複雑・ファジー小説

Re: The world of cards 10/04更新 ( No.64 )
日時: 2012/10/06 22:01
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 一瞬、たった一瞬では有ったが恭助は、普段どおりの笑みを見せる樹絃に救われたと感じる。冷や汗をすった襟の寄れたTシャツが気持悪かったが、その事さえ感じなくなった。

「さぁ、切り裂き魔くん。僕たちにはもう一仕事しなくちゃいけないよ」

 よいしょ、と言いながら両膝をそれぞれ手で押さえ樹絃は立ち上がる。同じように、恭助もその場で立ち上がった。昇っていた太陽は、いつの間にか厚い雲の層に埋もれている。
 好都合だった。今から二人がすることは、他人の目に触れてはいけない。その事実を知っているのは、恭助と樹絃の二人だけであった。だが、その方が自分達が自由に動けると二人は理解している。
 だから普段、樹絃が学校へ行っている間以外は二人で行動し、情報を公開しあい、様々な都府県を巡りプレーヤー達の動向を窺ったりしていた。ばれぬ様、気づかれぬよう慎重に。

「……面倒だな。消えた命を葬るのは」
「それが、僕と切り裂き魔くんに任された、裁きの権利なんだから仕方が無いよ。
 どうやら、僕らを裁いてくれる人も裁く法も、全て無価値で、僕と君を測ることすら困難なんだ」

 二人がほぼ同時に瞬きをする。ゆっくりと時間をかけて、瞳を開く。
 にっと樹絃は歪んだ笑みを見せた。

 目の前に出来た、層の様に重なる死体の壁。酷い腐敗臭が、鼻を直接的に攻撃してくる。鼻が曲りそうなほど臭く、じんわりと目からは水分が溢れて始めた。
 そこに、恭助が近づく。何かに憑かれたかの様に、他のものには目もくれない。じゃっ、というスニーカーの踵が擦れる音を響かせる。樹絃は、ただただ死体の壁を恍惚とした表情で眺めるだけだ。他の音は、耳に入らない程度でしか、鳴っていない。

 丁度死体達の前に来たとき、恭助の足がピタリと止まる。睨むようにして、恭助は喉仏と耳が無い死体を見ていた。そして、徐(オモムロ)に下げていた手を死んだ彼らに向ける。
 線の薄い、真っ白な手の平と手の甲に、自分が死人なのではないかと感じてしまうほどだ。

「ジョーカーが死んだときに」

 何も思っていない、ただの無表情のまま恭助は告げた。
 次の瞬間、眼前にあった死体の壁は光を纏い、小さな球に変わった後で、虚空に破裂した。

 裁きが一つ終わったね。愉快そうに言う樹絃に、恭助は、ああ。と呟くだけだ。