複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 09/30更新 ( No.59 )
- 日時: 2012/10/02 22:55
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
「食い千切る? 堅い喉仏をか、下らない真似をするんだな」
それまで反応を示さなかった恭助が、不思議そうに言う。樹絃は薄っすら笑みを見せた。面白い何かを見つけたのか、液晶画面に親指を当て上下に指の腹を滑らせる。
ある一点で指がぴたりと止まった。先程までのサイトではなく、日本国を統べる内閣総理大臣のブログに、樹絃は進んでいたのだ。昨日の記事に目を通し、詰らなさそうに携帯を恭助の目の前へ差し出す。
その携帯を恭助は受け取り、映し出された記事に目を通し始めた。
『五月二十九日。
本日は快晴で、外交関係にも変動は見られない。
こんな所で書いて問題視されるのは嫌だが、今国内に蔓延る一部の反乱原子が、我々の間でホットスポットになっている。一部はアンダーワールド計画に背き、青函トンネルを警備する自衛官達を殺害する罪を犯した。
未だに我々が犯人を見つけられないでいるのは、我々が雇っている能力者の中でも群を抜いて有能な集団にさえ、発見できていないからである。
脱獄者は二名。男女の組だ。
殺された隊員たちには共通して、両耳と喉仏の喪失が見受けられた。原因はわからないが、国家秘密警察の捜査によると“何らかの能力が作用している”とのこと。
そして、此処からが本題なのだがこのテロには、黒幕が居ると考えている。否、そういった情報が寄せられていた。送り主の名前は明かさないが、それは事実と見ていいだろうと閣議により結論付けられた。
犯罪者諸君、また時候切れを待っている諸君。
君達の居場所は既にすべて分かっている。
勿論、虐殺テロを仕組んだ犯人達の居場所も我々には分かっている。
下らない抵抗はしようとせずに、速やかに自首し罪を償うことを要求する。さもなくば、我々は君達の大切な人間に如何なる刑罰を与えるか分からないぞ』
くだらないと、読み終わった後で恭助は感じていた。確かに最終的な黒幕は恭助と樹絃かもしれない。けれど、しかし。二人は全ての人間を操作しているわけではないのだ。
二人が敷いたレールの上、その中でも樹絃の手の平の上で物語が進んでいるだけ。二人は今までの事物を、そうとり理解していた。自分達が作用していることは、まだ一度も無いのだから関係はないと。
「なんだこれは。詰らないな、この国も、この国を動かす輩も」
携帯の電源を切りながら恭助は言う。本当に詰らない、くだらない内容だけが述べられていたのだ。総理大臣が把握している内容よりも多い情報が、今二人の手元にはある。現在見張りをしているスペード以外、ハートやクラブ、ダイヤなどの情報も続々と携帯の受信箱へ流れていく。
どのマークも全て違う都府県に本拠地をを構えているが、それさえも二人は理解していた。どのマークがどこに本拠地を構えるかを、先読みし既に分かっていたのだ。故に、今頃総理大臣が何を分かっていると言ったところで、二人にとっては関心を引かれるものではない。
- Re: The world of cards 09/30更新 ( No.60 )
- 日時: 2012/10/04 21:57
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)
「無知で無能な下らない人間だな、この男は」
本心を面倒くさくも恭助は口に出し、携帯を樹絃へ差し出す。一寸前まで笑顔を見せていた樹絃の表情からは、笑みが消えていた。その代わりに口がゆっくりと開き始める。
「その考え方には、僕は賛同しかねるよ。
彼は無能であっても無知じゃないし、無知であっても無能じゃない。下らなくても下らなくなくて、その逆も然り、だ」
その言葉が何を意味するか分からない。そう言いたげな恭助の顔を見やり、一度深く呼吸をした。
「そう考えるのは、僕にとっては許せないって言えば簡単かな。
僕らが思考した答えは、必ずしも答えにはなり得ない。そうだろう? 僕が一足す一を二と言っても、この世界には捻くれた答えが多い。一足す一は“田”と主張する人も居る。
一緒さ、君も。ねえ切り裂き魔くん。昔の境遇からそういう考えをするのかは、分からないけどね」
そこで一度口を閉じる。周りは陰湿な空気が広がり、ようやく昇ってきた太陽の光が倉庫の内部を照らし始める。
「僕は彼に興味があるし、関心もあるんだ。僕たちを殺してくれる一人に成ってくれるのかどうか、僕はとても興味がある。
ね、君もそうだろ? 僕はただ、僕の欲求を満たすために彼が気に入ってるんだよ」
そう告げる樹絃の声は、今、恭助に届いていなかった。顔を俯かせ、ブルーシート特有のきじを虚ろな目で見つめる。樹絃は天井を仰ぎ見、小さくため息を吐いた。
恭助は幼い頃、どろどろの昼ドラのような家庭で暮らしていた。父親はニコチン、アルコール依存症があり、酒癖と女癖の悪さが酷く、酒が切れれば妻や息子に関係なく暴力を振るう人。
妻は父親のように男癖が悪く、薬物依存症であった。ガリガリに痩せ、目の下にもくまをつくり、頬がこけた母親の姿が恭助の脳内で浮かび上がる。だがそれも束の間に、自分と母に暴力を振るう父親の姿が出てきた。
スローモーションを見てるかのようにゆっくりとした歩調で汚いフローリングを歩く、表情が冷めた父の姿。恭助を守らず我先にと逃げる母親。あのときほど辛いことは無かったと、今なら笑い飛ばせるかもしれない。回転しない脳内で恭助は感じる。
二人の呼吸音だけが反響する世界の解(ホツ)れに、また吸い込まれる感覚に襲われた。
頭痛にも似た感覚に、たまらず恭助は瞼を瞑る。走馬灯の如く駆け巡る様々な過去の記憶。どうしようもない嘔吐感に襲われた。思わず背中を丸め、両手を口元に持っていき、いっそう強く瞼を閉じた。
視界に移る全てを遮断するようにして、恭助は固まる。どこか別世界の、それも全てが真っ暗な闇の中に囚われる感覚が、恭助を飲み込んだ。
- Re: The world of cards 10/03更新 ( No.61 )
- 日時: 2012/10/05 16:08
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: lerfPl9x)
金を寄越せと怒鳴る父と、そんな無駄金あるわけないだろと怒鳴る母を、何時も物陰から怯えながら見ていた。父親と目が合えば、髪を乱暴に掴まれ目の前に転がらされる。
母親と目が合えば、睨まれた後にひりひりとした痛みが残る平手打ちを何度もされた。泣いても喚いても止めてくれないことを知ってからは、ただ無言で涙を流しながらその苦痛に耐えていた。
『やめて』とも『誰か助けて』とも、叫んだことはない。只管(ヒタスラ)に持続される痛みを耐えることだけを専念していた。
ある日、そんな幼い恭助に一隻の小船が現れた。中には人が乗っていて、優しい手を差し伸ばしてくれていたのが分かる。それが、今の恭助の義父と義母であった。
遠い親戚だったのだろう。名前を聞いたことも、見たことも無かった。けれど、どこか父親に目の形や耳の形が似ていたのが、漠然とした記憶の中で鮮明に映し出される。
母親が連絡を入れたのか、父親が連絡を入れたのかは分からなかった。もしかすると自分の知らない近所の人が、連絡を入れてくれたのかと思い、それなら如何して? と考える日々が続いた。
このまま両親の元を離れても平気なのかという事も若干十一歳の頃、虚空を眺めては考えるを繰り返す。
「きょーくん、一緒に帰ろう」
違う記憶が飛び出してきて、可愛らしい声を上げた。初めて出来た彼女の顔と声だ。年甲斐もなくはしゃぐ姿と、女児のように可愛らしく愛らしい笑顔が、眩しく輝く。
日の光でキラキラと光る染めた茶髪も、くりっとした大きな目も、ストレスを溜めやすい体質も、全て愛しい。生まれて初めて、心底から好きになった異性だった。
そう、“だった”のだ。
その数日後、恭助が当時先輩だったその彼女に呼び出された。放課後に、私の家に来てとメールで言われていたのだ。勿論恭助には断る理由も、了見もない。
誘われるがままに彼女の家に向かう道中、恭助は暴漢に襲われた。乗っていた自転車の車輪は変形し、泥はねは曲がっている。顔や体全体に作られた、沢山の痣。
二週間後に黒幕が彼女である事が判明した瞬間に、恭助は我を失った。
メールで家に来て欲しいと呼び出し、彼女から快い返事を貰った。そして帰り道の様々な部分に、小さな仕掛けを作った。家で待っている。それ以外は一切何も伝えずに、恭助は木製のバス停の影に隠れていた。必ずその道を通ることを、恭助は既に知っていたから。
程なくして彼女——正確には彼女と、恭助を襲った輩達——が通る瞬間に、手に持っていた果物ナイフで一人の頚動脈を切り裂いた。一瞬のことに、誰一人として反応を取る事が出来なくなる。
数分後に、バス停の前には無残な死体と、赤々としたグロテスクな水溜りがあるだけと成っていた。
その亡霊たちが、自分の後ろにいる感覚に恭助は飲み込まれていたのだ。真っ暗な闇は恭助が、昔の罪を思い出したことによる一種の拒絶反応だった。
「切り裂き魔くん」
樹絃の声に、恭助はビクつき反射で目を見開いた。視界には青が映え、背中には冷や汗をどっぷりとかいている。
「大丈夫かい? 切り裂き魔くん。昔のことでも思い出したのか分からないけど、君に罪はない。
あるとすれば、僕らを巻き込んだこのカードだよ」
いつの間に取り出したのか、モノクロのジョーカーのカードを左右に振りながら、笑顔で樹絃は言った。