分析しながら話す樹絃に、のまれかけていた。
抗いたくても抗う事が出来ない圧力のような何かに取り付かれた感覚が、恭助の精神を気づかぬうちに侵食する。それから二人の間では会話が交わされないまま、数個の扉を潜り抜ける。階段の上り下りを続け、商品が陳列する倉庫へと二人はたどり着いた。
そこで適当な場所を見つけ腰を下ろす。所々穴が開いたブルーシートの裏には、射撃訓練で使われる的が隠されていた。高い天井は基礎となった鉄骨が露(あらわ)となり、鉄骨の隙間には何故かバスケットボールが挟まっている。
「あの死体、作り上げたのはアンダーワールド出身の少女だって。
政府直々に<狂気の叫び>って名付けられたらしいよ、最近は物騒だね」
笑いもせず淡々とした事務の口調で樹絃は告げた。送り主は『秘匿』と書かれた仲介人だ。ある場所で起こった事について事細かに調べ、確認に確認を重ねた後、ジョーカーとしてゲームメイクを行っている樹絃のもとへ情報が寄せられる。
初めは情報よりも参加したいという声が多く寄せられていたが、今ではその様なことを言うのは新参か、古参の仲でも低脳の部類に入るとあるサイトのユーザーだけだ。
「能力のようなものを使った後、急激な変化が見られて、爪が鋭利な刃物のようになった。
急所を数回突き刺した後、喉仏と両耳を食い千切ったらしい」